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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2017/03/31

ドイツで話題のバイリンガル保育の効能と「ムルティクルティ」(多様性文化)の意味

日本では相変わらず森友学園騒動がワイドショーの中心を占めているようです。愛国主義を前面に押し出した幼児教育を展開する学校法人が、この四月に開校予定だった小学校の新設に際して国有地の格安価格での供与を受けるなど、各方面からあらゆる便宜を図られた事実もさることながら、その法人の理事長が「神風が吹いた」と言い得て妙な表現を口にしたように、「ダメです」というゼロ回答のFAXを送っておきながら背後で誰にも分からないところでいつの間にか潮目が変わったりするあたりに、この問題の本質がありそうです。官から民まで、地方から中央まで、あらゆる方面が一つの結論に向かって「忖度(そんたく)」したり「慮る(おもんぱかる)」という形で、誰も知らない間に最終的な意思決定がなされたことは、「政治の私物化」という意味で東京都の魚市場の豊洲移転問題と全く同じ構図であり、この調子だと今年の流行語大賞は「忖度」はで決まりでしょうか。

そんな日本を尻目に、ドイツZDF(ドイツ第二テレビ)の朝の情報番組でこのような話題が取り上げられました。題して「子供を二か国語で育てること…バイリンガル保育所が人気」です。最近「パン屋はダメで和菓子屋ならOK」という教科書検定がなされたというニュースがあったばかりの日本と比べて、そのあまりのギャップに驚いてしまいました↓。

ZDF Volle Kanne(2017年3月28日):Zweisprachig aufwachsen - Bilinguale Kitas sind begehrt(子供を二か国語で育てること…バイリンガル保育所が人気)
https://www.zdf.de/verbraucher/volle-kanne/zweitspracherwerb-bei--kindern-100.html
(公開期限2018年3月28日)

(字幕は「トップテーマ:二か国語で育てると子供はどうなるの?」の意味。右は司会者のナディーヌ・クルーガー、左は後ほど紹介する大学教授)

この動画によると、ハンブルグにある二か国語保育の保育園が人気だそうです。園には英語のみで子供たちに接する保育士が常勤しており、園内公用語(?)としてドイツ語と併用されているといいます。

こちらの女性はバネッサさん、英語のネイティブスピーカーで、29才の保育士です(左上)。番組内では、彼女が子供たちに対して「eyes(目)」「nose(鼻)」など身体部位の基本的単語を英語で教えるシーンが紹介されます(右上)。

さらにドイツ人保育士のジェンナさんも登場です(左上)。ジェンナさん曰く、「あの人はこの言語、この人は別の言語、という具合に言語が混じった環境に置かれたら、それらが別の言語であるという認識があるか否かは別として、子供はそれをそれとして受け止める」。かく言う彼女も、テレビのインタビューこそドイツ語で答えていますが、子供たちと接する際は徹底して英語しか喋りません。次のシーンでは、ギターを片手に子供たちに英語の歌を披露する彼女の姿がみられます(右上)。

このジェンナさん自身もまた二児の母だそうで、子供の外国語教育は早ければ早い程良いという確信をかねてから持っていたそうです。しかし、かつて彼女が自分の子供たちを二か国語で育てていた頃には、周囲のママ友に随分とバカにされたといいます(笑)。それが今や、「二か国語で育てたの?まあ、ステキ!」「子供たちにとって凄いアドバンテージよね~!」だのと、手のひらを返したように周囲から羨ましがられるようになったと、時代の変化を感じているようです。

この保育園の特徴は、通園する子供たちの多くが元々マルチリンガルな家庭環境にあるということです。放送では言及がありませんが、両親が海外からの移民だったり国際結婚だったりするという具合に、登場する子供たちの顔ぶれがバリエーション豊富です(下写真)。こういう子供たちは家庭内でもそれぞれの両親の母国語とドイツ語がチャンポンしている環境にあるはずです。アフリカ系から中東系といったこのような子たちと、両親ドイツ人という子女が一堂に会するこの国際色豊かな保育園は、通うだけでもちょっとした地理の授業に匹敵しそうな空間です。 

こういうのをドイツでは「ムルティクルティ」(Multi-kulti)と言います。マルティプル(multiple)なカルチャー(culture)、つまり「多様性文化」というか、「多文化共生」というべきでしょうか。この園に子供を通わせているというドイツ人ママさん(下写真)がインタビューで真っ先に挙げたこの園の長所こそ、子供の視野を広げるというこの「ムルティクルティ」でした。

別のママさん(下写真)はこうも言います:「この園に通うことで、うちの娘は三か国語を操るトリリンガルになれる。ペルシャ語、ドイツ語、そして英語。これは娘にとって素晴らしいこと」

こう語るペルシャ語を母語とするママさん、インタビューのドイツ語に明らかなアクセントがあります。将来、娘さんがペルシャ語・ドイツ語・英語の三つともネイティブスピーカーになったらこの母にとっても大きいはずで、そのためにも、いかに早いうちから多言語教育をスタートするかは鍵となるでしょう。

このハンブルグの保育園のバイリンガル保育にはすでに20年以上の歴史があり、入園希望者が殺到している…というナレーションでVTRは終わり、スタジオに切り替わりました。登場した専門家は、ヒルデスハイム大学言語教育科のクリスティン・ケルシュテン教授でした(下写真)。

冒頭の質問は、「二か国語保育はとても良さそうに見えるけれども、何才以上からが良いのでしょうか?」でしたが、それに対する返答がいきなり衝撃的でした:

「何才以上といった年齢上の制約は一切ない。乳児保育においても、多言語保育は効果があることが分かっている。そもそも世界的に見れば多言語の環境で育つ子供の方が圧倒的に多いのであって、我々のように(ドイツ語だけという)単一言語で子供を育てるのはむしろ少数派なのです」

言われてみればそうです。アフリカなどでは少数部族の言語が星の数ほどある中、かつての植民地時代の宗主国の言語として公用語採用されている英語なりフランス語なりポルトガル語などがなければ隣の村とすら意思疎通ができない…などという話がザラです。だからこそ、人生の質に直結するその「二か国語目」を学びに行くために、足の裏の皮が擦り剥けるまで片道何十キロも歩いて小学校に通う子供たちが世界中にいるのです。ノーベル平和賞のマララさんを始めとして、世界各国で「子供や女性を学校に行かせること」の大切さが声高に強調されるのも、多くの国にいまだに劣悪な教育事情があればこそです。そう考えれば、学校教育の本質とはむしろ外国語教育の中にこそあるのであって、少なくとも「パン屋はダメで和菓子屋ならOK」などということを教科書で教えようとする国は世界でもかなりの少数派と思われます。

インタビューの中でのケルシュテン教授の指摘は色々と興味深いです:

「保育士ごとに別の言語を話すという保育スタイルは"一人一言語ルール"と呼ばれ、そもそも母語の異なる国際結婚の家庭に育つ子供の置かれる環境を模倣する形から発展した教育方法」
「場面に応じて別の言語にコロコロ変える、つまり二か国語間で言語をスイッチするのは”コード・スイッチング”とも”コード・ミキシング”とも呼ばれる。このコード・スイッチングには、子供の脳を鍛える効果がある

これを聞いて私が真っ先に思い出したのは、日本語における外来語のカタカナ表記です。医者の世界の専門用語の中には、いまだ日本語が確立していないために英単語をそのままカタカナにしたりローマ字のまま記載するケースが多々あります(例えば喘息発作時に聴取される異常呼吸音wheezingには、しっくりくる日本語訳がないためにそのままローマ字で記載した方が伝わりやすい…といった具合)。そんな事情もあり、カンファランスにおける医者の議論やカルテの文章は、往々にして英語と日本語の壮絶なチャンポン(笑)です。愛国的な患者さんは「日本語を使え、日本語を!」と怒鳴りつけたくなるかもしれませんが(笑)、それなら日本語で、と思っていざカルテに書こうとしても該当する日本語がない、ということがかなりあります。要するに、日本語そのものでカバーしきれない範疇は結局外来語を拝借してそのままカタカナに変換して日本語化する…ということは、日本では古来から現代に至るまで普通に行われてきたことですが、実はこれこそドイツの教授が言うところの「コード・スイッチング」と本質的には同じではないかと思われるのです。

日本では、「日本語をしっかり学ぶ前に外国語を学んだら子供の脳が混乱する」という理由で早期の英語教育に難色を示す意見もよく聞かれます。しかし、この教授によれば、二か国語間でのスイッチングは脳を鍛える「脳トレ」だそうです!ゲーム機で脳トレする今の時代、バイリンガル保育園も全然アリでしょうか。大人が日本語の中にカタカナ語をバシバシと交えて良いのであれば、小さい子供が物心つく前から英語を学んではいけないという道理はないように思えます。

放送では、この教授はバイリンガル保育について基本的に肯定的でありつつも、そのバイリンガル保育を担うべき人材の不足について指摘してインタビューを締めくくっています。ドイツといえども、英語を母語とする有資格者としての保育士となると数は非常に少なく、このような保育園もハンブルグという大都会(←それもドイツ北部という、イギリスにより近い立地)だからこそ可能であるということなのかもしれません。しかし、今回の報道を契機にその需要が高まれば、今後はこのような保育園がさらにドイツ全土に展開していく可能性もあるかもしれません。

なお、前述したZDFのリンク先ではこのテーマについて、インタビューで述べきれなかったケルシュテン教授の意見がさらに補強されています。ここには、バイリンガル保育について利点と欠点に分けてさらに加筆されているのですが、中でも私が注目したのが、以下の文章でした。

「多言語が飛び交う家庭の子供のみならず、学習障害を抱える子供にとってもバイリンガル保育園はオススメである」(Auch für Kinder aus mehrsprachigen Familien oder für Kinder mit Lernschwächen, empfiehlt die Expertin eine zweisprachige Kita)

えーっ、学習障害のある子にバイリンガル保育?余計に脳が混乱するんちゃうの?と思ったアナタ、私も最初はそう思いました。しかし、学習障害児のバイリンガル保育の有効性は研究結果として出ているそうで、ケルシュテン教授は「バイリンガル保育そのものが必然的に帯びる(豊富な身振り手振りや強調的言動などの)指導方法にその秘訣があるのではないか」と考察しています。しかし私は、原因は別のところにもあるのではないかと考えています。以前、脳卒中で言語中枢に障害が残り失語状態となった患者さんが、日本語はダメでも外国語でなら意思疎通ができたというケースを実際に経験したことがあるからです。大人になってから習得した外国語の回路が難を逃れた…ということだったのでしょうか。

学習障害にも色々ありますが、何らかの学習障害があっても別の回路を経由して脳機能を代替することができるケースがあるとしたら、その「別の回路」を開拓するための「脳トレ」方法の1つとしてのバイリンガル保育は有効であるとしても不思議はありません。「うちの子は学習障害」と悲観的になっている両親にとっては朗報かもしれません。そうでなくても、子供にとっての選択肢は一つでも多く、それも早い段階で試してみることは、自分の可能性を少しでも広げるチャンスでもあることでしょう。

なお、バイリンガル保育の欠点となりうるのはご想像の通り、「どっちも中途半端になってしまうこと」(doppelte Halbsprachigkeit)と書かれています。しかし、これが起きるケースは「途中でバイリンガル保育をやめてしまう場合」に限定されると教授は言います。例えば、「家ではトルコ語、外ではドイツ語」としてきたトルコ人の親が、子供のためによかれと思って家でトルコ語を話すことを辞め、しかもブロークンなドイツ語を話すようになったようなケース、とのことです。「それぞれの言語教育が子供の成長の過程に合せる形とレベルで提供され続けること」が大事なのだそうです。そういう意味では、先週の紹介したスペイン系ドイツ人の売れっ子歌手のアルヴァロ・ソレール君(→バルセロナ生まれの東京育ち!スペイン系ドイツ人歌手が語る思い出のニッポン)でいうなら、家の中はそもそもバイリンガル保育園と同じ環境(父とはドイツ語、母とはスペイン語を話す)であっても、日本人学校ではなくドイツ人学校に通ったことで日本語習得には至らなかった、という視点からとらえ直すことができます。日本人のカノジョでもいれば違ったのかもしれませんが、その点でもご縁はなかった(笑)というのは先週述べた通りです。

最後に、今週はフィンランドで世界フィギュアスケート選手権が行われております。日本女子の3枠獲得の可否や、当コラムにも再三登場するアリオナ・サフチェンコ/ブリューノ・マッソ組の調子も気になります(→欧州選手権inブラチスラバ(4)…出場停止処分解除でついに大舞台へ!ドイツの新生ペア「サフチェンコ/マッソ組」の挑戦が始まる、→欧州フィギュアスケート選手権のキーワード(1)…「エイジレス・ジェネレーション」アラフォーの女子スケーター登場!)。そこに今回の番組の影響ではありませんが、「マルチリンガル」という視点を加えると、さらに面白いかもしれません。もし中継があるようでしたら、登場する選手が何か国語を操るのか(イタリアのコストナー選手などは英語もドイツ語もフランス語もネイティブ並みにペラペラ)、はたまた両親の母語が違う選手(父の母国ロシアから母の母国イタリアに移籍して五輪を目指す男子シングルのイワン・リギーニ選手、父が中国人で母がウズベキスタン系ロシア人のミーシャ・ジー選手、日本のアイスダンスのクリス・リード選手など)や移民系選手(ドイツペアのサフチェンコ選手はウクライナ人でマッソ選手がフランス人!さらに移民の子女にまで広げるとアメリカのネイサン・チェン選手やカレン・チェン選手など枚挙に暇なし)がこの世界には果たして何人いるのか、注目することで見えてくる世界もあることでしょう。ドイツ人が愛でる「ムルティクルティ」の総本山のようなこの大会に、日本からの精鋭たちがどのような存在感を見せるのか、注目したいと思います。

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