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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2016/01/22

パリの同時多発テロの際に話題となった「ホワイトプラン」って何?

私の新年は日本での病院当直で幕を開けたということ、そして、そのような新年を迎えようと私が強く思うに至ったきっかけとなった出来事が昨年11月13日のパリで発生した同時多発テロであったということが、先週のコラムの内容でした(→ドイツでは何故「ハッピーニューイヤー」を「グーテン・ルッチュ(良い滑落を)」などと言うのか?)。

自宅でコタツにミカンの寝正月でもなく、海外で迎えるお正月でもなく、今年は違うお正月を迎えようと思うに至ったきっかけは、旧年中にドイツの「ÄrzteZeitung」(直訳すると「医師新聞」)という、日本でいうところの医師会報を日刊紙にしたような、主に開業の内科医・家庭医をターゲットとした新聞の中に、偶然下記の記事を発見したことでした。短いながらも興味深い内容なので、以下に全文和訳してご紹介します。

ÄrzteZeitung(2015年11月17日):Anschläge in Paris - Hausärztin gehört zu den Terroropfern(パリのテロ:犠牲者の中に家庭医のフランス人女性)(強調は筆者)
http://www.aerztezeitung.de/panorama/article/899255/anschlaege-paris-hausaerztin-gehoert-terroropfern.html
【パリ】フランス・パリの同時多発テロにより、フランス人女性で家庭医のステラ・ヴィエリー(37)が亡くなった。彼女はパリ東部のクリニックに勤務する傍ら、パリ市内の救急車の同乗ドクターも定期的に勤めていた。
フランスの医師会報によると、この女医はパリ市内のレストラン「プチ・カンボジア」にてテロリストたちに殺害されたという。
ラルボアジエール病院外科医長のレミー・ニザード教授によると、テロの際に同病院では手術が7件も同時に行われたという。「負傷者を放置してはならない。彼らは持続的に手当を必要としている。彼らはこの夜を忘れないであろう」と同氏は言う。
所変わってジョルジュ・ポンピドゥー欧州病院(Hôpital Européen Georges Pompidou :通称HEGP)では、救急部長フィリップ・ジュヴォン教授がブルターニュから来た三人の医師を探している。遅ればせの感謝の意を伝えるためである。
テロ直後からの人手不足で、救急部長がツイッター上でパリ15区に滞在中の医師の応援を求めるツイートを発信したところ、たまたま休暇でパリに滞在中だったブルターニュの三人の医師が病院に現れたという。彼らのうち一人は外科医で、一人は老年病医だった。彼ら三人は救急現場で専門職として多大な貢献を果たし、仕事を終えた後は(名乗りもせず)無言で立ち去ったという。


百人単位の患者がひとつの病院にドッと押しかけてくるのも十分大変ですが、十人単位の瀕死の重傷者が同時に搬送されてきた病院の外科チームは、正に野戦病院さながらの大パニックだったことでしょう。とてもではありませんが、常勤医だけで対応できる状況ではありません。そんなマンパワー不足の中、救急部長のツイッターの呼びかけに応じて現れたブルターニュの三人の医師はまさに「流しの医者」、カッコイイことこの上ありません!冒頭に「名乗るほどの者ではございません」と言ったかどうかは定かではありませんが(笑)、彼らは「お手伝い(クーデマン)に参りました」(Voilà on vient vous donner un coup de main)と言ってチームに加わり、診療を終えた彼らはそのまま忽然と姿を消したというのだから(つまり無報酬?)、まるでスーパードクターKを地で行くカッチョイイお医者さんたちのエピソードに、単細胞の私はすっかり感化されてしまったのでありました。

もっとも、この話には引っかかる点もあります。緊急事態とはいえ、病院が見知らぬ医師の応援を仰ぐ際、その医者の名前も連絡先も知らないというのは法的に大丈夫なのでしょうか?例え無報酬だったとしても、彼らがホンモノの医者かどうかをちゃんと確認しなくてよいものなのでしょうか?このパリの事件の際、私はフィギュアスケートのエリック・ボンパール杯観戦のためにフランス南西部のボルドーにいたことは既に述べましたが(→世にも奇妙なフランス・ボルドー体験(1)…テロの影響で中止となったエリック・ボンパール杯に行ってきました、→世にも奇妙なフランス・ボルドー体験(2)…非常事態宣言下のジャン・ムーラン記念館から見える世界、→世界最頻出テロ用語は日本語?!「KAMIKAZE」大合唱の仏メディア、「NINJA」大流行のテロリストのアカウント名)、もし大会がボルドーではなくパリ開催であったとしたら、私はあの日パリにいた可能性が高い訳です。そして、その場合に仮に私が現地で救急部長の応援要請のツイートを読んだとして、フランスの医師免許のない私が病院にフラリと現れて「クーデマンに来ました」などと決めゼリフを吐くのは良いとして(笑)、医療行為をすること自体がそもそも法的に可能なのか、そして、仮に可能だったとして、そのとき自分の今のスキルでは果たしてどこまで彼らの役に立てるのだろうか…?このような思いが回りまわって、今回の当直話へとつながっていく訳です。

なお、別の日の同じ新聞に、テロ事件直後の非常事態宣言下におけるフランスの救急医療に関する解説記事が載っていました。こちらも日本ではあまり話題になることのなかった内容かと思いますが、この中に今回のキーワードとも呼ぶべき「ホワイトプラン」という重要単語が出てきます。「ホワイトプラン」と言っても、ソフトバンクの携帯料金とは関係ありません(笑)。ということで、以下の記事は要約で紹介したいと思います↓。

ÄrzteZeitung(2015年11月16日):Terror in Paris - "Es war eine Albtraumnacht mit Verhältnissen wie im Krieg"(パリのテロ:「それは戦争の真っただ中にいるような悪夢の夜だった」)
http://www.aerztezeitung.de/panorama/article/899013/terror-paris-albtraumnacht-verhaeltnissen-krieg.html?sh=1&h=1864429724
・2015年11月13日(テロ当日)は医者のストライキの日だった。政府の予定する保健制度改革に反対するため、フランス全土の開業医の70~80%がストライキを行い、翌日以降もストが予定されていたが、深夜から未明にかけてのテロ事件発生により、とりあえずストは棚上げとなってしまった。
・129名死亡(記事掲載当時)、350名以上負傷、100名前後が重症という緊急事態に、パリの多数の病院でスタッフ総動員、オペ室がフル稼働となる戦時中のような中で、(直前までストしていたはずの)多くの開業医たちがこれらの病院に自主的に応援に駆けつけ、病院スタッフと協力して診療を行った。
・このような、外部の医師が駆けつけて大病院の診療を手助けする仕組みはフランスでは「ホワイトプラン」と呼ばれ、1986年と1995年にパリで起きたイスラム派テロ事件の際に編み出された。もっとも、過去のテロ事件の犠牲者は、今回と比べれば圧倒的に少ないが。
・今回、「ホワイトプラン」が奏功したということは、救急医療の現場も太鼓判を押している。その上、パリ市民もまた、何時間も長蛇の列に並んで献血をするなどの形で貢献した。見知らぬ医師同士の連携協力も見事だったという。まさに「戦争の真っ只中のような悪夢」とも呼ぶべき、劇的な展開だったと救急部長たちは口を揃える。
・2015年1月のシャルリー・エブド事件の際もそうだったように、今回のテロ以降も、人々の傷ついた心身を癒すために開業医の役割は今後ますます大きくなるだろう。特に、事件の被害者が過激思想に傾倒していくことのないようにケアすることが重要である。
避難民(フリュヒトリンゲ)については、フランスの医師たちは口が重い。避難民への人道支援活動をする医師もいる反面、今後もし避難民としてのバックグラウンドを持つテロリストが増えてくると、フランス国内で難民問題に関する議論自体がままならなくなってくるだろう。


テロ当日の朝、フランスの医師たちのストが予定されているという報道は確かにありました(→世にも奇妙なフランス・ボルドー体験(1)…テロの影響で中止となったエリック・ボンパール杯に行ってきました)。その彼らがスト返上のうえ大病院に駆け付けて診療したこと、そしてそのような診療スタイルである「ホワイトプラン」が元々過去のイスラムテロの経験から生まれ、今やフランスですっかり定着しているということ、その上に国民が条件反射のように献血に並ぶという話を読むにつけ、フランスという国の救命救急の背後に存在する社会事情のあまりの厳しさにビックリしてしまうのでした。

また、最後の段落に出てきた「フリュヒトリンゲ」(避難民)は、当サイトのコラムで何度か扱ったテーマとしてお馴染みです。日本でいう年末恒例の「今年の漢字」に近いドイツの「今年の言葉」で昨年1位に選ばれたばかりの単語であり、今年も欧州全体を支配するキーワードであり続けることは間違いなさそうです(→ドイツ語圏の流行語大賞ならぬ「今年の言葉」が如実に物語るドイツ・スイス・オーストリアのそれぞれの事情、→「今年の漢字」のドイツ版に相当?「今年の単語」に選ばれた「フリュヒトリンゲ」が巻き起こした論争の意味)。なお、ドイツ版「今年の言葉」は1971年からの長い歴史を誇るのに対し、フランスでも34年遅れとなる2005年から「今年の言葉」の選出を行っており、昨年の大賞は「Laïcité」(信教の自由)と「Liberté (d’expression)」(表現の自由)という、いかにも昨年のフランスの事情を反映した、ドイツ版とはかなり方向性の異なる2語でした。前者が審査員選出、後者が一般投票による選出だそうで、フランス版はこのように毎年2語を選出するスタイルのようです。

話は戻って前述のドイツ版医師会報に少し補足すると、フランスの非常事態時の救命救急体制において、偶然近場に居合わせた医師が近隣病院に駆けつけ即席診療を行うのが「ホワイトプラン」ですが、同様に近場にいる消防士・救命救急士が助っ人として駆けつけるシステムもあり、そちらは「レッドプラン」と呼ばれています。白衣が白で消防車が赤、と覚えれば良いでしょうか?テロが頻発するフランスだからこそ年々その運用が有機的かつ有効に機能するようになってきたこの有事特有の診療体制が、大震災こそあれ、大規模なテロ事件となると1995年の地下鉄サリン事件までさかのぼる日本でも同様に機能するのかどうか、気になるところです。今回のパリのテロの際にはパリ市民が自宅を開放して被害者を匿ったりケアしたという報道もありましたが、日本の住宅事情だとそうもいかないのではないでしょうか。また、部外者たる「流しの医者」の診療を許す法的整備がどうなっているのかも気になります。これは医療従事者のみならず、私たち全員が日ごろから考えておいた方がよい重要なテーマなのではないかと、ドイツの新聞を読んでつくづく考えさせらました。

さて、私の医師としての心構えを大きく動かしたこのパリの美談の”ブルターニュのお医者さんの駆けつけ診療”ですが、実は今、その舞台となったジョルジュ・ポンピドゥー欧州病院(HEGP)が超どエラいことになっています。その件については、来週に続きます。


<参考サイト>
LE FESTIVAL DU MOT:Mot de l'année 2015(フランス版「今年の言葉2015」)
http://www.festivaldumot.fr/article/le-mot-de-l-annee-4fe0726ebe733

Les Echos(2015年11月15日):Attentats à Paris : hôpitaux et urgences ont réussi à absorber le flot de blessés
http://www.lesechos.fr/politique-societe/societe/021477755219-hopitaux-et-services-durgence-sur-le-pied-de-guerre-apres-les-attentats-a-paris-1175162.php
(ホワイトプランとレッドプランについての説明がわかりやすい)

ニュース専門チャンネルEuronewsフランス語版(2015年11月15日):Le responsable des urgences de l’hôpital Georges Pompidou à Paris raconte
http://fr.euronews.com/2015/11/14/le-responsable-des-urgences-de-lhopital-georges-pompidou-a-paris-raconte/
(本文内で紹介したドイツ版医師会報に出てきたジョルジュ・ポンピドゥー欧州病院の救急部長本人がフランスメディアのインタビューに応じたもの。ブルターニュからの流しのお医者さんの話も途中でチラッと出てくる)
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