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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2016/03/04

女はみんな老婆?!女性の苗字が語尾変化するチェコ語とスロバキア語の奇妙な世界

読者の皆様の中には、先週のコラムを読みながら「??」と腑に落ちないものを感じつつ読み流した方もいらしたのではないかと思います。というのも、スロバキア滞在中に早々と気付いた「とあること」について、字数の関係で説明を割愛したからです。この「とあること」とは、世界の中でも特にスロバキアとチェコで顕著にみられる現象であり、別稿を用意してきちんと説明すべきと考えました。ということで、今週のコラムで紹介するのは、「同じ家族内でも男女で苗字が違う」「女性だけが苗字の末尾に-OVAが付く」という現象です。

先週の原稿では、フィギュアスケート男子シングル選手のミハル・ブレジナ(Michal Březina厳密に書くなら発音はブルシェジナ)とその妹である女子シングル選手のエリシュカ・ブレジノワ(Eliška Březinováこちらも厳密にはブルシェジノヴァー)、さらにはかれらの父であるコーチのルドルフ・ブレジナ(Rudolf Březina)という「チェコのブレジナ家」の心温まる家族愛の物語と、同じくフィギュアスケート女子シングル選手であるニコル・ライチョワ(Nicole Rajičová厳密な発音はライチョヴァー)とそのアシスタントコーチ兼マネージャーである実父のトム・ライッチ(Tom Rajič)という「スロバキアのライッチ家」のスポ魂マンガ顔負けのアメリカンドリーム的な親子鷹の物語について、それぞれ対比しながら紹介しました。(→フィギュアスケート欧州選手権inブラチスラバ(2)…家族愛対決!スロバキアのライッチ家VSチェコのブレジナ家

しかし、ここで疑問が湧いてきます。「ブレジナ家」の父と息子の苗字はBREZINAなのに、娘はBREZINOVAですし、「ライッチ家」の父の苗字はRAJICなのに娘はRAJICOVAです。一体どうして、同じ家族なのに男女で苗字が違うのでしょうか?

これはスラブ言語圏に多い慣習で、例えばロシアなどでも家族内で男女の苗字が異なります。例えば、ロシア人ですがアイスダンスのドイツ代表でソチ五輪にも出場したネッリ・ジガンシナ(ZHIGANSHINA)とロシアのアイスダンス代表のルスラン・ジカンシン(ZHIGANSHIN)は実の姉弟ですし、ロシア国籍を取得してバンクーバー五輪に出場した川口悠子選手のコーチであるタマラ・モスクビナ(MOSKVINA)氏はそもそもイゴール・モスクビン(MOSKVIN)氏と結婚してこの苗字になったことなどを考えれば、背後に存在するルールが何となく想像つきます。しかし、ロシアの場合、ロシア人でない女性の苗字までも強引に女性形に変化させることはないのに対し、チェコやスロバキアは容赦ありません(笑)。何と言ってもスロバキアの現地報道で初めてこのようなテロップを目にした際の腰を抜かさんばかりの衝撃は、今回のブラチスラバ滞在中の一二を争う思い出として忘れられないものとなりました↓。


 
見て下さい、ドイツのメルケル首相が何と、「アンゲラ・メルケロバ」になっています!聞こえようによっては「メルケル老婆」みたいで、日本人が聞いたらちょっとシャレになっていません(笑)。この頃はちょうど、欧州懸案の難民流入問題について国境警備を強化するか否かという観点での報道が立て続いており、メルケロパ首相が周辺からプレッシャーを受けているという内容でした。


 
しかし、当のプレッシャーをかけているドイツの連立与党CSUの党首ホルスト・ゼーホーファー氏(現・バイエルン州首相)の場合、男なので当然ながらテロップの苗字はそのままで、語尾に「老夫」「ジジイ」などといった文字も一切付加されないというのは、ちょっと不公平な気がしてします(笑)。

アメリカ大統領選といえば、先日のスーパーチューズデーの話題は日本でもで大いに盛り上がったかと思いますが、これが天下のスロバキアの手にかかれば、次期アメリカ大統領の有力候補の女傑もこの通りであります↓。


 
出ました~、「ヒラリー・クリントノバ」!この国は、ここでも語尾に-OVAを付けないと気が済まないようです。響きから連想されるのは、「クリントン農婆」でしょうか?それとも「クリントン濃婆」の方がピッタリ?(笑)


 
言うまでもなく、”夫唱婦随”ならぬ”婦唱夫随”の夫の登場です。ここでも男の苗字はノータッチです。

この調子で、今年のテニスの全豪オープンの決勝もスロバキアの放送では「ケルベロバvsヴィリアムソバ」でした。さらに、地元新聞についてきたテレビガイドの冊子をパラパラとめくっていたら、このようなページも…↓。


 
スロバキアで開催中のヨーロッパ選手権にちなんで、かつて世界で人気を博した古今の女性フィギュアスケーターを写真で紹介してくれるのは有難いのですが、その選手名が左上から右下の順に

・タニス・ベルビン(アメリカ)→「タニス・ベルビノバ」(2006年トリノ五輪銀)
・カタリナ・ビット(東ドイツ→ドイツ)→「カタリナ・ビットバ」(1984年&1988年五輪二大会連続金)
・ソニア・ヘニー(ノルウェー)→「ソニア・ヘニエオバ」(1928年&1932年&1936年五輪三大会連続金)
・タチアナ・ナフカ(ウクライナ→ベラルーシ→ロシア)→「タチアナ・ナフコバ」(2006年トリノ五輪金)
・ナタリー・ペシャラ(フランス)→「ナタリー・ペシャラトバ」(2014年ソチ五輪4位)
・ミシェル・クワン(アメリカ)→「ミシェル・クワノバ」(1998年長野五輪銀、2002年ソルトレイクシティ五輪銅)

というありさまです。特に最後の「クワノバ」は傑作で、まさに「鍬(くわ)」と「農婆(のうば)」のジョイント、ミッシェル・クワンがモンペ姿でスピンしそうな勢いです。もはやフィギュアスケートのイメージは雲散霧消(?)、日本人の笑いのツボに見事にハマっております!

しかし、スロバキア、このような「老婆」だか「農婆」だかのオンパレードを一体いつまで続けるつもりなのでしょうか?そう思って少し検索してみたら、そのあたりを詳しく説明してくれる興味深い記事が引っかかりました。これはチェコについての記事ではありますが、スロバキアも事情は同じですので、以下に内容を和訳して紹介します。(末尾の参考サイトに当該記事の英語版とフランス語版のリンク先あり)

Cafebabelドイツ語版(2012年9月19日):Tschechische Emanzipation: Schluss mit Merkelová(チェコの女性解放論 - もうメルケロバだなんて呼ばせない)
http://www.cafebabel.de/gesellschaft/artikel/tschechische-emanzipation-schluss-mit-merkelova.html
・チェコでは女性の苗字は自動的に「オヴァ(-ová)」が末尾に付けられるという決まりがあるが、この他国とは一線を画すチェコならではの慣習が試練の時を迎えている。というのは、「オバ(-ová)」は所有物であることを示す接尾辞で、女性は生まれた瞬間からは父のモノ、結婚したら夫のモノ、という意味に他ならないからである。これが現代という時代にそぐわなくなってきている。
・2013年のチェコ大統領選では、この「オバ(-ová)」に関する賛否論争がついに選挙の争点に挙がることとなった。候補者のソボトカ氏が、この「女性へのオバづけ廃止」を公約に謳ったのだ。
・ソボトカ氏はバリバリの保守主義かつ反共産主義の急先鋒で、選挙での得票率は5%に過ぎないが、チェコの有権者の1/4程度を占めるとされる「オバづけ反対派」を自らの新しい支持層の開拓先として狙っている。もっとも、ソボトカ氏が「オバづけ」に反対する理由は女性解放というよりはむしろ、自分がスポーツ好きだからだと言う。「だって、テニスの中継でやたら耳にする名前がセリーナ・ヴィリアムソバ(Williamsová)だなんて、妙でしょ?」「少なくとも、オバをつけるかつけないか、将来的には当の女性に選択する権利があってしかるべきだと思う」
・ちなみに、チェコでは10年前(←リンク先原稿の掲載が2012年なので、1992年か?)に法改正があり、外国人と結婚したチェコ女性の場合に限って「苗字にオバをつけない」という選択が認められるようになった。この制度を利用して、ドイツ人と結婚した際に「オバ」を付けずに夫の苗字をそのまま名乗ることを選択した33歳のチェコ人女性弁護士がいる。彼女は、チェコ人夫婦がドイツで住民登録しようとした際に妻の苗字にだけオバがついているために同じ家族とみなしてもらえなかった、というケースを多数知っていた。しかし、オバをつけない苗字で仕事をすると、今度はクライアントがチェコ人の場合に弊害が出てきた。自分が苗字にオバがついていない女性であることで、電話口でクライアントが当惑してしまうのだ。彼女は最近は電話口だけは苗字に「オバ」を付けて名乗るようにしているが、名刺にも「オバ」を付けるべきか検討しているという。
・女性だけ苗字にオバを付けるこの慣習については、不都合に思う女性がチェコでは増えてきている。しかし、それでもチェコ人の半数がいまだに「オバづけ賛成派」だというのには、チェコ語特有の文法上の理由がある。ドイツ語とは異なり、チェコ語では名詞そのものが格変化するのだ(←日本語でいえば、”てにをは”を名詞の語尾変化で表すということ)。このため、末尾にオバがつかない名前があると会話がスムーズに流れない。
・しかし、チェコの言語学者はこう言う:「世の中には、消えていく運命にある伝統はいくつもある。よりによってこの”オバづけ”が後世に残らなくてはならないという理由は何もない」。つまり、アンゲラ・メルケロバ首相もテニスの女王シュテフィ・グラフォバも、いずれは本来のメルケルやグラフという名前を取り戻せるかもしれないということだ。

本文内に出てくる「末尾にオバがないと会話がスムーズに流れない」というくだりは、男性にオバがつかないのに会話に支障がない以上、女性にムリにオバをつける理由としては私たち日本人にとっては不自然なこじつけ感を禁じえません。しかも、「○○オバ」とは「○○さんの持ち物」という意味だそうです。そう聞くと、日本でも大昔の女性が「○○の女」とか「△△の娘」としか呼ばれなかったり、今でも結婚式の招待カードに「□□様御令室」という書き方があったりすることを連想させます。なお、上の記事の掲載される10年前(つまり1992年?)からチェコでは女性の「オバなし苗字」が(国際結婚した女性限定で)解禁されたとありますが、スロバキアではこれが1993年からとなっています。1993年といえばチェコとスロバキアが分離独立した年なので、両国が独立前後の同時期にこの問題に着手し始めたことが伺えます。今後、この「オバづけ賛否論争」がどのような展開を迎えていくことになるのか、気になるところです。

さて、今月末はアメリカのボストンで世界フィギュアスケート選手権が開催される予定です。日本から出場する女子シングル選手といえば、先日の四大陸選手権で圧勝した宮原知子さん、今季復活の浅田真央さん、そして目下急成長で期待の本郷理華さんの三名ですね。ということで最後に、この方々の名前がスロバキアではどう表記されるか、是非皆さまにご覧いただきたいと思います↓。

宮原知子(みやはら・さとこ)→「サトコ・ミヤハロバ」(Satoko Mijaharová)
浅田真央(あさだ・まお)→「マオ・アサドバ」(Mao Asadová)
本郷理華(ほんごう・りか)→「リカ・ホンゴバ」(Rika Hongová)

いかがでしょうか?誰が誰だか、イメージが狂ってしまいそうです。証拠として、この中でただ一人Wikipediaスロバキア語版にページが既に存在する浅田真央選手の該当ページのスクリーンショットをどうぞ↓。

Wikipediaスロバキア語版 - Mao Asadová
https://sk.wikipedia.org/wiki/Mao_Asadov%C3%A1

 

それにしても、「朝ズバ」なら聞いたことありますが、アサドバって…?!真央ちゃんの清潔感と気品あふれるスケーティングからは少なからざるギャップを感じずにはいられない、妙にドスの効いた響きがあります。ちなみに上記ページの中では、浅田選手のコーチの欄に併記されている佐藤信夫&佐藤久美子夫妻(1994年世界フィギュア優勝の佐藤有香さんの両親でもある)のうち、久美子コーチの方が「クミコ・サトバ(Kumiko Satová)」となっているのも、本郷理華選手の「ほんごう→ホンゴバ」と同じ変換がなされているためでしょう。さらに暴走するスロバキア版ウィキペディアで浅田選手の元・コーチの欄を見ると、あの伊藤みどりさんのコーチとしても名をはせて今は宇野昌磨選手のコーチを務める山田満知子氏が「マチコ・ヤマドバ」(Mačiko Jamadová)ですし、振付師の欄はもっと衝撃的で、稀代の名振付師ローリー・ニコル氏が「ローリー・ニコロバ」(Lori Nicholová)というのは全くの想定内ですが、あのタチアナ・タラソワ(Tatiana Tarasova)氏が何と「タチアナ・タラソボバ(Tatiana Tarasovová)」になっているではありませんか!これは明らかに「-ova」の二重づけに他ならず、「ソース二度づけ禁止」の大阪人の怒涛のツッコミが聞こえてきそうです。

果たして、スロバキアとチェコは未来永劫、この叔母だかロバだか老婆に農婆などと女性の苗字の末尾を徹底的にいじくり続けるつもりなのか、それとも、今や世界的一大キャンペーンとなっている女性の社会進出や男女間差別の解消という国内外からの突き上げを受けて、ゆくゆくは「悪しき伝統」として葬り去られる運命にあるのか?多分これは、当該国の置かれた歴史的経緯や長年続いた社会的慣習という事情からも、日本で言う選択的男女別姓法案の話に極めて近いと思われます。万に一つでも、チェコかスロバキアのどちらかがこの長年かけて国に深く染みついた慣習を本当に廃止するようなことがあれば、日本への風当りとして飛び火してくる可能性はあります。そういう意味では、この遠い欧州の二つの国のお話は、実は日本にとっても決して他人事ではないでしょう。

とかなんとか言いながら最近の私は、ニュースなどで日本人に限らず女性の名が出てきたらその苗字をスロバキア・バージョンに変換して遊ぶというのが、すっかり茶の間の趣味と化しています(笑)。私自身も、ハルコ・カタヤモバですから!とりあえず、アメリカ大統領選の報道を見るたびにクリントノバ候補の動向が気になることは間違いないでしょうし、今月末の世界フィギュアスケート選手権の季節が来たら、スロバキアでの最高に楽しかった日々を懐しく振り返りつつ、アサドバ選手やミヤハロバ選手にホンゴバ選手をテレビの前で熱~く応援することになると思います。


<参考サイト>
Cafebabel英語版(2012年9月26日):It's all –ová: changing Czech grammar for gender equality (それはもう”オヴァ(終)コン"!性差別解消のためにチェコ語文法を変える)
http://www.cafebabel.co.uk/society/article/its-all-ova-changing-czech-grammar-for-gender-equality.html
Cafebabelフランス語版(2012年9月24日):Féminisme et grammaire tchèque : et maintenant « ová » où ?(フェミニズムとチェコ語文法:そしてオバはどこへ行く?)
http://www.cafebabel.fr/societe/article/feminisme-et-grammaire-tcheque-et-maintenant-ova-ou.html
(本文中に紹介したドイツ語記事の英語バージョンおよびフランス語バージョン。掲載日の順からも元記事はドイツ語版だが、内容は全く同一ではなく微妙にディテールがアレンジされている)

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