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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2016/01/29

美談の舞台だったパリの大病院HEGPに激震!現職の循環器科医がモラハラを苦に自殺という衝撃

昨年のパリの同時多発テロの際、パリ市内の病院は当然のことながら軒並み人手不足に見舞われ、各病院の救急部が応急的措置としてたまたま近くに居合わせた医師や消防・救命士に呼びかけて駆けつけ応援を仰ぐという、テロ続きのフランスですっかり定着した感のある「ホワイトプラン」及び「レッドプラン」が発動されました(→パリの同時多発テロの際に話題となった「ホワイトプラン」って何?)。報道によれば、それまで会ったこともなかった初対面どうしの専門職者たちが実に見事に連携して診療していたようですが、その中でも特に私の心を動かしたのが、たまたまパリに観光で滞在中だったブルターニュのお医者さん3人のエピソードでした。彼らは何と、パリ屈指の大病院であるジョルジュ・ポンピドゥー欧州病院(通称HEGP)の救急外来受付にフラリと立ち寄り、「お手伝いに来ました」というシンブルなセリフをのたまい夜通し診療にあたり、明け方には忽然と立ち去っていたそうです。そして、テロ翌日にはHEGPの救急部長(←実はこの人は共和党所属の政治家でもある)が、この無言で立ち去ったブルターニュの医師たちに関する情報提供を各マスコミを通じて呼び掛けていたというのだから、マンガも顔負けの感動ストーリーです。

もし私自身、同じような状況におかれた時にたまたまパリ15区のHEGPの近くにいたとして、果たして同じような貢献ができるのだろうか…?あの日以降、私自身そんな自問自答を繰り返すようになったほど、あのパリのテロ、そしてこのHEGPのエピソードのインパクトは大きかったのです。

しかし、この美談の一か月後、かの美談の舞台でもあったHEGPがどエラい事件に見舞われることになります。昨年12月17日、同病院の現職医師で循環器科所属のジャン・ルイ・メニヤン教授(Jean-Louis Megnien、54)が病院の7階の窓から飛び降り自殺をしたのです。

(自殺した故Jean-Louis Megnien氏。下記参考リンク2)のル・パリジャン紙より引用)

ドイツでも日本でもほとんど報じられることのなかったこの自殺ですが、昨年末のフランスメディアはこの一件でそれこそ蜂の巣を突いたような大騒ぎになっていました。病院内での同僚からの執拗なイジメに加えて上層部からの肩たたき的ハラスメントなどが死後に次々と明らかになっており、同教授の自殺直後から警察および検察が捜査開始、厚生大臣も急遽会見するわで、年を越してからもポツポツと続報が出ています。あまたある報道の中でも、最も深くこの事件を掘り下げて詳細を報道しているのは地元パリの日刊紙「Le Parisien」(ル・パリジャン)です。ということで、以下の参考サイトの文献1)~7)の記事と動画8)~10)をもとに、メニヤン教授のプロフィール及び自殺前後の経緯を以下に時系列でまとめてみました。なお、メニヤン医師が受けたことが明らかになっている具体的なハラスメント行為を赤字で、それに対抗してメニヤン氏本人あるいは周囲の味方する医師が取った行動を青字で、それぞれ色分けしています。

<ジャン・ルイ・メニヤン(Jean-Louis Megnien)教授プロフィール>
・1989年 ピティエ・サルペトリエール病院(パリ及び近郊の病院グループ)にて研修終了
・1990年 ブルッセー(Broussais)病院心血管予防医学センター勤務、心臓病学専攻
・2001年 オープンしたばかりのHEGP(Hôpital Européen Georges Pompidou)に入職→病院の生え抜きの一人としてアラン・シモン教授の指導下で診療
・1999年 病院指導医資格(Maître de conférences - praticien hospitalier:直訳すると講師-病院臨床医)獲得
・2011年 教授資格PU-PH(professeur des universités - praticien hospitalier:直訳すると大学教授-病院臨床医)を49歳で獲得→パリ・デカルト大学医学部にて教鞭を執る。

<自殺までの経緯>
【2013年】
・11月9日:メニヤン教授が「科の中で私を失脚させようという動きがあるようだ」とのメールを同僚に送付。
・11月某日:病院の循環器科の科長選で周囲も驚くまさかの落選。
 →以降、周囲が自分と口を利かなくなった(誰かからそのような命令が出ているのではないかと本人推測)
・11月中に産業医と面談(訴訟対策ではなく、あくまでも日付を残して証拠固めとするため)。
・以降、同僚の一人X氏から執拗な嫌がらせ(メニヤン氏は「医療チームや患者の目の前で恥をかかせることが午後に三度あり」「メールも無視、情報も伝えてこないため科内で孤立」「会議漬けにされた」など、ハラスメントの具体的記録を残していた)。
【2014年】
・1月:同僚宛に「JE CRAQUE. JE N’EN PLUS!」(心が折れた。もうダメだ!)という、全て大文字のSOSメール送信。さらに、「明日から自分はどうすれば良いのだ?患者さんと向き合うか、弁護士に連絡するか、それとも窓から身を投げるべきか?」というメールを送信→この数週後からうつ病で9ヶ月間の休職へ。
・3月中旬:HEGPの病院長(女性・非医師)のメールアドレスを介して、医師の勤務評定ファイルが流出。各医師の行った手術ないし処置の所要時間の合計をリスト化し、処置時間総計の長い医師を青(「妥当な」医師)、短い医師を黄(「貧弱な」医師)で表記するそのブラックな内容に、勤務医たちの不満が爆発、医師七名が連名で抗議表明。この騒動以降、病院全体が「息もできない雰囲気」になっているという記事が、看護師専門ジャーナルに4月17日付で掲載される。(この記事にメニヤン医師に関する記述はないものの、病気休職のタイミングがちょうど病院全体の成果主義へのシフトと監視体制の強化とシンクロしているようで、今回の自殺の遠因となった可能性あり)
・11月27日:同僚(心臓外科医Rachid Zegdi氏)が「メニヤン医師は自分の腕の中で泣き崩れた。彼には自殺リスクがある」との内容の注意喚起メールを病院上層部に送ったが、上層部はこれを無視。
【2015年】
・4月:同病院の7階にあったメニヤン医師のオフィスが2階に勝手に移されていたことを本人が知る。2階のオフィスは「狭い押入れ」のようなスペースで、これを「屈辱的引っ越し・処罰・降格」と捉えた本人は「患者にしかるべき治療を提供する環境を奪われた」と受け止めたという。
・12月14日(月):朝、久しぶりに来院したメニヤン医師は、かつて自分のいた7階のオフィスに手持ちの鍵で入ろうとしたら、病院側が鍵を交換していたため入室できなかった。このことで本人は大パニックとなり、打ちひしがれていたという。
・12月17日(木):メニヤン氏自ら鍵屋を呼び、かつて自らの居場所としていた7階のオフィスの錠を開けさせた。そして、中に入り窓を開けて飛び降り自殺。享年54歳、妻と5人の子が残された。
【メニヤン教授の死後の動き】
・2015年12月17日:警察の取り調べがスタートし、同僚たちがモラルハラスメントに関して証言。
・12月18日:院内に自殺調査委員会が発足。
・12月23日:外部調査委員会の創設を発表。
・12月26日:病院の経営母体である生活保護-パリ病院機構(AP-HP)の委員も務め、故人とも生前親しくしていたという精神科医が病院幹部を告発、各紙メディアにて大々的に報道される。
・12月30日:メニヤン氏の未亡人が裁判所に提訴したのを受けて、パリの検察が「モラルハラスメント」等に関する調査結果を一部公表。病院内の派閥争いと今回の自殺の関係について引き続き調査すると表明。
・12月31日:厚生大臣マリソル・トゥレーヌ氏(女性)、1月15日に予定される院内上層部の取り調べ結果の公表については「透明性をもってのぞむ」と確約。
・2016年1月8日:同じ病院に勤務する放射線科教授がテレビ出演、今回の自殺にかかわる院内事情を時系列で説明。
・2016年1月17日:当初予定の15日ではなく、事件からちょうど1か月となる1月17日に病院幹部が調査結果公表。1月19日には自殺リスクを無視したとして非難の矢面に立っているAP-HPトップのヒルシュ氏がラジオ局RTLに生出演し釈明。

以上が、ざっとまとめたメニヤン教授自殺までの経緯とその後の流れです。何が凄いって、勝手にオフィスを移して鍵ごと交換してしまう病院幹部のイヤらしさもさることながら、その7階のオフィスへ強行突破するために鍵屋を呼んだ末に、そこから覚悟の決死ダイブを敢行してしまったメニヤン教授の”恨み骨髄”とばかりの執念です。それほどまでのエネルギーを、生き抜いて、別の医療機関に転職してでも患者さんのために使おうと考えることはできなかったのでしょうか?そして、妻と5人の子という家族の存在も、自殺を思いとどまらせるには及ばなかったということでしょうか?そう考えると、無力感に襲われます。それにしても、科長選に負けたら周囲が口をきかなくなるとか、他人の前でわざと恥をかかせたり、必要な情報を共有しないとか、小学生のイジメも顔負けのその幼稚な内容はさらに救いがたいです。これが循環器の世界ではパリを通り越して世界のトップクラスとの呼び声の高いあのHEGPのすることかと思うと、これまた情けなくなってきます。世界の最先端を行く医師といえども人間であり、むしろ、トップエリート医師ならではの熾烈な競争があればこそ、そのイジメの陰湿さとガキ臭さは増幅されるということなのかもしれません。

この事件にもう一つツッコミどころがあるとすれば、流出したとされる例の勤務評定ファイルの内容です。そもそも、同じ手術ないし処置が素早い医師とダラダラ時間のかかる医師とでは、どちらが腕が良いのかは誰の目にも明らかです。「手術が上手だと評価が下がる」のでは、現場の医師たちもやってられないでしょう。そのようなファイルを作成すること自体がすでにピンボケですが、そのファイルが実際に流出して各医師の目に触れてしまった以上、その後の惨憺たる成り行きは誰にも止められなかった…ということなのかもしれません。

また、これは私見ですが、今回の自殺が「かの美談の一か月後」というタイミングで起きたことにも、何か意味があるのかもしれません。あの同時多発テロ事件で病院全体が人手不足で猫の手も借りたいほど騒然としていた時期に、うつ病による休職やオフィス移転でまともな診療活動が出来なくなっていたメニヤン医師に対して、周囲からの風当りが一気に増したとしても不思議はありません。そして、それが病院関係者の心情のみならず、何よりもメニヤン教授本人の自信喪失に繋がっていったのではないかと想像するのです。

それでも、産業医との面談や書面で記録を残す、信頼できる同僚にはマメにメールを送る、というような「記録を残す」「証拠を固める」ということ自体はハラスメントに対する対抗策の基本であり、メニヤン氏が死の直前まで何年にもわたってこれらを徹底的に遂行していたことは私たちも知っておいた方がよいでしょう。そういう意味では、教授も最後の最後まで精一杯戦っていたといことです。これにより、遺族は裁判を有利に運ぶことができるでしょう。

日本でも耳にすることが珍しくなくなった「モラハラ」「パワハラ」「セクハラ」ですが、世界的名声を誇るフランスの最先端病院で、よりによって美談の報道の一か月後に起きてしまったメニヤン教授の悲劇は、私たちにとっても、今一度自らの置かれた職場環境について考えることの重要性を訴えかけているようです。時には一人で、時には周囲と連携しつつ理不尽な職場環境と戦う方々が、もしこの記事によって何かヒントを得ていただけるようであれば、私としても記事をまとめた甲斐があったというものです。


<参考サイト>

1) Le Parisien(2015年12月26日):Suicide à l'hôpital Pompidou : «J'ai vu, face à moi, un homme brisé»
LE FAIT DU JOUR. Les collègues du docteur Jean-Louis Megnien, qui s'est suicidé à l'hôpital Pompidou, estiment qu'il a été victime de maltraitance et dénoncent un univers impitoyable.
http://www.leparisien.fr/societe/suicide-a-l-hopital-pompidou-j-ai-vu-face-a-moi-un-homme-brise-26-12-2015-5402357.php
(故人に関する詳報)

2) Le Parisien(2015年12月31日):Jean-Louis Megnien « Je craque. Je n'en peux plus ! »
Jean-Louis Megnien, dans un courriel à un collègue il y a déjà près de deux ans
http://www.leparisien.fr/espace-premium/actu/je-craque-je-n-en-peux-plus-31-12-2015-5411211.php
(上記報道に引き続くさらなる詳報…本人の手記を元に同僚のイジメの詳細を記述している)

3) Le Parisien(2015年12月26日):Suicide d'un cardiologue à l'hôpital : «Il a été victime d'un comportement maltraitant»
http://www.leparisien.fr/informations/il-a-ete-victime-d-un-comportement-maltraitant-26-12-2015-5401467.php
(AP-HPの役員の一人で精神科医のグランジェ氏が告発)

4) LeParisien(2015年12月26日):Un hôpital réputé... mais chahuté
http://www.leparisien.fr/informations/un-hopital-repute-mais-chahute-26-12-2015-5401675.php

5) Le Parisien(2015年12月31日):La veuve du Pr Megnien porte plainte pour harcèlement
http://www.leparisien.fr/espace-premium/actu/la-veuve-du-pr-megnien-porte-plainte-pour-harcelement-31-12-2015-5411377.php
(家族が訴訟を起こすという話)

6) Le Parisien(2015年12月28日):Le cardiologue qui s’est suicidé était militant socialiste au Plessis
http://www.leparisien.fr/le-plessis-trevise-94420/le-cardiologue-qui-s-est-suicide-etait-militant-socialiste-au-plessis-28-12-2015-5406185.php
(オランド大統領の所属政党でもある社会党でメニヤン医師が政治活動をしていた時期があるという話。2008年には居住するLe Plessis-Trévise市議の補欠選に当選している)

7) ActuSoins(2014年4月17日):“Atmosphère irrespirable” à Pompidou
http://www.actusoins.com/21345/pompidou.html
(看護師を対象とする情報紙の2014年4月の記事。この時点でHEGPが既に雰囲気の悪い職場だったという。全医師の診療従事時間のリストが流出、成果主義の行き過ぎがあった可能性)

8) RTL(2016年1月19日):Suicide à l'hôpital Georges-Pompidou : "Oui, il y a eu des alertes il y a un an", affirme Martin Hirsch
http://www.rtl.fr/actu/societe-faits-divers/suicide-a-l-hopital-georges-pompidou-oui-il-y-a-eu-des-alertes-il-y-a-un-an-affirme-martin-hirsch-7781424628

9) Pourquoi Docteur?(2016年1月8月):Pr Philippe Halimi - Suicide à l'hôpital Pompidou : quand les médecins craquent
http://www.pourquoidocteur.fr/invite-de-la-semaine/4-Suicide-a-l-hopital-Pompidou-quand-les-medecins-craquent
(動画。故人と同じ病院に勤務する放射線科の教授が事件を時系列で内部事情も含めて詳細に説明)

10) Dailymotion - Microscopie numérique et cas clinique virtuel - Jean-Louis Megnien & Virginie Siguret
http://www.dailymotion.com/video/x28pwxg_microscopie-numerique-et-cas-clinique-virtuel-jean-louis-megnien-virginie-siguret_school
(今回自殺したメニヤン教授本人が生前出演したパリ・デカルト大学の教材の動画。温厚そうな人柄が伝わってくる)
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