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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2017/06/23

世界卓球の社会学(3)…「ワンダーチャイルド・張本」の育成モデルがドイツで成り立たない理由

ここで唐突にドイツ語講座です。「ブンダーキント(Wunderkind)」「ブンダークナーベ(Wunderknabe)」とはどういう意味でしょうか?正解は、今月上旬まで開催されていた世界卓球の大会期間中にドイツメディアがそれはもう狂騒じゃなかった、競争するように連呼していたという、日本の張本智和(はりもと・ともかず)選手を指し示すニックネームです!英語に直訳するなら「ワンダーチャイルド(wonder child)」「ワンダーボーイ」(wonder boy)にあたるこの単語、日本語に訳すならズバリ、「神童」「天才少年」です。参考までに、張本選手が初めてZDFのニュースに登場した映像のナレーションを紹介しましょう↓。(下写真は参考動画1からのスクリーンショット。ナレーション和訳は青字、強調は筆者。原文にない筆者注釈は赤字)

日本からやって来た弱冠13才の「ブンダークナーベ」(天才少年)、トモカツ・ハリモトがこのデュッセルドルフでセンセーショナルな結果を出しました。史上最年少で世界ジュニア選手権チャンピオンとなった彼は、シニアの世界でもセンセーション(←ドイツ語ではフローレFuroreと言い、この単語も今大会頻発!)を巻き起こしています。リオデジャネイロ五輪の銅メダリストである同じ日本のユン・ミツタニを4-1で撃破したのです。

上記を読んで、「ん?張本選手と水谷選手の名前がおかしくね?」「ミツタニって誰よ?」と思われたアナタ、実はこれらは、彼らの名前のドイツ語読みです。ドイツ語では”z”は濁らず”ts”と発音、”j”もまた濁らず英語でいう”y”と同じ発音なので、ニュース報道でもスポーツ中継でも彼らの名前は「トモカズ」ではなく「トモカツ」、「ジュン」が「ユン」、「ミズタニ」が「ミツタニ」となってしまうのです!そういえば当サイトでもかつて、2011年の東日本大震災の際にドイツメディアが「陸前高田(りくぜんたかた)」を「リクー、ツェンタカータ」、宮城の「多賀城(たがじょう)」を「タガヨ」と連発、お茶の間のワタクシを怒らせたエピソードを紹介したことがありました(→緊急寄稿(6)…「ツェンカータ」に思う国際報道の難しさ)。そして今年の世界卓球以来、ドイツメディアのせいで今度は私の脳内において、張本選手といえば「友に勝つ(シングル)?それとも、共に勝つ(ダブルス)?」などというイメージが勝手に書き込まれてしまい、、この連想を払拭できぬまま一生過ごすことになるのではと困惑しております(笑)。

さて、この13才の神童を、ドイツの卓球関係者はどう見ているでしょうか?これについては、6月4日のARDのラジオ放送でドイツ卓球界のツートップこと、ディミトリー・オフチャロフ選手とティモ・ボル選手がコメントを寄せています↓。(参考動画2)

オフチャロフ選手 「彼は百年に一人の逸材(Jahrhunderttalent)。しかも、知的能力が高く、並外れた努力家でもある。これだけの要素が揃い踏みしている以上、彼は偉大な選手になるだろう」
ボル選手 「うーん、ちょっと病気かも(Ist schon ein bißchen krank)!ボクにはとても無理(笑)」


100年に一度の逸材(Jahrhunderttalent)という単語を聞くのは、フィギュアスケート報道以来でしょうか(→フィギュアスケートGPフランス大会観戦記(1)…グランプリ・ファイナル出場選手を一挙紹介!男女シングル編)。オフチャロフ選手は彼を頭脳派の努力家として評価しているようです。それなのに、ボル選手、「病気」って…?!しかも、こうも続けたのでした:(下写真は参考動画3からのスクリーンショット)

ボル選手 「なんたってハリモトといえば、体育館でしかその姿を見たことが無いんだよ!すごく練習熱心。ボクは一度、冗談で言ったことがあるんだよ。ボクと彼が生涯やってきた卓球の練習時間の合算を比較したら、きっとボクの方が少ないだろうってね!」

ボル選手は既報の通り、36才の大ベテランです(→世界卓球の社会学(1)…開催国ドイツ、混合ダブルスで銅メダル!中独親善ピンポン外交はパンダを超えるか?)。36才のドイツ卓球版「レジェンド」と13才の日本卓球界の「神童」とで、これまでの練習時間の総計を比較したら13才の方が36才よりも長いなんて、あり得るのでしょうか?そこでヒントになるのが、このラジオ放送の中で出てきた張本選手自身のこの発言です↓。

「今、休みはあんまりないです」(←参考動画2における張本選手の日本語での発言)

現在13才の張本選手、卓球を始めたのは2才の時でした。両親はともに中国出身の元卓球選手で、1998年に卓球指導者として来日。そんな両親から2003年に仙台市で生まれた彼は両親の手ほどきで卓球一筋に打ち込みメキメキと頭角を表し、2016年からは仙台を離れ東京に居を移し、JOCエリートアカデミー(東京都北区)で1日9時間も卓球の練習漬けという毎日を過ごしつつも、いまだに指導は父から受けている…ドイツではそのように報じられています(参考サイトA、B)。

父から指導を受けているアスリートとしての張本選手の話を聞いて、昨年のリオ五輪円盤投げ銅メダリストとなったドイツ生まれのダニエル・ヤジンスキー選手とその実父でポーランドからの移民であるコーチという父子鷹を思い出しました(→リオ五輪特集(7)…円盤投げ金メダリストが大炎上!長期化するハーティング騒動と「銀メダル競売」の美談の裏側)。もっともヤジンスキー選手の場合、父との円満の秘訣は「家庭とスポーツをきっちり区別したため」と表現していましたが、張本家の父子はどうでしょう?

それはともかく、私が懸念するのは彼の学校生活です。張本選手は現在中学2年生なので、義務教育を受けているはずです。それでいて、1日9時間も卓球の練習をしている上に国内大会海外遠征もあるのであれば、学校の授業に皆勤賞の如くしっかり出席しているとは到底考えられません。なぜなら、1日は24時間しかありませんし、1年は365日しかないからです。

そして、ドイツでは青少年のスポーツは学校システムと完全に切り離されており、出席日数が足りなかったり学力が当該学年のレベルに達しなければ、たとえ小学生といえども容赦なく留年する国であることは、以前のコラムで述べた通りです(→ドイツ教育事情…ドイツ版「早生まれ」”Kannkind”から容赦なき落第まで)。なお、ドイツの学校はほぼ100%公立(つまり教師≒公務員で身分が安定)で、しかも基本的に午前中で終わる半日制であり(←この点は働く子持ち女性にとっては不評だが、最近は全日制学校もちらほら出現)、午後は地元のサッカークラブや管弦楽団に体操クラブといった子供たちがそれぞれ自主参加する活動にあてられ、これらに対して学校は全くのノータッチです。放課後や土日に校内で部活動を行うよう学校が生徒や教師に強制したとしたら、まず間違いなく父母からも教師からも訴えられて敗訴するでしょう。だからこそ、子供たちと同じ長さの夏休みをタップリと取れる学校教師という職業が「子供を育てながら働きやすい」として、特に女性に人気が高い訳です。

話を卓球に戻しましょう。ドイツ卓球連盟のスポーツ部長を務めるリヒャード・プラウゼ氏(Richard Prause)(下写真:左の人物)は、目下のところドイツにおいてボル選手やオフチャロフ選手の後継者となるべき若手有望選手の育成が上手くいっていないことを正直に認めたうえで、張本選手のケースに見られるような日本の卓球エリート養成システムをそのままドイツで採用してもうまくいかないと考えているようです:(参考サイトA)

(参考サイトDからのスクリーンショット。左がリヒャード・プラウゼ氏、右がティモ・ボル選手)

「(日本のスポーツ振興における若手養成は)スポーツを中心に学校システムが構築されているのであって、その逆ではない(die Schule wird um den Sport herumgebaut, nicht umgekehrt)。その内容やスパルタ式訓練(Drill)の手法はほとんど中国並みのレベルである」
「しかし、ドイツ人は勘違いをしてはいけない。学校教育あるいは職業生活とスポーツ活動との間をきっちり線引きする(Sport neben Beruf oder Schule)というのは、ドイツ社会にとって適したシステムである」


これが本当の「政教分離」じゃなかった、「スポ教分離」と呼ぶべきでしょうか?「進取の精神 学の独立」と謳われるのは早稲田大学の校歌だったと記憶していますが、ドイツでは「学の(スポーツからの)独立」がそれはもう徹底しています。これはまさに、昨年のリオデジャネイロ五輪における競泳界の歴史的惨敗の際にその「構造上の理由」としてさんざん論じられて当サイトでも記事化したのと全く同じ構造です(→リオ五輪特集(11)…日本と比較すると分かる!メダルゼロのドイツ競泳界の敗因「構造上の理由」の正体)。

つまり、ドイツでは若い学生アスリートたちが世界のトップレベルでスポーツ競技を行おうにも、なにぶん学校側が一切の手加減をしてくれないため、留年の恐怖におびえながら必死に勉強する時間を確保するため、必然的に練習時間が削られてしまうという、他国に比べて圧倒的に不利な現状があります。しかも、他ならぬドイツ国民が「学校とは勉強をするところであって、スポーツ振興をするところではない」との考え方で一致しています。ボル選手の目に日本の若手選手育成の方法が「ちょっと病気」に見えてしまうのも、このあたりに由来します。さらにドイツの場合、東西冷戦盛んなりし旧東ドイツ時代の「国策スポーツによる国威発揚」で徹底的に懲りているため、ドイツ前大統領で東ドイツ出身のヨアヒム・ガウク氏の「私は、どんな手段を使ってでもメダルを獲る、というような国の大統領ではありたくない。ドイツにはかつてそんな国だった時代があった」という五輪直後の談話が自然に国民に受け入れられたのです(→リオ五輪特集(2)…その名も「ヒーロー・デ・ジャネイロ」!ドイツを感動の渦に包んだアンディは「リオの花」?)。

なお、先述のプラウゼ氏の発言にはもう一つ、印象的な内容がありました。それは、欧州人は晩成であるという指摘です:

「ドイツの卓球界には、オフチャロフ選手やボル選手に続く若き才能が不足している。しかし、往々にしてヨーロッパの人間は晩成で、競技人生におけるピークは20代後半にくることが多い。だから、今の選手たちにも(20代後半までに伸びるチャンスとして)、その時間を与えてあげなければならない」(参考サイトB・C)
「そもそもドイツと日本では、卓球人気の程度に雲泥の差がある。卓球かサッカーのどちらかを選べと聞かれたら、日本では卓球を選ぶ子もかなりいるだろうが、ドイツでは間違いなくサッカーという答えしか返ってこないだろう。そんな国で、ハリモトが育った環境をそっくりそのまま再現したとしても、うまくいくはずがない」(参考サイトC)


「大器晩成」が転じて、「欧州人晩成」ですか?!少なくとも容姿だけをみる限り、「アジア系は軒並み年齢より若く見える」「欧州系は年齢より老けて見える」という話をよく耳にすることこそあれ、選手指導という観点での「欧州の方が晩成でアジアの方が早熟」という話に本当にエビデンスがあるのか、寡聞にして知りません。しいて言えば、日本では「晩成」の選手は早熟・促成の選手に比べて発掘されて引き上げられるルートが細いという側面は多少あるかもしれません。この点は、過去のコラムでも取り上げたフィギュアスケートの例が参考になるでしょう(→エリック・ボンパール杯観戦記(3)…移民国家フランスのロールモデル?シャフィック・ベセギエが体現する世界)。フィギュアスケートを開始したのが13才直前、という異例の遅いスタートながらフランス王者になりソチ五輪にも出場したシャフィク・ベセギエ選手のような「市井に埋もれてきた逸材」は、日本では「幼少期から猛特訓を受けてきた普通の子」の人数の多さゆえに埋もれたまま終わっているのではないかという懸念もあります。

一般論としてスポーツ振興を考える場合、号泣する小さい子供を巨人の星も真っ青のスパルタで鍛え上げたりワイドショーに登場させたりするのと、学校の勉強でヒーヒー言っている合間のわずかで貴重な時間をスポーツの練習に注ぎ込む子供に対して目一杯の褒め殺し作戦で「泣くまで待とうホトトギス」の心でゆったり大らかに育てるのと、どちらがよいのでしょうか?あなたならどちらの道を進みたいですか?これはきっと、どちらが正しくてどちらが間違っているという問題ではなく、各個人の資質の違いや競技特性の違い、ひいては国民性の違いによっても答えが変わってくる話なのでしょう。

日本では最近、学校の教師が部活動の顧問などで放課後遅くまでの指導や休日返上の遠征帯同などを余儀なくされ、その勤務が過酷化していることが問題視され、「働き方改革」の号令の元で見直しの機運が高まっているようです。この問題は本来ならば、ドイツのように部活動を学校から完全に切り離せば一発で解決する話です。しかし、日本でそれが実現しないのは、日本の学校スポーツが学校側にとっては生徒集め(≒学費収入の向上)につながる宣伝活動の切り札であったり、生徒側にとっては(スポーツ推薦や自己推薦などの)勉強を介さない進学のための強力なツールであったりするという、長い年月をかけてこの国に深く根を下ろすように確立していった歴史的経緯と社会的要請が背景にあると考えられます。

しかし、古今東西普遍の真理もあれば時代とともに変遷する風習もあるように、日本のお国柄だっていつの間にか変わっていたりすることもあり得るでしょう。そのあたりを卓球に絞って理解しようと思えば、お隣の中国の話が参考になるかもしれません。これについては来週に続きます。


<参考動画>

1) ZDF Nachrichten (2017年6月1日):Wer schlägt die Chinesen?
https://www.zdf.de/nachrichten/heute/tt-wm-100.html
張本の一報。13才のワンダーチャイルド(Wunderknabe)

2) ARD Sportschau(2017年6月4日):Japanisches Jahrhunderttalent Harimoto sorgt bei Tischtennis-WM für Furore
http://www.sportschau.de/weitere/tischtennis/audio-japanisches-jahrhunderttalent-harimoto-sorgt-bei-tischtennis-wm-fuer-furore-100.html

3) ZDF SPORTextra (2017年6月5日):Tischtennis-Weltmacht Asien
https://www.zdf.de/sport/zdf-sportextra/grosmacht-asien-100.html


<参考サイト>

A) Frankfurter Allgemeine(2017年6月3日):Giftig, nicht niedlich
http://www.faz.net/aktuell/sport/mehr-sport/tomokazu-harimoto-mit-13-jahren-ein-tischtennis-superstar-15044676.html

B) Frankfurter Allgemeine(2017年6月5日):Aus für das Tischtennis-Wunderkind
http://www.faz.net/aktuell/sport/mehr-sport/wm-aus-fuer-das-tischtennis-wunderkind-tomokazu-harimoto-15047543.html

C) Südkurier (2017年6月5日):Tischtennis-Sportdirektor Prause im Interview: „Kleines Nachwuchsproblem ist da“
http://www.suedkurier.de/sport/sport/Tischtennis-Sportdirektor-Prause-im-Interview-Kleines-Nachwuchsproblem-ist-da;art410965,9279902
(配信元はdpa)

D) Deutschlandfunk (2017年6月3日):"Eine Tatsache die uns Hoffnung macht"
http://www.deutschlandfunk.de/tischtennis-eine-tatsache-die-uns-hoffnung-macht.1346.de.html?dram:article_id=387829

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