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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2016/09/30

リオ五輪特集(7)…円盤投げ金メダリストが大炎上!長期化するハーティング騒動と「銀メダル競売」の美談の裏側

今週のテーマは円盤投げです。リオ五輪の円盤投げといえば、日本でも報じられた「ポーランドの英雄が銀メダルをオークションに」というニュースをご記憶の方もいらっしゃるかもしれません。眼球の悪性腫瘍と闘うポーランドの3才児のオレク君の手術費用を賄うため、勝ち取ったばかりのホヤホヤの銀メダルをオークションサイト”e-Bay”に出品したピオトル・マラホフスキー(Piotr Malachowski、33才)選手を、産経新聞は「これぞ自己犠牲の鑑」と評しています(末尾参考サイトA)。しかし、これには単なる美談とは言えない裏事情があるのではないか?そして、それはスバリ、「ハーティング騒動」ではないか?というのが今週の趣旨です。(注釈:今回の記事には円盤投げメダリスト3名が登場しますが、その名前の日本語表記が日本のメディア毎のバラつきも日独間メディアの発音の差も大きいため、当サイトで使用した表記の採用理由を末尾でまとめて説明してあります)

まず、大前提から確認です。前回のロンドン五輪の男子円盤投げで金メダルを獲得したのは、ドイツのロバート・ハーティング(Robert Harting、31才)でした。ドイツ陸上界の大英雄でもあるロバートは今回のリオ五輪にも連続出場を果たしましたが、腰の負傷でまさかの予選敗退(参考サイトB)、この日の決勝は観客席からの観戦となりました。そして、その決勝で金を獲得したのは、同じハーティングはハーティングでも、弟のクリストフ(Christoph Harting、26才)でした↓。なお、兄ロバートがドイツ軍所属なのに対し、弟クリストフは先週のクリスティアン・ライツ選手と同様、ベルリンの警察に所属する警察官でもあります。(→リオ五輪特集(6)…期待ゼロの射撃で金3つ!国境を越えて射撃界をけん引するクリスティアン・ライツ選手の試み

(参考サイトCからのスクリーンショット)

円盤投げは、各選手が6度の試技を行ってベストの記録を争う競技です。クリストフ・ハーティング選手は5投目終了時点で4位につけており、この時点では現役世界かつ欧州王者でもあるマラホフスキー選手が首位でした。上写真は、最後となる6回目の投擲に臨む弟・クリストフで、ここからはドイツ第二テレビ(ZDF)の司会者でもあるノルベルト・ケーニヒ(Norbert König)氏による実際の実況解説(以下、青字で表示)とともに、勝負を再現してみたいと思います(末尾参考サイトA)。

「これがその瞬間だ!ヤッター!彼にはできる!彼にはできる!彼は、やらなくてはならない状況に置かれたら、ちゃんとできるのだ!クリストフ・ハーティングが、最後の最後にデカいことをやった!68m37…それは彼の個人ベストだ!金メダルだ…マラホフスキー選手がこれを上回ることができなかったらば!」

(左:ハーティング選手の投擲直後、金・銀・銅のラインのその先で、ジャッジが円板の落ちた位置を示しているところ。右:ハーティング選手の投擲直後、首を横に振りつつ苦笑するポーランドのマラホフスキー選手)

「一体全体、何が起きているのだ?何というフィナーレだろうか?この競技が、こんな急展開に見舞われようとは!そして、”彼”は、単なる観客なのだ

(左:自己最高記録で首位に躍り出た瞬間のハーティング選手。右:客席で見守る兄のロバートが、円盤の落ちた位置を指さしながら何か話しているところ)

ここで出てきた”彼”とは当然、偉大すぎる兄のことを指します。以前のコラムで紹介したビルト紙の「メダル皮算用」の記事でも、「今回も金を獲る」と言及されていたのはあくまでも兄ロバートであり、弟クリストフは影も形もなかったことを思い出します(→リオデジャネイロ五輪特集(1)…毎度ながらのスロースターター?ドイツのメダル皮算用)。ドイツ国民の期待を一身に受けていた兄が予選で消え、誰も期待していなかった弟がこの快挙という、あまりにも出来過ぎでマンガにもならないような展開に、お茶の間のドイツ国民の多くが腰を抜かしたことと想像します(笑)。

この直後、2位に転落したマラホフスキー選手が母国に金メダルをもたらすという最後の望みをかけて試技に臨みました。しかし、円盤は65メートルラインのほんの少し先に落ちます。この瞬間、ハーティング兄弟による「兄弟連覇」が確実となり、ケーニヒ氏の実況はさらにヒートアップします↓。

「クリストフ・ハーティングが金メダル獲得(Christoph Harting ist Olympiasieger)!これが歴史の転換点だろうか(Ist das eine Wende)?ピオトル・マラホフスキー選手が敗れた!信じられない!ドイツの円盤投げが金と銅を獲得!」

(左:金メダルが確定した瞬間のクリストフ・ハーティング選手がリオのキリスト像のように両手を広げた瞬間、世界各国のカメラマンが一斉に群がった瞬間。右:記録が伸びなかったと分かった瞬間、ネットに突っ伏すようにガックリのピオトル・マラホスキー選手)

ここまでなら、「ごく普通の五輪中継」とそう変わりません。しかし、本当の見せ場はここからでした。中継のこちらのセリフを境に、クリストフ・ハーティング選手のワンマンショー妙な展開を見せ始めたのです↓。

ここからが彼のショータイムです!(Und jetzt kommt seine Stunde)」
「誰もが、偉大すぎる兄の陰にずっと甘んじてきたこの男に対し、頭を垂れることが義務であり、許可されているし、可能でもある(Alle müssen, dürfen, können sich verneigen vor diesem Mann, der so lange in Schatten seines grossen Bruders gestanden hat)」

(左上および右上:金メダル確定の瞬間、それまでの引き締まった表情から一転して朗らかな笑顔に変わり、フィギュアスケート選手の羽生結弦選手もビックリの四方向の観客への深々としたお辞儀を披露するハーティング選手。左下:自分の名前がトップに載った最終結果のボードにもたれかかり、モデルのようなポーズをとるハーティング選手。右下:メダル授与式直前、報道陣のリクエストに応えて今度はパーカ姿に着替えて投擲サークル横のネットにもたれかかるハーティング選手)

偉大すぎる兄の陰に隠れていたという割には、客席へのお辞儀四連発といい、モデルのようなポーズといい、弟の奇妙キテレツな個性がそれこそ全壊じゃなかった全開です(笑)!兄は勝利の瞬間にユニフォームを引きちぎる「野獣」のパーフォーマンスで有名ですが、弟はどちらかというと紳士的?これが会場の観客やテレビの視聴者に向けられたファンサービスなのか、それとも単なるナルシストなのかは謎です(笑)。もっとも、ほとんどのドイツ国民は少なくともこの時点では、初めて知るこの弟クリストフ君のキャラを温かく歓迎していたことは確かです。それが、この直後に行われたメダルセレモニーと国歌演奏で、大どんでん返しに見舞われることになろうとは、誰一人として予想だにしなかったことでしょう↓。

このメダルセレモニーと国歌演奏の動画は、日本では「gorin.jp」というサイトで視聴できるようですので、是非一見されることをお勧めします。特に後半の国歌演奏を見ていただくと、どの部分がハーティング弟の評判を一瞬にして地に落としてしまったのかが分かるでしょう↓。

Gorin.jp - 陸上男子円盤投げ決勝 メダルセレモニー
http://www.gorin.jp/video/5082207256001.html

ここでは、ドイツでの五輪中継の映像(参考サイトD)から、まずはメダルセレモニーを再現してみます。まず、最後の投擲で滑り込む形で見事3位に入った、同じドイツのダニエル・ヤジンスキー(Daniel Jasinski、27才)選手が登場です。ヤジンスキー選手はポーランド系ドイツ人で、父ミロスラフも元円盤投げ選手かつ現在息子のコーチという、絵に描いたような親子鷹です。まるで優勝したかのようなバンザイのヤジンスキー君(下写真左)に、ハーティングもマラホフスキーも一般客に負けない温かい拍手を送っています。銅メダルを首に掛けられた息子鷹はこれ以上ないほどの清々しい笑顔です(下写真右)。

次いで、2位のアナウンスとともにポーランドの英雄の登壇です。これまた大きく手を叩くクリストフ選手の姿が印象的です(下写真左)。しかし、首に掛けられたメダルをしげしげと見つめる目には少し影があるように見えなくもなく、この時点で既にメダルを競売にかける構想があったのではと想像させます(下写真右)。

そして、いよいよ主役登場!その名が呼ばれる前、いわゆる「ラ・オーラ(La Ola)」(日本で言うウェーブに相当)を観客に催促するハーティング選手(下写真左上&右上)、コールを受けてまたもやフィギュアスケーター風のご挨拶です(下写真左下)!そして、メダルを首に掛けられ、「ヒャッホー!」なる絶叫が飛び出しました(下写真右下)。

さらに今度はメダリスト同士で挨拶の握手やハグを交わすのですが、ここでハーティング選手、同じドイツで年下のヤジンスキー選手の耳元に何かをささやき、ヤジンスキーが「オーケー」とも読める口の動きを見せます(下写真左)。これは何かやってくれると期待していたら、やりました!ハーティング選手、いきなり中央で腰をかがめ(下写真右)…↓、

何と、金メダリスト自らが背中をテーブル代わりに提供する形で(下写真左)、銀メダリストと銅メダリストの二人に即席で腕相撲をさせたのです!(下写真右)

いやはや、こんなシーン、見たことがありません!オリンピックのメダルセレモニーとしては前代未聞ではないでしょうか?4年に一度の祭典の表彰式で、照れも悪びれもせず自然に腕相撲を披露できてしまう彼ら、何か事前に打ち合わせでもしていたのでしょうか?あのヤジンスキー選手への耳打ちだけでこれほど段取り良くいくとは考えにくく、他の大会でもこういう余興をしてきたか、あるいは彼ら同士が普段からプライベートでも相当仲が良いのかもしれません。もっとも、「オリンピックは他の大会とは重みが全然違う!」と私たち部外者は勝手に考えているところがあり、彼ら自身の考えが多少なりとも異なるのだとしたら、このシーンを見た時点で悪~い予感がした”部外者”もテレビの前には少なからずいたかもしれません。そして、その予感を裏付けるように、以下の国歌演奏における問題のシーンへとつながっていくのです↓。

(左:国歌演奏が始まったが、手元のオブジェをいじくっているクリストフ君。右:マラホフスキーもヤジンスキーも直立不動でドイツ国歌を清聴しているのに、いきなりオブジェを足元に置くクリストフ君)

 

(作曲者ハイドンもビックリ?ドイツ国歌のメロディーに合せて体を左右にユラユラ…)

(左:後日叩かれる最大の理由となった、国歌演奏中に急に後ろを振り向いたシーン。後ろのヤジンスキー選手もギョッとして固まっている様子。右:再び前を振り返り、先生に叱られた直後の小学生のような表情のクリストフ君)

(左:前方に掲げられたドイツ国旗ふたつとポーランド国旗ひとつ。右:演奏終了直前、国旗をしみじみ眺めつつ、「ウーン、信じられん」という表情で首を横に振るクリストフ君)

”落ち着いた大人”の態度のメダリスト2人と並んで世界に中継されてしまったことにより、この金メダリストだけが妙に落ち着きのないガキのように見えてしまうことは避けられませんでした。しかも、クリストフ選手が現職警察官、つまり税金で生計を立てる公務員でありながらこういう態度を取ったことが、さらに問題をこじらせることとなりました。かくして、一連の映像を見た直後から、ドイツ国内で戸惑いや怒りの声が一斉にSNS上に噴出しました。例えば、走り幅跳びの元欧州チャンピオンのセバスティアン・バイヤー氏は、フェイスブックにこうコメントしました↓。

「円盤投げの金メダルは確かに快挙である!しかし、あの表彰式での態度で、自分はテレビを見ていてドイツ国民として恥ずかしかった。こんなことなら、メダルを獲れない方が良かった…」

(2016年8月13日、ZDFの五輪中継「オリンピア・ライブ」より)

「何もそこまで言わなくても…!」と思った私はドイツ人ではないので、クリストフ・ハーティング選手のことを恥ずかしくも思わなければ、フィギュアスケート方式の挨拶にしろ即席腕相撲にしろ、純粋に楽しませて頂きました(笑)。しかし、ここで私は思い出しました。競技の前半、記録が伸びずに低迷していたクリストフ君が腹いせにスタジアム内のオブジェを蹴り倒し(下写真左)、その直後にオブジェを再び組み立て直したというシーンを…(下写真右)↓。

この時のケーニヒ氏の「そうだね~、いい子だ。壊したものはきちんと直さなきゃダメだって、小学校で習っただろ!」という実況が、私の心のどこかに引っかかっていました。26才にもなった大の大人をまるで発達障害の児童のように描写し、コメントにかなり毒が効いていたからです。

そして、少し見えてきました。金メダル獲得後に試合会場を立ち去るハーティング選手に祝福の握手を求めたこのZDF実況のケーニヒ氏を、ハーティング選手は拒否したのです(下写真左で右手を前に差し出す水色シャツの男性がケーニヒ氏、黄色いリュックサック姿で右手を挙げた男性がハーティング選手)。この直後にはハーティング選手の真後ろを歩いていたヤジンスキー選手がケーニヒ氏との握手に応じただけに、ハーティング選手の大人げなさがかえって強調されてしまいました(下写真右でケーニヒ氏と固く握手を交わすヤジンスキー選手の後ろに、白いシャツ姿のマラホフスキー選手の姿も)。そして、マラホフスキー選手がこの一連の光景を目の当たりにして事態を把握していたことも間違いないでしょう。

これらの光景は、弟クリストフとZDFとの折り合いの悪さ、もっと言えば実況担当のケーニヒ氏との不協和音から来ているのかもしれません。金メダル獲得当日のZDFによる五輪中継では徹底して取材もインタビューも拒否したクリストフ選手が、翌日のドイツ第一放送(ARD)の五輪中継になったらVTR出演とはいえサラっと出てきて謝罪したことも、そんな推測を成り立たせます↓。(参考サイトE)

クリストフ選手はARDのインタビューに応じ、「自分は兄と違って、今年に入ってからは大会取材を一切受けていない。そんな選手がいきなり金メダル獲ったからとマスコミに囲まれても、メディア対応に不慣れなため大人げない態度を取ってしまった。自らの行いを悔いている。気を悪くされたドイツ国民の皆様に心から誤りたい」と謝罪しました(参考サイトE、F、H)。国民からは「カメラにポーズは取るくせに、マスコミに不慣れって?」との突っ込みも聞こえてきそうですが、それまで自分に全く期待してこなかったドイツメディア、特に「優勝候補筆頭」「ロンドンからの連覇成るか?」という観点でこれまで兄ロバートばかりを出演させてきたZDFに対し、弟が意地を張っているのだと考えれば合点がいきます。

しかし、こちらはいただけませんでした。試合後のメダリスト3名による合同記者会見(下写真左)で、弟クリストフ君に向かって事もあろうに「ロバートさん」と、最大のNGワードである兄の名前と間違えて呼んでしまった記者がいたことで、「ユー・キャン・ゴー」(出てけ)の返答とともに、インタビューが打ち切りとなってしまったことです(下写真右)。

ハーティング兄弟が折り合いが悪いという報道はずっと以前からありますが(参考サイトF)、今回の勝利を兄は最大限に祝福しているといい、自身のツイッターで、「オリンピックの個人競技で金メダリストが一つの家族から二人も誕生するなんて凄い!」と言うメッセージを弟に送っています。ただ、今回の弟の一連の言動を見ると、兄に対する対抗意識と屈折した感情は、金メダル1枚でそう簡単に無に帰すものでもないのかもしれません。しかし、惜しくも敗れたマラホフスキー選手はどうでしょうか?上写真でも分かるように、円盤投げのメダリスト会見の会場はガラガラでした。この注目度の低さの中、母国ポーランドで難病と闘う3才児に支援を呼び掛ける場とすべく意気込んでいたかもしれないマラホフスキー選手が、思わぬ会見打ち切りで話を切り出しそびれたとしたら?前回のロンドンでもハーティング兄に敗れて銀メダルだったマラホフスキー選手が、今回は競技成績でも話題性でもハーティング弟に敗れてしまいました。二度目の五輪も銀に終わり、後味の悪いそのメダルに対してキレイさっぱり微塵も未練が残らなくなった決定的瞬間があるとしたら、ひょっとしてこの記者会見だったのかもしれません。

そんなハーティング騒動の裏で、ドイツ国内の評判を一気に押し上げたのが、銅メダリストとなったダニエル・ヤジンスキー選手でした。インタビュー拒否の金メダリストに変わってそれこそ朝から晩まで引っ張りだこの出ずっぱり、「ヤジンスキー特需」と呼べるほどに彼のお株はインフレ状態で、以前のコラムで紹介したアーチェリーのリーザ・ウンルー選手に匹敵するほどの「時の人」となりました↓。ZDFのインタビュー(参考サイトG)では、こんなお笑いコントみたいな会話もありました(以下、当サイトでもおなじみの司会のルディー・ツェルネ氏の発言は「司」、ヤジンスキー選手の発言は「ヤ」として青字で表示):

司 「クリストフ・ハーティング選手をスタジオに招待したんだけど、来たくないって言われちゃったんです」
ヤ 「だからボクが呼ばれたんです!」(Jetzt bin ich hier)

 確かに、金メダリストが金メダリストとしてのメディア対応を普通に果たしていれば、この27才の銅メダリストはそもそも全国ネットのテレビインタビューでこれだけ長い時間しゃべる機会を与えられることも無かったでしょう。さらには、こんな会話もありました。

司 「敢えて言うが、(国歌演奏時の)ハーティング選手の態度は見ていてイライラした。いきなり後ろ向いたり、あなたに対しても失礼な態度だった」
ヤ 「実は、自分はその時の光景をあまり覚えていないんです。自分のことで喜ぶことに精いっぱいで…(笑)」
司 「そりゃそうだ、喜ばなきゃ!(笑)」
ヤ 「彼が出した記録は称賛に値するし、彼は金メダルを獲るべくして獲った。それ以外は、ちょっと突っ張っちゃった(verbissen)のかな?」
司 「あなたは選手村でクリストフと同室なんですよね?彼と直接何か話したんですか?」
ヤ 「今日は一日中外出していることになるから、彼とはまだちゃんと言葉を交わしていない」
(中略)
司 「ちなみに、お父さんも偉大な円盤投げ選手だったけど、父親がコーチというのはティーンエージャーの頃とかやりにくくなかったの?」
ヤ 「我が家はうまくいった方だと思います。うちではスポーツと家庭をきっちり分けていて、今も結構いい感じ」


ヤジンスキー選手のインタビューは、その性格の穏やかさと素直さが言葉の端々に滲み出ており、それでいてハーティング選手に不利になることは絶対に語らないという用心深い言葉選びも感じられ、これぞ”スポーツマンの鑑”です!このインタビューで、彼が「理想の孝行息子」としてドイツ国民に大いなる好感をもって受け入れられたことは間違いないでしょう。この調子だと、「2016年の人」(Menschen 2016)という毎年恒例の年末特番にアーチェリーのウンルー選手や体操のハンビュッヒェン選手あたりと一緒に出てくるのではないかという予感さえしてきました(笑)!こういう人にこそ、このまま順調に記録を伸ばしていただいて、東京五輪では是非とも金メダリストとしてその心の優しさの溢れ出るインタビューを日本の皆様にも聞かせてほしい…そんなことを願わずにはいられないほどの、正真正銘の好青年です!

その陰で、ハーティング騒動は当分止みそうにありません。まず、金メダリストに与えられるはずの報奨金をハーティング選手は受け取れないことになりました(参考サイトH)。ドイツのスポーツ振興財団はリオでの金メダリストに一人当たり一律2万ユーロ(約225万円)を支給するのですが、そのためには自身が貰うスポーンサー料の5%を財団に納付することが条件となっています。ハーティング選手は以前からこれを拒否していたため、今回の報奨金支給の対象から外れたのです。ちなみに、一般論として、この財団へのスポンサー料の納付を行わないのはゴルフやテニスなど、芸能人並の超がつく高額スポンサー契約を取っているプロスポーツ選手に限られ、スポンサー収入がさほど多くないハーティング弟のような警察所属の一般人では珍しいようです。おそらく、自分がまさか五輪で金など獲るとは想定もしていなかった、つまり「皮算用を誤っ」て「大きな魚を逃した」のではないかと指摘されています。

さらに、今月に入ってクリストフ・ハーティング選手、何と民間人に訴えられてしまいました!警察に所属する身でありながら、国旗と国歌に対して不敬であったから、というのがその理由だそうです(参考サイトG)。まさに泣きっ面にハチで、金メダル後のパーフォーマンスがかくも高くつくことがあるという教訓にはなるでしょう。それでも、れっきとした金メダリストが水に落ちた犬のようにここまで叩かれまくるのは異常事態で、何だか薄気味悪いように思えます。

最後に、マラホフスキー選手の銀メダルの後日談を。オークションサイト”e-Bay”での入札価格は、マラホフスキー選手が希望した8万4000ドル(≒約865万円)には到底足りない1万9000ドルにしか届かなかったそうです。しかし、経緯を知った裕福なポーランド人姉妹(フォーブス誌のビリオネアランキングにも入っていて2015年に死亡した実業家Jan Kulczykの娘たち)が治療費の全額負担を申し出たことで、オークションを中止することができたのだそうです(参考サイトI)。かくして、眼球のガンに苦しむオレク君は手術を受けるためにニューヨークに渡ることが可能になりました。これには銀メダリスト本人も、「私たちは、協力しあえば奇跡を起こすことができることを証明した。この銀メダルは、1週間前よりもはるかに価値のあるモノとなった」と満足しているそうです。

マラホフスキー選手の心の奥底の本音は本人のみぞ知るですが、日本の五輪メダリストではまず聞いたことのないこの「自己犠牲」の物語の背後には、複合的な要因が折り重なっているのではと考えずにはいられません。


(注:当稿に登場するメダリストの名前の表記について。金メダルのHartingは日本語サイトではほとんどが「ハルティング」となっているが、実際のドイツでの発音は「ハーティング」が正しく、「ハルティング」とは断じて発音されないため、当サイトではこの表記を採用した。銀メダリストMalachowskiについてはポーランド語の発音が難しく、本来なら「マワホフスキー」が正しいのだろうが、ドイツメディアが「マラホフスキー」と紹介していたため、今回はこちらの表記を採用した。銅メダリストのJasinskiは父親がポーランド人で、ポーランド読みなら「ヤシンスキー」となるところだが、ドイツメディアがドイツ語読みで「ヤズィンスキー」と発音しており、本人もドイツ人であるため、日本語表記をさらに簡易化した「ヤジンスキー」とした。なお、蛇足ながら、ハーティング兄弟の兄ロバートは日本では「ロベルト」(「ベ」にアクセント)となっていることが多いが、イタリア名「Roberto」ならロベルトだが、ドイツ語の「Robert」は正確には「ローベァト」(「ロ」にアクセント)である。以前も述べたようにヨーロッパ言語はアクセントの位置が重要で(→ドイツで観戦するロンドン・オリンピック2012 (5)…目の保養特集!日本でも評判のドイツ美男美女アスリート、→リオ五輪特集(2)…その名も「ヒーロー・デ・ジャネイロ」!ドイツを感動の渦に包んだアンディは「リオの花」?)、日本語になじむ表記でもある「ロバート」の方が発音も近いため、当稿でもこの表記に統一した)

<参考サイト>
A) 産経新聞(2016年8月20日):これぞ“自己犠牲の鑑” ポーランドの英雄、難病の3歳児救うため銀メダルをオークションに
http://www.sankei.com/rio2016/news/160820/rio1608200080-n1.html
http://www.sankei.com/rio2016/news/160820/rio1608200080-n2.html

B) AFP(2016年8月13日):円盤投げ世界王者、まさかの理由で負傷し予選敗退
http://www.afpbb.com/articles/-/3097346

C) ZDF Mediathek(2016年8月13日):Gold und Bronze im Diskus der Männer(男子円盤投げで金・銅)
http://www.zdf.de/ZDFmediathek/beitrag/video/2810936/Gold-und-Bronze-im-Diskus-der-Maenner?bc=sts;suc&flash=off

D) ZDF Mediathek(2016年8月13日):Siegerehrung mit pfeifendem Harting(表彰式で口笛吹くハーティング)
http://www.zdf.de/ZDFmediathek/beitrag/video/2811190/Siegerehrung-mit-pfeifendem-Harting?bc=sts;suc&flash=off

E) AFP(2016年8月13日):円盤投げ金メダリスト「申し訳ない」、競技後の悪態を謝罪
http://www.afpbb.com/articles/-/3097453

F) Die Welt(2016年8月13日):Olympia 2016 - Der große Wurf des ungeliebten Harting-Bruders(2016年五輪…嫌われ者のハーティング弟の大投擲)
https://beta.welt.de/sport/olympia/article157652919/Der-grosse-Wurf-des-ungeliebten-Harting-Bruders.html

G) ZDF Mediathek(2016年8月14日):Jasinski: "Es war Wahnsinn"(ヤジンスキー選手「感激だった」)
http://www.zdf.de/ZDFmediathek/beitrag/video/2811446/Jasinski-Es-war-Wahnsinn?bc=sts;suc&flash=off

H) Berliner Morgenpost(2016年9月4日):Darum kommt es zur Treibjagd auf Hampelmann Harting(追い込み猟のターゲットとなった操り人形ハーティング)
http://www.morgenpost.de/sport/article208180725/Darum-kommt-es-zur-Treibjagd-auf-Hampelmann-Harting.html

I) Die Welt(2016年8月26日):Diskuswerfer verkauft seine Medaille, um Kind zu retten(円盤投げ選手が子供を救うためにメダルを競売へ)
https://beta.welt.de/sport/olympia/article157862923/Diskuswerfer-verkauft-seine-Medaille-um-Kind-zu-retten.html

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