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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2017/09/08

真夏の邂逅(3)…いつも満員札止め!「フラリと立ち寄る甲子園」の時代の終焉に思う

「そうだ、京都、行こう」

かつて、そんなCMが大ヒットした時代があった。元号が平成に変わった4年後に相当する1993年、テレビからバンバン流れてくるこのフレーズで一世を風靡したJR東海のCMは、狂気じみたバブル経済がいよいよ終わりを告げつつも、4年後となるたくぎん・日債銀・長銀などの金融機関の連鎖的破綻や山一證券廃業といった金融危機の足音はまだ聞こえてきていなかった働き詰めの日本人一人ひとりの心に、「日々の喧噪から古都の静寂へ!」という、身はともかく心だけでも解き放たれたい、という憧憬を植え付けるには十分だった。

ちなみに私の場合、JR東海のCMクリエイターには大変失礼な話だが(笑)、そのCMが登場するはるか以前から、ハッキリ言って京都は素通りするだけの駅だった。新大阪で降りてJR大阪駅から阪神電車に乗り継ぎ、向かう先は言わずと知れた甲子園!東京の中学に通っていた頃、学習塾の悪友が甲子園出場校の中等部に在籍していたことから声がかかったのが一番最初のキッカケではあった。しかし、その日たった一日で見た四試合が熱戦揃いだったのみならず、登板した投手のうち三人がその後相次いでプロ入りしたのが衝撃だった。しかも、三人ともプロ球界で大成、そして全員が今もフロントでバリバリ活躍中というのだから、凄い時代である。80年代当時の甲子園は、今ほど選手もチームも全体的なレベルは均質には向上していなかった代わりに、誰の目にも才能の塊という破格の逸材とか伸びしろの高そうな人材の絶対数は、今よりも桁違いに多かった。東京に帰宅した際に親には「野球キ○ガイ」とさんざん呆れられたが、なけなしの小遣いから高い新幹線代をひねり出してまで甲子園への日帰りツアーを強行した甲斐があったというものである。今この瞬間にも鮮やかな記憶として昨日の事のように振り返ることのできる一生モノの思い出は、おカネになど到底換算できるものではない。

しかし、21世紀に入った現代、そんな甲子園は残念ながらこの世から絶滅してしまったようだ。最近の甲子園では、入場するためのハードルが一気に引きあがった。特にひどいのはお盆の時期や土日祝日の場合で、朝の9時前にすでに満員札止め通知が出る始末。こうなると、まず阪神電車の全ての駅の改札口がこのような様相を呈する(下写真)。

(「現在、甲子園球場は満員です。ご入場いただけません」という張り紙。高校野球のみならず、プロ野球の場合も同様)

昔なら、入場券が完売していても、入場無料の外野席に行けば何とかなった。しかし、今はその外野席も通路まで人が溢れかえるために入場制限がかけられてしまう。「只今、場内は満員です」という張り紙(下写真左)に従い、指定されたゲートから何とか中に入ることができたとしても、「通り抜けのみ可」「立ち止まらないで」というアナウンスが延々と流れる中、ラッシュアワーの真っただ中の新宿駅を乗り換える通勤客よろしく、ゾロゾロと一方通行で移動することしか許されない(下写真右)。これでは試合はおろかグラウンドそのものが見えず、一体何しに甲子園に来たのやら、と自問自答するしかない。

このような事態が日常となってしまった最大の原因は、2007年から2009年にかけて段階的に進められた甲子園球場のリニューアル工事で間違いないだろう。このリニューアル工事により、それまで5万6千人を収容できた甲子園球場は、4万7千人で満員、という球場に生まれ変わった。客席を15%も減らすような改修も珍しい。それも、ファールグラウンドが広いことで有名だった甲子園の内野を削って座席を前に出す形で客席面積を広くしたのに、このありさまである。リニューアル以前は、社会人になってからも、「そうだ、甲子園、行こう」と思い立ってフラリと甲子園に立ち寄ることが何度かあり、その都度感動をもらって帰ることができた。それが、リニューアル以降の現代は、特にお盆や土日といった休日には、せっかく日本に滞在していてもハナから甲子園に行くのを諦めるようになってしまった。これが時代の流れというのなら、昔の方が明らかに良い時代だった、と声を大にして断言せざるをえない。

ここで少し話が脱線するが、今夏の甲子園で問題になった話題として、「ホームランが出すぎること」と並んで、「ビッグイニングが多かった」ということが指摘されていた(末尾参考サイトA)。満塁ホームランには満塁ホームラン返し、1イニングで一挙4~6得点などザラ、というラグビーのような試合が続く中、「1点に笑い、1点に無く」ような試合は激減、プレッシャーのかかる場面でのエラーも目についた。同時に、観客による「タオル回し」で球場が異様な雰囲気になったりする一方向肩入れ型の応援マナーも問題視され、「タオル回し、やめませんか?」などという記事が議論を呼んだりもした(参考サイトB)。

しかし私は、これらの一連の現象には、前述のリニューアル工事に伴い「ファールグラウンドを狭くしたこと」が大きく関与しているのではないかと考える。かつて、ファールグラウンドの広かった甲子園においては、選手と観客の距離はもっと遠かった。言うなれば、握手できるアイドルに憧れるAKBのファンと、遠くから声援を送るジャニーズアイドル(70年代ならフォーリーブスや御三家、80~90年代ならたのきん・少年隊・光GENJIあたり?)の親衛隊の違いだろうか?だからこそ、かつては出場選手が甲子園入りして最初の感想は異口同音に「球場が大きい」「他の球場と違う」というものだった。そして、観客との距離が確保されていること自体が、選手がプレーに深く集中することを可能にする保護装置としての特性を持っていたことに、今だからこそ気付く。それを証拠に、80年代の甲子園の名ゲームには、相手への肩入れ一辺倒の大歓声の嵐にも負けずに究極のアウェー環境下で幾多のピンチを乗り切って勝つチームは結構あり、まだ高校生だというのにオトナでもこうはいかないというその信じられないほど強靭な精神力に、球場観戦のみならずテレビ観戦の老若男女の誰もが舌を巻き、心の底から震えるほどの感動を覚えたりしてきたのだった(昔のVTRが入手できる方は、例えば1984年春の日大三島-三国ヶ丘とか1984年夏の取手二-箕島あたりをフル観戦していただくと、私が何を言わんとしているかわかるはず)。

それが今では、相手チームばかりを贔屓する歓声・拍手やタオル回しがそのまま、選手を追いつめるリンチの装置になりうる。目の前でプレーするのはどちらも同じ高校生なのに、どちらもアナタの息子や甥っ子、あるいは孫であってもおかしくないかもしれないのに、「私立」だったり「野球留学」というだけで極悪非人の扱いになったり、「地元出身者ばかりのチーム」というだけで聖人君子の扱いになったりする。観客がどちらに肩入れするかは、その場の試合展開で決まることもあれば、事前の大会主催者やマスコミによる長年に渡る周到な刷り込みで決まることもある。そして、やっかいなことに、そのスイッチは往々にして無意識のうちに入り、入ったら最後、もう大会役員にも新聞記者にも内閣総理大臣にも天皇陛下にも止められないのだ。これぞまさに、いつか来た道、である。そんな場面に立ち会うことが最近の甲子園ではとても増えた。そのたびに、何か、とても恐ろしい人間の本性を見た気がして、いたたまれない気分のまま球場を去ることになる。

定員が4万7千に縮んだこの球場が満員となり選手を追いつめる暴力装置にスイッチオンしてしまった状態を、私は「すり鉢」と呼んでいる(元々は内野席がグラウンドに競り出した形状から命名)。2007年夏の佐賀北(長崎・県立)と広陵(広島・私立)の決勝戦などは、リニューアル直前とはいえ、すでに「すり鉢」に近いものだった。あの年は、野球留学批判の一大キャンペーンが張られた年でもあった。当時、決勝戦におけるピンチでの再三のボール判定に、現在は広島カープのエースに成長している広陵のエース(岡山出身)が呆れたような薄ら笑いを見せても、そして今や巨人軍のみならずWBC日本代表の正捕手にもなった広陵の捕手(大阪出身)がグラブで地面をバンバン叩いて抗議しても、観客は球場を挙げて劣勢の県立高校の逆転劇を煽り、応援団のエールに合わせて手拍子を続けた。こうなると、もはや集団リンチである。あの時、すり鉢の中で粉々に擦られてしまった若きバッテリーが、その経験を糧にさらに球歴を重ね、今では二人とも日本球界を代表する存在に成長したことが、せめてもの心の救いである。

他方で、「すり鉢に打ち克った事例」の代表格が、リニューアル翌年の2009年に優勝した中京大中京(愛知)だろう。日本文理(新潟)との決勝戦、6点リードの9回裏二死無走者から一気に1点差まて追い上げられた場面、球場は日本文理の逆転サヨナラ優勝を待望するムード一色だった(参考動画1)。そして、歴史に残る壮絶な追い上げ劇の一因となった痛恨ミスを犯した他ならぬそのサードのグラブに、最後のウィニングボールとなるライナーが収まった瞬間、催眠術師が耳元で指をパチンと鳴らしたかのごとく、「すり鉢」は急に憑き物が落ち、それまでの温かい拍手を送ってきた心ある観客で満たされた球場に戻ったのである(参考動画1、2)。そして、事もあろうに優勝校のエースが全国中継の優勝インタビューで「情けなくて…本当にすみませんでした」と号泣謝罪するという、後にも先にも前代未聞の超有名シーンへと繋がっていくのだった。(参考動画3)

となると、先週のコラムで取り上げた「寡占の時代」も、実は悪くないのかもしれない(→<号外>関東勢と大阪桐蔭しか優勝できない?!夏の甲子園をじわじわ襲う「寡占」の正体)。私立校同士、野球強豪校同士、地方公立校同士、進学校同士、といった具合に、似たもの同士の対決であった方が、観客は妙なイデオロギーに惑わされることなく、公平なまなざしで応援できるのかもしれない。もう10年以上前になるが、九州地区のとある甲子園出場校の部長にインタビューした際、「高校野球の健全化のためには、高校野球人気がもっと落ちた方が良い」という発言があったことを、今になって唐突に思い出す。逆説的に聞こえるこの指摘の中に、案外正解があるのかもしれない。

以上、甲子園リニューアル工事の副次効果について延々と考察してみた。しかし、大会役員に直接聞くと、実はもう一つ、重大な副作用があるらしいので、最後に紹介したい:

「個々の座席が広くなったことで居心地が良くなったとみえて、試合が終わっても観客が回転しなくなった。だから、チケットを追加販売しようにも、先が読めないため控え目な販売数になってしまう」

背景には、先を読み違えてチケットを売り過ぎ、超満員を通り越して通路にぎっしりと客が溢れる消防法違反の事態(←しかもテレビで全国に生中継されていたため逃げも隠れもできない現行犯?)を生みだした2010年の興南(沖縄)春夏連覇時のトラウマがあるとのこと。一難去ってまた一難、貧すれば鈍する、とはこのことか。昔の固くて狭くてドリンクホルダーもなかった古びた客席に、このような事態を避ける効能もあったとは!「フラリと立ち寄る甲子園」の時代の終焉がつくづく惜しい今日この頃である。


<参考サイト>
A) Web Sportiva(2017年8月28日):スカウトが言う「甲子園のホームラン量産は危険なシグナル」の真意
https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/baseball/hs_other/2017/08/28/___split_41/index_4.php
(リンク先に「今大会は1イニング4点以上のビッグイニングが26度もあった(4点13度、5点9度、6点4度、7点1度)。48試合で26度だから、1.8試合に1度ある計算だ。」という記述あり)

B) スポーツ報知(2017年8月21日):甲子園大会から「タオル回し」がなくなればいいのに
http://www.hochi.co.jp/baseball/column/20170821-OHT1T50103.html
(本年夏の「仙台育英vs大阪桐蔭」で展開されたタオル回しが、昨年夏の「東邦vs八戸学院光星」でも展開され、どちらも逆転劇につながったという事例をもとに、「観衆が勝敗の行方に土足で介入しようとすることには、やはり反対だ」と主張する記事内容)


<参考動画>
1) YouTube - 中京大中京-日本文理 9回表の球場内の様子です Part.2
https://www.youtube.com/watch?v=6PAqGyEXzTs
(球場で直接観戦していた方が撮影した動画。テレビでは完全には伝わってこない日本文理の最後の追い上げの際の球場の異様な雰囲気の正体を、コメント欄の「どっちつかずで観戦している一般の観客が最大の魔物なんだな…」という指摘が見事に言い表している。3:51頃のゲームセットの瞬間を境に明暗が逆転、急に観客から憑き物が落ちて拍手が温かいものに変わるのが非常によく分かる)

2) YouTube - 2009 中京大中京 対 日本文理【高校野球】 熱闘甲子園
https://www.youtube.com/watch?v=E4AmSm5GAYM
(法政大を経て今は社会人野球のトヨタ自動車で頑張っているサードの河合完治選手の痛恨のミスは9:42頃~)

3) YouTube - 中京大中京vs.日本文理 (3/4)/優勝インタビュー
https://www.youtube.com/watch?v=Rp4jyeSE7uk
(今は広島カープで野手として頑張っている堂林翔太投手の号泣謝罪は2:25頃~)

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