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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2018/02/02

五輪直前のドーピング問題に急展開!ラトビア選手の苦悩からドーピング検体ボトルの欠陥まで

この原稿が掲載されるのは、平昌冬季五輪開幕までちょうど1週間後というタイミングです。ここに来てドイツでは、ドーピング関連報道が急展開を見せています。というのも、1月29日夜オンエアされたばかりのARD恒例のドーピング追及ドキュメンタリー『Geheimsache Doping』(直訳すると『ドーピングという秘め事』)の最新版の内容が衝撃的すぎて、翌朝からテレビもラジオも新聞もこの話題で大騒ぎしているからです。

ARDドキュメンタリー『Geheimsache Doping』シリーズといえば、当コラムでもつい最近紹介したばかりでした(→ドイツの五輪放映権トラブルとロシア選手団の派遣禁止が問いかけるオリンピック中継の存在意義)。今や反ドーピングキャンペーンはドイツを震源地として世界展開中というより「世界を震撼中」という感じですが(笑)、その急先鋒たるジャーナリストのハーヨ・ゼッペルト氏(Hajo Seppelt)が日々届くタレ込み情報を基に世界を股にかけた突撃取材、さらには”おとり”と隠し撮りも駆使しつつ、闇に葬られるはずだった真相を掘り起こしていく…そんな内容は毎度ながら映画やサスペンスドラマも顔負けのスリル満点であり、ドーピング問題はおろかスポーツにまるで関心がなさそうなお茶の間の一般視聴者をもグイグイと引き込むものでした。そもそもロシア代表チームがリオ五輪の一部競技やリオパラリンピックから締め出されたのも、来たる平昌五輪に選手団ではなく個人資格での選手派遣のみ認められる事となったのも、2014年12月以降このシリーズから次々と放たれたスクープが発端とされています。

さて、去る月曜日の放送は、一体何を暴露したのでしょうか?番組は二部構成で、前半35分間の第一部(参考動画A)は2008年北京五輪から2014年ソチ五輪までにおけるロシアのドーピングの構図およびその手法の変遷についての内部告発者(現在アメリカに逃亡中)の証言、2016年リオ五輪へのロシア参加に最後まで反対した元国際オリンピック委員会(IOC)役員の初告白などから成り、さらに元理事に役員歴60年の元・重役といった元・IOC関係者も続々登場、いかにトーマス・バッハIOC会長がこの件に対して及び腰だったかを舌鋒鋭く明らかにしていきました。

 (いずれも参考サイトAからのスクリーンショット。タイトル直訳:左上「ドーピングという秘め事」、右上「オリンピックの陰謀」、左下「スポーツ界のイカサマに対する詐欺的な戦い」、右下「第一部」)

中でも最も身につまされたのは、冒頭部で登場したラトビアのスケレトン選手の証言でした:

左上写真で足を振り上げている2人は、スケレトンのラトビア代表選手であるトマス・ドゥクルス選手(左、Tomass Dukurs、1981年7月2日生まれの現在36才)とマルティンス・ドゥクルス選手(右、Martins Dukurs、1984年3月31日生まれの現在33才)の兄弟。二人とも来週開幕の平昌五輪の代表に選出されており、ともに4度目(!)にならんとする五輪に向けて鋭意準備中です。兄弟を指導するのは実父でナショナルコーチのダイニス・ドゥクルス氏(右上写真の左側:Dainis Dukurs…元ボブスレー・ラトビアチャンピオン)。まさにドイツや日本でも珍しくない「父子鷹スポーツ一家」の典型であり、かつて当コラムで取り上げたリオ五輪で英雄となった体操選手(→リオ五輪特集(2)…その名も「ヒーロー・デ・ジャネイロ」!ドイツを感動の渦に包んだアンディは「リオの花」?)や円盤投げ騒動の陰で株を大きく上げた銅メダリスト(→リオ五輪特集(7)…円盤投げ金メダリストが大炎上!長期化するハーティング騒動と「銀メダル競売」の美談の裏側)、さらにはハンドボールのドイツ代表監督から日本代表監督となったアイスランド人のお話にも似ています(→ドイツから日本へ転勤してきたマルチな才能!明日初陣のハンドボール日本代表新監督ダグル・シグルドソン氏の素顔)。

さて、このラトビアの兄弟、2010年バンクーバー五輪にも4年前のソチ五輪にも揃って出場しましたが、奇遇にもその戦績はバンクーバー・ソチともに「弟が銀メダル、兄が惜しくも4位」と完全一致でした(なお、その他の五輪戦績は兄が2002年ソルトレークシティー21位、弟は2006年トリノ7位)。ところがどっこい、2016年の暮れになって、とんでもないどんでん返しが訪れます。この兄弟をかわして金メダルに輝いたロシア選手にドーピング疑惑が発覚したのです↓。

左上はソチ五輪のスケレトンで優勝を決めた瞬間のアレクサンドル・トレティヤコフ選手(Alexander Tretiakov、1985年4月19日生まれの現在32才)。バンクーバー五輪では銅メダリストだったトレティヤコフ選手、母国での快挙にロシア国旗を左手に表情が晴れやかです。彼はマルティンス選手と年齢も近く、幼いころからラトビアのコースで一緒に練習を積んできた幼馴染のような仲だと言います。しかし、ソチ五輪からほぼ3年が経過しようかという亀のようなタイミングで、ソチ五輪の際に提出した尿サンプルの容器に細工の跡がみられたという調査結果(通称「マクラーレン・リポート」第二部)が公表され(参考サイト1)、同選手の反訴や審査などを経て、2017年11月に正式に金メダル剥奪が決まりました。ただし、これでソチ2位だった弟マルティンス君が金に、同4位だった兄トマス君が銅に繰り上がり、メダルがそれぞれの手元に順次郵送されてめでたしめでたし…という風にトントンと話が運ぶのかというと、事はそう簡単には行きません。ラトビアはこれまで冬季五輪で金メダルがまだ1個も無かったそうで、この一件で弟が棚ボタの金に繰り上がったとしても、「ラトビア史上初の快挙!」と国民が騒ごうにも、ソチ五輪はあまりにも遠くなりにけり…です。

だからこそ、弟マルティンス君は今回のARDの番組内でこう力説しました↓:

「自分たちは単に略奪された…(適切なタイミングで感動するという)感情を」「(母国初の金メダル獲得という快挙であっても)それが数年後にやってきたところで、誰も興味を示さない

このコメントを聞いて真っ先に思い浮かんだのは、以前の当コラムで取り上げたモルドバのカヌー選手でした(→「カヌーでドーピング」から連想するドイツの金メダリストの写真、ノルウェーのレジェンド、そして手元のドリンクボトル)。リオ五輪のカヌー競技(カヤック1人乗り1000m)で3位に入ったモルドバ共和国の選手は、過去(五輪の1ヶ月前)のドーピング検査で違反が発覚し、さかのぼって処分を受けることになりました。しかし、リオ五輪の失格が正式に発表されたのは、肝心の決勝レースが終わって表彰式も済んでから実に丸二日、という「後の祭り」というか「祭りの後」と呼ぶべきタイミングでした。つまり、後に失格になることはひとまず脇に置くとして、つかの間のメダリストとなった彼は、閉会式にメダル授与に国旗掲揚という感動の瞬間だけはしっかり実体験として味わうことができたのです↓。

上写真はリオ五輪の大会第8日、(左から右に)銀メダルのイサキアス・ケイロス選手(ブラジル)、金メダルのセバスティアン・ブレンデル選手(ドイツ)、失格となる前の銅メダルを胸にかけたセルゲイ・タルノフスキ選手(モルドバ)という3選手がドイツ国歌を聞きながら国旗掲揚を見守っている表彰台の光景です。

視線の先にそれぞれの国旗がゆっくり昇っていく様を見て、金メダリストのブレンデル選手は最後はボロ泣きしていました。テレビでこのシーンを漫然と眺めていたお茶の間の私の場合、ブレンデル選手の姿に多少もらい泣きをしつつも、いつしか関心は生まれて初めて見るモルドバ国旗(上写真の右側)の色やデザインの美しさの方へシフトしていき、地図上のどこにあるのかも、どんな歴史のある国なのかもサッパリ知らないモルドバ共和国という国に対して、俄然興味や勉学意欲が湧いてきたものでした(もっとも、少し調べたら「欧州最貧国」「人権侵害国家」といった説明にドン引きしてしまいましたが…)。

しかし、ドーピングの発覚がもっと早ければ、ここには繰り上げ3位となったロシアの選手が立っていたはずで、右端の国旗もロシアのはずでした。つまり、繰り上がり3位となるロシア選手は、リオのカヌー場で観客の称賛を浴びて母国の国旗を目に焼き付けつつ感動に浸る機会を、このモルドバ君に略奪されたことに他なりません(←ただしその場合、私はモルドバについて知る機会を奪われそうですが)。家族や支援者への恩返しも、確定するまでに数年かかった後では喜びも半減でしょうか。大会中に判明して審理がスピーディーに進んだドーピングでコレですから、ソチ五輪終了後3年近く経過した段階で急に繰り上げメダルが棚から降ってきたところで、ラトビア国民と喜びを分かち合うこともラトビア国旗を世界に知らしめることもかなわないドゥクルス兄弟選手の苦悩や憤懣やいかに、です。かくなる上は、彼らには今度こそ平昌五輪で繰り上げでも棚ボタでもない正真正銘の「ラトビア史上初の冬季五輪金メダル」を獲得していただき、感情&感動を味わう機会を堂々と自力で掴み取って欲しいものです。おそらくスケルトン競技の際には、私はきっとドイツも日本もそっちのけで、このラトビアの兄弟の一挙手一投足を熱く見守ることになることでしょう(笑)。

さて、今回のドキュメンタリーには第二部がありました。そして、その内容こそが、オンエア翌日からドイツメディアが堰を切ったように大騒ぎしている理由でもあります。それは、WADAで採用されている尿検体採取用のボトルに致命的な欠陥がある…という話でした。スイスのベルリンガーという会社の製品であるこの検体ボトルは、本来なら試料を入れて一旦フタを閉じたら、後からフタを開けようとした際に必ずその痕跡が残るとされてきました。それが、ドイツの研究機関とゼッペルト氏が実験したところ、試料を入れてフタを閉めたボトル(下写真左)を、フタを破損するといった痕跡を一切残すことなく再び開けることができた(下写真右)…という、実演映像です!これでは、不正なボトル開閉やサンプルのすり替えを察知する術はありません。加えてこのボトルは偽造も簡単だそうで、万一これらのことに気付いていながら黙ってきたスポーツの現場ないし国が幾つかあったとしたら、これまで行われてきた反ドーピング機関の検査は一体何だったのかということになります。

 (参考動画Cからのスクリーンショット。なお、第一部の映像は末尾参考動画AおよびBとしてARDホームページに2か国語でアップされているのに対し、この検体用ボトルの欠陥について検証した第二部は1月31日現在、いまだに動画がアップロードされていないのが意味深である!不正を誘発するとの判断による自粛か?)

このボトルが採用されたのは2017年で、不正防止の最新技術が導入されているという触れ込みだったようです(参考動画D)。それが、これほどあっけなく簡単に不正開閉が出来てしまうということを今年の1月に入ってからいち早くWADA(世界アンチドーピング機関)に告発したケルンの反ドーピング検査機関を率いる教授が、早朝から満を持してワイドショー生出演(参考動画E)、お堅~い表情とお役所言葉の炸裂です(笑)↓。

このマリオ・テーヴィス教授、今後おそらく平昌五輪閉幕までの間、何度もドイツのテレビに再登板するであろう人物です。このお堅い表情がニコ~ッと和らいだのは、ZDF司会からこんな質問を投げかけられた瞬間でした↓。

司会 「もう、いっそのこと、フタにワックスとハンコでええんちゃうの?中世の頃なら、それで何の問題も無かったやんけ!」
教授 「確かに数年前までは、IOCでもそのような方法で再開封防止としていました。私は、そのような封を開けさせてもらった最後の世代で、当時はゴム製のフタの上からさらにワックスで熱加工して封印したものですが、皆様が想像される通り、それですら必ずしも不正防止に万全とは言えません」

 ワックスにハンコ!まさにヨーロッパの中世騎士のラブレターのようでロマンティックですね~!などとウットリしている暇はありません。この欠陥ボトル、既に平昌にも大量に配備済みだそうで、今から一斉に回収して代替品を供給するのか、それともボトルはそのまま別の不正防止策を追加するのか、詳細はまだ明らかにされていません。いずれにしても、五輪まであと1週間余りというタイミングで降って湧いたドタバタ劇に、ドイツの人々が心底オリンピックにウンザリし始めていると思しきアンケート結果も出ており(下写真)、益々の盛り下がりが懸念される今日この頃です。

 (参考動画Aより。ドイツの調査会社が実施した「オリンピックといえば、どんなイメージが思い浮かぶ?」というアンケートに対し、「フェアプレーとクリーンなスポーツ」という選択肢を選んだのが34%、「ドーピングと腐敗」を選んだのが58%、「両方」と答えたのが4%、無回答が4%。アンチ・ドーピング・キャンペーンがいつの間にかアンチ・オリンピック・キャンペーンにすり替わったような結果に驚かされる)


<参考動画>
A) ARD(2018年1月29日):Video: Geheimsache Doping - das Olympiakomplott (Teil eins)
http://www.daserste.de/sport/sportschau/videosextern/geheimsache-doping-das-olympiakomplott-teil-eins-100.html
(ドイツ語版。公開期限2019年1月29日)

B) ARD(2018年1月29日):Video: Doping Top Secret - Olympic conspiracy (part two)
http://www.daserste.de/sport/sportschau/videosextern/doping-top-secret-olympic-conspiracy-part-two-100.html
(参考動画Aの英語吹き替え版。ドイツ語版と異なり、こちらは公開期限2018年2月5日であることに注意)

C) ARD Mittagsmagazin(2018年1月30日):Geheimsache Doping Doping-Kontrolle infrage gestellt
http://www.daserste.de/information/politik-weltgeschehen/mittagsmagazin/videosextern/geheimsache-doping-doping-kontrollsystem-infrage-gestellt-100.html
(公開期限2018年8月31日)

D) ZDF Morgenmagazin(2018年1月30日):Neue Probleme bei Dopingtests - IOC besorgt wegen neuer Enthüllungen
https://www.zdf.de/nachrichten/zdf-morgenmagazin/dopingproben-olympia-100.html

E) ZDF Morgenmagazin(2018年1月30日):Doping-Kontrollen: "Auffälligkeiten gemeldet"
https://www.zdf.de/nachrichten/zdf-morgenmagazin/prof-mario-thevis-zu-unsicheren-doping-kontrollen-100.html


<参考サイト>
1) タス通信 - 英語版(2016年12月30日):Four Russian skeleton athletes provisionally suspended on doping allegations
http://tass.com/sport/923464

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