Nagoya Talents' Network - blog

2008/04/30

気になり始めたコト~その1~

気になり始めたコトがある。

ソレに気が付いたのは、4月に入ってからだ。

毎週水曜日と日曜日は、
NHKへ向かうため、
最寄駅から山手線で原宿へ向かう。

池袋、新宿を過ぎて、
代々木、原宿。

ある日、
代々木駅と原宿駅の間、
左側の車窓を見ていると、
蔦のからまるビルの隣りの小さなビルに、

『へっぽこ先生』

という看板が視界に飛び込んできた。

白地に黒く、
丸ゴシック体で書かれている。

ザッツ、オール。
それだけ。

実にシンプルに、
江戸前に仕上がっている。

江戸前…じゃ…ないか。
兎に角、
電話番号も無ければ、何科なのかも記されていない。

初めて気が付いたときには、
「へっぽこ先生って…」
ぐらいにしか思わなかった。

かつて、
何処だったか失念したが、
地方を高速道路で移動中、田圃の真ん中に

『タンスにサカナはしまわないでください。』

という、大きな看板を見かけたことがある。

家具の宣伝なのか、
魚の宣伝なのか、
はたまたタンスの防虫剤の其れなのかはわからない。
「気になる」をコンセプトにおいた、
PR方法だろう。
上記のフレーズの下に、屋号と電話番号が書いてあった。

確かに、
数年経過しても、
こうして私の記憶の中に断片的にではあるけれども
残っているのだから、
蓋し、不正解ではないPR方法だ。



んで、
件の『へっぽこ先生』の話。

考える内に段々モンモンとしてきた。
ここからは、皆さんと一緒に考えたい。

先ず、誰に向けての看板なのか。
線路に面している方に出している看板なのだから、
電車に乗車している人に向けてのことだろう。

次に、
電車に乗車している人の誰に向けての看板なのか。
「先生」としてあるのだから、
「先生」を必要としている人に向けてのことだろう。

「先生」という人称。

「医師」、「教師」、「弁護士」、そして「講釈師」。

へっぽこ教師。
…貴方の記憶の中にも、いるかも知れない。
でも、電車に乗っている不特定多数の人に学術、或いは専門分野の
へっぽこ先生をアピールしたところで、何になるというのか。
第一、費用をかけて看板にする必要性にいたってはプライスレスだ。

へっぽこ弁護士。
…ご免こうむりたい。
痴漢の被害或いは冤罪、自己破産の申請、果ては無実の証明。
ここで、お得意のへっぽこぶりを見せられたら目も当てられない。
仮に電車に乗っている弁護を必要としている人がその看板を見たとて、
決して「救いの神現われたりっ!!!」とは、ならない。

へっぽこ医師。
これは、問答無用だ。
へっぽこ医者に診察してもらうくらいなら、
自らの五感に頼り、さだめられた生を全うしよう。
私なら。

第一、
「へっぽこ」は、そういう職種に就いては絶対にダメなのである。
存在していいのは、コントの中だけだ。

そもそも、
「へっぽこ」っていうチョイスが解せない。

コミカルな響きだとか、
そういうことは、この際、後回しにして、
一見、謙(へりくだ)っているように感じるが、
そう、カンタンにいかない。

「へっぽこ」は、
技量の劣ったもの、役に立たないものを罵る言葉だ。
ってことは、
「へっぽこ」と呼ばれる人がいて、
その人をみて、少なくともその人よりも「へっぽこ」で無い人が、
「へっぽこな人がココにいますよ。」
と云っている看板ということになる。
しかも、
そのへっぽこで無い人は、
「へっぽこ」な人に好意とまではいかなくとも、
すべからく、
「しょうがねぇなぁ…」的な、許しちゃえる感情を持っている。
例えば、
親しみを持って、或いはからかって呼ぶことがある。
そういう用途で「先生」という言葉を使っているのか。

「日本で一番、マズい店」
とか、
「日本で一番高い饅頭」
とか、
意表をつくサブタイトルの店もある。

でも、
それは、屋号とワンセットで表記してあるからこそ、
興味が沸き、試してみようという感情から、
その店に収入をもたらすわけだ。

ただ、
『へっぽこ先生』
と云われて、私は一体どうすればいいのか。

気になって、気になって仕方が無い。


理屈では、説明のつかないことが世の中にはたくさんある。

物事を理屈で考える講釈師。
頭でっかちで、粋じゃないのかも。
けむたがれちゃったりするんだよね、
こういうことケンケン云う人。

いつか、自分が真打になったとき、
「へっぽこ先生」と呼ばれないように、
気をつけよ。

くわばら、くわばら。
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