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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2018/03/23

ドイツのお茶の間に「よもや」の聖光学院!「2020年東京五輪in フクシマ」に向かう世界の視線

最近、平昌オリンピックの映像を整理するためにドイツ公営第一放送(ARD)の五輪特設ホームページを訪れたところ、ある動画が目につきました。どう見ても日本の野球のノックにしか見えない光景、そして左下にはドイツでこれを見ない人はいないという国民的ニュース番組『ターゲスシャウ(Tagesschau)』の青いロゴが加えられています。これは一体何事かとリンク先をクリックしたら、あらビックリ!どうやらこれは2月27日のニュースの一部だったようで、東日本大震災から七年という3月11日を前に、2年後に福島で開催予定という東京五輪の野球競技について紹介する3分余りの短いクリップでありました↓。(末尾参考動画1)

この映像を見て、「おっ、奥の緑で丸い建物、以前のこのサイトのコラムで見たことがあるゾ!」と思われた方は、相当に熱心に当サイトをお読みいただいているか、よほど記憶力が高くていらっしゃるか、その両方ではないかと想像します(笑)。そうです、私、以前この地を訪問したことを、記事にしたことがあるのです(→3・11に寄せて(4)…聖光学院(福島)の祈り)。VTRに出てくるこの丸い建物は、この原稿が掲載される日に阪神甲子園球場で開幕予定の春のセンバツこと、第90回選抜高等学校野球大会(3月23日~4月4日)の開幕試合に登場が予定される聖光学院(福島)の野球部グラウンドの脇にあるチャペルで、以前のコラムで掲載したのは夕暮れ時に別のアングルから撮影したカットでした↓。

それにしても、なぜ、今、それもドイツで聖光学院なのでしょうか?そして、どうしてこのニュースが平昌五輪特設サイトからリンクを貼られているのでしょうか?それについては動画を見ていただくのが一番手っ取り早いのですが、何と言っても全編ドイツ語なので、当サイトにその全文和訳を掲載したいと思います。日本が舞台の話ながら、日本とはかなり違うスタンスの報道がなされていることが、私にとっては驚きと衝撃の連続でした。以下、ARD Tagesschauからの直訳文を青字、筆者注釈を赤字で表示して区別してあります。蛇足ながら、青字部分は筆者の見解ではないことに御注意いただきたいと思います。

タイトル:『東京五輪2020:開催地フクシマが巻き起こす懐疑論』(Tokio 2020: Austragungsort Fukushima sorgt für Skepsis)
日本人は野球が大好きだ。フクシマにあるこの野球強豪校は、日本のプロ野球選手になりたい子供たちの指導に定評がある。ここは、日本でもトップクラスの野球選手が集まるチームの一つである。

 しかしフクシマと言えば、人々はスポーツや野球ではなく、真っ先にあの原子力の惨劇(die atomare Katastrophe)を思い浮かべる。そのことに対して、チームの監督は不満があるようだ。

 

(↑斎藤智也監督の名前が、「トモヤ・サイトウ」ではなく「ヨモヤ・サイトウ」になっている!手書きのメモで、TかYか判読できなかったということか?)
(斎藤監督:)「フクシマと言うと、みんなすぐにあの事故と結びつけて考える。人々は、ここがゴーストタウンだと思っているかもしれない。マスコミもそういう誤ったイメージを垂れ流している。しかし、ここは今では何もかも普通の日常に戻っている」
(Fukushima wird immer nur mit diesem Unfall verbunden. Die Leute denken vielleicht, wir sind eine Geisterstadt. Auch die Medien verbreiten dieses falsche Bild. Hier ist doch alles wieder normal)

(発言は、本人の日本語によるオリジナルではなく、吹き替えられたドイツ語を日本語へ全訳。以下、他の人物のインタビューも同様)

   放射能について聞かれることを斎藤監督は嫌う。チームの寄宿舎に住む男子選手たちも、放射能について誰も語りたがらない。それでいて、ヨシトシ・サトウは自宅に帰りたがらない。彼の自宅のある村からは、多くの住民が避難している。しかし、彼は15歳にして現状に折り合いをつけたようだ。
(調べたところ、この生徒の名は佐藤義敏くん。新2年生でポジションは外野、右投げ左打ち、いわき市内の中学の出身と判明。今回のセンバツの登録選手18人の中には入っていない)

 (佐藤義敏君:)「放射能は自然界にも存在する。何でもかんでも危険とは限らないでしょう?」
(In der Natur gibt es auch Strahlung. Das muss doch nicht immer gefährlich sein)

フクシマには、12万人が住んでいる。この地はかつて観光客にも好評で、良質の野菜の産地としても知られていた(←キッパリと過去形で語られているところに悲哀を感じる)。太平洋沿岸の事故を起こした原子力発電所(Kernkraftwerk)からは80キロ離れている。この街は、(事故当時)高い放射線量が測定されたにもかかわらず、事故以降も片づけが為されていない。(左上写真:福島市外観、右上:「片づけが為されていない」の発言時に写った、福島駅前の商店街。車道と歩道との間の黄色い柵に囲まれた部分を指していると思われるものの、具体的な言及なく詳細不明)

そんなフクシマで間もなく、オリンピックが開催されようとしている。この市は、2020年東京五輪の開催都市の一つとなっている。この老朽化が進んだ野球場には、今年中に作業員が動員されて改修工事が始まる予定である。

 (この球場は、福島市内にある県営あづま球場。参考サイトAによれば、工事は2018年度開始予定で、内外野を全て人工芝に張り替えることになったのは主にソフトボールからの強い要請があったため。参考サイトBによれば、2020年東京五輪の男子野球と女子ソフトボールはそれぞれの開幕試合となる日本戦をこの球場で、残りの試合を全て横浜スタジアムで行うとのこと)

野球は、日本からの特別な要望によって五輪競技に復活することになった。しかし、一体誰がこの地において、放射能ではなくメダルについて考えるだろうか?

(福島県スポーツ文化担当・鈴木氏:)「フクシマがまだ七年前と同じように悲惨な状況にある…と多くの人々が考えることも、私たちには理解できる。だからこそ、五輪がフクシマに来ることは、フクシマの今の状況や、人々が幸せに暮らしているということを世界に知らしめるいい機会である」
(Wir können verstehen, dass viele Menschen denken, es ist immer noch schlimm wie vor sieben Jahren. Deswegen sind Olympische Spiele eine gute Gelegenheit, der Welt zu zeigen, wass hier alles passiert, und dass es den Menschen gut geht)


上手くいけば、(左下写真のような)映像が世界に配信され、五輪後には観光客が戻って来る…と彼らは考えている。フクシマの放射線量は明らかに低下してきているものの、例えばベルリンと比べると今も高い。

   (上写真左:参考サイトAに「県営あづま球場の改修予想図 福島県提供」として掲載されているのと同じ画像。同右:ARDがロケを行った当時の雪景色の県営あづま球場外観)

環境活動家はこれをよしとしない。「フクシマでオリンピック」というのは間違ったシグナルだと言う。

 (ショーン・バーニー氏:)「五輪観戦客にとっての健康リスクは少ないかもしれない。しかし、目と鼻の先では放射能災害がまだ現在進行中で、何百万トンもの核のゴミもある。この状況は、2020年までに片付くことなど無い。これは、原子力への回帰をもくろむ日本政府によるプロパガンダ戦争である」
(Das Risiko für die Gäste wird minimal sein. Aber auf der anderen Seite der Straße haben wir immer noch das radioaktive Disaster, Millionen Tonnen nuklearer Müll. Das wird sich nicht bis 2020 erledigt haben. Das ist ein Propaganda-Krieg der japanischen Regierung, die wieder in die Atomkraft einsteigt)

(発言主のショーン・バーニー氏はスコットランドを本拠として主に日本と韓国を活躍の場とするドイツ・グリーンピース所属の原子力問題の上級専門家。3・11以降の日本の原子力政策全般、原発差し止め裁判、避難者の損害賠償請求などに関する英字媒体への登場が多い)

事故を起こした原発(Atomkraftwerk)の周囲に住人を戻すため、日本は何十億ユーロ(数千億円単位)もの大金をこの地に投入した。トン単位の多量な汚染土が運び出され、避難区域はどんどん指定解除されている。それでも、本当の意味でこの地に戻ってくる人は一割にも満たない。

   (上写真左:汚染土を入れた黒い袋が持ち上げられている。右:多数の黒い袋を積んだトラックが走り去るところ)

今でも場所によっては、非常に線量の高い場所が存在する。そして、この(まだらに汚染された)状況は、向こう数十年は続くだろうと環境活動家は指摘している。

 

   だからこそ、日本はポジティブなニュースを必要としている。そこで野球少年たちの出番となる。彼らは、チームのためだけに野球をしているのではない。彼らは、(フクシマという)地域全体のために戦っているのである。

以上です。まず、本文中に出てくるFUKUSHIMAと発音される単語が、本来は「福島県」だったり、「福島市」だったり、漠然と「福島市およびその近郊」という意味で使用されたりするべきところを(←福島市ではなく伊達市にある聖光学院をこの呼称で表すのはここに相当)、ARDのナレーションではその区別が全く行われていないことが、日本人であればすぐにピンと来ます。この単語、時には「福島第一原発事故」の総称として、あるいは原子爆弾の被害を受けた「ヒロシマ」「ナガサキ」との対比で「フクシマ」と呼ばれることもあるでしょう。、ドイツ語の原文がこれらをきちんと区別していないことを反映する意図も込めて、今回の当コラムではこれらを全て「フクシマ」と片仮名表記で統一することにしました。どれがどの「フクシマ」を指すのか、ご自身で確認していただければと思います。

なお、ナレーション内には、そのまま訳したものの、意味や意図がよくわからない箇所がありました。例えば、「フクシマには12万人が住んでいる」という一文です。このフクシマとは一体、どのフクシマを指すのでしょうか?参考までに、福島県の人口は188万人、福島市の人口は29万人、聖光学院のある伊達市の人口は6万人余りです。どうやら、相双地区(浜通りからいわきを除いた範囲)の人口10万8千人、というあたりがビンゴかと思われますが、「フクシマ」と呼んで相双地区を指した直後に「そのフクシマで東京五輪の野球が開催される」と言われると、それは事実ではありませんよ…そのフクシマはこのフクシマと違いますよ…とばかりに、ARDに苦情の電凸など入れたくもなります。それでも、原発事故のあった双葉郡の現在の人口が7千人(震災前の2010年は7万3千人)という数字を見てしまうと、「住民の1割も戻ってこない」「事故はまだ現在進行形で続いている」という部分については激しく同意せざるを得ません。(参考サイトC)

さらにもう一つ、補足したいことがあります。ドンブリ片手に坊主頭でドイツのお茶の間の視線を釘づけにした佐藤義敏君について、ナレーションでは「彼の郷里の村からは多数の家族が避難した(Seinen Heimatdorf hat viele Familie verlassen)」という表現が使われています。彼はいわき市内の中学の出身だそうですが、いわき市(人口34万6千人)は地震と津波の被害があった地区とはいえ、「村(Dorf)」と呼ぶにはあまりにも大きすぎます。いわき市といえば、震災直後に原発周囲自治体の多くが臨時役場機能を置いたことや、仮設住宅が多く建設されたことでも知られます。となると、佐藤君にとってのいわき市も実は避難先なのかもしれません。

ARDはこの動画でドイツ国民、ひいては世界に一体何を訴えようとしているのか。私が今でも昨日の事のように思い出すのが、以前ドイツに渡ったばかりの2000年代半ば、「ドイツの公営放送には、ARD(第一放送)が右寄りで原発容認ZDF(第二テレビ)が左寄り革新で原発反対、という漫然とした棲み分けがある」「原子力のことをケルンクラフト(Kernkraft)と呼ぶのは原発推進派アトームクラフト(Atomkraft)と呼ぶのが原発反対派と思ってだいたい間違いない」という不文律の如き豆知識を同僚から教えられたことです。それが今回、右寄り保守で常にケルンクラフトという単語を使用してきたはずのARDが、このたった3分の動画の中で原子力のことを3度もアトーム(クラフト)と呼んだことに、私は密やかな衝撃を受けたのでした(ちなみにケルンクラフトと言ったのは1度だけ)。ましてや、畳みかけるようにグリーンピースの人が出てきて「日本政府のプロパガンダ!」とZDFコメンテーターも顔負けの威勢の良さでブチ上げた瞬間たるや、思わずお茶を吹いてしまうレベルの異常事態と言えましょう(笑)。

少なくとも2011年の震災当時、原発事故の解説にグリーンピースの核問題の専門家が出て来たテレビ局と言えばZDFかニュース専門チャンネルn-tvと相場が決まっていたもので、これには隔世の感を通り越して、世界と日本とのあまりの報道スタンスのギャップに、テレビの前で呆然としてしまったのでした。(→緊急寄稿(3)…今度は”Super-GAU”の大合唱、→緊急寄稿(4)…ドイツの天気予報に起きた異変、→緊急寄稿(5)…「German Angst」から「民族大移動」へ、→緊急寄稿(6)…「ツェンタカータ」に思う国際報道の難しさ

よもや(Yomoya?)、頑固な保守だったはずのARDがここまで変わるとは!ポスト2011の世界を激変させたFUKUSHIMAの威力は、果たして東京五輪2020の野球映像でどうにかなるレベルなのかどうか…答えは2年後に出ることになるでしょう。


<参考動画>
1) ARD Tagesschau24 (2018年2月27日):Tokio 2020: Austragungsort Fukushima sorgt für Skepsis (東京五輪2020:開催地フクシマが巻き起こす懐疑論)
https://www.sportschau.de/olympia/video-tokio--austragungsort-fukushima-sorgt-fuer-skepsis-100.html
ホームページ内解説文:Bei den Olympischen Spielen 2020 in Tokio zählt Fukushima zu den Austragungsorten. Nach der Nuklearkatastrophe 2011 sorgt diese Wahl allerdings für Kontroversen
(その全訳:福島は、2020年東京五輪の開催地の一つに数えられている。しかし、2011年の核災害後という状況で、この選択は意見対立を招いている).


<参考サイト>
A) 時事通信(2018年1月29日):福島県、あづま球場を人工芝に改修=五輪野球・ソフト会場
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018012900348&g=bsb

B) 毎日新聞(2017年6月30日):東京五輪 野球・ソフトの開幕戦は福島で
https://mainichi.jp/sportsspecial/articles/20170701/k00/00m/050/050000c

C) 毎日新聞(2017年12月13日):自民党 福島、県議定数維持 原発事故の8町村 特例法案
https://mainichi.jp/senkyo/articles/20171213/ddm/005/010/051000c

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