Nagoya Talents' Network - タレコラ

Dr.片山晴子 RSS Feed

金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2016/10/21

リオ五輪特集(10)…泣いてばかり?メダルゼロのドイツ競泳陣が繰り出す言い訳フレーズの数々

まずはコチラの写真をご覧ください。日本ではおそらく誰も見たことが無ければ、興味もない写真かもしれません。しかし、今年のリオデジャネイロ五輪の大会期間中、このシーンはドイツではテレビを中心とした各媒体でそれこそイヤというほど盛んに報道されました。そして、今のドイツの競泳界をこのワンカットだけで雄弁に物語っていると言っても過言ではないほど、象徴的なショットでもありました。

遠い目をした寂しそうな表情の男性が、手前の頭一つ小さい若者の頭を抱きかかえつつ、自らも涙目になっています。この写真中央の男性はパウル・ビーダーマン選手(Paul Biedermann)で、1986年8月7日、当時まだ東西が分かれていた頃の東ドイツのハレ市に生まれ、今大会期間中に30才の誕生日を迎えたばかりの大ベテランです。男子200m自由形の現役世界記録保持者でもあるので、日本でも水泳に詳しい方ならその名をご存じかもしれません。その世界記録を樹立した2009年ローマの世界水泳(200m自由形及び400m自由形で二冠)を始め、欧州選手権優勝(2008、2010、2012)、世界短水路選手権優勝(2010、2012)など、数えきれないほどの栄光に輝きながら、200m自由形では北京・ロンドンともに5位、4x200mリレーではロンドンで惜しくも4位と、何故かこれまで五輪大会でのメダル獲得がゼロという「無冠の帝王」でもありました。

そんなドイツ競泳界きっての人気及び知名度を誇る大ベテランは、リオ五輪を最後に現役を引退すると大会前から表明していました。しかし、誕生日当日及びその翌日に行われた男子200m自由形では6位に終わりました。となると、さらに翌日となる大会第4日目の男子4x200m自由形リレーがビーダーマン選手にとって現役最後のレースであるのみならず、最後のメダルチャンスとなります。一緒にリレーを泳ぐ若手選手も、何とかビーダーマン選手に輝かしい花道をと、心をひとつにして団結したことでしょう。しかし、その最後の頼みの綱だった4x200m自由形リレーの決勝でドイツは6位に終わります。この瞬間、ビーダーマン選手にはついに「五輪無冠の帝王」の称号が確定してしまったのでした。

レース後の選手がプールサイドでインタビューのマイクを向けられ第一声を発するのは、ドイツでの五輪競泳中継では毎度恒例のシーンですが、このレースの直後は異様な光景となりました。ドイツのリレーメンバー4名が順番にプールサイドでインタビューに応じていたその時、3番目に質問されたフロリアン・フォーゲル選手(Florian Vogel、21才)が突然泣き崩れてしまったのです↓。

「(4x200mリレーでは)メダルを目標に取り組んできたけど、自分がメダルを取れなかったのは仕方ないと思う。だけど、パウルにはどうしてもメダルを獲らせてあげたかった。もうそのチャンスが無くなってしまったことが申し訳なくて…(涙)」

目頭を押さえ始めたら、あとは言葉にならず、涙、涙、涙…!そんなカワユい後輩を無言で抱きしめる先輩…。この後がビーダーマン選手のインタビューの順番でしたが、その前にフロリアン君がパウル先輩の胸でボロ泣きとなったため、記事冒頭の写真の如き有名なショットが放送事故の如くお茶の間の画面で固まってしまったのでした。ちょうど同じ頃、日本では「松田さんを手ぶらで帰す訳にはいかない!」の美談とともに堂々の銅メダル獲得の4名がインタビューで大いに盛り上がっていたのではないかと想像しますが、その裏でドイツではお通夜のような中継が流れていたのです!以前の記事にも述べた通り、この頃のドイツの五輪中継は、「お涙頂戴」と「お通夜」の波状攻撃さながらだったことを思い出します(→リオ五輪特集(2)…その名も「ヒーロー・デ・ジャネイロ」!ドイツを感動の渦に包んだアンディは「リオの花」?、→リオ五輪特集(3)…ドイツ・カヌー界の悲劇!コーチ事故死の報道が物語るブラジルの医療事情、→リオ五輪特集(4)…やたら多かった「日独対決」をドイツメディアの報道で振り返る)。結局ビーダーマン選手は日本の松田選手にあやかることはできず、「手ぶら」でドイツに戻り、その長いキャリアに終止符を打ちました。

今大会、競泳選手が人目もはばかることなくインタビューで号泣するシーンがドイツのお茶の間に流れるのは、実はこれが唯一のケースだったわけではありません。というより、今年のリオ五輪のドイツ競泳陣、「泣いてばかりいる子猫ちゃん」の歌詞で知られる『犬のおまわりさん』よろしく、何だかみんな泣いてばかりだったのでした。

例えば、200m個人メドレーで6位入賞を果たしたフィリップ・ハインツ選手しかり…↓。

8月10日、フィリップ・ハインツ選手(Philip Heintz、25才)は準決勝をギリギリの8位で通過し、この時はARDのインタビューに「あのフェルプスなどの偉大な選手と一緒に決勝で泳げるだなんて、夢のよう!」と、まるて笑い茸でも食べたような不気味に陽気な笑い(?)で決勝進出の喜びを炸裂させていました(上写真左)。それが、翌日8月11日の決勝を泳ぎ終えた直後のZDFインタビューでは、準決勝に引き続きドイツ新記録を更新しての堂々の6位入賞にもかかわらず一転して号泣。「ずっとメダルを狙っていた。それがわずか0.4秒の差でメダルを逃したと知ってしまうと、クソって思う」(Ich wollte schon immer eine Medaille.  Jetzt haben mir vier Zehntel gefehlt.  Das ist einfach Scheißeと、以前の日独対決のコラムでも取り上げた男子200m背泳ぎのクリスティアン・ディーナー選手(Christian Diener、23才)のインタビューに引き続き、ここでもまた「ウンコ」(Scheiße)が登場してしまうのでした!(→リオ五輪特集(4)…やたら多かった「日独対決」をドイツメディアの報道で振り返る、→暗黒の夏の正体を探る(2)…ミュンヘン連続銃撃事件の意外な犯人像が示す日独共通の教育問題

さらに、涙にくれる姿は女子選手にも見られました。200mバタフライのフランツィスカ・ヘントケ選手(Franziska Hentke、27才)は2015年のカザンの世界水泳こそ4位でしたが、2015年欧州短水路選手権優勝、2016年欧州選手権優勝と、近年好調を維持しており、今大会でもドイツ競泳陣期待の有力メダル候補としてリオに乗り込んできていました。その彼女が、400m個人メドレーの予選敗退(8月6日)の方はともかく、決勝進出を確実視されていた8月9日夜の200mバタフライでまさかの準決勝敗退となり、直後のインタビューで敗因を問われた際、やはり涙・涙・涙だったのです(下写真左・右)↓。

「準備は万全だったし、体調も良い状態を維持できている。どうしてこれで決勝に進めないのか、見当もつかない」(keine Ahnung

この「分からない」「見当がつかない」を意味する「カイネ・アーヌング(keine Ahnung)」は、他の競技も含めた選手のインタビューでの言い訳シーンにおいて、今年の流行語大賞が確実ではないかという勢いで広まっていきました。準備は万全、体調も絶好調、なのにタイムだけが悪かった?そして、その理由が見当もつかないってどーゆーこと?と、このあたりから「今年も惨敗かも…」との悪しき予感がドイツ全土を支配するようになります。というのも、ドイツ競泳陣はロンドン五輪でもメダルがゼロだったからです。

そして、似たようなフレーズを、”鉄板の金メダル候補”としてリオに乗り込んだ男子200m平泳ぎのマルコ・コッホ選手(Marco Koch、26才)も使っていました。2015年世界水泳の同種目で優勝したばかりで、ドイツ競泳界では最も金メダルに近いと考えられていたコッホ選手もまた、8月10日の決勝では自己ベストより0.5秒以上遅れたタイムで7位に終わり(下写真左)、試合後のインタビューでこのように答えました(下写真右)↓。

「結構うまくいったと思っていた。どうしてこうなったのか、自分にもよく分からない」(Ich weiss auch nicht genau, wieso

うーむ、「泣いてばかりいる子猫ちゃん」のごとく、「何を聞いても分からない~♪」ということでしょうか?これでは国民も「困ってしまってワンワンワワン、ニャンニャンニャニャン」です(笑)。

こうなってくると、「使える言い訳フレーズ」の華麗なる競演の様相を呈してきました(笑)。実は、もう一つ、今大会には頻出表現がありました。先程のコッホ選手のインタビューで最後に出てきた文章は、実は前述のビーダーマン選手が200m自由形決勝のレース直後の第一声として口にしたこのフレーズと、奇遇にも全く同じものでした。

「自分は全力を尽くしたが、これ以上はムリだった」(Ich habe alles gegeben.  Mehr war leider jetzt nicht drin

「全力を尽くした」という意味の「アレス・ゲゲーベン」(直訳すれば”全てを差し出した”の意)も、「これ以上は不可能」を意味する「メア・ヴァー・ニヒト・ドリン」(直訳すれば”これ以上は中身が入っていなかった”)も、今回のリオでは惨敗と評された競泳と陸上において、ちょっと乱発気味なのではないかと思うほどの頻出フレーズとなりました。もし皆様にドイツ旅行やドイツ語学習の機会がおありでしたら、これらのフレーズは覚えておいて損はないでしょう(笑)!

ここで、以前の記事でも取り上げた、ビルト紙によるドイツ代表のメダル予想から水泳部門のみ書き出してみましょう(→リオデジャネイロ五輪特集(1)…毎度ながらのスロースターター?ドイツのメダル皮算用)。これを見る限り、ドイツ競泳界が3~4個のメダルを獲ることは十分可能だと本気で考えていたことが伺えます。

<水泳(競泳)>
男子
  マルコ・コッホ(Marco Koch)(26才、200m)…金が濃厚。
  パウル・ビーダーマン(Paul Biedermann)(29才、200m自由形)…銅メダル以上。
女子
  フランツィスカ・ヘントケ(Franziska Hentke)(27才、200mバタフライ)…メダルの可能性あり。
他に、男子4x200mリレーでは銅メダルの可能性も。


しかし、実際はロンドンに引き続くメダルゼロに終わったのみならず、決勝進出がロンドンの8種目から今回リオでは7種目に減ってしまいました。しかも、ビーダーマン選手は引退、他のメダル候補はいずれも2020年の東京五輪では三十路越えといった有様で、世代交代もうまくいっていないのではないかという印象です。この現状に加え、選手たちから飛び出る「元祖!言い訳王選手権」とでも名付けたくなる言い訳の嵐に、ドイツ代表監督のヘニング・ランバーツ(Henning Lambertz)氏もすっかり頭を抱えてしまうのでした↓。

自分が泳いでいるはずの決勝をまさか客席で見届けることになろうとはリオ入り前には想像だにしなかったであろうヘントケ選手が、一般客に混じって観戦の客席で思わず涙を手で拭うシーンも、視聴者の心を動かしました↓。

(ヘントケ選手にランバーツ代表監督が慰めの言葉をかけている)

かつての東西ドイツ時代には水泳王国としてその名をとどろかせたドイツが、一体いつの間に、そして一体どうして、ここまで凋落してしまったのでしょうか?この疑問を解明するにあたり、大会期間中にZDF競泳専属リポーターで1996年アトランタ五輪銅メダリストのクリスティアン・ケラー氏(Christian Keller、旧西ドイツ出身、44才)および同じく1988年ソウル五輪で6枚の金メダルを獲得したクリスティン・オットー氏(Kristin Otto、旧東ドイツ出身、50才)がランバート代表監督とプールサイドないしスタジオでディスカッションした内容は大変参考になりました。ということで、その内容についての考察は来週に稿を改めたいと思います。


<参考サイト>
ZDF Olympia Live(2016年8月14日):Viele Tränen, keine Medaillen(涙はタップリ、メダルは皆無)
http://www.zdf.de/ZDFmediathek/beitrag/video/2811586/Viele-Traenen%252C-keine-Medaillen?bc=sts;suc;kua2686298&flash=off

ZDF Olympia Live(2016年8月11日):Talk Biedermann: Bereit für neues Leben(ビーダーマンインタビュー:新しい人生への準備は万端)
http://www.zdf.de/ZDFmediathek/beitrag/video/2809238/Talk-Biedermann-Bereit-fuer-neues-Leben?bc=sts;suc;kua2686298&flash=off

ARD Olympia Live(2016年8月9日):Biedermann schwimmt an olympischer Einzelmedaille vorbei(ビーダーマン選手が五輪の個人メダル逃す)
http://rio.sportschau.de/rio2016/nachrichten/Paul-Biedermann-verpasst-erste-deutsche-Medaille-,schwimmen744.html

ドイツオリンピックスポーツ連盟(DOSB) - 水泳 - 代表選手一覧
https://www.deutsche-olympiamannschaft.de/de/sportarten/detail/s_action/show/s_sports/schwimmen.html
(選手写真をクリックすると各選手のプロフィールや過去の戦績、SNSの投稿内容などを確認できる)

バックナンバー>>
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459 460 461 462 463 464 465 466 467 468 469 470 471 472 473 474 475 476 477 478 479 480