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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2016/04/29

海外報道で読み解く熊本地震(2)…ドイツでのキーワードは「火の輪」から「ファスナー効果」へ?

4月14日夜の前震と4月16日未明の本震に代表され、数百回に及ぶ余震が今も続く熊本地震においては、震災そのものによる死亡と避難生活における震災関連死を合わせた人数が既に60人近くに及ぼうとしています。身近な存在を亡くされた方、今も自宅に入れない避難中の方、自宅が無事でも断水や物資不足などあらゆる不便を強いられている方など、多くの人々に多大な苦痛・苦悩をもたらした大震災でありながら、激甚災害指定は4月25日という遅さでした。そんな中でも、在来線や九州新幹線は部分的再開に始まり少しずつ復旧しつつあり、高速道路の復旧も目途が立ちつつあります。断水も少しずつ解消に向かっているようで、一日も早く復興に必要なインフラが完全に回復することを願っています。

日本では今もこの熊本地震の報道はニュースの中心を占めていますが、ドイツのニュースをウォッチしている限り、4月23日あたりを境に報道がパッタリと消えてしまいました。というよりは、4月16日にマグニチュード7.8のエクアドル地震、4月17日にマグニチュード5.8のトンガ地震という具合に他国でも地震が続いたあたりから、新聞・テレビのテーマがそちらへとシフトしつつ、論調も変わってきたのです。それぞれの地震の被害の現状を伝える報道を「各論」とするなら、報道の「総論化」がこの頃から顕著になってきました。つまり、今回の一連の地震を環太平洋ひいては地球全体における異常気象などとからめて説明しようとする記事が、4月18日頃から目立つようになったとある単語の大合唱へとつながっていったのです。

その単語とはズバリ、「フォイヤーリング」(Feuerring)です。日本語に直訳すれば「火の輪」、つまり、先週のコラムで取り上げたフランスメディアの記事に出てきた「火のベルト」(la ceinture de feu du Pacifique)のドイツ語バージョンです(→海外報道で読み解く熊本地震(1)…今回の地震が異例とされる理由とキーワード「火のベルト」)。ちなみにこの単語、英語圏ではドイツ語版と同じ「火の輪」を意味する”Ring of Fire”(リング・オブ・ファイヤー)と呼ばれています。これが、今回の熊本を始めとする一連の地震を説明する重要なキーワードなのだそうです。

といっても、日本では「フォイヤーリング」も「リング・オブ・ファイヤー」もあまり聞き慣れません。この単語は一体どういう意味なのでしょうか?4月18日のRP Online(参考文献A)の記事内で使用されている図が分かりやすいので、以下に引用します↓:

http://www.focus.de/kultur/vermischtes/tsunami-zehn-jahre-danach-diese-promis-entkamen-dem-tsunami-nur-knapp_id_4369361.html
 
(末尾文献Aより引用)

上の図でオレンジ色の同心円で表示されているのが、今回立て続いて起きた日本の熊本地震と南米のエクアドル地震のそれぞれの震源地です。これらは、赤玉で示す活火山の列のラインに乗っています。そして、この赤玉の列が形成する馬蹄状のループは、「Pazifische Platte(太平洋プレート)」や中南米寄りのココス・プレートにナスカ・プレートなどの地殻プレートの外周を取り囲んでいます。この輪状ゾーンこそが「太平洋の火の輪」(Pazifischer Feuerring)であり、そこには「赤玉の列のその手前に必ず青い実線で示される海溝が存在する」という法則が存在します。つまり、この海溝のところで海洋プレートが大陸プレートの下に潜り、海溝部分がさらに下へ下へと沈んでいくということです。


(末尾文献Bより引用)

こちらは少し古い記事で、2011年の東日本大震災当日のオーストリア・ウィーンの新聞Die Presse(下記参考文献B)に登場する図です。ここでは「フォイヤーリング」の説明のほかに、かつてこのゾーンで起きた代表的な大地震が地図上に表示されています。参考までに、これらの地震を日付も補充した上で年代順に書き出してみましょう↓。

1906年1月31日:エクアドル・コロンビア地震(マグニチュード8.8)
1952年11月4日:カムチャツカ地震(マグニチュード9.0)
1960年5月22日:チリ・バルディビア地震(マグニチュード9.5)
1964年3月28日:アラスカ地震(マグニチュード9.2)
2004年12月26日:スマトラ島沖地震(マグニチュード9.1)
2009年9月29日:サモア沖地震(マグニチュード8.0)
2009年9月30日:スマトラ島沖地震(マグニチュード7.6)
2010年1月12日:ハイチ地震(マグニチュード7.0)
2010年2月27日:チリ・マウレ地震(マグニチュード8.8)
2011年3月11日:東日本大震災(マグニチュード8.9)

こうして見ると、2009年にもサモア沖地震の翌日にスマトラ沖地震という具合に、巨大地震が「火の輪」の中の別の場所で短期間に相次いだことが分かります。また、この図には掲載されていませんが、2011年2月22日に発生したニュージーランドのクライストチャーチ地震(マグニチュード6.3)もまた、日本人が28名も犠牲になったことや、今思えば東日本大震災の直前だったということもあり、強く記憶に残っています。

なお、日本人にとっては1923年9月1日の関東大震災(マグニチュード7.9)も忘れてもらっては困ると思うところですが、上図ではスペースの都合で割愛されたのかもしれません。その代わり、参考文献C)には、以下のような記述があります:

この全長4万キロに及ぶ「火の輪」では、20世紀に大地震がいくつか起きている。例えば、1960年のチリ地震1923年の関東大震災である。(中略)全世界の地震の約9割はこの「火の輪」のゾーンで起きている。この火山活動や地震活動の活発なゾーンでは、太平洋プレートの外縁が沈み込む際に蓄積したひずみが変圧され、表層の地殻に弱い箇所をもたらし、そこからマグマが上がりやすくなる。

「火の輪」のゾーンでは周囲の大陸プレートの下にもぐりこもうとする太平洋プレートの外縁に常に力が働いており、加圧と減圧を繰り返すことで弱い箇所をもたらしている…この文章を何の先入観もなく読む限り、地震活動や火山活動の活発化が続けば続くほど、陸地側の弱い箇所にそれまでになかったヒビのような断層が次々と新たに発生するのではないかという想像が浮かんできます。つまり、太古の昔からフォイヤーリングの主要構成部の一角を占めてきた日本という国では、ある日突然自分の家の真下にそれまでになかった断層が発生したとしても、何の不思議もないのではないかということです。

もっとも、この大陸プレートと海洋プレートのぶつかり合いによって陸側が持ち上げられる現象があったからこそ、環太平洋の「火の輪」のゾーンにヒマラヤやアンデスにロッキーといった標高の高い山脈ができたのであり、日本列島もミクロネシア島嶼群もハワイもニュージーランドもこの世に出現することができたとも言えます(末尾文献D)。裏を返せば、この厳しい自然現象なくして私たち日本人はそもそも存在しえなかったということです。それがたまたま、今年に入ってからは”火”の燃え盛り方が文字通り”輪をかけて”活発化してきているということでしょうか。これを大衆紙ビルト(文献D)は「フォイヤーリングはいま地獄の状態!」(Am Feuerring ist derzeit die Hölle los!)と、日刊ゲンダイも真っ青なセンセーショナルで刺激的な表現を用いた上で、「もっと大きな地震がいつ起きてもおかしくない!」(Es kann jederzeit ein noch größeres Beben kommen)という科学者の警告も紹介しています。

ということで、この原稿を締めくくろうとしたら、新たに凄い記事が飛び込んできました。来月末に日本で開催予定の伊勢志摩サミットが「中央構造線の真上にある」という理由で注目を集めているというのです(末尾文献E)。テクノロジー・レビューというマサチューセッツ工科大学(MIT)発行の科学技術雑誌のドイツ語版に4月21日付で掲載されたその内容を以下に紹介します(青字およびピンク字は本文からの和訳、強調および赤字は本文中にない筆者注釈)。

タイトル:「日本からの手紙:ファスナー効果が心配」
・ドイツのアンゲラ・メルケル首相は今年の5月末にG7サミットで日本を訪れる。しかし、ホスト国の日本がまだ黙っていることがある。日本を東京北東部から南西方向に横走する”Median Tectonic Line”(中央構造線)の真上にサミットの会場となる伊勢があるということだ。
・それは日本のような地震国では本来大したことではないはずだったが、伊勢から600km離れて同じくこの線上にある熊本で今回地震が発生、しかも震源地が徐々に周辺へ移動している。この(中央構造線に沿って震源地が移動するという)「ファスナー効果」(Reißverschlusseffekt)は専門家から見ても珍しい現象である。最悪の場合、今回のような地震が”Nankai-Tiefseerinne”(南海トラフ)などの直接つながっていない断層にまで飛び火することもありうると、立命館大学のタカハシ・マナブ教授はジャパンタイムス紙に説明した。
・この中央構造線上ではマグニチュード6.9から8程度の地震が起きる可能性がある。伊勢から少し離れた南海トラフ地震の場合はマグニチュード9も可能で、その場合、日本の国内総生産(GDP)の40%以上相当する1兆775億ユーロ(220兆円強)の経済損失が見込まれる。
・伊勢志摩サミットの真っ最中に地震が起きたらどうするか?メルケル首相はまずは机の下に潜り込み、次にホテルの部屋から脱出、場合によってはヘリコプターで上空から津波を見届けることになるかもしれない。サミット開催期間中に大地震が起きる確率など極めて小さいが、あり得なくはない。なぜなら、メルケル首相の前任者のヘルムート・コール元首相(在任期間1969-1976)は2004年12月のスマトラ島沖地震(インドネシア)の際、滞在中だったスリランカのホテルで津波に遭遇しているからである。
・ただし、日本の建造物は基本的に耐用年数が短く、立て替えが頻繁であるために他の地震多発地よりは築浅が多く、より安全とも考えられる。
・アメリカ西海岸北部にも、平均して243年に一回の頻度でマグニチュード9クラスの巨大地震が来る地区がある。しかし、その危険性を住人が知らされたのはつい最近で、未だに現地の建造物の3/4が耐震基準を満たしていない。そんなことなら、私(←記事執筆者のマーチン・ケリング氏のこと)巨大地震を迎えるとしたら日本の方がオレゴン州ポートランドよりもマシだと考える。


まず、文中に出てくる2004年のコール元首相(当時74歳)といえば、休暇でスリランカのホテルに滞在中にスマトラ島沖地震の津波に襲われ、電気も水道もない廃墟での生活を2日間強いられた後、他のホテル滞在客と共に軍用ヘリコプターで首都コロンボまで移送されました(文献F、G)。

また、最後の一文で日本よりも甚大な地震災害が起きる可能性を指摘されたアメリカ西海岸北部の「オレゴン州ポートランド」といえば、私が2010年のスケートアメリカ観戦で訪れた懐かしい街でもあります。このコラムでも取り上げたコーチのユーリ・ブレイコ氏を初めて見たのもこの大会なら(→欧州選手権inブラチスラバ(3)…今夜も無礼講(ブレイコ)!ゴディバの街の陽気なコーチは選手よりも目立つ)、世界チャンピオンのドイツペアであるサフチェンコ/ショルコヴィー組を初めて見たのもこの大会でした(→欧州選手権inブラチスラバ(4)…出場停止処分解除でついに大舞台へ!ドイツの新生ペア「サフチェンコ/マッソ組」の挑戦が始まる)。初めてのシニア参戦となった村上佳菜子選手のグランプリ大会初制覇も、髙橋大輔選手と織田信成選手のワンツーフィニッシュも、この街で見届けたものでした。しかし、当時はその街に大地震のリスクがあるという認識も情報も全くありませんでした。知らないということは幸せなことのか、恐ろしいことなのか…?6年も経ってからこの記事を読んでみて初めて、人生とはいかに運に大きく左右されるものなのかを痛感した次第です。

「フォイヤーリング」の大合唱は最近はようやく落ち着いてきましたが、まさかのまさかで来月の今頃に「ファスナー効果」(Reißverschlusseffekt)という単語が世界中のヘッドラインを駆け抜けるような事態になることのないよう、心から祈るばかりです。そして、九州地区にこれ以上の被害がさらに追い打ちをかけたりすることもなく、余震も収まり、人々の生活が滞りなく再建の方向に満を持して踏み出せるようになることを願っています。

(来週のコラムはお休みします)


<参考サイト>

文献A) RP Online(2016年4月18日):Schwere Erdbeben in Ecuador und Japan (エクアドルと日本で大地震)
http://www.rp-online.de/panorama/schwere-erdbeben-in-ecuador-und-japan-mit-mehr-als-270-toten-aid-1.5911807

文献B) Die Presse(2011年3月11日):Geologie: Japan liegt auf dem „Feuerring“ (地学:日本はいわゆる「ファイヤーリング」の直上にある)
http://diepresse.com/home/panorama/welt/641252/Geologie_Japan-liegt-auf-dem-Feuerring

文献C) AgênciaLatinapress(2010年3月1日):Der Pazifische Feuerring
http://latina-press.com/news/14438-der-pazifische-feuerring/

文献D) Bild(2016年4月17日):Erst Japan, jetzt Ecuador | BILD erklärt den Feuerring - Warum dort ständig die Erde bebt ++ Bisher 233 Tote in Ecuador
http://www.bild.de/news/ausland/erdbeben/ecuador-japan-vulkane-feuerring-45409496.bild.html

文献E) Technology Review(2016年4月21日):Post aus Japan: Die Sorge um den Reißverschlusseffekt (日本からの手紙:ファスナー効果が心配)
http://www.heise.de/tr/artikel/Post-aus-Japan-Die-Sorge-um-den-Reissverschlusseffekt-3178351.html

文献F) Spiegel Online(2004年12月30日): Sri Lanka: Wie Altkanzler Kohl der Flut entkam(スリランカ:コール元首相がいかに津波災害を逃れたか)
http://www.spiegel.de/panorama/sri-lanka-wie-altkanzler-kohl-der-flut-entkam-a-334906.html

文献G)Focus Online(2014年12月26日):Zehn Jahre danach: Diese Promis entkamen dem Tsunami nur knapp(あれから10年:これらの著名人も津波から生き延びた)
http://www.focus.de/kultur/vermischtes/tsunami-zehn-jahre-danach-diese-promis-entkamen-dem-tsunami-nur-knapp_id_4369361.html
(コール元首相の他に、スマトラ島沖地震の津波に遭った著名人としてドイツ人ヒップホップ歌手Thomas D、ドイツ人女優Esther Schweins、イギリス人映画監督リチャード・アッテンボロー、チェコ人トップモデルPetra Němcováなどの名前あり)

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