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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2016/12/02

40周年の節目に指摘が相次ぐ?「パンク音楽」と「ブレグジット」「トランプ」との共通点の数々

「アイ・アム・アン・アンティクライスト!(I am an antichrist)」という、どこかで聞いた絶叫調で始まるボーカルをシンプルなリズムに乗せて、このような画面が目に飛び込んできたのは先週木曜日の朝のことでした。当サイトでもよくご紹介するZDFの朝の情報番組「Volle Kanne」が11月24日に流した4分弱のVTR(末尾参考サイトA)の中には、それはもう涙チョチョ切れの懐かしいお宝映像が詰まりまくっており、私はしばしの間テレビに釘付けとなってしまいました。

(参考サイトAからのスクリーンショット。最後の1枚を除き、当稿画像は全てここから採用)

そうです、セックス・ピストルズ(Sex Pistols)です。ブリティッシュ・パンク・ロック・ムーブメントの代表選手とも言うべき彼らが「アナーキー・イン・ザ・UK」というシングルでデビューを果たしたのが1976年11月26日ということで、今回「パンク音楽40周年」という内容の特集が組まれたのでした。短いながらも濃密で興味深いVTRなので、そのスクリーンショットと見比べながら簡単に振り返ってみましょう↓(以下、番組内音声は筆者和訳で青字ないし一部強調のためピンク字、番組内にない筆者の見解や注釈は赤字で区別)。

<末尾参考動画Aより>
セックス・ピストルズのデビュー・シングル「アナーキー・イン・ザ・UK」が発売された1976年11月26日は、多くの人々にとってパンク音楽の誕生の瞬間であり、この一大ムーブメントの代表曲であったに違いない。この曲を作詞したボーカルのジョニー・ロットン氏(本名ジョン・ライドン)はこう語る:

ロットン氏 「わが人生で初の作詞となった1行目が『アイ・アム・アン・アンティクライスト』(I am an antichrist=自分は反キリスト主義者だ)だったが、その後がまるで思い浮かばず困った。しかし、「アナーキスト」(anarchist=無政府主義者)という単語は、韻も踏んでいるし意味もドンピシャリだった」


カオス(混沌)・挑発・拒絶・半エスタブリッシュメント。彼はこうも言う:「古い秩序は受け入れるな。排除せよ」(←過去の発言のVTRのインサート)

1976年のロンドンでは、多くの街区が壊滅的に落ちぶれ(左下写真)、何週間にも渡る清掃局のストライキで街はゴミだらけだった(右下写真)。

抗議活動は民衆側(左下写真)もそれを押さえる機動隊側(右下写真)も、暴力の祭典さながらであり戦後最大級の経済危機が国全体を揺さぶっていた。

(ここで、セックス・ピストルズの一連のビデオやドキュメンタリーを監督し、ミュージックビデオ界の巨匠として名高いジュリアン・テンプル氏が登場。ピストルズのデビューと同じ11月26日が誕生日で、現在御年64才!)

テンプル氏 「当時の労働階級の子供たちは、自分たちが学校卒業の瞬間に社会文化のゴミに転落するということを分かっていた。失業し、自分が役立たずの存在だと思ったり、そうした思いが憤りを経て爆発につながった」

1970年代前半、ロンドンのアングラの人々は「セックス」という名のブティックにたむろしていた(左下写真)。この店は、マルコム・マクラーレン氏(←元々服飾関係で、この店に出入りしていた不良青年たちを中心にセックス・ピストルズを結成、後に自らマネージャーとなった)とヴィヴィアン・ヴェストウッド氏(←今や世界的に超有名なファッションデザイナーで最近は環境活動家としても活躍中だが、当時はマクラーレンと公私ともにパートナーだった)の二人の店で(右下写真)、奇抜な服装を販売する奇妙な連中の溜まり場でもあった。

ニューヨークで先に勃興していたパンク・ロック・ムーブメントに影響を受けた者たちがこの店に吸い寄せられるように集まり、セックス・ピストルズのメンバーとなった。シンプルでエネルギッシュな音楽を引っさげ、メインストリームの音楽界や社会体制に対する怒りを、彼らは主にコンサート(ライブ)で発散していった。

バンドメンバーによるテレビ出演もまた、侮辱発言の祭典と化した(下写真4枚)。(1976年12月1日オンエアのビル・グランディ氏司会のトーク番組「トゥデイ」より…末尾参考動画C。右下写真右のギタリストのスティーブ・ジョーンズ氏は4文字ワードと呼ばれる放送禁止用語を連発。同写真左のボーカルのジョニー・ロットン氏も「ウ○コ」発言)

司会 「これで終わりです。テレビの前の皆さんとはまた来週お会いできることを、そしてキミたち(ゲスト)とはもう二度と顔を合わす機会がないことを期待しています!」

(あまりの事態に、こう言って司会者が番組を打ち切った。そして一夜明けたら、パンクはエスタブリッシュの最大の敵と化していたのだった。

(左上:司会のビル・グランディ氏。この騒動が契機となって番組降板、そのままテレビ司会の世界から消えてしまうことになったのはちょっと気の毒?右上:エンドロールが流れる中で踊り倒す左から二番目のスティーブ・ジョーンズの来ている白地に女性の裸の乳房を印刷したTシャツは、前述のブティック「SEX」の有名商品。要するに、バンドも親衛隊も、その露出はことごとくお店のプロモーションを兼ねており、マルコム・マクラーレンの商売っ気の表れとしての側面もあった)

「ノー・フューチャー」(=二枚目シングル「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」の歌詞の一節)…未来がないのは、これらの経緯でレコードの発売禁止を食らい、コンサートの興行主にも敬遠されたセックス・ピストルズたちの方だった。出したアルバムはたったの一枚、メンバーも喧嘩別れ、そうして1978年にバンドは解散した。しかし、パンクは以降も存命しつづけた。

(左上:2枚目シングル「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン(God Save the Queen)」のジャケットでも有名になった、エリザベス女王の鼻の下に安全ピンが刺さっているというモチーフ。なお、安全ピンはパンクファッションの象徴的アイテムでもある。右上:ベーシスト脱退に伴い新たに加入したシド・ヴィシャス。元々はブティックの常連で、ピストルズのファン。これまた問題の多い人物で、1978年10月13日のガールフレンド刺殺事件では容疑を掛けられる→さらに歌手パティ・スミスの弟への傷害容疑で逮捕→レコード会社が多額の保釈金を払って仮釈放→その翌日となる1979年2月2日ドラッグ過剰摂取で死去、享年21才)

テンプル氏 「ヴィヴィアン・ウェストウッド、クイーン、さらにファッションデザイナーたちも、みんなパンクの影響を受けている。バンクは全ての分野において、世界の隅々にまで浸透していったと自分は思う」

イギリスではクラッシュ、アメリカではラモーンズ、ブロンディーなど、後続のパンクバンドはその表現型こそ変えつつも、現在に至るまで成功し続けている。衝撃的だった見た目は随分と大人しくなり、その40周年もエスタブリッシュメントの人々が博物館で祝福するような時代になった。


テンプル氏 「僕はパンクのことをむしろ、甦る死霊、ゾンビみたいなものだと考えている。40周年というよりは、40回忌を祝った方がいいんじゃないのかな?」

しかし、1976年の叫びは、あたかも今に続いているとテンプル氏は指摘する(下写真)。今の「ブレグジット」「トランプ」「未来なき欧州の若者」という、”一触即発の要素が揃い踏みしているという”意味での構図が共通しているからである。

当時の連中も今やコマーシャルなんかに出演するようになった。ジョニー・ロットンはバター愛好家の役である(下写真4枚)。パンクは死んだ、パンク万歳\(^o^)/!(Punk ist tot, es lebe der Punk)

(カントリーライフという名のバターのCMより。興味がある方はユーチューブの参考動画Cを参照のこと)

以上が動画のほぼ全文です。この動画で気づいたことは3つほどあります。まず、70年代のロンドンの圧倒的な暗黒っぷりです。窓ガラスが全部割れてゴミが山積みの映像は、以前の五輪時にまとめた財政破綻状態のリオデジャネイロという話を連想させますし(→リオ五輪特集(3)…ドイツ・カヌー界の悲劇!コーチ事故死の報道が物語るブラジルの医療事情、→リオ五輪特集(8)…貧民街(ファヴェーラ)からスター誕生!バトミントンのブラジル版・親子鷹物語)、抗議活動をする若者とそれに対峙する警察や機動隊の映像は、これまた最近当サイトのコラムでも取り上げた「女ラスプーチン」こと崔順実(チェ・スンシル)容疑者事件と、朴槿恵大統領の辞任を求めて連日のように抗議活動にン十万人の市民が路上に繰り出している韓国の現状とダブって仕方がありません(→これがドイツの「郵便受け会社」だ!韓国版「女ラスプーチン」事件はアメリカ大統領選にも波及する?、→「女ラスプーチン」騒動の後日談…韓国スキャンダルの報道姿勢にみるドイツマスコミの本音と教訓)。この”若者が未来に希望を持てない暗黒時代”というのが、40年の歳月を回りまわって「ブレグジット」「トランプ」の現代との共通点だというのは、なかなか鋭い指摘です。゜ピストルズ時代のイギリスは産業の停滞、高い失業率、固定化かつ硬直した階級社会などでどん底にありましたが、相前後する北海(海底)油田の発見(1969年)・生産開始(1975年)・急速増産(1980年)というラッキー・ストリークに乗り、その後に保守党のサッチャー政権(1979~1990年)での徹底した構造改革やフォークランド紛争を経て上向いていったことを考えると、まさにパンクはこの時期でなくして勃興しえなかった気がしてきます。1976~1978年というセックス・ピストルズの短い活動期間も、なるべくしてこうなった絶妙のタイミングだったのかもしれません。

第2に、バンドメンバーの放送禁止用語連発の放送事故など、挑発的言動やお下劣な悪態の数々がかえって一部の人々の熱狂的支持を集めて大きな時代のうねりを作り出していったということも、一連のトランプ発言下での支持率上昇や大統領選勝利にも重なります。動画中に何度も出てくるエスタブリッシュメントへの対決姿勢もまた、クリントン対トランプの対立軸に引き継がれたかのようです。

なお、この動画では指摘がありませんでしたが、当時と今との世相面での共通点もありそうです。70年代のヨーロッパといえば、民間人を多数巻き込むようなテロ事件やハイジャック事件が頻発していました。ミュンヘン五輪での凄惨なテロ事件もありました(1972年)。街角にやたらとテロリストの指名手配写真が貼られていたことを、私も子供心ながらに覚えています。そして、今の欧州もまた、昨年のフランスにおけるシャルリー・エブド襲撃事件(1月7日)やパリ同時多発テロ事件(11月13日)に今年のニースのトラックテロ事件(7月14日)などが記憶に新しいように、無防備な一般市民が普通の日常生活の中で一瞬にして命を奪われるというテロ事件が立て続いており、陽気にも未来志向にもなれない70年代パンクの時代との共通項かもしれません。そういえば、先日のフランスでの中道右派の大統領候補予備選挙において、比較的最近まで全く下馬評にも上らず、「第三の男」とも言われていたフランソワ・フィヨン氏(François Fillon)が誰もがビックリのトップ当選を果たしました。ちなみにフィヨン氏はフランスメディアでは「フランス版サッチャーイズム」の旗手とされています。「トランプ」の次のキーワードは「サッチャー」?まさに、歴史は繰り返すようです。

第三に、私が衝撃とともに最も注目したのは、放送禁止用語の連発により途中で打ち切られたというあの1976年12月1日のテレビ映像の中で、登場した錚々たる面々には結構明るい未来が待っていたという、今だから分かる「結果論」です↓。

上写真において、イスに座っているのはセックス・ピストルズのメンバーです。前列左から右にジョニー・ロットン(Johnny Rotten、ボーカル)、スティーブ・ジョーンズ(Steve Jones、ギター)、グレン・マトロック(Glen Matlock、ベース)、ポール・クック(Paul Cook、ドラムス)です(後に加入するシド・ヴィシャスはマトロックの脱退後に加入のため登場なし)、そして一番手前が司会者のビル・グランディです。そして、凄いのはその後方に立つ親衛隊です。後列右から左にスージー・スー(Siouxsie Sioux)、シモーヌ・トーマス(Simone Thomas)、スティーブ・セヴェリン(Steven Severin)、そして左腕に赤いハーケンクロイツの腕章をしているのが通称シックス(Six)ことサイモン・バーカー(Simon Barker)。白シャツの金髪美人のスージーは後に二人隣に立つスティーブ・セヴェリンと一緒にスージー・アンド・ザ・バンシーズ(Siouxsie and the Banshees)というパンクバンドを結成。彼らはまだこの時点ではまだ無名でしたが、このテレビ出演による知名度アップも貢献したのか、1978年のメジャーデビュー以降は1995年の解散や2002年の再結成、そしてソロではスージーは歌手として、セヴェリンはプロデューサーとして未だ現役という、本家ピストルズを凌駕する息の長い活動を展開しています。また、後列左端のハーケンクロイツ腕章の金髪青年シックス君は、今は写真家に転じ、主に音楽シーンをモチーフにした素敵な作品等で今も活躍中です。

こうして各メンバーを見ていくと、「未来のない労働者階級出身の若者」といった当時のキャッチフレーズは全くのウソだったのではないかと思えてきます。彼らよりも年上世代のマルコム・マクラーレンやヴィヴィアン・ヴェストウッドも含め、少なくともセックス・ピストルズに関わった人たちは、破滅的に早世したシド・ヴィシャスを除けば、皆がそれぞれの分野で結構マトモに活躍し続けています。

昔の彼らが語った「未来」を、21世紀に生きる私たちは具現化した「現在」の姿で見ています。あの悪態まみれで放送禁止用語テンコ盛りの放送事故を目の当りにした当時の人々は誰一人として、今私たちが見ているような彼らの「未来」の確定値を予想することはできなかったことでしょう。

さて、このZDFの朝の番組のゲストは、ドイツ人ロック歌手のハインツ・ルドルフ・クンツェ氏(Heinz Rudolf Kunze)でした(参考サイトD)。1956年11月生まれの59才(番組オンエア当時)というから、セックス・ピストルズのメンバーたち(1955年9月~1956年8月生まれ)と同世代です。そんなクンツェ氏、パンク音楽についても一家言あるようで、「1976年のロンドンパンクの第一弾はセックス・ピストルズではなくザ・ダムドだ」(シングル「ニュー・ロード」は1976年10月22日と、ピストルズより1ヶ月早く発売)というトリビア知識の披露からスタート(笑)。さらに司会者のインゴ・ノムセン氏とは、パンク40周年のVTRの感想をめぐってこんな興味深いトークもありました。

司会者 「当時のパンクで聞かれたアンチ・エスタブリッシュメントという主張は、音楽との相性はいつも良いんだよね?」
クンツェ氏 「確かに、新しい生意気さというものを世界に知らしめたという点で、イギリスパンクは世界のトップを行っていた。音楽的には割とありきたりで、ストゥージズ(The Stooges)やMC5にヴェルヴェット・アンダーグラウンド(Velvet Underground)の二番煎じだったけど」
司会者 「ま、コードが三つしかなくても、良い曲は書けるよね!」
クンツェ氏 「コードひとつだけでも大丈夫かも(笑)。それよりも僕の場合、パンク音楽と言われて連想するのは(抗癌剤の)化学療法。抗癌剤は悪い細胞を退治することはできるけれども、残念ながら良い組織もたくさん壊してしまう。パンクが社会現象となり、(売れるための)絶対的方程式になったら、それ以外の良質な音楽やプログレッシブロックが突然チャンスを与えられなくなってしまった。ごく一部、その前から音楽をやっていた者だけが、この危機を乗り越えた」
司会者 「音楽に情熱を注ぐ人間は、他人が聴いてくれようがくれまいが、自分の信じる音楽をひたすらに追及するもんね」
クンツェ氏 「もっとも、当時はボクだって(パンク音楽には)心を奪われたよ。だって、ジョニー・ロットンってオレと同い年なんだぜ。あっちはハタチ、そして当時はボクだって”業界に片足突っ込みかけてた”頃なんだから」

(左がクンツェ氏、右が司会のノムセン氏。この写真のみ参考サイトDからのスクリーンショット)

パンクを抗癌剤に例えるとは、ナルホドです!そういう意見は初めて聞きました!このクンツェ氏の博識ぶりと深い洞察が炸裂するインタビュー、音楽好きにはたまらない内容です。しかし、この調子だとワタクシ、今後抗癌剤や化学療法の話が出たり現物を見ようものなら、その瞬間からジョニー・ロットンやスティーブ・ジョーンズにスージー・スーからMC5まで総動員で、悪態つきながら脳内ライブを一晩中披露してくれそうな勢いで、果たして仕事になるのやら心配になってしまう今日この頃です。


<参考動画>
A) ZDF Volle Kanne(2016年11月24日):Vor 40 Jahren beginnt die Punk-Bewegung (パンク・ロック・ムーブメント40周年)
https://www.zdf.de/verbraucher/volle-kanne/40-jahre-punk-100.html
(公開期限 2017年11月24日。日本からも閲覧可能)

B) Swearing - Sex Pistols interview - Today Show - Thames TV (TVショー「トゥデイ」で悪態をつくセックス・ピストルズのインタビュー)
https://www.youtube.com/watch?v=LtHPhVhJ7Rs

C) YouTube - John Lydon butter commercial
https://www.youtube.com/watch?v=7mSE-Iy_tFY
(ジョニー・ロットンが本名ジョン・ライドン名義でCountry Lifeという商品名のバターのコマーシャルに出演)

D) ZDF Volle Kanne(2016年11月24日):Volle Kanne vom 24. November 2016:Heinz Rudolf Kunze zu Gast
https://www.zdf.de/verbraucher/volle-kanne/volle-kanne---service-taeglich-vom-24-november-2016-104.html
(公開期限は2016年12月1日まで)

<参考サイト>
Alchetron - Bill Grundy
http://alchetron.com/Bill-Grundy-745588-W
(ビル・グランディ氏の半生と、同氏がホスト役を務めるトークショー「Today」における1976年12月1日の有名な放送事故のシーンについて詳細説明あり)

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