Nagoya Talents' Network - タレコラ

Dr.片山晴子 RSS Feed

金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2018/02/23

ドイツで観る平昌五輪(2)…グローバリゼーションの勝利?!ドイツペアの歴史的優勝で複雑な胸中のフランス

平昌五輪開幕から一日も欠かさず毎日2個以上コンスタントにメダルを獲得、それも必ず金を含むという豪華さで大会前は誰も予想しなかった驚異的のメダルラッシュに恵まれてきたドイツですが、ついに大会7日目(2月16日)にメダルが途切れ、その2日後にはメダルランキングでとうとうノルウェーに抜かれ、長らく君臨してきた首位から陥落してしまいました。それでも、大会12日目(2月21日)時点でメダル総数24個は前回ソチ大会の19個を大幅に超えました。中でも特筆すべきは金メダルの多さで、現時点で1998年長野五輪及び2002年ソルトレークシティー五輪における最多記録である12個に並び、今大会における金メダル記録の更新も一気に現実味が出てきました(ちなみに総メダル数の最多記録はソルトレークシティ五輪での36個)。

それでも、こちらの五輪ムードは低調なままです。理由は三つあります。一つ目は、コチラ(→ドイツで観る平昌五輪(1)…五輪選手の出身地ランキングの日独比較から浮かび上がるウィンタースポーツの真実)で述べたように、ドイツでは五輪中継が17時きっかりに終わり、以降は今が五輪大会期間中であることすら感じさせないほどの通常編成で各局が臨んでいること、そして二つ目はコチラ(→ドイツの五輪放映権トラブルとロシア選手団の派遣禁止が問いかけるオリンピック中継の存在意義)で述べたように、昨年春にドイツの地デジ民放が完全有料化され、メインの五輪放映権をガッチリ握っている民放EUROSPORTが五輪関連番組を24時間放送しているにも関わらず、そもそも視聴できない世帯が多いということです。従って、4年前のソチ五輪ではドイツ公営放送の濃厚な解説付きでリアルタイムで見届けることができたのがウソのように、今回の平昌五輪ではフィギュアスケートの全てのカテゴリーがEUROSPORTの有料放送のみの独占中継という、日本ではあり得ない囲い込みが為されています(五輪を機に有料契約を少しでも増やしたいEUROSPORTの要請で、ARD/ZDFがリアルタイムでのフィギュアスケート中継を禁じられているため)。つくづく、カネ・カネ・カネの商業主義五輪に嫌気がさしてきます(怒)(なお、三つ目の理由については後日のコラムで述べます)。

日本では羽生結弦選手や小平奈緒選手の金メダル獲得をどのテレビ局もトップニュースとして扱ったのではないかと想像しますが、ドイツではそもそもスポーツがトップに来ることなど滅多にありません。ドイツ国民にとってのニュースと言えば夜20:00からのTagesschau(ARD)という15分番組なのですが、ワールドカップサッカーで優勝でもしない限り、スポーツはだいたいニュース後半に回され、トップニュースはあくまでも今話題の大連立やシリア空爆といった話題なのですが、例外がたった一度だけありました。それは、フィギュアスケート・ペアのアリオナ・サフチェンコ/ブリューノ・マッソー組が金メダルを獲得した2月15日でした↓。

(参考動画1からのスクリーンショット。タイトルは「冬季五輪 サフチェンコとマッソーのペアが金」)

ちなみにこの日の2番目のニュースは、通常なら間違いなくトップニュースとなったであろう「トルコの首相が来独、ベルリンでメルケル首相と会談」という内容でした。この翌日、一年余りトルコに監禁されていたトルコ系ドイツ人ジャーナリストが電撃的に解放されるのですが、この首相訪問が何らかの伏線であった可能性があり、かなり重要なニュースだったはずです。そんな重大ニュースを差し置いて、スポーツ、それもドイツではお世辞にも人気があるとは言えないフィギュアスケートがトップに来るのはまさしく異例中の異例で、さすがはペア界のレジェンド、アリオナ・サフチェンコ選手です。金メダル獲得後に彼女がインタビューでしきりに連発していた「私たちは歴史を記したのだ」(wir haben Geschichte geschrieben)というセリフは、このニュースショーの事も予言していたのかもしれません(笑)。

サフチェンコ/マッソー組といえば、彼女が34才のウクライナ人、彼が29才のフランス人、それなのに何故かドイツ代表…というツッコミどころ満載のペアです(笑)。今回が実に5度目の五輪となった大御所の彼女と、五輪出場経験もない、ペア選手としても別のフランスペアの後塵を拝していた彼がいかにしてペアを組むことになったのか、そして二人が2014年のペア結成から1年半もの間、どうして試合出場やアイスショー出演を一切禁止されなければならなかったのか、そしてどのようにして処分解除にこぎつけたのか、過去の当サイトでかなり詳しく説明しましたのでここでは繰り返しません。事情をご存じない方はこれらのコラムをご一読下さい(→欧州選手権inブラチスラバ(4)…出場停止処分解除でついに大舞台へ!ドイツの新生ペア「サフチェンコ/マッソ組」の挑戦が始まる、→グランプリファイナルに向けて…日本では完全無視?!世界が注目するペア競技の「アラサー女子旋風」、→グランプリファイナルin名古屋(2)…ついに本気モードに突入!ドイツメディア、異例尽くしの五輪シーズン前哨戦)。これらのコラムにもあるように、二人が五輪の舞台に登場するまでには、ドイツのスケート連盟とフランスのスケート連盟の間の壮絶骨肉バトル、ドイツ国民の血税まで投入しての移籍実現、期限ギリギリで何とか間に合ったブリューノ・マッソー君のドイツ国籍取得、といった具合に波瀾万丈のドラマが満載でした。

そして五輪本番もドラマでした。団体戦ショートプログラムではアリオナ選手のスロージャンプ転倒で3位、個人戦ではショートプログラムでブリューノ君がジャンプミスでまさかの4位。ここまでミスが続けば自信を喪失してもおかしくないものを、「昨日までの事は全て吹っ切る。これから私たちは歴史を記す!(Wir schreiben Geschichte)」というアリオナさんのツルの一言で翌日のフリーでは一転、ノーミスの神プログラムを見事に滑り切り、自ら樹立のフリーの世界最高得点をさらに更新、そこにライバルの失敗も重なり、ドイツのフィギュアスケート・ペアとしては66年振りの優勝という金字塔を打ち立てるに至ったのでした。これなら、トルコ首相来独を上回るニュースバリューが十分あると判断されたのでしょう。

このプログラム、振付けはあの1984年サラエボ五輪芸術点満点という伝説の「ボレロ」で知られるトーヴィル/ディーン組のクリストファー・ディーン氏。衣装も振付けも当時の「ボレロ」とよく似ており、ZDFで両者の映像を並べて比較した映像は大ウケでした(下写真2点、いずれも参考動画2からのスクリーンショット)。

(衣装も振付けもソックリ。ZDFスタッフの実験で、それぞれの音楽を交換しても演技とピッタリ合うことが判明)

(左は「ボレロ」の最後にトーヴィル/ディーン組が氷上に倒れ込む有名なシーン。右のサフチェンコ/マッソー組の平昌五輪でのラストは、二人とも氷上に倒れ込む予定は全く無かったという)

興奮冷めやらぬ翌日、フランスのメディアの様子も探ってみました。BFMTVによると、フランス人のマッソー選手がドイツに金メダルをもたらしたという現実に、特にフランスのスケート連盟関係者は複雑な心境のようです(参考サイトA)。ディディエ・ゲヤゲ連盟会長が「この(サフチェンコ/マッソー組の)金メダルには、我らがフランスもほんのちょこっと貢献している」「ブリューノ君は純粋なノルマンディー産」と、途中からワインかチーズの話にすり替わっのかと勘違いしそうなセリフをのたまったかと思えば、連盟役員かつ選手のコーチも務めるカティヤ・クリエー氏が「当然ながら、多少は胸がチクリと痛い」「今後はブリューノ君を(フランス側で)キープした方が良いのかも」と未練をにじませます。

しかし、ブリューノ君を理解し応援するコメントもありました。同じペア選手で、フランス代表としてヴァネッサ・ジェームズ選手(Vanessa James)(ジェームズ選手についてはコチラを参照:→エリック・ボンパール杯観戦記(3)…移民国家フランスのロールモデル?シャフィック・ベセギエが体現する世界)と組んで平昌五輪出場、フランス唯一のペアとして5位に入賞したモルガン・シプレ選手(Morgan Ciprès)は、このようなコメントを寄せています(参考サイトA)。

「今回の結果は彼にとって良かった。遠くから帰ってきたって感じ」「それでいて、彼は心がフランス人なのだから、この結果はいいことだと思う」「あいにく、彼はフランス代表ではない。だけど、試合では僕たち選手はみんな根っこでは個人として臨んできた(on était en compétition en individuel à la base)。かれこれ10年くらい、(ペアの世界は)そんな感じが続いている」

これを読んで即座に思い出したのが、その数日前にサフチェンコ/マッソ―組を取り上げたル・モンド紙の記事でした。ドイツメディアでは報じられたことのないお宝情報も盛り込みつつ、マッソー選手の思いがマッソー選手の言葉で綴られているこの記事はなかなか秀逸です(参考サイトB)。この中に、前述のシプレ選手と似たコメントが出てきます:

「自国のためではなく他国のために滑るという選択には常に困難がつきまとう。しかし、どの選手もこう言うだろう。自分は国のために競技しているのではなく、何よりも自分のために競技しているのだと(on ne concourt pas d’abord pour le pays, on concourt avant tout pour soi)

こういうのを「異口同音」と呼ぶのでしょう。まるで示し合わせたかのようです(笑)。特にシプレ選手の場合、ペア相手のヴァネッサ・ジェームズ選手がカナダ生まれのアメリカ育ち、しかも父親が英国領バミューダ出身ということでイギリス所属だったのを2008年からフランス所属となりフランス国籍も取得しバンクーバー五輪→ソチ五輪→平昌五輪の3大会連続出場を果たした、「一体パスポートをいくつ持ってるの?」と聞きたくなるような、アリオナ・サフチェンコ選手にも負けない立派な「レジェンド」の1人でもあります。世界がグローバル化することによって、このような「国の枠組みを超えたグローバルな生い立ちを抱える個人」の絶対数は今後増えることはあっても減ることはないでしょう(昔はそんな人は滅多にいなかったのでしょうが)。それゆえにシプレ選手もマッソー選手も、いまだに「国別対抗」の体裁に固執し続ける五輪大会に対して何か釘を刺さずにいられなかったのでしょう。

男女シングルおよびアイスダンスに比べて、ペアの世界は求められる適性の幅が狭いこともあり、極端に競技人口が少ないカテゴリーです。国がどうのこうのとえり好みしている余裕がないほど、ペア相手を見つけることが困難な世界だということは、日本からロシア国籍に変更してバンクーバー五輪に出場した川口悠子さんや、今回の平昌五輪の日本ペア出場枠を確保した当の本人たちであるにも拘わらず、男性(フランス人)に日本国籍がないために五輪出場がかなわなかった須藤澄玲/フランシス・ブードロ=オーデ組の例を挙げるだけでも分かります。

なお、このルモンド紙の記事には「ペア結成当初、アリオナ・サフチェンコ選手はマッソー選手に、自分がフランス代表として競技すると申し出てきた」と書かれており、これはドイツでは全く報じられていない話だけに衝撃的でした。ペア結成当初、マッソー選手には国籍変更の予定は無く、まさか数年後に自分がフランス代表の青いジャージを手放すことになろうとは微塵も思っていなかったのだそうです。しかし、ここで問題になったのが、サフチェンコ選手の過去4度の五輪は始めの2度がウクライナ代表として、後の2度がドイツ代表としての出場だったということでした。一度国籍変更をしている個人が、二度目の国籍変更で3つ目の国を代表してオリンピックに出場するということはそもそも可能なのか、彼らは独仏それぞれのスケート連盟に照会したそうです。そして、このような案件は国際オリンピック委員会(IOC:フランス語ではCIOと言う)の実行委員会でないと解決できないという五輪憲章の条文の存在を知り、これは厳しそうだということで、まだ五輪出場経験のないマッソー選手の国籍変更という方針へ大きく舵を切っていったのです。

それにしても、オリンピックの国籍条項は何とかならないものかと思わないでもありません。これがなければ、世界選手権で銅メダルまで獲った高橋成美/マーヴィン・トラン組が五輪を断念しペア解消となることも無かったことでしょう。しかし逆のケースもあります。それについては次回紹介します。


<参考動画>
1) ARD Tagesschau(2018年2月15日20:00~20:15)
http://www.daserste.de/information/nachrichten-wetter/tagesschau/videosextern/tagesschau-20-00-uhr-4420.html

2) ZDF Olympia(2018年2月16日):Savchenko : “Haben es total genossen”
https://olympia.zdf.de/aktuelles/eiskunstlauf/talk-mit-massot-und-savchenko-100/
(元フィギュアスケーターで司会者のルディー・ツェルネ氏がアリオナ・サフチェンコ選手、ブリューノ・マッソー選手、コーチのアレクサンダー・ケーニヒ氏にインタビュー)


<参考サイト>
A) BFMTV(2018年2月15日):JO 2018: La drôle d'histoire de Bruno Massot, Français mais médaillé d'or pour l'Allemagne (フランス人なのにドイツに金メダルをもたらしたブリューノ・マッソーの物語)
http://rmcsport.bfmtv.com/jo/jo-2018-la-drole-d-histoire-de-bruno-massot-francais-mais-medaille-d-or-pour-l-allemagne-1374359.html

B) Le Monde(2018年2月13日初出、2月15日訂正):Bruno Massot, le patineur normand, devenu allemand pour poursuivre son rêve olympique (ノルマンディーのスケーター、ブリューノ・マッソーがドイツ人となってオリンピックの夢を追う)
http://www.lemonde.fr/jeux-olympiques-pyeongchang-2018/article/2018/02/13/jo-d-hiver-2018-comment-un-patineur-francais-est-devenu-allemand-pour-poursuivre-son-reve-olympique_5256369_5193626.html

バックナンバー>>
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459 460 461 462 463 464 465 466 467 468 469 470 471 472 473 474 475 476 477 478 479 480 481 482 483 484 485 486 487 488 489 490 491 492 493 494 495 496 497 498 499 500 501 502 503 504 505 506 507 508 509 510 511 512 513 514 515 516