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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2016/01/08

ドイツでは何故「ハッピーニューイヤー」を「グーテン・ルッチュ(良い滑落を)」などと言うのか?

2016年の幕開けを、皆様はどのように過ごされたでしょうか。ここのところ正月はずっと海外だった私も、今回のお正月は久しぶりに日本で、それも某病院の当直業務をしながら迎えました。大学病院勤務の頃は年末年始も病院に缶詰というのが当たり前だったのですが、それは決して自らの意思ではありませんでした。むしろ、平日もろくに家に帰れないのに正月も休ませてもらえないという、日本全国の勤務医に共通であろう過重労働に対する恨み節を心の奥にグッとしまい込めながら、眠い目をこすってイヤイヤ働いていたという面は否定できません。それが今回、超久しぶりの日本のお正月を何と自らの意思で病院当直しつつ迎えようというのだから、人の心とは実に予測不能かつ奥深いものと言うべきでしょうか(笑)。

(当直マニュアルを読み込む臨戦態勢のIBC岩手放送のオラ君…将来はお医者さんになるつもりかな?)

私にこのような劇的な心境の変化をもたらしたキッカケといえば、直近のコラムを継続して読んでいただいた方ならピンと来たのではないかと思いますが、あの昨年11月13日のパリにおける同時多発テロ事件に他なりません(→世にも奇妙なフランス・ボルドー体験(1)…テロの影響で中止となったエリック・ボンパール杯に行ってきました、→世にも奇妙なフランス・ボルドー体験(2)…非常事態宣言下のジャン・ムーラン記念館から見える世界、→世界最頻出テロ用語は日本語?!「KAMIKAZE」大合唱の仏メディア、「NINJA」大流行のテロリストのアカウント名)。このパリの事件を(パリではなくボルドーではありましたが)フランス滞在中に目の当りにしたことは、私の心境も人生観も大きく動かすことになりました。しかし、そのあたりについては来週の記事にて別の事件と絡めて説明することとして、今週は別のお話をしたいと思います。

年末年始の挨拶とくれば、日本では「よいお年を」「明けましておめでとう」「ハッピーニューイヤー」などと言いますが、ドイツにも同様に決まった表現があります。それが今回のテーマ、「グーテン・ルッチュ(Guten Rutsch)」です。「ルッチュ」とはドイツ語で「滑落、山崩れ、地滑り」といった意味なので、直訳すると「うまく滑ろう」はたまた「良い地滑りを」という妙な表現になってしまいます。実はこの表現、正確には「Ich wünsche Ihnen einen guten Rutsch ins Neujahr(私はあなたに新しい年への良い滑り込みを望む)」の省略形なのですが、あまり他国では聞かない独特の言い回しであることに変わりはありません。そして、これはドイツでは他の季節にはまず聞くことがない、年末年始の時期のみ、友人や同僚の間だけでなくスーパーでの会計の際とかで赤の他人に対しても乱発される決まり文句でもあります。

では、ドイツではどうして新年を迎える際に「良い地滑り」など望むのでしょうか?どうして「ルッチュ」などという、日本なら今の時期の受験生の前では決して口にしてはならない、縁起でもない単語が使われるのでしょうか?これは私にとって長年の疑問でもありました。そしてついに昨年の暮れ、そんな私の疑問に答えてくれるドイツの新聞記事を偶然発見することができたのでした。以下にその記事をかいつまんで要約して紹介します(筆者和訳、要約部分は青字)↓。

アウグスブルガー・アルゲマイネ新聞(2015年12月30日):Silvester 2015 - Guten Rutsch! Aber warum wünschen wir uns das eigentlich?(2015年大晦日 - グーテン・ルッチュ!しかし、そもそも私たちはどうしてグーテン・ルッチュなんて望むの?)
http://www.augsburger-allgemeine.de/panorama/Guten-Rutsch-Aber-warum-wuenschen-wir-uns-das-eigentlich-id36467757.html?view=print
・年越しに「グーテン・ルッチュ」(良い滑落)と私たちが声をかける相手は、親戚、仕事仲間、郵便配達員から小売店員まで、実に幅広い。しかし、彼らは正確には一体どこへどのように滑っていくべきなのか?そして何よりも:私たちはどうしてよりによって「滑落」などという単語を使うのか?「行く」とか「飛ぶ」ではダメなのか?この「良いルッチュ」という表現は、ドイツ以外の国には存在しない。
・「ルッチュ」とは大晦日の日から元旦へ、雪深く氷も這ってケガしやすい冬の季節において「無傷で新年に滑りこむ」ということを指しているのは間違いなさそう。しかし、本当に冬の天気がこの表現の成因なのか?
・実は、この表現は凍った路面とも雪解けのぬかるみとも関係ない。言語学者の研究によれば、以下の二つの説が有力である:
1) ユダヤ人の新年の挨拶である「良い頭を」を意味する「グーテン・ロッシュ(guten rosch)」から派生した。
 ヘブライ語で「新年」を「Rosch ha Schanah」(直訳すると「年の頭」つまり年頭)という。ただし、ユダヤにおける新年は9月である(9月の何日であるかは毎年変わる)。
2) 「ルッチュ」とは「Reise」(旅行)という単語と同義である。
 既に19世紀の北ドイツ方言では、「グーテン・ルッチュ」が旅立つ人への別れ際の表現である「よい旅を(Gute Reise)」の意味で使われていた。デューデン独独事典にも、「ルッチュ」の項に”古語・俗語”という注釈付きで「小旅行、遠足、訪問、散歩」などの同義語が載っている。


なるほど、ユダヤの新年の挨拶「グーテン・ロッシュ」は確かに似ており、説得力あります。そして、かつての北ドイツ方言というもう一つの説も、南ドイツほどの豪雪地帯ではない北ドイツにおいてなら「ルッチュ」という単語もさほど縁起悪いとして忌避されることはなかったのだろうと考えれば、それもアリかなと思います。表現の成り立ちに関する背景が分かってみると、今年の年末にまたドイツ全土で飛び交うであろうこの表現も今までとは違う新鮮さが感じられそうで、既に今から年末が楽しみになってきました(笑)。

今年は日本にとって大きな転機となるでしょう。皆様が新しい年にうまく「ルッチュ」したであろうことを信じつつ、2016年が言葉通りの「滑落」ではなく、真に希望のある「旅立ち」の年になるよう、頑張っていきましょう!これを以て、私からの”ドイツ風の新年のご挨拶”に変えさせていただきたいと思います。
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