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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2016/10/14

リオ五輪特集(9)…亡命・移住者だらけのボクシング界!ドイツのハルチュニアンとカナダの「チェチェンの狼」の濃厚すぎた対戦

リオ五輪の大会前半といえば、ドイツのテレビ中継は水泳にテニス、射撃にアーチェリー、ボート・カヌー、体操に馬術と、どちらかというとお上品で貴族的な雰囲気の競技が集中しておりました。庶民的なスポーツといえばサッカー程度で、ワイルドであってしかるべき格闘競技もこの頃は柔道が中心だったため、何となく選手たちのインタビューがみんな妙に優等生っぽく、登場する選手のカオも何となく”草食”っぽかった印象がありました。

それが大会9日目、こちらのワイルドな感じの青年がいきなり衝撃発言を引っさげてインタビューに登場してきたものだから、お茶の間も「おおっっ…エラく威勢のいいのが出てきたわぃ!」と目をひん剥いたのでした↓。

ボクシングのライトウェルター級(64kg以下)で最終的に銅メダルを獲得することになるアルテム・ハルチュニアン(Artem Harutyunyan)選手です。この選手、試合前のインタビューで突然このようなことを言い始めたのです:

我こそはボクシングである」(Ich bin das Boxen)

吾輩は猫である…ではなく、吾輩こそがボクシングである、と冒頭でいきなり断言です。これには、文豪・夏目漱石大センセイも草葉の陰でヒゲを撫でながら目をパチクリさせていたことでしょう。さらに青年はこうも続けました:

自分には他にできるものが何もない。まぁ、確かに、(やろうと思えば)何か別のこともできるのもしれない。でも、この競技こそが我が人生であり、そういう意味で自分はボクシングそのものなのです」(Ich kann nichts anderes. OK, na klar, könnte man was anderes.  Aber ich lebe diese Sportart, sozusagen bin ich Boxen)

それもまた人生~♫…今度は昭和の歌姫・美空ひばりの登場でしょうか(笑)。「Ich liebe diese Sportart」(私はこの競技が好きである)と「Ich lebe diese Sportart」(この競技こそ我が人生である)ではたった一文字しか違いませんが、何度聞いても後者のように発音しているこの青年は、このアルファベットの”i”を意図的に落として自らの発言に深い意味を持たせていることが明らかです。

そう言われると、この人物に俄然興味が湧いてくるのものです。ということで、まずはDOSB(ドイツオリンピックスポーツ連盟)に掲載された同選手のプロフィールを見てみました(参考サイトA)。すると、「身長172cm」「体重64kg」「アルメニア生まれ」とか所属クラブなどの公開情報の他に、本人が答えたアンケートが載っています。ここにもまた、さらに衝撃的な一言がサラリと書かれていました:

質問:この競技に巡り合わなかったら、今頃はどの競技をやっていたと思われますか?
回答:男娼(Milieu)

これには、思わず「ショエぇーッ!」とひっくり返ってしまいました。「ボクシングに出会わなかったら、体売ってたかもしれない」だなんて、たとえ密かに思っていたとしても、書くか~普通?それも、このような公的なアンケートに…!これで思い出したのが、先週の記事で取り上げたブラジルのバトミントン道場です。もし、あのファヴェーラ(貧民街)にあのお父ちゃんがバトミントン道場を設立していなければ、今頃たくさんの子供たちがシャブの世界で身を滅ぼしていた可能性が高い…という、あの話てす(→リオ五輪特集(8)…貧民街(ファヴェーラ)からスター誕生!バトミントンのブラジル版・親子鷹物語)。

つまり、人生を真っ当に生きるためのたった一つの細き命綱がスポーツである、というような危うい生き方をしている人が、この広い世界には相当数いるということです。そして、これは主に発展途上国の話だとばかり思っていたのは、きっと私だけではなかったことでしょう。先程のDOSBアンケートでも、他の選手は「サッカー」「テニス」「アイスホッケー」などの無難な返答に終始し、ハルチュニアン選手のような衝撃的な返答は一切みられませんでした。つまり、この刺激的な一語の中にこそ、「そんじょそこらのドイツの甘ちゃんとは違う!」というアルテム・ハルチュニアン選手のボクシングに対する並々ならぬ覚悟が込められているとみるのが正解なのでしょう。

ここで、彼のその波乱万丈の人生を簡単に振り返りましょう。アルテム・ハルチュニアン選手は1990年8月13日、当時まだソビエト連邦だったアルメニアの首都エレバンに生まれた26才です。まだ2歳の時に父母と兄とともにドイツに亡命、コンテナ暮らしを6年、そしてハンブルグに落ち着き、19才の時に両親がハーツ4(失業給付金Hartz-IV)の受給者となりました。ハーツ4といえば、以前の当コラムでも取り上げたミュンヘンの銃乱射事件のキーワードであったことを思い出します(→暗黒の夏の正体を探る(2)…ミュンヘン連続銃撃事件の意外な犯人像が示す日独共通の教育問題)。

その彼の人生が大きな転機を迎えるのは、兄弟揃って頭角を現したボクシングによってでした。アルテム君は幼少期に父アラムをコーチとして始めたテコンドーで二段・黒帯取得、ドイツ国内のジュニア選手権のタイトルを総ナメ、U-15の欧州選手権優勝(2005)。そして、ボクシングに転向してからは、U-19のジュニア選手権(2008)を皮切りにこちらも国内タイトルを総ナメ、さらに2013年欧州選手権では銅メダルを獲得しました。それまでは兄弟ともにドイツ軍所属のアマチュアボクサーでしたが、アルテム君は2014年10月に晴れて新興団体APB(AIBAプロボクシング)所属のプロボクサーとなり、3度目の挑戦で世界タイトルを獲得したことにより、今回のリオ五輪の参加資格を得たのでした。そして、今大会では弟のスパーリング相手として帯同している兄ロバートとともに、このリオの檜舞台に乗り込んできたのでした:

現役世界チャンピオンであることにより1回戦が不戦勝となったハルチュニアン選手が満を持して初戦のリングに登場する瞬間です。ちなみに、この前日がハルチュニアン選手の26回目の誕生日でした。また、この日までに登場したボクシングのドイツ代表は5人全員が揃って初戦敗退しているため、彼は「ドイツボクシング界の最後の砦」でもありました。この試合に彼までもが敗退すれば、ドイツボクシング連盟は補助金大幅打ち切りの憂き目は避けられないだろうと見られていました。しかし、そんな危機的なドイツの状況などどこ吹く風、アルテム君はトレードマークというこのゴキゲンな笑顔を絶やすことなく(上写真)、ニコニコと周囲に手を振りながら赤コーナーから登場、ドイツ国民に多少なりとも良い予感を抱かせたのでした。

次いで、青コーナーから対戦相手の登場です。

初戦の相手は、カナダのアルトゥール・ビヤルスラノフ(Arthur Biyarslanov)選手です。初戦でヨルダンの選手に勝利し(参考サイトB)、この場にコマを進めてきました。パッと見は、何だかフランスのフィギュアスケーターのブライアン・ジュベール選手を連想させる雰囲気があります。しかし、試合が始まり、こちらの対戦相手のプロフィールも中継内で紹介されるようになると、少し妙な展開になってきました。というのも、このビヤルスラノフ選手、あまりにも出来過ぎではないかと思うほど、その生い立ちがハルチュニアン選手とソックリなのです。

アルトゥール・ビヤルスラノフ選手は1995年4月22日、ロシア南西部(カスピ海沿いのダゲスタン共和国)のマハチカラに生まれた21才です。4才の時にチェチェン紛争の影響で戦闘状態となった郷里を逃れ、両親とともに隣国アゼルバイジャンへ亡命。7才時には父が死去。さらに2005年には母ときょうだいとともにカナダへ移住、この母はカナダで4人の子供を女手一つで育ててきたそうです(参考サイトB)。12才でボクシングを始めたアルトゥール少年、2011年カナダジュニア選手権のライト級王者を皮切りにシニアに上がっても国内タイトル独占、2015年パンアメリカンボクシング選手権ライトウェルター級で金メダル獲得。今回のリオ五輪に出場している男子ボクシングのカナダ代表選手は彼ただ一人なのだそうです。(参考サイトC)

ちなみに、この誰にも真似できない波乱の経歴から、彼に付いたニックネームは「チェチェンの狼」!母国からアゼルバイジャンに逃げる際、彼をおぶって国境を渡ってくれた母国軍の兵士に名前を聞かれ、4才のアルトゥール君は何と「Nohcho Borz」(=チェチェンの狼という意味)と答えたそうで、これがニックネームの由来となっているというのだから、末恐ろしいほど尖った4歳児です!これは、彼の父が「狼は人に恐れられる存在だが、オマエも狼のような存在になれ」と生前言い聞かせていたためだそうです(参考サイトB)。今や彼のフェイスブック・ツイッター・インスタグラムのアカウント名は「The Chechen Wolf」「ArthurNoxchi」といった具合に全て「チェチェンの狼」絡みであり、本人もまんざらでもないようです(笑)。カナダ移住時はろくに英語もできなかった少年がそもそもボクシングを始めたキッカケは、護身術として兄に勧められたためであり、この兄には今でも頭が上がらないそうです(←これもまたハルチュニアン選手との共通点だったりする)。それ以降、彼はトロントにいるときは所属先のアトラス・ボクシングクラブに通わない日は一日もないそうです(参考サイトB)。

なお、参考サイトBには、我々日本人にとって嬉しい話も載っています。アルトゥール・ビヤルスラノフ選手は子供の頃、ポケモンカード遊び(昔の日本のメンコのように、手でスナップを利かせ床を叩くことでカードを裏返すゲーム)で手の力を強化したのだと言うのです。「自分が子供の頃は携帯もスマホも無く、身近なモノで工夫して遊ぶしかすることがなかった」「その頃のポケモン人気はそれはもう凄かった」など、日本人にとっては涙チョチョ切れモノの嬉しいコメントであるのみならず、昨今の日本の子供の多くが陥っているとみられる”スマホ依存症”の危険性についてもさりげなく警告しているように聞こえます。

この「チェチェンの狼」については、ドイツARDのボクシング解説でもかなり時間を割いて紹介してくれました。「カナダは自分にとってはパラダイス」と彼は語ります。ハルチュニアン選手がボクシングを通してドイツ国内ひいては世界で今の地位を築き上げてきたように、カナダの新星であるビヤルスラノフ選手も全く同じような生い立ちを糧に、目の前の”亡命移住者の先輩”との対戦を通じて、今まさにこの瞬間も着実に人生の階段を上っていることを、少なくともドイツの視聴者はこのテレビ中継から濃厚に感じ取ったはずです。

なお、試合は赤コーナー・ハルチュニアン選手の判定勝ちとなりました↓。

勝利の瞬間、彼は妙なジェスチャーでの挨拶を四方のお客さんに向かって行いました↓。これもまた、以前の当コラムで取り上げた”砲丸投げの問題児”ことクリストフ・ハーティング選手の「フィギュアスケートもどきの四方へのお辞儀」を連想せずにはいられないものでした↓。(→リオ五輪特集(7)…円盤投げ金メダリストが大炎上!長期化するハーティング騒動と「銀メダル競売」の美談の裏側

日本の皆様に説明するとすれば、志村けんさんの「アイ~ン」を右手を伸ばしながら軽く前方へ会釈するような姿勢で、四方向のお客さんに向けて繰り返す感じ…といえば理解しやすいでしょうか(←やはり分かりにくいですネ、スミマセン)。それにしても、砲丸投げにしろボクシングにしろ、最近はフィギュアスケート風の四方向への礼が世界的トレンドなのでしょうか?(笑)

さて、この二日後、ハルチュニアン選手の再登場の時が来ました。今度の相手は、トルコの選手でした↓。

ARDの中継解説によれば、今度の相手であるバトゥハン・ゴッチュゲッチュ(Batuhan Gözgeç)選手は1990年12月20日生まれの25才、イスタンブールのボクシングクラブに所属するトルコ代表選手ですが、実は旧ソビエト連邦時代のウクライナに生まれたチェチェン人なのだそうです。ということは、何とハルチュニアン選手、二試合続けてまたもや「チェチェン」と対戦ということでしょうか?チェチェンって一体、どれだけ逞しい人々の国なのでしょうか?

そう言われてみて、ハッと気付きました。帝政ロシア時代から自治と独立を求めて戦い続けてきたという歴史が示すように、独立志向の高いチェチェン人はボクシングにおいても適性のある強い個人が元々多いというのも一面の真実なのかもしれませんが、むしろ、その人々の郷里たるチェチェン共和国が1990年のソビエト連邦崩壊に始まり1994年及び1999年の2度に渡るロシアの軍事介入で一気に政情不安と戦闘状態に陥ったことにより、そのたくましいオオカミ軍団が一斉に逃げるように母国を捨てて周辺の先進国に続々と亡命・移住したことが、昨今の「ボクシング界の「チェチェンの狼ブーム」を生み出しているのではないかと。2度の紛争による死者が16万人とも言われる北コーカサスの人口110万人そこそこの小さい共和国は、今や現代ボクシング界の聖地かつ屋台骨となったかのようです。

ハルチュニアン選手の初戦の試合中継が終わって画面がARDの五輪特設スタジオに戻った瞬間、司会者が小学生のような目で「まるで地理の授業みたいでしたね!」とつぶやいたのも、今思えば象徴的でした。漫然と見ていた五輪中継が、いきなり地理の授業になったり政治経済の講義になったりするということ、特にボクシング中継の場合は亡命・逃亡や移民という背景を持つ選手一人ひとりの濃厚な人生物語どうしのぶつかり合いでもあるということに、こりゃ菓子などボリボリかじっている場合ではないと、私はテレビの前で思わず背筋を正さずにはいられなくなるのでした。

この2戦目の「チェチェン退治」(?)も制したことで銅メダルを確定させたハルチュニアン選手は、その3日後の準決勝には残念ながら敗退し、最終戦績も銅メダルとなりました。この銅メダルはドイツにとっては2004年アテネ五輪でのフライ級銅メダルのルスタム・ラヒモフ選手(タジキスタンからドイツに亡命)と、スーパーフェザー級銅メダルのヴィターリ・タイベルト選手(ソビエト連邦時代のカザフスタン出身から10才時に移住)の両名以来のメダル獲得となりました。12年前もドイツボクシング界では亡命者や移民が活躍していたとみえます。かくしてハルチュニアン選手は、冒頭でも述べたドイツのボクシング界の危機を辛うじて救った形となりました。

なお、最後に今回のリオ五輪に出場した他のドイツ代表5名についても、以下に簡単に名前と出身地を紹介しましょう:

David Graf:重量級(91kg)

(1989年1月12日生まれ、27才。ハルチュニアン選手と同じアルメニアの首都エレバンの出身。David Grafはリング名であり、本名はVahagn Sahakjan。本職は庭師!)

Arajik Marutjan:ウェルター級(69kg)

(1992年8月15日生まれ、競技当日は23才。同じくアルメニアはアルメニアでも、アルマヴィル市出身。AIBA所属プロボクサー)

Serge Michel:ライトヘビー級(81kg)

(1988年9月10日生まれ、競技当日は27才。何と日本のすぐお隣の、ロシアのサハリン州コレンド出身。6才でバイエルン州へ渡独。学校についていけず脱落してからは暴力沙汰や強盗などを起こし少年院暮らしを1年半経験。少年院を出てきた直後の2010年、バイエルン州及び南ドイツのボクシング選手権でいきなり優勝、ドイツ選手権で3位となり強化選手に指定、ドイツ軍所属となりリオ切符も獲得。しかしその後に殴打事件を起こし、何と五輪出場直前まで8か月間、刑務所に入っていたという!ただし今回は、ガールフレンドの妊娠を機に更生を決意したとのこと。「ムショからリオへGO!」という、映画や小説よりも数奇な人生ドラマはまだ始まったばかりのようで、今後に注目です)(参考サイトD)

Erik Pfeifer:スーパーヘビー級(91kg以上)

(1987年1月22日ドイツLohne生まれの29才。ドイツ軍所属かつプロボクサーでもある)

Hamza Touba:フライ級(52kg)

(1991年11月6日ドイツNeuss生まれの24才。両親がモロッコからの移民。本人の職業は会社員。妻のPinar Toubaも女子ボクシング選手だが、リオへの夫婦出場は成らなかった)

以上です。ハルチュニアン選手を入れると、4名が移民一世、1名が移民二世、1名が移民でないドイツ人、という、他競技にも増して圧倒的に移民率の高い布陣となっています。しかも、旧ソ連の東欧に人材が豊富なことがここでも立証されているかのようです。それに、ボクシングの試合とムショ暮らしとの間を往復するような壮絶な人生を歩むセルジュ・ミッシェル選手のような人物も強く印象に残ります。映画の「ロッキー」や漫画の「あしたのジョー」もビックリの人生を送ってきた世界各地のウルフたちが、このボクシングという世界にその人生の浮沈をかけて日々戦いを挑んでいます。そんな世界の現実を、ボクシングにも東欧の歴史にも全く疎いド素人のワタクシにも分かりやすく解説してくれたドイツARDの解説陣は秀逸で、その良質の中継でこの競技を見届けることができたことを本当に幸運に思う次第です。

(背中を向けているのは、真ん中のハルチュニアン選手に指示を与えるドイツ代表監督のミヒャエル・ティム氏。右のコーチは1996年五輪フライ級銅メダリストでルーマニア系ドイツ人のゾルタン・ルンカ氏)


<参考サイト>
A) DOSBホームページ - ボクシングドイツ代表 - Artem Harutyunyan
https://www.deutsche-olympiamannschaft.de/de/athleten/detail/a_action/show/a_athletes/artem-harutyunyan-1338.html

B) SportsNet - Olympics(2016年8月11日):Person of Interest: Canadian Olympic boxer Arthur Biyarslanov(話題の人物:カナダの五輪ボクシング選手アルトゥール・ビヤルスラノフ)
http://www.sportsnet.ca/olympics/person-interest-canadian-olympic-boxer-arthur-biyarslanov/

C) Rio2016 - (2016年8月14日):Canada's 'Chechen Wolf' bows out in boxing : Arthur Biyarslanov loses on points to German(カナダの「チェチェンの狼」がボクシングで敗退:アルトゥール・ビヤルスラノフ選手がドイツに判定負け)
http://olympics.cbc.ca/news/article/canada-chechen-wolf-bows-out-german-boxing-quarter-final.html

D) バイエルン放送ラジオ第2(BR2)(2016年8月7日):Aus dem Knast zu Olympia Wie der Boxsport Serge Michel eine zweite Chance gab (ムショから五輪へ:セルジュ・ミッシェルがボクシングでいかに第2の人生のチャンスを掴んだか)
http://www.br.de/radio/bayern2/gesellschaft/notizbuch/serge-michel-boxt-fuer-bayern-bei-olympia-2016-in-rio-100.html

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