グランプリファイナルin名古屋(2)…ついに本気モードに突入!ドイツメディア、異例尽くしの五輪シーズン前哨戦
先週閉幕したフィギュアスケートのグランプリファイナル(2017年12月7日~10日、名古屋・日本ガイシホール)には、色々な意味で驚かされました。平昌五輪まであと2カ月に迫るタイミングだけのことはあり、この大会に対するドイツメディアの報道姿勢が明らかに例年とは比較にならないほど熱気を帯びてきていることに気付いたからです。
まず最初のサプライズは、先々週の当コラムでも言及したばかりのドイツペア、アリオナ・サフチェンコ/ブリューノ・マッソ(Aliona Savchenko / Bruno Massot)組の世界歴代最高得点での圧勝でした(→グランプリファイナルに向けて…日本では完全無視?!世界が注目するペア競技の「アラサー女子旋風」)。昨シーズンの世界王者であり今大会も優勝候補の筆頭として乗り込んできたはずの、当コラムでは「大食いソックリさんペア」としてすっかりお馴染み(?)の隋文静/韓聰(SUI Wenjing / HAN Cong)組(中国)(→日常の中の大食い的風景(2)…中国フィギュアスケート界の新星に大食い選手の面影!)を、ドイツペアはショートでもフリーでも圧倒!これぞ、二か月後に迫った平昌五輪(2018年2月9日~25日)における勢力図を大きく書き換え、名実ともに金メダル候補の一番手に躍り出た瞬間でした↓。
(参考動画1からのスクリーンショット。歴代最高得点をマークすることになった会心のフリー演技を終え、引き上げてきたアリオナ・サフチェンコ選手がボロ泣きのコーチの顔を見た瞬間、指を差しつつゲラゲラと大笑いするところ。左手前がコーチのアレクサンダー・ケーニヒ氏。アリオナ選手の後方でブリューノ・マッソ選手と抱き合うのがフランス人コーチのジャン=フランソワ・バレステア氏)
なお、先週のコラムを執筆した時点ではうかつにも見落としていましたが、日本のテレビでもペアとアイスダンスの放送はあったようです。地上波のテレビ朝日でこそ男女シングルとエキシビションしか放送がありませんでしたが、衛星放送のBS朝日がペアとアイスダンスを録画放送しました(参考サイトA)。もっとも、BS朝日では男女シングルがそれぞれ土日の昼間13時から録画放送、ジュニアが16時からの録画放送だった事と比べてしまうと、ペアとアイスダンスのオンエアは深夜1時~3時という、幽霊が徘徊しそうな丑(うし)の刻だったというあたりが微妙ではありますが(笑)、2か月後に迫った平昌五輪中継の予行演習という側面もあるのでしょう。(→グランプリファイナルin名古屋(1)…テレ朝実況の顔ぶれで気づいたフィギュアスケートと高校野球の意外な接点)
しかし、私がそれよりもはるかに腰を抜かしたのは、何と言っても異例中の異例ともいえるドイツの中継の本気度でした。ドイツ公営第一放送(ARD)の傘下のONEというエンタメ専門チャンネルが、今回の名古屋でのグランプリファイナルを「ほぼ完全生中継」したのです!以下がオンエアの全日程です↓。(下写真は参考サイトBからのスクリーンショット)
なお、ドイツ語ではフィギュアスケートのことをアイスクンストラウフ(Eiskunstlauf)と言います(アイスは氷、クンストは芸術、ラウフとは走ったり競争するという意味)。この情報を時系列に直し、実際の競技の開催された時刻と併記すると、もっと興味深いことが分かります↓。(<生>とは生中継、<録>は録画中継、カッコ内の試合時刻はドイツ時間で表示)
2017年12月7日(木) 10:15-11:30<生>ペア・ショートプログラム (10:15-11:00)
2017年12月7日(木) 11:30-12:20<生>男子ショートプログラム (11:30-12:17)
2017年12月8日(金) 12:15-13:15<生>男子フリー (12:15-13:13)
2017年12月9日(土) 08:25-09:55<生>ペア・フリー (8:25-9:30)
2017年12月9日(土) 09:55-11:20<生>アイスダンス・フリーダンス (9:55-10:55)
2017年12月9日(土) 11:20-12:15<生>女子フリー (11:20-12:15)
2017年12月10日(日) 14:00-16:00<録>エキシビション (6:30-9:00)
以上の時刻をそれぞれ見比べてみてください。今年のドイツ公営放送は、アイスダンスのショートダンスと女子のショートプログラムだけ中継なし、その他は完全生中継という気合の入りようだったことが分かります。これがいかに凄い事かを確認するため、昨年のグランプリファイナル(フランス・マルセイユ)のドイツにおけるオンエア日程と見比べてみましょう↓。
2016年12月9日(金) 20:15-21:30<生>ペア・フリー (20:20-21:25)
2016年12月11日(日) 13:00-16:30<生>エキシビション (14:00-16:30)
以上、たったコレだけです!いかにもドイツらしく、ペア以外は存在しないかの如し(笑)です。もっとも、昨年のグランプリファイナルといえば、サフチェンコ/マッソ組がサフチェンコ選手の負傷で棄権したため、ドイツにとって全く見どころのない大会だったことも、この愛想なしの放送日程につながったのでしょう。(昨年のサフチェンコ選手のフランス杯での負傷についてはコチラを参照:→フィギュアスケート・フランス杯観戦記(2)…グランプリ・ファイナルでも活躍した選手を紹介!ペア・アイスダンス編)
それが今年はエラく本気モード全開である…ということを最も象徴的に表していたのが、ARDのフィギュアスケート解説者であるダニエル・ワイス氏が金曜日の最後の競技だった男子フリー中継(参考動画2)の冒頭にあっけらかんと言い放った、このセリフでした:
「淑女の皆さんも紳士の皆さんも、明日(土曜日)は早起きするように!」(Früh aufstehen, meine Damen und Herren !)
ペア→アイスダンス→女子シングルの順で続くフリー演技の中でも、ドイツ的に一番の注目であるペア・フリーがドイツ時間だと土曜朝8時25分~9時30分という、前日のドンチャン騒ぎの酒が残る眠気と頭痛の極致ともいえそうな時間帯にぶつかることに対し、「皆の衆、ゆめゆめ寝過ごすでないゾ!」とばかりにワイス氏が声を張り上げて国民に厳命した(?)のは最高に笑えました。アナウンサーや解説者が視聴者に向かって「明日は早起きしなさい!」などと命令口調になることなど、かつて日本のスポーツ中継に一度だってあったでしょうか?(笑)
もう一つ傑作だったのは、キスアンドクライでのマッソ選手の発言と、その横でのアリオナ選手とコーチのケーニヒ氏のお笑いコントのようなやりとりでした。まず、ブリューノ・マッソ選手がフリー演技後のキス&クライでカメラに手を振りながら(下写真)このようなメッセージを発しました↓。
「わが家のみんな、おはよう!世界中の皆さんに大きなキスを!」(Bonjour, famille ! Grande bise à tout le monde !)
上写真で手を振っているのが、この発言をした瞬間のマッソ選手です。ドイツ国籍を取得してちょうど9日目ですが、カメラへのメッセージはフランス語でした。そんなブリューノ君の隣で負けじとばかりに、今度はアリオナさんがカメラに向かって思いつく限りの友人の名前を次々とコールしていったのですが、途中で左端のドイツ人コーチのケーニヒ氏が彼女の手をポンポンと叩きながらこうたしなめたのです:
「もうすぐ得点が出るから…」(Jetzt kommen die Punkte)
このセリフ、ズバリ意訳するとしたら「もうその辺にしときなさい」「そろそろ大人しくなさい」という感じでしょうか。こうなると、完全にギャグの世界です(笑)。そして、世界最高得点が出たその瞬間、彼らの反応はかくも対照的なものとなりました↓(参考動画1より)
片や大騒ぎでバンザイするフランス人ふたり、他方はニンマリしつつも静かに得点を味わうドイツ人ふたり…。ん?ブリューノ君もドイツ人になったんですけど?といったツッコミはこの際置いておくとして、直前にコーチにたしなめられたことも影響したのか、アリオナさんとケーニヒ氏は、キャーッとはしゃぐのは欧州選手権ないし平昌五輪までお預けにすることにしたと見えます。そして、真ん中を境に両サイドのリアクションがこうも分かれた事情が、その直前の彼らの会話が音声に紛れて漏れてくることで、それを耳にした私たち一般視聴者にも初めて理解されるのです。このような、ありのままの映像や音声を、下手な脚色や演出で覆い隠すことなくそのまま伝えるスポーツ中継の中にこそ、本来の視聴者の楽しみ方が視聴者の数だけ無数に含まれているのではないかと、今回の中継をドイツのONEのバージョンで見た私は思うのです。
最後にもう一つ、最高級のサプライズを…。今回のドイツのONEの中継、何とジオブロックが掛かっておらず、日本からも視聴できるのです!これは一体、どういう風の吹き回しでしょうか?これまで、「各国のスポーツ中継のインターネット配信はその国からしかアクセスできない」というジオブロックは、五輪やサッカーのワールドカップといった放映権料のベラ高いドル箱競技は言うに及ばず、今年の9月のWBSC U-18ワールドカップ野球のような「たかが子供の野球」と呼ぶべきか「されど子供の野球」と呼ぶべきかというコンテンツですらバッチリ掛かっていました(→見てきたつもりのU-18野球W杯(7)…日本野球の未来を左右するEFL・外国人監督・英語野球アカデミー)。そのたびに情報鎖国だと憤慨していたら血圧が上がりそうですが、今回は何か裏があるのでしょうか。それとも、今回だけ例外的な五輪前のテストケースなのでしょうか。いずれにしても、私たち一般視聴者にとっては、広く情報を得る機会が奪われないことは朗報に違いありません。
(参考動画1より。優勝ペアへのインタビュアーとして、先週の当サイトでも紹介したテレビ朝日の進藤潤耶アナウンサーがドイツのお茶の間に堂々の登場!)
さて、この原稿が掲載される12月15日といえば、フィギュアスケートのドイツ選手権(フランクフルト)の初日に相当します。アリオナ・サフチェンコ/ブリューノ・マッソの2人、11月24~26日がスケートアメリカ(ドイツとは-6時間の時差)、12月4日~11日がグランプリファイナルで日本滞在(+8時間の時差)、そして間髪入れずにドイツ選手権とは、時差ボケの蓄積で相当に体がキツいのではないかと想像します。ちなみに、フランス選手権もまた12月14日開幕だそうで、アイスダンスのガブリエラ・パパダキス/ギヨーム・シゼロン組も今ごろ時差の苦しみと戦っているかもしれません(参考サイトD)。ただ、平昌五輪の開かれる韓国と日本との間には時差がありません。五輪を目指す全ての選手にとってはもちろんのこと、各国のマスメディアにとっても今回の名古屋でのグランプリファイナルが「五輪の前哨戦」との位置付けで大きく取り上げられたのには、この「時差調整の予行演習」という側面もあったのではないかと思います。もっともドイツの場合の「マスコミの予行演習」という要素には、実はドイツならではの別の事情が存在し、これについては来週に続きます。
<参考サイト>
A) BS朝日 - フィギュアスケート グランプリファイナル 世界一決定戦2017 - 番組概要
http://www.bs-asahi.co.jp/figure2017/
◆グランプリファイナル放送日程
2017年12月9日(土) 午後1時00分~ 男子ショート&フリー
2017年12月10日(日) 午後1時00分~ 女子ショート&フリー
午後4時00分~ ジュニアグランプリファイナル
深夜1時00分~ ペア・アイスダンス
2017年12月11日(月) 午後2時00分~ エキシビション
B) Fernsehserien.de - Sportschau Sendetermine - One - 10.12.2017 – 15.02.2016
https://www.fernsehserien.de/sportschau/sendetermine/one/-1
C) ARD ONE - Die Eiskunstlaufsaison 2017-2018 Grand Prix Finale Japan
http://one.ard.de/tv/Die-Eiskunstlaufsaison-2017-2018/ereignis?documentId=47319964
D) Facebook - Fédération Française des Sports de Glace (FFSG)
https://fr-fr.facebook.com/sportsdeglace/
グランプリファイナルの生中継サイトとして紹介されていたのは以下のリンク:
http://www.rtve.es/directo/teledeporte/
<参考動画>
1) ARD Sportschau(2017年12月9日):Eiskunstlaufen - Das Finale der Paarläufer
http://www.ardmediathek.de/tv/Sportschau/Eiskunstlaufen-Das-Finale-der-Paarl%C3%A4uf/Das-Erste/Video?bcastId=53524&documentId=48263498
(ペア・フリーをノーカット中継。公開期限2018年12月9日、日本からも視聴可能)
2) ARD Sportschau(2017年12月8日):Eiskunstlaufen - Der Finale des Grand Prix in Nagoya
http://www.ardmediathek.de/tv/Sportschau/Eiskunstlaufen-Der-Finale-des-Grand-Pr/Das-Erste/Video?bcastId=53524&documentId=48239202
(男子フリーをノーカット中継。公開期限2018年12月8日、日本からも視聴可能)