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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2016/04/01

欧州選手権inブラチスラバ(5)…意志の強さは金メダル級!ドイツ女子シングルを牽引するナタリー・ワインツィール

この原稿が掲載される頃といえば、アメリカ・ボストンで開催される世界フィギュアスケート選手権の真っ只中、アイスダンスのショートダンス(日本時間3月31日0:45~)と男子シングルのショートプログラム(同3月31日8:15~)に女子のショートプログラム(同4月1日2:10~)が既に終了、これからアイスダンスのフリーダンス(同4月1日9:30~)が始まるところでしょうか。ボストンと日本の間には14時間の時差があり、マイア&アレックス・シブタニ組(アメリカ)で金メダルも十分狙えるアイスダンスのフリーダンスが木曜夜、男子フリーが金曜夜、そしてグレイシー・ゴールド(アメリカ)のメダル獲得に期待のかかる女子フリーが土曜夜という具合に、いずれも現地時間のゴールデンタイムに組まれているのは、観客動員のみならずテレビ中継の高視聴率を狙ったアメリカ側の都合を色濃く感じますが、これが日本時間だといずれも朝9時前後のスタートになってしまいます。そして、先週取り上げたドイツペアで話題のペア競技にいたっては、ショートプログラム(日本時間4月2日3:15~)もフリー(同4月3日2:54~)もともに現地時間の昼間という相変わらずの”継子扱い”です。

しかし、2014年ソチ五輪直後に日本のさいたまスーパーアリーナで開催された世界選手権がドイツ選手にとんでもなく不評だったという新聞記事を以前当コラムで紹介したことがありましたが(→フィギュアスケート世界選手権inさいたま…ドイツの新聞とテレビでみるドイツ選手の意外なホンネ)、今年のボストンではその時の反省が生きているようです。ドイツ公営放送の下記サイトによると、既に3月21日の時点でドイツ選手は全組がアメリカ入りしていると書かれています:

ドイツ公営第一放送ARD(2016年3月21日):Wintersport-News von Montag(月曜日のウィンタースポーツニュース)(訳文は青字および緑字、強調は筆者。赤字は原文にない筆者注釈)
http://www.sportschau.de/wintersport/weitere/wintersport-news-von-montag-102.html
・世界フィギュアスケート選手権の十日前の時点で、選手とコーチの合わせて8名から成るドイツチームは既にアメリカに到着していた。
・ドイツのペア代表で欧州選手権2位のアリオナ・サフチェンコ(Aljona Savchenko)/ブリュノ・マッソ(Bruno Massot)組はボストン近郊で気候に体を慣らしつつトレーニング開始。
・女子シングル代表で欧州選手権7位のナタリー・ワインツィール(Nathalie Weinzierl)はつい最近まで急性上気道炎に罹患していたが回復し、今はコーチのペーター・チューパ(Peter Sczypa)と一緒にニューヨークにいる。そのナタリーに対し、(アリオナ・サフチェンコの元ペア相手で)元世界チャンピオンで今はロシアペアのコーチを務めるロビン・ショルコヴィーからロシアチームとの合同トレーニングの申し出があった。
・男子シングル代表でドイツチャンピオンのランツ・シュトロイベル(Franz Streubel)も既にボストンの近くまで到着している。
・アイスダンス代表のカヴィタ・ロレンツ(Kavita Lorenz)/パナギオティス・ポリゾアキス(Panagiotis Polizoakis)組も既にオーバースドルフを離れ、今は(アイスダンスのメッカとも呼ばれ世界の強豪が集まっていることで有名なミシガン州)デトロイトで調整中である。


選手名を緑字で区別してみましたが、ドイツからの参加選手はこの6名のみです。つまり、ご察しの通り、今度の世界選手権でドイツは全カテゴリーで1枠ずつしか獲得できていないのです。日本は男子こそ1枠失って今大会は2枠で臨みますが、女子は3枠を堅持しており、これは男女シングルにおける日本の選手層の厚さをそのまま反映しています(逆に日本はアイスダンスとペアの選手層は薄い)。ドイツでは、シングルはジュニアまではそこそこの選手層があるのですが、思春期を越えて活躍し続けることのできる選手の少なさに課題があるようです。

そんなドイツ選手団にとって、今年は来季となる2017年のヘルシンキでの世界選手権の出場枠獲得(このヘルシンキ大会で2018年平昌五輪の出場枠が決定)という観点でも大変重要な大会です。サフチェンコ/マッソ組のメダル獲得や、サフチェンコ選手自身にとっては6度目の優勝もかかっています。(→欧州選手権inブラチスラバ(4)…出場停止処分解除でついに大舞台へ!ドイツの新生ペア「サフチェンコ/マッソ組」の挑戦が始まる

となると、大切なのは大会前のコンディション調整です。基本的に航空機での長距離移動に伴う時差ボケといえば、西→東よりも東→西の移動の方が起きにくいとされています(一日が長くなる方が短くなるよりも身体が適応しやすいため)。そんな西→東という逆境下の移動を要した2014年の埼玉での世界選手権では、ドイツチームの日本への渡航はギリギリであったため、それが選手のコンディションに影響してしまいました。ということで、時差ボケのリスクがより少ないはずの東→西の移動となるアメリカへの移動ですが、今年のドイツチームは万全を期したようです。十日以上も前から現地入りとは異例の気合の入り方であり、これなら2年前に問題となった試合当日の時差ボケはまず心配ないでしょう。

それよりも、上記記事で目を引いたのは、女子シングルのナタリー・ワインツィール選手が病み上がりだということと、ロシア代表チームとの合同練習の提案を受けたというくだりです。ペアのアリオナ・サフチェンコ選手のペア相手だったロビン・ショルコヴィー氏といえば、2014年の引退直後にロシアのエリートペアの一つであるエフゲニア・タラソワ/ウラジミール・モロゾフ組のコーチに就任したドイツ人です。合同練習が実現するならば、それはそれでナタリー選手にとってもいい刺激となるでしょう。

ナタリー・ワインツィール選手と言えば、今年の1月末にスロバキアの首都ブラチスラバで開催された欧州選手権で気になったことがありました。それは、以下の二枚の写真の相違点です↓。

【1月27日女子ショートプログラム演技終了後】


(キスアンドクライで得点発表の瞬間のナタリー選手は黄色い上着を着て満面の笑み。右がコーチのペーター・チューパ氏、左がイタリア人振付師のエドアルド・デ・ベルナディス氏)

【1月29日女子フリースケーティング演技終了後】


 
(同じキスアンドクライでの得点発表の光景でも、ナタリー選手は先程の写真とは異なる黒地に黄色い線の入ったジャージを着ている。コーチと振付師の位置が左右入れ替わっているが、この日のコーチのチューパ氏はナタリー選手とお揃いのジャケットに身を包む)

上の2枚の写真を交互にご覧いただくと、真っ先に気付くのがナタリー選手の上着の違いです。しかも、横に座るコーチのチューパ氏の上着も異なっています。この上着の違いについては、当日現地で観戦している分にはさほど深く気にすることはありませんでしたが、ホテルに戻って何気なくネットニュースを見ていたら、その理由を解説した記事に遭遇しました。そして、この服装の相違の背後には、ナタリー選手の性格や個性を表す興味深いエピソードが隠れていたのです。ということで、以下にその記事を和訳要約して紹介します↓。

フランクフルター・アルゲマイネ新聞(2016年1月28日):Eklat im Eiskunstlauf Rigide Kleider-Ordnung im deutschen Team(フィギュアスケートでの騒動:ドイツチームに厳しいドレスコード)(青字は原文和訳、赤字は筆者注釈)
http://www.faz.net/aktuell/sport/eklat-um-eiskunstlaeuferin-nathalie-weinzierl-14037857.html
・かつてドイツサッカーのナショナルチームがユルゲン・クリンズマン代表監督の号令下に「我々は一つのチームだ」と連呼していたような世界には、フィギュアスケート界はほど遠い。
・騒動の発端は、ナタリー・ワインツィール選手が1月26日(火)のミーティングをボイコットしたことにある。今年の欧州選手権でドイツ選手団は大会の前と後にチームミーティングに参加することを選手に義務付けていた。しかし、ブラチスラバ到着当日である火曜日の21時、ナタリー選手は「睡眠を優先したい」との理由で、10分間の予定だったこのミーティングに出てこなかった。
・これに烈火のごとく怒ったのがドイツスケート連盟(DEU)のアスリート担当官から選手団長に昇格したばかりのフォルカー・ヘルマン(Volker Hermann)氏。「我々はチームで戦う。フォー・ザ・チームの意識のない者にはドイツチームのジャケットを着る資格はない」と言い、ナタリー選手からドイツ代表のジャージを取り上げた
・2014年ドイツチャンピオンで21歳のナタリー選手は典型的なソロフィギュアスケーターの性格で、この程度の脅しには屈しない。睡眠十分で臨んだ翌日の女子ショートプログラムではシーズン・ベストを更新する会心の演技で7位につけた。これに対し、2016年ドイツチャンピオンのルトリシア・ボック(Lutricia Bock)選手は25位に終わり、フリーへ進出できなかった
・ナタリーがショートプログラムの際に着用した鮮やかな黄色の上着は、2014年ソチ五輪の選手団ユニフォーム。「別にナショナルチームと関係ない上着を着ても良かったんだけど、この上着は気に入っているから」とナタリー選手は言う。
・もう一人の選手団長でドイツ代表監督でもあるマーティン・スコトニッツキー(Martin Skotnicky)は同僚のヘルマン氏とは少し距離を置く。「もうちょっと配慮してあげても良かったのに」と、元アイスダンサーでコーチもあるスコトニッツキー氏は言う。(備考:スコトニッツキー氏はブラチスラバ出身のスロバキア人。きょうだいのディアナ・スコトニッツカと組んで1970年よりチェコスロバキア選手権5連覇、1973年欧州選手権6位、同年世界選手権8位など)
・ナタリー選手は連盟からホテルの自室にかかってきた電話を無視して就寝、翌日の本番で好成績を上げた。スケート連盟の大人げない対応は明らかにやり過ぎであった。結局はショートプログラム後、没収されたジャージも彼女の元に返還された。


上記記事には明記されていませんが、後に確認したところ、文中に出てくる現ドイツ女王のルトリシア・ボック選手はこの試合前夜21時のミーティングにちゃんと参加していたそうです。この参加が睡眠不足を招いて翌日の惨敗につながったのか、それともミーティングにまつわる騒動は関係なかったのか、それは神のみぞ知るです。それでも、この落胆ぶりの表情を見れば、気の毒という以外の単語が浮かんできません↓。

キスアンドクライでのルトリシア・ボック選手です。よく見ると、隣の女性コーチはドイツ代表のジャージを来ています。しかし、ルトリシア選手本人はこのジャージを着ていません。彼女のジャージは没収されていないにもかかわらずです。これはひょっとしたら、前夜のナタリー選手と大会役員との”場外バトル”に対する、ルトリシア選手から連盟に対する無言の意思表示だったのかもしれません。

それにしても、役員が選手の足を引っ張ってどうするんだ…という典型のようなエピソードです。そもそも、大会の前と後に顔合わせ程度のミーティング(結団式と解団式のようなもの?)など、そもそも本当に必要なのでしょうか?しかし、事前に契約書にサインまで交わして参加することを義務づけられた会議をここまで確信犯的にボイコットできるナタリー選手、大した度胸というか、「男気」(?)とでも呼ぶべきカッコよさがあります!たかがジャケット一枚ですが、あの二日間での上着の違いには、私たちには計り知れない選手生活の舞台裏の暗闘が隠れていたとは驚きました。我らが日本のシングルスケーターも確固たる意志の持ち主が多そうですが、彼らの活躍を役員が妨げることのないよう祈るばかりです。

さて、そんな「鉄の意志」を持って我が道を行くナタリー・ワインツィール選手はボストンでも頑張る予定です。2013年の世界選手権19位、2014年のソチ五輪18位、直後の2014年世界選手権12位という彼女ですが、今年の世界選手権は二年振りの参加となります。そして、ペア競技以外はパッとしないドイツの他のカテゴリーの”万年1枠状態”からの脱却に向けて、2枠獲得の条件である「トップテン入り」を強く期待されています。

(ブラチスラバの欧州選手権でフェンスの向こうのコーチのチューパ氏と振付師でグラサン姿のデ・ベルナディス氏に見守られながら力強くステップを刻むナタリー・ワインツィール選手)

元々の潜在能力は高く、その上、「思春期の劇的な体形変化」というゲルマン系女性の宿命とも言うべき女子フィギュアスケーティング界随一の難所をうまく乗り越え、さらに腰痛も克服し、ようやく演技の安定してきたナタリー・ワインツィール選手です。このまま健康状態と故障のコントロールができれば、体系や筋肉のつき方から見ても、ドイツ版ジョアニー・ロシェット(カナダ:2010年バンクーバー五輪銅メダル)になってくれる可能性さえ秘めています。そして何よりも、周囲が足さえ引っ張らずサポートに徹してくれれば、今回の世界選手権では黒地に黄色い線の入ったドイツチームのジャージに身を包んで、満面の笑顔で得点発表シーンを迎える瞬間を見ることができるかもしれません。日本で放映があるかは分かりませんが、機会があれば是非注目していただければ幸いです。


(フリー演技終了後にリンクサイドに引き上げてきたナタリー・ワインツィール選手にコーチがドイツジャージを掛けている瞬間)

(この笑顔に期待!そして、両隣のコーチとグラサン振付師のファッションにも注目?!)


<参考サイト>
ドイツ公営第一放送(ARD)番組表
http://programm.ard.de/Programm/Sender?sender=28722&datum=2016-04-02&sendung=2872217378568200
(例によって例のごとくドイツの公営放送では、ペアのみダイジェスト版を放送予定とのこと)

Wikipedia英語版 - Piotr Sczypa(ペーター・チューパ)←ナタリー・ワインツィール選手のコーチ
https://en.wikipedia.org/wiki/Piotr_Sczypa

Wikipedia英語版 - Martin Skotnický(マーチン・スコトニッツキー)←ドイツ選手団長
https://en.wikipedia.org/wiki/Martin_Skotnick%C3%BD

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