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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2015/08/28

8月は黙祷の季節(1)…終戦記念日の甲子園はドラマが満載!

今月の8月15日正午、私は甲子園球場のスタンドに立っておりました。終戦記念日の正午といえば、全国高等学校野球選手権大会の行われる甲子園球場では毎年、正午にサイレンを鳴らして黙祷が行われるのは皆様ご存じの通りです。ここ数年、終戦記念日を甲子園球場で迎える年が続いている私にとって、今年は黙祷がどのタイミングで行われるのかも大いに気になるところでした。そんな黙祷の瞬間が、今年は大会第10日の第2試合途中にやって来ました。


まず11時半頃、第2試合「鶴岡東(山形)vs花咲徳栄(埼玉)」の3回裏終了時点のタイミングで、「きょう 8月15日は『終戦記念日』です 正午にサイレンで合図いたしますので ご協力をお願いいたします」という表示とともにアナウンスが流れてきました。「おっ、いよいよか…」と、観客の心も引き締まります。そして、肝心の正午が刻々と近づいてきました。

しかし、5回裏が終了したのは何と11時55分過ぎでした。引き続き、6回表を迎える前の恒例のグラウンド整備が始まりました(下写真左)。このままでは、果たして黙祷は正午に間に合うのでしょうか?スコアボードには合唱団の大会歌斉唱やポスターコンクール入賞作品にキャッチフレーズコンクール受傷作品の映像が慌ただしく流れてきました(下写真右)。


グラウンド整備の阪神園芸のお兄さんたちのお仕事ぶりは元々キビキビしているのですが、この日は正午というタイムリミットを意識してか、いつもにも増して人数も多く、特段スピードアップしているように見えました。


そして、グラウンド整備自体は何とか正午寸前ギリギリに終了し、花咲徳栄ナインと各審判がそれぞれの位置に就くのを待って、鳴り響くサイレンのもと、黙祷は見事に正午に間に合ったのでした(上写真左)。そして、黙祷終了後、花咲徳栄の投手の投球練習(上写真右)や守備のボール回しを経て、無事に6回表の鶴岡東の攻撃が始まりました。

かなり慌ただしく間に合わせた感があった今年の黙祷を見て、ついつい思い出さずにいられなかったのが、正午に行うことができなかった昨年の終戦記念日の黙祷でした。というのも、西日本で猛威をふるった台風11号の影響により2日遅れの8月11日に開幕を余儀なくされた昨年の選手権大会の場合、8月15日はまだ大会第5日目に過ぎず、しかもこの日がたまたま3試合日だったからです。通常の4試合日であれば正午の黙祷はだいたい第2試合途中に来るものなのですが、3試合日の場合は第1試合が9時半開始のため、第1試合と第2試合の間あたりで正午を迎えてしまいます。


これは昨年の終戦記念日の第1試合途中、11時半頃のスコアボードです。「きょう 8月15日は『終戦記念日』です 戦争で亡くなられた方々のご冥福をお祈りして黙とうをいたします」という恒例の告知に引き続き、「なお応援団の入退場と重なった場合 危険防止のため黙とうは 第2試合開始直前に行います」という、例年ならあまり見ることのない表示が続きました。


かくして2014年の夏、黙祷が行われたのは12時15分でした。第2試合「開星(島根)vs大阪桐蔭(大阪)」は、この黙祷が終了してから試合前の整列と挨拶が行われました。それまでに登場した近畿勢4校が全敗する中で初戦を迎えた大阪桐蔭は、一回裏にいきなり4点を失うなどヨロヨロした立ち上がりで超満員の地元民の観衆をビビらせたものの、2回以降は何とか立ち直り7対6と薄氷の1点差で勝利、最終的には全国制覇も果たしたのでありました。

なお、これと全く同じパターンで、終戦記念日が3試合日だった大会がもう一つあります。それがちょうど5年前、興南高校春夏連覇の2010年、第92回大会です↓。その試合とは、まさにその興南の2試合目でもありました。


こちらは、2010年の選手権大会第9日第2試合「明徳義塾(高知)vs興南(沖縄)」の試合開始前、黙祷となる直前のスコアボードです。この年の興南が結局はこの大会を制して春夏連覇を達成したことは、嫌でも先述の大阪桐蔭とダブって見えてしまいます。正午に黙祷できなかった2チームが揃いも揃って全国優勝とは、何たる奇遇でしょうか(笑)?なお、この日の12時ちょうどといえば、両校が試合前ノックを終了した直後あたりのタイミングでした。肝心の黙祷は、両校がアルプススタンドの応援団への挨拶を済ませた後、12時7分頃に行われました↓。


この2010年の黙祷は、なかなか珍しい光景でもあります。この写真は黙祷開始の瞬間ですが、向こう側の興南サイドとは若干様相が異なり、手前の明徳義塾サイドは横一列の選手・監督・部長・スコアラーのみならず、その左後方の明徳控え部員から成るボールボーイまでも、全員が会釈のような礼をしているのです。サイレンの鳴り響く一分間、明徳義塾サイドはずっとこの姿勢を保持していました。戦争で亡くなられた方々を思い浮かべ、平和の世の中で思う存分野球が出来ることの有難さを噛みしめつつ、頭を垂れる…明徳義塾はこの瞬間を迎えるにあたって、事前にミーティングでよく話し合い、チーム内の合意を形成した上でこのスタイルの黙祷に臨んだのでしょう。まさに明徳らしさ全開のワンシーンでした。

さらに甲子園の黙祷にまつわる最も有名なエピソードといえば、徳島商(徳島)時代の川上憲伸(中日→アトランタ・ブレーブス→中日)ではないでしょうか。今から22年前の1993年8月15日、第75回大会の第7日第2試合「徳島商vs久慈商(岩手、現・久慈東)」は徳島商の初戦でした。大会7日目第2試合というのは出場49代表中47校目と48校目の対決という究極の遅い登場でもあり、ただでさえ調整が難しい日程です。甲子園入りしてから全くピッチングの調子が上がらなかったという”悩める若き川上投手”は、雨天の中を進行したこの試合の7回終了時点までに大量7点を奪われたのですが、8回表にやってきた正午の黙祷を境に自分を取り戻すことができたそうです。敗色濃厚だった試合の流れもここで変わり、チームは8回裏一死から一挙7得点で同点、9回裏には1点を挙げて逆転、8対7という劇的なサヨナラ勝ちを収めました。この試合については、昨年の週刊朝日の増刊号「甲子園2014 第96回全国高校野球選手権大会」の128ページに掲載された川上憲伸投手の回想が大変参考になるので、以下にその部分を引用します(引用部分は青字、強調は筆者):

 転帰は突然訪れた。8回表、川上がマウンドに登ると球場にアナウンスが入り、観客がぞろぞろと立ち上がり始めた。この日は8月15日、正午の戦没者慰霊の黙祷の時間が訪れたのである。
 しかし川上はそのことを全く知らなかった。試合前にそういう行事があることを知らされていなかったという。
「だからビックリしたんですよ。いきなり『今日は終戦記念日で……』みたいなアナウンスがあって、みんな立ち上がり始めるじゃないですか。なにするの?どうするの?ってマウンドで戸惑っていました」
 お客さんの見よう見まねで帽子を取り、マウンドで目を瞑った。
「そこで初めて落ちつけたんですよ。ああ、甲子園に来て試合やってるんだって」


(甲子園のマウンドで黙祷中の川上憲伸投手。参考サイト末尾YouTube動画1/3より)

パニックに陥っていた川上投手に自分を取り戻させたこの終戦記念日のサイレンと黙祷がなければ、後の中日の大エースも生まれなかったかもしれないと考えると、世の中はつくづく不思議な因縁に満ちています。この記事の中で川上投手は、その輝かしくも長い球歴の中で、この試合は「5本の指に入る」とも述べています。他方で、今年の5月の日刊スポーツにこの試合で投げ合った久慈商・宇部秀人投手のインタビューが掲載されましたが、当時167cm65kgで”北の国の小さな大投手”の異名を持っていた宇部投手の感想は「やっぱり甲子園には魔物がすんでいた」だったそうです↓。

日刊スポーツ(2015年5月19日):<久慈商 宇部秀人投手>川上打っても消えぬ不安 間が取れず7-0から悪夢
http://www.nikkansports.com/baseball/column/tohoku-koshien100/news/1478965.html
(宇部) あの回のことは本当によく覚えていないんです。今思えばどこかで「間」を取れればよかったんですが、その取り方が分からなくて。早い回に一塁走者をけん制をした時、審判から「余計なけん制はしないように」と注意されたんです。こっちは田舎の子だから、ああ甲子園ではけん制してはいけないんだと素直に思い込んでしまった。プレートを外してひと呼吸置くこともできず、単調に1、2、3で投げる。打たれる。そんな状態でした。

野球の試合のピンチにおいて「間」を取ることの重要性は言うまでもありませんが、徳島商にとっては正午の黙祷がまさにその「間」だったことになり、しかもその瞬間を守備位置で迎えたことが大きかったということが、この両記事の比較からは浮かび上がってきます。また、この比較でさらに興味深かったのは、先述の週刊朝日増刊号の中に出てくる川上投手の「正直、細かい記憶は8回からしかないんですよ。淡々と進んでいって、せっかく甲子園まで来てこんな形で負けるのか、恥をかきに来たな、という感じですね」というセリフが、上記の宇部投手の「8回のことはよく覚えていない(中略)単調に投げて打たれた」というセリフと完璧に対応していることです。片方は8回より前の記憶がなく、他方は8回以降の記憶がない…あちらは単調に、こちらは淡々と…これではまるで、川上投手と宇部投手が黙祷のサイレンを合図にソックリそのまま入れ替わったかのようです。記事中の宇部投手の「日本にとっては終戦の日だけど、おれらにとっては高校野球が終わった終戦記念日だなって話してました」というコメントもまた実に言い得て妙ですが、その背後には「あの黙祷のタイミングが多少なりともズレていたら…」という意識も潜んでいたかもしれません。

甲子園の高校野球における黙祷ひとつとっても、かくもドラマが満載です。しかし、8月の黙祷といえば、私が思い浮かべることはもう一つあります。それについては来週に続きます。


<参考サイト>
Wikipedia日本語版:第75回全国高等学校野球選手権大会
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC75%E5%9B%9E%E5%85%A8%E5%9B%BD%E9%AB%98%E7%AD%89%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E9%87%8E%E7%90%83%E9%81%B8%E6%89%8B%E6%A8%A9%E5%A4%A7%E4%BC%9A

YouTube - 93想い出甲子園 久慈商業×徳島商業 1/3
https://www.youtube.com/watch?v=mpI6dFmGKC0
YouTube - 93想い出甲子園 久慈商業×徳島商業 2/3
https://www.youtube.com/watch?v=bFvUXllo9VM
YouTube - 93想い出甲子園 久慈商業×徳島商業 3/3
https://www.youtube.com/watch?v=BHvwbzLdXGg
(以上1/3~3/3の動画は両チームの選手・監督が試合を回想する番組。試合のポイントが詳細に説明されている。冒頭にサイレンと黙祷のシーンが出てくるが、「黙祷」そのものが果たした役割についてはこの番組では全く触れられていない)
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