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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2016/02/12

「今年の文章2015」選出のメルケル首相発言よりもはるかに面白い!ドイツ内務大臣の迷言がSNSで話題


ドイツ版の流行語大賞というよりは「今年の漢字」に匹敵するとされる「今年の単語2015」において、「フリュヒトリンゲ」(”難民”の複数形)が1位に選ばれ、昨今の欧州の難民流入問題への関心と問題意識の高さを伺わせたこと、そして似たような企画として他に「今年の文章2015」というのが今年の1月中旬に発表されるということを、昨年末のコラムで述べました(→「今年の漢字」のドイツ版に相当?「今年の単語」に選ばれた「フリュヒトリンゲ」が巻き起こした論争の意味)。

本当は年始に紹介するつもりだったのが大変遅れてしまいましたが、2015年版のドイツの「今年の文章」が先月11日に発表されました。晴れて大賞に選ばれたのは、私や私の周囲の大方の予想を裏切って、メルケル首相のこちらの発言でした↓:

”Wir haben so vieles geschafft - wir schaffen das !”
(私たちはこれまでもたくさんのことを達成してきた-私たちならできる!)


メルケル首相のこの発言は、2015年8月31日のベルリンでの記者会見で欧州懸案の難民問題について問われた際の返答だったそうです。アメリカのオバマ大統領の”Yes, we can !”のパクリにも聞こえなくもない、このメルケル首相の口から飛び出したあまりにも楽観的なコメントに、ドイツ国民の間では一気に賛否両論、喧々諤々の大議論が巻き起こり、以後のメルケル首相自身の支持率の急速な低下や街頭での反移民流入デモなどにつながっていきました。ちなみに、参考サイト1)の「今年の文章」選定委員会公式プレスリリースによると、このメルケル首相の発言は、かつてドイツ統一の難題を前にした1990年当時のヘルムート・コール首相が”Wir werden es schaffen”(私たちにはできるだろう)と発言したことや、かの有名なオバマ大統領の「イェス・ウィー・キャン」からの流れを引き継いでいるとされます。選考にあたっては、2015年末までにインターネットに応募された32の候補の中から、大学教授に漫才師などから成る審査員によって、今のドイツ社会のトレンドを最も反映する表現となるべく努めたとのことです。

確かに、この「私たちならできる」(ヴィア・シャッフェン・ダス)という表現、ドイツ社会のあちこちで非常に多く耳にするフレーズです。一度でもドイツに暮らしたことのある方なら、ドイツ社会全般の、特に公文書に関する仕事の遅さは嫌と言うほど身に染みているのではないかと思います。これは日本ではとても考えられないことですが、私の周囲には未だに2年前の確定申告すら完了していない人が少なからずおり、ドイツ名物の硬直したビュロクラシーの弊害としてよくネタになっています。相手がドイツ人でもこのありさまなので、今が旬の話題である「フリュヒトリンゲ」こと難民の場合も例外ではありません。ドイツのお役所に昨年中にとっくに難民申請を済ませた難民の方々の受理手続きがまるで進んでいないという報道も先日あったばかりです。そんな手続きの遅れを指摘しに役所や銀行に行った人々の中は、先方から「ヴィア・シャッフェン・ダス(私たちならできる)!」と爽やかに返答されては、「それはオレの仕事じゃないから、”私たち”ってのはおかしくね?」と心では思いながらも恐ろしくてとても口に出すことができず、膝上で拳を握って必死に耐えている方ばかりなのではないかと、それはもう察するに余りあります。

他にも、この「私たちならできる」をよく耳にするケースがあります。それは、知人の車やタクシーでの移動の際です。例えば、もし空港に向かうタクシーが大渋滞に巻き込まれ、フライトのチェックインタイムが微妙になりそうな場合、こちらの不安そうな顔色を察した運転手から、それはもう絶妙のタイミングで「ヴィア・シャッフェン・ダス、ロッカー!」(間に合うから大丈夫、余裕よ、余裕!)とか「ヴィア・シャッフェン・ダス、ディック!」(間に合うから大丈夫、鉄板よ、鉄板!)の有難いお声が掛かる、といった具合です。なお、ロッカー(locker)とはドイツ語で軽いという意味で、ディック(dick)とは太いという意味で、いずれもざっくばらんな感じを出して相手をリラックスさせるために使われます。つまり、「ヴィア・シャッフェン・ダス」とはドイツ人にとって、ちょっとピンチになった際に乱発される超頻出重要表現なのです。そういう意味では、今回1位に輝いたメルケル首相の発言は、確かにドイツ社会のトレンドをそれなりに強く反映してはいます。

しかし、昨年一年のドイツにおける有名人の発言やキャッチフレーズを振り返るとき、ドイツ人の心を最も強く捉えた文章はこの「ヴィア・シャッフェン・ダス」ではありませんでした。少なくとも私の周囲では、みんなが一様に大賞候補に挙げたのは、ドイツを爆笑の渦に巻き込んだこちらの発言でした↓:

"Ein Teil dieser Antworten würde die Bevölkerung verunsichern."
(私の返答の一部は国民を不安がらせるであろう)


これは、昨年11月13日に発生したパリの同時多発テロの数日後となる11月17日に予定されていたサッカーの試合「ドイツ対オランダ」がテロ予告のため中止となり(→世にも奇妙なフランス・ボルドー体験(1)…テロの影響で中止となったエリック・ボンパール杯に行ってきました)、その中止決定を告知する内務大臣デメジエール氏の記者会見の際に飛び出した発言でした。記者たちは当然、具体的にどのようなテロ予告のために試合が中止になったのか次々と質問攻めをするのですが、この大臣はひたすら壊れたレコードのように同じ返答ばかり繰り返したのでした。

 
(デメジエール大臣大臣の記者会見の様子。参考サイト2)リンク先動画より)

しかし、この「私の返答の一部は、国民を不安がらせるであろう」→「だから何も答えません」という返答そのものこそ、ドイツ国民をもっと大きな不安に陥れたことに、発言当時の大臣は気づかなかったようです。こんな中途半端な返答をするくらいなら、最初から「ノーコメント」と言った方がどんなによかったことでしょうか。そして翌日以降、この大臣の”世紀の迷言”を茶化すような動きが、「#DoItLikeDeMaziere」というハッシュタグ付きで主にツイッターやフェイスブックなどのSNSを中心に大きく広がり始めたのでした↓。

 

(参考サイト3)より)

参考サイト2)の新聞記事や参考サイト3)の早朝の情報番組ARD Morgenmagazinは、デメジエール大臣の発言のパロディーのうち大いに笑える傑作をいくつか紹介しています。以下に、それらのうちいくつかを日本語に訳しつつご紹介します↓。皆さまの日常生活にも、似たようなケースはありますか?(笑)

【パターン1】
精肉コーナーにて。
客:「このひき肉は何の肉からできているのでしょうか?」
店:「私どもの返答の一部はお客様を不安がらせるだけでありましょう」

 

【パターン2】
女:「ダーリン、私のことまだ愛してる?」
男:「ボクの返答の一部はキミを不安がらせるだけであろう。だからボクは何も言わない」
(男女を入れ替えても可)



【パターン3】
デメジエール大臣:「ボクって内務大臣としてどう?」
メルケル首相:「私の返答の一部はアナタを不安がらせるだけでしょう」



【パターン4】
患者:「センセイ、私の病状はどれほど深刻でしょうか?」
医者:「私の返答の一部は、あなたを不安がらせるだけでしょう。だから言いません」



【パターン5】
車の販売店にて。
客:「この車は排ガス基準をちゃんとクリアしているの?」
フォルクスワーゲン:「申し上げられません。私共の返答の一部はお客様を不安がらせるでしょう」



【パターン6】
メルケル首相:「ねえねえ、核のボタンとウォッカと核ミサイルはどうなってるの?」
プーチン大統領:「私の返答の一部はキミを不安がらせるだけだろう」


(ツイートした本人の「コイツは一度ソフトスキルの学校からやり直さにゃならんな」というコメントつき)

こんな具合です。ドイツならではのネタもあれば、世界各国共通の普遍的なネタもあるようですね!皆様もお気に入りのバージョンをご自身で作ってみてはいかがでしょうか?

蛇足ですが、この大臣の発言がドイツのテレビやネットを席巻する大フィーバーになった頃、日本人である私の脳裏に真っ先に結びついたのは、2011年の東日本大震災以降、某政治家が同様に繰り返していた「直ちに影響はない」というフレーズでした。あの発言も国民をよりいっそう不安に陥れただけの表現ではありました。しかし、今回のデメジエール大臣の発言の方がよっぽど、日常生活の応用範囲の広さとお茶目さのため、多少なりとも救いがあるように思われます。

なお、すっかり笑いものにされたデメジエール氏ですが、実は結構名門の出身です。De Maizièreというフランス風の綴りが示すように、元々は17世紀末にフランスの迫害から逃れてきたユグノーの子孫で、従兄(75)は旧東ドイツ最後の首相、父(故人・享年94)は元軍人で旧西ドイツ連邦軍総監、母(故人・享年88)もこれまた有名な芸術家(主に彫刻・絵画…ボン近郊の屋内外の多数のオブジェを制作)、兄(65)が元コメルツ銀行重役(2005年の同銀行のマネーロンダリング疑惑と前後して辞職)という豪華さです。デメジェール大臣(62)本人もいまだに現役で、難民問題の報道などで最近もチラホラ名前が出てきます。しかし、あのお茶の間に不安に引き続く爆発的な笑いを提供してくれたデメツィエール・フィーバーはすっかり収まってしまいました。願わくば、今後も日本人から見ても面白いと思われる単語やフレーズの登場も期待しつつ、2016年版の「今年の言葉」「今年の若者言葉」「今年の文章」の行方ともども、今年の成り行きと同様に注目していきたいと思います。


<参考サイト>

1) Satz des Jahres公式ホームページ:Presseinformation(プレスリリース)
http://satzdesjahres.de/presseinformation20160111.htm

2) RP-Online (2015年11月18日):#DoItLikeDeMaiziere  Das Internet lacht über Thomas de Maizière(インターネットがデメジエール大臣を笑う)
http://www.rp-online.de/politik/thomas-de-maiziere-das-internet-lacht-ueber-pk-in-hannover-doitlikedemaiziere-aid-1.5568712

3) ARD Morgenmagazin(2015年11月19日):Netzreporter  #DoItLikeDeMaziere(動画)
http://www.daserste.de/information/politik-weltgeschehen/morgenmagazin/politik/Netzreporter-DoItLikeDeMaziere-100.html

4) Wikipediaドイツ語版 - Thomas de Maizière
https://de.wikipedia.org/wiki/Thomas_de_Maizi%C3%A8re
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