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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2015/09/04

8月の黙祷(2)…35年前のボローニャ駅爆破テロ事件を豊中で語った夏

先週は、甲子園の高校野球大会において毎年行われる8月15日正午の黙祷について、写真も交えてエピソードを紹介しました(→8月は黙祷の季節(1)…終戦記念日の甲子園はドラマが満載!)。しかし、8月に黙祷するのは日本だけではないようです。とはいっても、今回ご紹介するような海外における「8月の黙祷」は、日本ではさほど知られてはいないのではないでしょうか。そのようなエピソードでも、私の人生の中では回りまわった末に妙な形で結局は野球につながってしまうという、今年の8月末に実際に経験した不思議な体験が今回のテーマです。

まずは、私がその「8月の黙祷」に遭遇した1年前の経緯をご紹介しましょう。2014年7月末から8月初旬、私は恒例の出張でイタリアのボローニャという街に滞在中でした。そうです、日本でも人気の高いパスタ料理「スパゲッティ・ボロネーズ」(いわゆるミートソースのこと)でも知られる、あのボローニャです。そしてある日、以下のような文言の横断幕に遭遇したのでした↓:


PER NON DIMENTICARE
BOLOGNA, 2 AGOSTO 1980-2014  XXXIV
ANNIVERSARIO DELLA STRAGE ALLA STAZIONE

DIMENTICAREは「忘れる」(英語のforget)の意味なので、PER NON DIMENTICAREは「忘れないために」(not to forget)ないし「忘れない」(don’t forget)となります。2 AGOSTOは8月2日の意味で、XXXIVは34、つまり34周年です。しかし、私が咄嗟に意味が分からなかったのは、STRAGEという単語です。私が知っている似た響きのイタリア単語といえば、髙橋大輔さんがバンクーバー五輪で銅メダルを獲得したときのフリー演技の曲「ラ・ストラーダ」(la STRADA=「道」)という程度です。1980年8月2日にどうやらボローニャで何か大変なことがあったらしい、ということだけは想像できましたが、「ストラーダならぬ、ストラーゲって何?」というのが第一印象でした。

そして、ホテルに戻って調べてみて愕然としました。まず、発音は「ストラーゲ」ではなく「ストラージェ」でした。そして、その意味は何と「大虐殺」(英語でいうmassacre)という恐ろしい単語だったのです。ボローニャ市民の心に今も深い傷を残していると言われるこの8月2日の事件については、日本語版Wikipediaの冒頭に説明があります(引用部分は青字、強調は筆者)。

Wikipedia日本語版 - ボローニャ駅爆破テロ事件
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%83%A3%E9%A7%85%E7%88%86%E7%A0%B4%E3%83%86%E3%83%AD%E4%BA%8B%E4%BB%B6
ボローニャ駅爆破テロ事件(ボローニャえきばくはテロじけん、イタリア語: Strage di Bologna)は、1980年8月2日朝にイタリアのボローニャにあるボローニャ中央駅で起きたテロ事件である。これにより85人が死亡、200人以上が負傷した。

うーむ、85人が死亡とは尋常ではありません。それにしても、60~70年代ならイタリアに限らず世界中でテロが横行していたように記憶していますが、80年代に入ってからもイタリアでこのような事件があったとは、恥ずかしながら私は全く知りませんでした。これは、8月2日に駅に行ってこの目で見なくては…と思い立ち、当日さっそく足を運んでみました。

まず、当日の朝、駅前広場はそれはもう凄い人、人、人…でした。駅に近づくこともできない人々が、歩道や道路に溢れており、警察官は交通規制に追われています↓。


警察や警備の人々の間をかき分けて広場内に入ると、金網に犠牲者たちの名を冠したコーナーがいくつも設置され、遺族ないし一般の人々が犠牲者宛にしたためた手紙が貼られていたり(左下写真)、それを精力的にカメラに収めるテレビ局のカメラマンの姿もありました(右下写真)。



そして、運命の時刻がやってきました:

午前10時25分…これこそ、ボローニャ市民にとっては忘れようにも忘れられない時刻です。8月6日の広島市民にとっての8時15分や、8月9日の長崎市民にとっての11時2分にも匹敵する意味がそこにはあります。

甲子園球場のようなサイレンこそ鳴らなかったものの、人々は真っ青な空と白い雲の下、こうして運命の時刻に黙祷を捧げたのでした。

しばらくしてから、私は駅舎の中に入ってみました。このような一大セレモニーの中でも、駅そのものはちゃんと”営業中”であり、重そうなカバンを抱えた旅行客がホームや待合室で列車を待っていました。

左上の縦長の写真は、1980年当時の爆破された駅舎の壁の亀裂をそのまま残す形で記念碑化されたモニュメントです。そして、柵で囲われた中に花が供えられている部分の床が黒く凹んでいますが(右上写真で岩手放送のオラ君の顔がある辺り)、これが実はその爆破によって地面にできたクレーターそのものです。35年前、ここに客が放置したスーツケースは、10時25分に作動するようタイマーが仕掛けられた爆弾でした。往年の悲劇の現場をかくも間近に目撃する機会はそうあるものではなく、人間どこで何に巻き込まれるか分かったものではないと痛感しました。このように過去をそのまま保存して残す手法は広島の原爆ドームを思わせますが、原爆ドームは立ち入り禁止なのに対し、この駅舎はいまだ現役です(ただし立て替え予定あり、新駅舎は日本人のデザインになるそうです…詳しくは参考サイト参照)。

記念碑には全85名の犠牲者の名前と年齢が刻まれています。オラ君が見つめる先には、当時早稲田大学の学生でフィレンツェに留学中だったという20歳の日本人男性の実名も確認できます。この学生は11時11分発の列車でヴェネチアに向かうべく、この駅舎で腹ごしらえをしながら待っていたのだそうです。

なお、この日の朝のニュースでかつての事件直後の映像が流れてきていました。いずれも白黒映像というところが、時代を感じさせます。以下に、事故当時の映像を左に、昨年の8月2日の映像を右に並べ、時代の流れを感じていただければと思います:

(左:爆破のあった駅舎の壁が崩れ、その左隣の1番線は庇が一部崩落している。右:その1番線ホームを反対側から撮ったもので、爆破のあった駅舎は左側)

(左:1番線の線路上に積もったガレキを撤去しようとする警官や駅員たち。向こう側の2番線ホームでは、溢れんばかりの旅行客が固唾をのんでその様子を見守っている。右:逆光のオラ君の向こうにその2番線ホームが見えるが、全くの平常モードである)

さて、この1年前のボローニャでの黙祷体験、当時の私にとっては大変な衝撃でもあり、後日のリサーチを通して学んだことも多く、我が人生にとって忘れられない貴重な思い出となりました。しかし、あれから1年、まさかこの日本で再びこの「ボローニャの黙祷」が議題に上る日が来ようとは思いもよりませんでした。それは、この記事が掲載される頃がまさにスーパーラウンド(決勝進出ないし5位6位順位決定戦)の真っ只中であるはずのU-18ベースボールワールドカップにおいて、日本の入っていないグループBの試合をたまたま観戦した際の思わぬ出逢いがもたらした出来事でした。

上写真は8月30日(日)、大阪の豊中ローズ球場で行われたグループBの一次ラウンド「カナダvsイタリア」でのイタリア国歌演奏時の様子です。私は例によって例のごとく、連れて行った岩手放送のオラ君がイタリアカラーなので、下のような写真を撮って遊んでいたところ、イタリアの応援席にいたイタリア人たちにエラく喜ばれてしまったのでした(笑)。

そして、「この子の写真を撮らせてくれ」と言われたことから始まった某イタリア人夫婦との会話の中で、彼らがイタリア代表の主力選手の両親であることが判明します。息子の応援にかこつけて2週間の休暇を取り、夫婦で連日イタリア戦の応援に駆け付けているようです。これはイタリアの高校野球事情について教えてもらうまたとないビッグチャンス!とばかりに根掘り葉掘り話を聞き始めた私でしたが、最後に彼らが自分たちの自宅を「エミリア・ロマーナ州」「ボローニャの近く」と言った瞬間、以降の議題が全く変わってしまったのは言うまでもありません。ボローニャはエミリア・ロマーナ州の州都です。彼らもまた、一年前の「ストラージェ」を忘れまいとボローニャで黙祷を捧げて来た日本人に、まさかこの日本の野球場で会うとは思いもよらなかったようで、思わぬ方向に話が弾んだのでした。

この試合は8回コールドで0-10とカナダに大敗してしまったイタリアでしたが、初戦のキューバ戦が1-4という善戦だったこともあり、イタリアにおける恵まれているとはお世辞にも言い難い高校野球事情を知ればなおさら、今回のイタリア代表チームの坊ちゃんたちはなかなか健闘していると言えるでしょう。同時に、野球界では欧州ナンバーワンの座を常にオランダと争っているイタリアがこの調子であるということは、野球というスポーツが北米や日本・韓国・台湾などのごくごく一部の国を除けば世界にとっていかにマイナーな存在であるかを如実に物語っています。そして、この現状が変わらない限り、2020年の五輪における野球は一度限りの復活に終わることは間違いありません。

今後、もし野球の世界大会を見る機会があれば積極的に足を運ぼう、イタリアに限らず他の国の応援団の話も聞いてみたい…そう実感した2015年の8月は、例年にない充実感を残して過ぎていったのでありました。


<参考サイト>
ボローニャ草の根情報サイト エミリア・ボローニャ! 「ボローニャ中央駅」
http://www.emilia-bologna.jp/citta/05_stazione.html

ボローニャの四季-イタリア歴史都市のいま 「第6節 ボローニャはテロリズムを忘れない」
http://www.fukushi-hiroba.com/magazine/book/essay/bologna/030919_bologna.html
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