2009/01/23
「人はなぜ大食いするのか?」(3)・・・医療従事者編(後)
先週は、「外科系医師の大食い」について考えてみました。外科医は、手術途中での退室(食事休憩)をなかなか許されない状況に長時間置かれることが頻繁にあります。長い手術が終わり、いざ、久しぶりの食べ物を目の前にしたとき、妄想の如く膨らんだ自らの食欲には逆らえず、大食い選手も顔負けの食いっぷりを披露することもあるでしょう。それも、食事を我慢する時間(≒手術時間etc)が長くなればなるほど、その後の食欲も食事量も比例するように大きくなりがちです。ちなみに、私の研修医時代を振り返っても、医師生活がスタートした直後からみるみる太ってきた人は、やはり外科系の人が多かったように記憶しています。
前回のコラムおよび、以上のような経験をふまえれば、「外科医はなぜ大食いするのか?」という問いの答えは、「先行する断食の時間があるから」ということになりそうです。ここまでは外科医について考えてきましたが、他科の医師の業務にも実は「断食タイム」が組み込まれています。例えば、内科・小児科から眼科・耳鼻科等まで、外来診療人数の多い科となると、朝から夕方まで8時間以上、昼食抜きで休憩無しのノンストップ診療は珍しくありません。
では、看護師・介護士はどうでしょうか。彼らの仕事は、患者さんの移送・介助からシーツ交換まで、運動量(カロリー消費)の多い職種です。つまり、断食タイムのみならず筋トレ・エクサザイズタイムもさらに上乗せされるのです。こうなると、ただでさえ短い休憩時間に、一気に空腹を解消しようとしてしまうのは、誰にでも備わっている動物としての本能の一環とも考えられます。そんな日々を繰り返すうちに、医療従事者の胃袋は大きくなっていくのかもしれません。
実は、「大食いとはそもそも、飢餓の裏返しである」というのは、これまた医学書レベルの原理原則でもあります。その理由如何を問わず、先行する「飢え」がある場合、人は誰でも(程度の個人差こそあれ)「大食い行為」への衝動に駆られるとされます。それは人間の生存本能上、当然の行為であり、それがなければ人類はとっくに餓死者続出で絶滅していたのかもしれません。そして、その逆である「大食い」後の「飢え」もまた存在し、その場合は、「大食い行為」と「飢餓(行為)」は循環するようになります。その循環の輪が小さければ、単なる「食べ過ぎ」と「食事制限」に過ぎませんが、その輪が一種の相乗効果を伴ってズンズンと大きくなっていくケースも、この世には存在するようで、それこそが現代の大食い番組の存在基盤でもあります。
近年の大食い番組に見る「壮絶なハイレベルの戦い」の増加は、まるでトカチェフやムーンサルトなどの大技・荒業が当たり前のように炸裂する体操競技のように、前述の「循環」が壮大な大車輪にまで発展し、一種アクロバティックな領域に『日本の大食い』が突入し始めていることの現われだということを、番組の歴史をご存知のファンの皆様なら、きっとお分かりいただけることでしょう。
前回のコラムおよび、以上のような経験をふまえれば、「外科医はなぜ大食いするのか?」という問いの答えは、「先行する断食の時間があるから」ということになりそうです。ここまでは外科医について考えてきましたが、他科の医師の業務にも実は「断食タイム」が組み込まれています。例えば、内科・小児科から眼科・耳鼻科等まで、外来診療人数の多い科となると、朝から夕方まで8時間以上、昼食抜きで休憩無しのノンストップ診療は珍しくありません。
では、看護師・介護士はどうでしょうか。彼らの仕事は、患者さんの移送・介助からシーツ交換まで、運動量(カロリー消費)の多い職種です。つまり、断食タイムのみならず筋トレ・エクサザイズタイムもさらに上乗せされるのです。こうなると、ただでさえ短い休憩時間に、一気に空腹を解消しようとしてしまうのは、誰にでも備わっている動物としての本能の一環とも考えられます。そんな日々を繰り返すうちに、医療従事者の胃袋は大きくなっていくのかもしれません。
実は、「大食いとはそもそも、飢餓の裏返しである」というのは、これまた医学書レベルの原理原則でもあります。その理由如何を問わず、先行する「飢え」がある場合、人は誰でも(程度の個人差こそあれ)「大食い行為」への衝動に駆られるとされます。それは人間の生存本能上、当然の行為であり、それがなければ人類はとっくに餓死者続出で絶滅していたのかもしれません。そして、その逆である「大食い」後の「飢え」もまた存在し、その場合は、「大食い行為」と「飢餓(行為)」は循環するようになります。その循環の輪が小さければ、単なる「食べ過ぎ」と「食事制限」に過ぎませんが、その輪が一種の相乗効果を伴ってズンズンと大きくなっていくケースも、この世には存在するようで、それこそが現代の大食い番組の存在基盤でもあります。
近年の大食い番組に見る「壮絶なハイレベルの戦い」の増加は、まるでトカチェフやムーンサルトなどの大技・荒業が当たり前のように炸裂する体操競技のように、前述の「循環」が壮大な大車輪にまで発展し、一種アクロバティックな領域に『日本の大食い』が突入し始めていることの現われだということを、番組の歴史をご存知のファンの皆様なら、きっとお分かりいただけることでしょう。





