2009/02/06
「人はなぜ大食いするのか?」(5) ・・・ ドイツことわざ編
さて、人がなぜ大食いするのかを考えてきたこのコラムですが、今回は、ドイツでの生活の中で以前から疑問に思ってきたことにスポットを当てながら、人間の食行動および食文化の日独比較にまで話を広げて考えていきたいと思います。
ドイツのレストランで周囲を見渡すと、例えそれが宴会であっても、1人が自分の好きな料理を1品しか注文しないというケースが多いようです。その内容は、肉やサラダやジャガイモの乗った大皿が1人分、という一皿(ワンプレート)料理です。日本でよくみられる3000円飲み放題付などといった宴会メニューが普及しないのは、コース料理だと値段が上がることと、自分の飲み食いした分しか払わないワリカン文化であることが主因かと思います。それにドイツの場合、4ユーロのプレートだろうが8ユーロのプレートだろうが、その値段差は材料価格によるもので、その量には差は無く、いずれもあきれるほど量が多いです。少なくとも若手ドイツ人研究者の会合を見る限り、彼らは1番安い料理を一皿しか頼まず、浮いた予算はなるべくドリンク(ビール!)に回し、ひたすら粘る・・・というパターンが多いように見受けます。
ドイツと日本の外食産業の最大の違いは、ドイツでは気軽に入れるレストランが少ないという点に尽きると思います。お冷(ひや)無料は言うに及ばず、コーヒーまでおかわり自由、チップも要求されず、ボタンを押しただけで店員がすっ飛んできてくれる日本は、まさにこの世の天国です。しかしドイツでは、水(ミネラルウォーター)が有料かつ割高で、それこそ文字通りの「水商売」です。欧州髄一のケチな民族として有名なドイツ人が、値段そのものが安い上にチップもいらないファーストフード系列店を好み、また、誰かの家でピザ等の出前をとってのホームパーティーを好むのも、私に言わせればその理由はハッキリしています。
話を元に戻しますが、まず、レストランで最初に気になったのが、「どうして一皿の量がこんなに多いのか?」ということでした。そこで、周りに聞いてみると、こんな答えが返ってきました。
「だって、人間の目は、胃よりも大きいんだぜ~!(Die Augen sind größer als der Magen)」
まさに、「目は口ほどにモノを食う」と言ったところでしょうか。まるでどこかの国の大食い番組のシーンのようです。以前、大食いアイドル・三宅智子さんが、大量の料理を前に、「人間は、目で食べるというのもあるから・・・」と語ったことがありました。美人の誉れ高い三宅さんの目は確かにパッチリと大きいですが、果たして胃よりも大きかったのか・・・などと、この遠い異国の古いことわざを耳にして、ふと彼女の事を思い浮かべたものでした。
よく考えてみたら、以前のコラム(→大食い海外事情(1)・・・ドイツの研究者の昼食編)にも記した通り、ドイツでは健康(特に減量)に対する関心が年々増しており、私の周囲にも食事制限中の人が結構います。その状態は、前回コラムでいうところの「飢え」に相当するのかもしれません。そんな彼らが、滅多に行かない外食に行く以上、「目で食べたいんや~!」と食べ物への空想を膨らませるのも無理はないのでしょう。たとえ食べきれない量と分かっていても、その皿がテーブルに運ばれて来たその瞬間、そのボリュームを1グラムたりとも逃さず目から取り込み、飢えた脳に送り込もうというとしているかのような、歓喜の声が上がります。だからこそ、レストラン業界も、「それに応えてナンボ」の世界になるのでしょう。
「料理の量を今の半分にして、値段も半分という、そんなプレートがあればいいのに!そうしたら、余った予算をドリンクに回せるでしょ?」
と、私はいつも提案しています。実は、そういう料理は無い訳ではないのですが、それはあくまでも「お子様用(Kinderteller)」ないし「お年を召した方用(Seniorenteller)」であり、屈強な若い大男は頼みたくても頼めないのです。かくして、大量の食べ残しが発生し、「ああモッタイナイ」と私は嘆くのであります。
しかし、ドイツ人は、私の提案に一定の理解を示すものの、それを実践する気配は全くありません。どうしてこうなるのか・・・?それについての考察は来週に続きます。
ドイツのレストランで周囲を見渡すと、例えそれが宴会であっても、1人が自分の好きな料理を1品しか注文しないというケースが多いようです。その内容は、肉やサラダやジャガイモの乗った大皿が1人分、という一皿(ワンプレート)料理です。日本でよくみられる3000円飲み放題付などといった宴会メニューが普及しないのは、コース料理だと値段が上がることと、自分の飲み食いした分しか払わないワリカン文化であることが主因かと思います。それにドイツの場合、4ユーロのプレートだろうが8ユーロのプレートだろうが、その値段差は材料価格によるもので、その量には差は無く、いずれもあきれるほど量が多いです。少なくとも若手ドイツ人研究者の会合を見る限り、彼らは1番安い料理を一皿しか頼まず、浮いた予算はなるべくドリンク(ビール!)に回し、ひたすら粘る・・・というパターンが多いように見受けます。
ドイツと日本の外食産業の最大の違いは、ドイツでは気軽に入れるレストランが少ないという点に尽きると思います。お冷(ひや)無料は言うに及ばず、コーヒーまでおかわり自由、チップも要求されず、ボタンを押しただけで店員がすっ飛んできてくれる日本は、まさにこの世の天国です。しかしドイツでは、水(ミネラルウォーター)が有料かつ割高で、それこそ文字通りの「水商売」です。欧州髄一のケチな民族として有名なドイツ人が、値段そのものが安い上にチップもいらないファーストフード系列店を好み、また、誰かの家でピザ等の出前をとってのホームパーティーを好むのも、私に言わせればその理由はハッキリしています。
話を元に戻しますが、まず、レストランで最初に気になったのが、「どうして一皿の量がこんなに多いのか?」ということでした。そこで、周りに聞いてみると、こんな答えが返ってきました。
「だって、人間の目は、胃よりも大きいんだぜ~!(Die Augen sind größer als der Magen)」
まさに、「目は口ほどにモノを食う」と言ったところでしょうか。まるでどこかの国の大食い番組のシーンのようです。以前、大食いアイドル・三宅智子さんが、大量の料理を前に、「人間は、目で食べるというのもあるから・・・」と語ったことがありました。美人の誉れ高い三宅さんの目は確かにパッチリと大きいですが、果たして胃よりも大きかったのか・・・などと、この遠い異国の古いことわざを耳にして、ふと彼女の事を思い浮かべたものでした。
よく考えてみたら、以前のコラム(→大食い海外事情(1)・・・ドイツの研究者の昼食編)にも記した通り、ドイツでは健康(特に減量)に対する関心が年々増しており、私の周囲にも食事制限中の人が結構います。その状態は、前回コラムでいうところの「飢え」に相当するのかもしれません。そんな彼らが、滅多に行かない外食に行く以上、「目で食べたいんや~!」と食べ物への空想を膨らませるのも無理はないのでしょう。たとえ食べきれない量と分かっていても、その皿がテーブルに運ばれて来たその瞬間、そのボリュームを1グラムたりとも逃さず目から取り込み、飢えた脳に送り込もうというとしているかのような、歓喜の声が上がります。だからこそ、レストラン業界も、「それに応えてナンボ」の世界になるのでしょう。
「料理の量を今の半分にして、値段も半分という、そんなプレートがあればいいのに!そうしたら、余った予算をドリンクに回せるでしょ?」
と、私はいつも提案しています。実は、そういう料理は無い訳ではないのですが、それはあくまでも「お子様用(Kinderteller)」ないし「お年を召した方用(Seniorenteller)」であり、屈強な若い大男は頼みたくても頼めないのです。かくして、大量の食べ残しが発生し、「ああモッタイナイ」と私は嘆くのであります。
しかし、ドイツ人は、私の提案に一定の理解を示すものの、それを実践する気配は全くありません。どうしてこうなるのか・・・?それについての考察は来週に続きます。





