Nagoya Talents' Network - タレコラ

Dr.片山晴子 RSS Feed

金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2017/04/14

選抜大会を振り返って(2)…21世紀枠の不来方(岩手)が抱える浅田真央との悩ましき共通点

浅田真央選手の引退報道には多くの方が驚かれたかと思います。毎年現地で観戦しているグランプリシリーズ・フランス大会(パリ)において、昨年11月に私自身、結果的にはわが人生最初で最後となった浅田真央選手の試合の生観戦の機会に恵まれたことは以前のコラムでも述べましたが(→フィギュアスケート・フランス杯観戦記(3)…全日本フィギュア開幕!フランス杯での浅田真央選手を振り返る)、この時の観客席がまるで真駒内アリーナかと錯覚するほどに日本人だらけだった(それも老若男女偏りなく集結していた)ことも、今思えばこの日のこの瞬間を迎える伏線となっていたのかもしれません。

昨年秋のパリでの大会を観戦してからというもの、わが人生は妙に「真央ちゃんづいて」おりました(笑)。例えば、今年の新年に漫然とテレビを見ていたら、いきなり浅田選手が高橋大輔選手と共にステファン・ランビエル主催のアイスショーに登場(→お正月の新定番?S・ランビエル主催アイスショー『アイス・レジェンズ』に登場した驚異のスーパーウーマン)、さらに帰国してきて春のセンバツこと第89回選抜野球大会の観戦で甲子園球場に馳せ参じたら、これまた浅田真央選手を濃厚に連想させる某チームにいきなり遭遇するという始末です(後述)。その後、世界フィギュアスケート選手権で日本の女子シングルの代表枠が2に減ってしまうことが確定した際も、「これで真央ちゃんはモチベーションの維持が難しくなったのではないか?」と、即座に彼女の姿が脳裏をよぎったものでした。そして4月10日夜、浅田選手は個人ブログで引退発表、翌日にはニュースがその話題一色となり、4月12日には本人の記者会見という段取りとなったのはご存じの通りです。

ところで、春のセンバツの高校野球の登場チームが浅田真央選手を連想させるって、どういうこと?と思われたかも多いかもしれません。そのチームとは、部員たったの10名ということで話題をさらった岩手の県立高校で、21世紀枠として今大会に出場した不来方(こずかた)です。

上の写真は、試合前の不来方のシートノックの様子です。部員がたった10人しかいないと、内外野ともにスカスカでだだっ広く見えてきます。しかし、それ以上に、彼らのノックを見ていて真っ先に目が行ってしまうのは、彼らのその独特なスローイングやフットワークでした。それらは、良く言えば「十人十色」「個性的」「型にはまっていない」、見方を変えれば「非常にクセが強い」「見ていてヒヤヒヤする」となります。おそらくリトルやシニアなど幼少期からの硬式野球経験者が少ないのではないか…そんな想像をさせる7分間ノックではありました。しかし、これまた不思議なことに、不来方はそんなクセの強いフォームだったり怪しげなフライの追い方であってもなかなか悪送球も落球もしないのです。試合が始まっても、ゴロやフライが飛ぶたびにこちらはヒヤヒヤするのですが、最終的にボールはきちんと選手のミットに収まるではありませんか!私はそんな彼らの姿を見ながら、これまた不思議なことに、どうしても浅田真央選手の現役時代を想像せざるを得なかったのです。

「そういえば浅田真央選手も、ジャンプでは幼少期からのクセが強かったな」

いきなり高校野球からフィギュアスケートに飛んでしまいました(笑)。フィギュアスケートに詳しい方なら、浅田真央選手がその代名詞のトリプルアクセルを得意とする傍ら、その次に難しいとされるトリプルルッツで毎回のようにエッジエラー(踏切違反)の判定を受けて矯正に苦しんでいたことをご存じかと思います。ルッツジャンプはアウトサイドエッジで踏み切らなくてはいけないジャンプですが(インサイドエッジで踏み切るのはフリップジャンプ)、彼女のルッツは一旦はアウトサイドエッジに乗るものの踏み切る直前にスッとインサイドエッジに移行してしまうのです(←こういうフリップ化してしまうルッツのことは隠語で「フルッツ」と呼ばれる)。

最近、浅田選手の引退報道のニュースの中で、浅田真央さんがまだ5歳だった1996年に彼女のお母様が撮影された可愛らしい映像をよく見かけます。そして、この5歳時の映像で彼女が飛んでいるのが実はシングルルッツなのですが、もうこの時点でこの「スッとエッジがインサイドに移行する」というクセがハッキリと認められているのは興味深いところです。当時の指導者も、このことに気付いていなかったはずはありません。しかし、例えば5歳当時の浅田真央さんの「フルッツ」を指導者が全力を挙げて矯正した場合、ルッツはきちんと飛べるようになったとしてもトリプルアクセルの習得はうまくいかなかったかもしれません。それ以前に、あまり細かいエッジエラーのことばかりガミガミ言われては、幼い彼女はスケートが嫌いになってしまったかもしれません(真央さんなら他の習い事に専念してもそれなりに成功を収めたとは思いますが…)。ベタな言い方になりますが、「目一杯ほめて長所を伸ばすこと」と「徹底して欠点や悪癖を叩き出すこと」ではどちらが正解とか間違いと断じる性格のものではありません。結局のところ、そのあたりのバランスをどう取るかは各指導者の哲学ないし考え方次第なのです。

もっとも、かつてはフィギュアスケートの採点方式も異なり、今ほどエッジエラー判定やジャンプの回転不足の判定が厳しくはありませんでした。それが、ジャッジの買収による採点不正が発覚した反省からスタートした現行の採点システムとなって以降、国際スケート連盟は何度かに分けて踏切違反や回転不足などの採点を厳格化しており、いかなる綺麗なジャンプであってもエッジエラーや回転不足があれば基礎点減点や出来栄え点(GOE)のマイナスに直結します。これに伴い、浅田選手はルッツのエッジエラーやセカンドトリプルジャンプの回転不足の判定に悩まされ、プログラム構成の変更やルッツ矯正に着手してきました。しかし、何と言っても幼少期から身に付いてしまったクセを矯正することは、誰にとってもそう簡単ではありません。(→ZDF版ソチ五輪フィギュアスケート解説者の驚異的博識(4)…ソトニコワの金は「伊藤みどりの代理戦争」だった!

かくして浅田選手はプログラムからルッツを外すか、「フルッツ」として減点されることを覚悟でルッツを飛ぶかという選択を迫られていくことになります。その上、当時の彼女は苦手だというサルコウジャンプも長らくプログラムから外していました。全6種類あるトリプルジャンプ(アクセル・ルッツ・フリップ・サルコウ・ループ・トーループ)のうちルッツとサルコウを外すとなると、トリプルジャンプが4つしかなくなってしまいます。その上でもし不調などによりトリプルアクセルまで外さねばならない事態になれば、フリップ・ループ・トーループの3つしか残らなくなり、これでは世界と戦えません。メディアではあまり言われませんが、彼女がトリプルアクセルにこだわり続けた背景には、この幼少期からのクセに起因する苦手ジャンプの多さというファクターも寄与したはずです。スピンやスパイラルにステップにスケーティングといったジャンプ以外の要素はほぼ完ぺきで、総合力が高い割にジャンプに鬼門が多かったのが彼女の特徴であり、マスコミがさかんに言う「ジャンプの浅田、表現力のキムヨナ」というのはむしろ逆ではないかと思えてきます。子供の頃から身に付いた好ましからざるクセに対して指導者はどう向き合うべきか…これは実は野球の世界においても悩ましき哲学問答でもあるのです。

選抜大会5日目の第3試合、不来方の相手は古豪・静岡(静岡)でした。相手エースは社会人野球を経て3年後のドラフト指名が確実視されている注目左腕、打線も例年よりは小柄ながらパワフルな面々です。それに対し、部員10名の不来方はエースが四番でキャプテンという昭和の香りが満載のチームで、しかも2人負傷したら没収試合になってしまうというギリギリの戦力です。そんな中、1回表にその「エースで四番でキャプテン」のセンターオーバーの一打で先制の1点を挙げて大きく盛り上がります。しかし、直後の1回裏には静岡打線につかまり一挙5失点。それでも、守備では2回裏のレフトオーバーの辺りを例によって例の如く怪しげな追い方ながらフェンスに激突しつつしっかりキャッチの大ファインプレー、三回にはスクイズ封殺、再三再四の内野ゴロもそれぞれの野手が個性的スローイングできっちりアウトにするなど、見せ場をきっちり作ってきました。

「これだけクセがあっても、ちゃんとアウトにできているのだから、それはそれで凄い」
「とりあえず高校野球をやっている今は結果オーライってことで、さらに上で野球を続けるのであればその時に一から見直せばいいのでは?」

見ているうちに、次第にそんな考えに傾いていきます。それはちょうど、浅田真央選手がバンクーバー五輪前のシーズンは踏切減点覚悟のルッツを組み入れ、バンクーバー五輪後には鈴木明子選手のコーチだった長久保裕氏の下で「全てのジャンプを一から見直す」として文字通り1回転ジャンプから練習を始めたというエピソードを連想させます。

しかし、ついにその瞬間はやってきました。8回表に2点を返して3対10となり、追い上げムードの中で迎えた8回裏の守備。静岡の先頭打者が放った浅いゴロをサードがファーストへ大暴投、この痛恨エラーで打者が二進します。いつ悪送球してもおかしくないのになかなか悪送球しない…とついさっきまで感心していたのが、終盤にきて運が尽きたのか集中力が切れたのか、ほころびの予感がついに現実となってしまったのです。ここから傷はさらに広がり2失点、そして試合は3対12での初戦敗戦となりました。

(試合終了時の整列が短い!左手が不来方、右が静岡。部員10名のチームが甲子園に登場したのは、1987年の選抜大会で大成(和歌山、現・海南高校大成校舎)が3-4で東海大甲府に初戦敗退して以来)

なお、70年代や80年代の甲子園の高校野球においては、各個人のクセが強いチームを見ることは決して珍しくありませんでした。当時は野球の盛んな地区とそうでない地区の実力差は今よりもはるかに大きく、しかもビデオ機器も普及していなかったことから情報の偏在のみならずその絶対量も不足していました。それが、最近はどの地区も少年野球から筋金入りで鍛え上げられており、しかも情報網が乏しかった昔とは異なり、今は見本となるプレーをユーチューブなどの動画サイトでいつでもどこでも手軽に閲覧できる時代になりました。選手や指導者に向けた書籍なども充実しています。このため、各個人の独特のクセ(特に悪癖)はかなり早い段階で矯正され、結果として各校のプレーのレベルが全国一律に底上げされていく中で、甲子園で見るプレーの質は均質化していきました。今でも守備では、プロ顔負けの超美技も珍しくありません。それだけに、この選手10人がバラバラのフォームとクセを持ちながら一つにまとまっている不来方というチームは、私にどことなく懐かしい感覚を呼び戻してくれたのでした。

「幼少期のクセにどの程度介入するべきか」「クセを矯正することの是非」といった話のつながりからとはいえ、あの偉大な浅田真央選手をいきなり高校野球のチームに例えるなんて…と怒ってしまう方もいらっしゃるかもしれません。しかし、今回の選抜大会終了後に発売された高校野球雑誌の中に、不来方とフィギュアスケートを結びつけるマンガが掲載されているのを発見してしまいました!↓

不来方(こずかた)の活躍をテレビで見てモーレツに感動したという元フィギュアスケート選手が、自らの名前を「小塚崇彦(こづか・たかひこ)」から「不来方カ彦(こずかた・かひこ)」に変えるのだそうです(笑)!「アナタ、やめて!カ彦って何?」と、女子アナの妻が隣で泣いています(爆笑)。中山ラマダさんという方が描かれたこの漫画、報知高校野球2017年5月号の72ページに掲載されています。それにしても、「不来方」と「フィギュアスケート」をつなげて考えていたのは私だけではなかったということに、私も今モーレツに感動しています(笑)。

なお、浅田真央さんの選手引退についてはとても寂しいですが、長年にわたり日本のみならず世界のフィギュアスケートをけん引してこられたその活躍を称えたいと思います。その一方で、以前このサイトでも掲載したロシアの男子シングルの五輪王者エフゲニー・プルシェンコ(→菅原初代とエフゲニー・プルシェンコ(2)…子持ちであることの意味)や、イギリスのペア選手で三児の母ととして現役復帰のゾーイ・ジョーンズ(→欧州フィギュアスケート選手権のキーワード(1)…「エイジレス・ジェネレーション」アラフォーの女子スケーター登場!)のように、一旦は引退して完全にフィギュアスケートから離れた方のドラマティックな復帰劇はこれまでに幾度もありました。浅田選手のライバルだったイタリアのカロリーナ・コストナー選手も最近復帰してきました(これについては後日別の角度から記事掲載予定)。もし数年後ないし十数年後に彼女の考えが変わったとしても、私は彼女のいかなる判断も支持することになるでしょう。もちろん、前述のランビエル氏のショーへの出演に限らず、彼女自身がアイスショーを主催するようになればなお素晴らしいです。いずれにしても、今後の彼女の活躍を心から応援したいと思います。

バックナンバー>>
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459 460 461 462 463 464 465 466 467 468 469 470 471 472 473 474 475 476 477 478 479 480 481 482 483 484 485 486