見てきたつもりのU-18野球W杯(3)…「飛ぶボール」と「タイブレーク」ならどちらを選ぶべきか
忖度(そんたく)…という言葉を、今年は何回耳にしたことだろう?上に立つ者が下々の者にああしろ、こうしろ、と直接命令したという証拠も事実も一切無かったとする。しかし、だからと言って他ならぬ下々の者が、上の者の立場や心の奥底に潜む願望を勝手に推し量り、自分でも気づかないような内なる衝動に導かれ、知らぬ間に特定の行動や現象を推し進めてしまうことがあれば、結果として物事は特定の方向に動いていく。その方向性が「公共の利益」と呼べるものに合致するのであればまだマシなのだろうが、「良かれと思ったことがかえって仇となる」というのも人間界には往々にしてよくある事である。往年の時代劇なら、殿様が「良きに計らえ」と一言発して済む世界なのだろうが、21世紀の現代にもなるとグローバル化の波で世の中そのものが複雑化し、何をどう忖度したら誰に良くて誰に悪い計らいとなるのかさえ、もはや誰にも見当がつかなくなっているようだ。
ここまで読んで、何の話かと思われたかもしれないが、実はこれは先週のコラムの続きである(→見てきたつもりのU-18野球W杯(2)…世界の背中が遠ざかる!BMI野球のイタチごっこの限界)。今年の甲子園大会における「ホームラン量産」というマジックのような現象のタネの一つとして、「忖度」とまでは行かなくても、「良きに計らおう」という関係各者の”暗黙の善意”が潜んでいたのではないかと、私は個人的に疑っている。
「飛ぶボール」と言うと、人々はすぐに反発係数に思いを馳せる。しかし日本高等学校野球連盟(以下、高野連)は、反発係数については「例年と変わらない」とはっきり否定している。しかし、ボールが飛ぶか飛ばないかを決定するパラメーターは実は反発係数だけはない。他に内部構造や表面の性状など色々あるが、その中でも最も重要なのは「重さ」と「大きさ」である(例えば、軟式球は硬式球よりも反発係数は大きいが、飛距離は小さくなる)。重さにして数グラム、直径にして数ミリ大きくなるだけでも、ボールの飛び方は大きく変わるのである。それを証拠に、今月上旬にカナダで行われた第28回WBSC U-18野球ワールドカップにおける日本代表の打撃不振の原因として、ヤクルトの山田哲人らを指導した打撃コーチとして知られる伊勢孝夫氏は週刊プレイボーイ紙の記事でこう分析している(参考サイトAより引用、引用文は青字、経調は筆者):
「木製は金属に比べてスイートスポットが3分の1くらいしかない。当然、しっかりとらえないと飛びません」
しかも、大会で使用された国際球は国内の使用球よりやや大きめで数g重いとされる。ジャストミートしたとしても、思ったほど飛距離が出ないのだ。
国際球の方が国内球よりも重くて大きいということは、「外国人は日本人よりも手が大きく、筋力も強い」という意味なのであろうか?
今年の甲子園大会におけるボールの飛び方は例年に比べて特段に異様であり、それはホームランに限ったことではなく、危険極まりない野手強襲の打球もかなりあった。これらを見ていて思ったのは、甲子園大会は国際大会のような「ボールが飛ばない大会」であっては困る…という事情が少なくとも高野連側にはあるのではないか、ということだ。あれだけ事故の大嫌いな高野連が。そこまでの危険をおしてでもボールが飛んでくれないと困る立場にあるのだとすれば、考えられる理由はただ一つ。それは、「延長戦の回避」である。
大きな転機となったのは、2014年の第59回全国高校軟式野球選手権大会の準決勝における、中京(岐阜)vs崇徳(広島)で間違いないだろう。軟式野球の大会は甲子園のような硬式野球と異なり、サスペンデッドゲームを採用している。例えば、硬式野球では延長15回で引き分けであれば、翌日は前日のスコアがリセットされて再試合を新しくスタートするが、軟式野球では翌日の試合は延長16回から始まる。しかし、この中京vs崇徳は結局、足掛け4日間で延長50回を戦いようやく決着。両チームとも一人の投手が投げ抜き、勝利投手は709球、敗戦投手が689球だった(参考サイトB)。(なお、試合は3-0で中京が勝利、その直後にダブルヘッダーで行われた決勝でも勝利し優勝)
前述したように、軟式球は硬式球よりも飛距離が出ない。延長49回までゼロ行進が続いたこと自体、「飛ばないボール」ならではの現象かもしれない…そう考えれば、延長戦を回避するためには乱打戦に限る、という論理にも十分合理性はある。
そこに追い打ちをかけたのが、今年の春に本家・甲子園で行われた第89回選抜高等学校野球大会における「2試合連続引き分け再試合」だった。大会第7日第2試合では福岡大大濠(福岡)vs滋賀学園(滋賀)が1-1、第3試合の福井工大福井(福井)vs健大高崎(群馬)が7-7と、いずれも延長15回までで決着がつかず。再試合が1試合のみであれば翌日の第8日の第4試合として組み込む予定であったが、次の試合も再試合になってしまったことにより、この2試合のみを翌々日となる大会第9日に行った(下写真)。
選抜大会は夏の大会に比べてどうしても打力が落ちるため、接戦になりやすい。有名なところでは、2003年春の東洋大姫路(兵庫)vs花咲徳栄(埼玉)だろう。延長15回引き分けの翌日の再試合もまた延長10回で何とか決着という、高野連泣かせの歴史的名勝負となったのもさることながら、今年の夏についに全国制覇を果たすことになる花咲徳栄の野球部にとっても大きなターニングポイントとなった試合である。
さらに、夏の大会にも伝説の名勝負となった延長戦はたくさんあった。2006年第88回大会決勝・早稲田実(西東京)vs駒大苫小牧(南北海道)におけるハンカチ王子こと斎藤佑樹(早大→日本ハム)とマー君こと田中将大(楽天→NYヤンキーズ)が投げ合っての延長18回引き分け再試合の死闘、1998年第80回記念大会準々決勝・横浜(神奈川)vsPL学園(大阪)の延長17回と”怪物”松坂フィーバー、1979年第61回大会における箕島(和歌山)vs星稜(石川)の延長18回サヨナラ、さらに遡って1958年第40回記念大会の徳島商(徳島)vs魚津(富山)における徳島商・板東英二(←タレントとしての板東氏しか知らない人には信じられないかも!)と魚津・村椿輝雄という両エースが投げ合った延長18回引き分け再試合、1969年第51回大会決勝の松山商(愛媛)vs三沢(青森)の延長18回引き分け再試合さらには元祖・甲子園アイドルこと太田幸司さんの「コーちゃん旋風」、戦前の1933年第19回中等野球大会準決勝における中京商(愛知)vs明石(兵庫)の延長25回サヨナラゲームなど、これだけで居酒屋を三軒はハシゴできそうなほどのネタの豊富さである(笑)。
来年の春の選抜大会でついに甲子園でもタイブレーク制を導入する、という第一報が流れたのは、9月19日のことだった。タイミングとしては、他国の3~4倍という役員・スタッフが大挙したカナダで世界の現状をしっかり視察し、帰国後に満を持して公表、という感じだろうか。一応全国でアンケートを取って決めたことになってはいるが、私が会った数十人の監督・部長さんたちに聞いても、口角泡を飛ばして反対の人こそいても、誰一人として賛成意見が出なかったのは、私の人脈がよほど偏っているということなのだろうか?当の高野連役員や関係者のコメントにも「導入はやむを得ない」「時代の流れ」という苦しい弁明が並ぶ(参考サイトC・D)。
ハッキリ言ってしまえば、高野連のこの決断は、これまで長い年月をかけて先人たちが積み上げてきた幾多の延長戦や引き分け再試合の名勝負といった、燦然と輝く歴史の系譜をブチ捨てるということを意味する。いくらアメリカから来たスポーツとは言っても、日本の野球には日本なりの歴史があり、世界がこうだからといって必ずしもそれに合わせなくてはならないという理屈は本来はおかしい。「世界標準に合わせることが時代の流れ」というのがそこまで大事で真に正しいと言うのであれば、それこそ高野連は早急に平仮名や片仮名を全廃止し、公文書も全てローマ字または漢字のみで表記するようにせねばならないのではないか?なぜなら平仮名や片仮名は、中国から伝来した漢字を基に先人たちが創意工夫を凝らして編み出した日本独自の文化であり、他国では一切使用されていない文字なのだから。そういえば、楽天のように社内公用語を英語にしている会社も日本にはある。やりたくもないタイブレークを嫌々ながら受け入れざるを得ない甲子園出場選手や野球部指導者の皆様に自ら範を示す意味でも、来春からは高野連も公用語を英語にするぐらいのことをしなければ全国に示しがつかないのではないだろうか?
というのはもちろん冗談だが(笑)、ここで私は考えた。仮に私が考える「飛ぶボールはタイブレーク回避の切り札だった」という説が正しかったとするなら、この「来春選抜でタイブレーク導入決定」という文言をそのまま読み替えると、「来春は飛ぶボールは使いません」という宣言になる。もっと言うならこれは、「飛ぶボール」か「タイブレーク」か、という二択問題を提示されたら、あなたならどちらを選びますか?という問いかけでもあるのではないか…そう思えてきた。
詳しくは先週のコラムで述べたので繰り返さないが、「飛ぶボール」は「BMI野球」同様、いや、それ以上に日本の野球を根幹から破壊してしまう麻薬的な毒薬だと私は考えている。飛ぶボールにしろ、飛ぶバットにしろ、筋肉増強剤なども同じ理屈なのだろうが、そういうモノに一度でも深く依存してしまえば、選手は後々までその後遺症に悩むことになる。それなら、まだタイブレークの方がマシかもしれない…これが現時点における私なりの消去法である。これによって、通常イニングにおける野球の質が回復するのであれば、試合時間の短縮以外の効果も得られることになる。
高校野球が高野連の言うように教育の一環なのであれば、観客のストレス発散やテレビ局の視聴率向上および新聞の売り上げ向上などのためにホームランを増やす必要などないはずだ。せめてタイブレーク導入後は、今年のような異様な打球が2度と甲子園に飛び交うことがないよう、そして、それまで先人たちが築き上げた大会記録などがタイブレーク制によって土足で踏みにじられたり、不公平さや後味の悪さが甲子園にはびこることのないよう、心密かに見守るばかりである。
(タイブレーク制についての説明。参考動画1のスーパーラウンド「日本vsオーストラリア戦」のYouTubeストリーム配信からのスクリーンショット。来春の選抜大会におけるタイブレークは延長13回からで、どの打順から行うかはまだ未定とのことだが、このU-18の大会では10回表から行っていた。具体的には無死一二塁からの攻撃開始であり、2008年北京五輪方式では「延長10回時のみスタートする打順を任意に選ぶことが可能。次の回以降は、前の回の続きの打者が打席に立ち、その前2名の打者を一二塁に置いて開始」となっている。しかし今回のU-18大会における2度のタイブレークでは、いずれも9回に攻撃終了となった打者の次打者が打席に入るようになっていた。ちなみにもう一つの延長戦は動画2の台湾vsカナダで、延長10回で、台湾が7-6で勝利)
<参考サイト>
A) 週プレNEWS(2017年9月16日):侍ジャパンで苦戦した早実・清宮を名打撃コーチが分析 「打者の原点がまだ十分に身についていない」
http://wpb.shueisha.co.jp/2017/09/16/91640/
B) ウィキニュース(2014年8月31日):野球史上最長の延長戦・50回で決着 - 高校軟式野球準決勝
https://ja.wikinews.org/wiki/野球史上最長の延長戦・50回で決着_-_高校軟式野球準決勝#cite_note-tokyo-5
C) サンスポ.COM(2017年6月14日):来春センバツからタイブレーク導入へ 11月下旬の理事会で最終決定
http://www.sanspo.com/baseball/news/20170614/hig17061405020001-n1.html
D) サンスポ.COM(2017年9月20日):来春選抜、タイブレーク導入決定 避けられぬ酷使、議論不可欠
http://www.sankei.com/sports/news/170920/spo1709200017-n1.html
<参考動画>
1) WBSC YouTube公式チャンネル - Australia v Japan - Super Round - WBSC U-18 Baseball World Cup 2017
https://www.youtube.com/watch?v=NoSgV0kr_RE
2) WBSC YouTube公式チャンネル - Chinese Taipei v Canada - WBSC U-18 Baseball World Cup 2017
https://www.youtube.com/watch?v=_MJA32qLscE