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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2015/07/24

フランスにて腰を抜かす(1)…ル・モンドの社説が凄いことになっている件

先週、久しぶりにフランスのパリに滞在する機会がありました。といっても、年始のシャルリー・エブド事件、中国人をターゲットにした犯罪がパリで増加しているという報道、さらには最近メディアで取り上げられた日本の芸能人がフランスで受けた東洋人差別に関する記事などにビビった訳でも何でもなく、たまたま今回はフランス経由でドイツに戻ることになったというだけの、純然たる偶然でした。しかし、久々に足を踏み入れたパリ、相変わらず素敵な街でした。初めて泊まったホテルではありましたが、従来のパリ滞在時に比べてホテルのスタッフが妙に親切だったのは、ひょっとして最近のキナ臭い世相と激動の経済危機の反動の一種だったのでしょうか?単に私が鈍いだけなのかもしれませんが、レストランでも特に差別された感触はありませんでした。食べ物はひたすら美味しく、買い物もモノによってはドイツよりも安く上がり(←これはこれで後日別の記事で取り上げる予定)、すっかりウキウキで私はパリを後にしてドイツに向かうことになるのでした。

しかし、驚きの瞬間は、その移動の電車の中でやってきました。車掌さんが無料で配布して回っていたフランスの新聞「ル・モンド」を私も一部いただき、中をパラパラとめくっていたその時でした。同紙22面の社説記事において、このような内容が目に飛び込んできたのです↓。

ル・モンド2015年7月19日(日)/20日(月)合併号22面社説:”Le Japon sort de sa posture pacifiste”(日本が平和主義者の看板を下ろす)
http://www.lemonde.fr/idees/article/2015/07/18/le-japon-sort-de-sa-posture-pacifiste_4688342_3232.html


上記はリンク先のル・モンドのホームページに掲載された電子版からのスクリーンショットなので写真が付いていますが、紙媒体の方には写真はなく、単なる活字の羅列でした。なお、上記の電子版で公開されているのは全文の29%に相当する183単語999文字(スペース込)だけであり、残りは有料記事となります。続きを読みたい人は、リンク先の黒い枠にクリックして手続きを進め2ユーロ(約270円)を支払うと読めるようになるようです。さらなる強者の方であれば、いっそのこと月々の購読料19ユーロ(約2420円)を払って同紙の全てのネット記事にフリーアクセスできるようにする手もあります。ちなみに、ホームページ内に書かれている「月々1ユーロから」という甘~い言葉にはウラがあり(笑)、これは最初の月だけの特約であって3か月未満の契約には適用されないとのことですので、数字の低さに釣られないよう注意が必要であることも申し添えておきます↓。

さて、私が車内で手にしたのは紙媒体なので、当然のことながら全文を読むことが可能でした。日曜/月曜合同版の販売価格が2.20ユーロであることを考えると、この記事のネット版だけのために2ユーロをつぎ込むのはちょっと高過ぎるような気がしてしまいます。しかも、ヨーロッパの新聞では日本ネタは滅多に出てこないことを考えると、天下のル・モンドが今回その社説で日本のことを取り上げたこと自体がそもそも意外だった上に、そのタイトルが「日本が平和主義のフリをやめる」という微妙なニュアンスなものだから、座席で食事中だった私は思わずフォークとナイフを落としてしまったほどでした。かくも衝撃的な社説を書かれてしまうほど、今の日本は海外から警戒されているということなのでしょうか?

となると、この社説の全文に目を通す必要があります。原文をそのまま転載するのは法的にマズいので、ここではあえて、私の多少飛ばし気味の全文和訳だけを掲載することで、その主張が皆様に伝わればと思います(翻訳部分は青字、筆者注釈は赤字として区別します)。言うまでもありませんが、以下の青字部分はあくまでもル・モンドのエディトリアルの見解で、私自身の意見ではないことをご理解のうえ、皆様の判断の一助にしていただければ幸いです。

<ル・モンド社説はここから↓>
「日本が平和主義の看板を下ろす」
それは、1945年以降のアジア太平洋地区の戦略において最も重大な転換点の一つかもしれない。日本は戦争のできる国になった(今は少なくとも文書レベルの話だが)。国内的なアイデンティティとして中心に据えてきた平和主義者としての歩み、かつて近隣諸国に多大な苦い記憶を残した軍国主義者・国粋主義者・植民地主義者としての過去を贖う姿などによって国外的に築かれたプラスのイメージ…そのいずれからも日本は少し離れて行こうとしている。

まさにこれこそ、自由民主党の安倍晋三首相が望んでいたことだ。首相は7月16日(木曜日)、衆議院で措置法案(”dispositif législatif”:末尾に注釈あり)を成立させた。これは、第二次世界大戦の敗戦翌日にアメリカから強いられた文言から成る1947年施行の日本国憲法に対して、新しい解釈を可能にするものである。

簡単に言うと、日本の自衛隊(国防軍)は今後は日本列島の範囲外で『同盟国』として支援活動ができることになったのだが、ここで非常にあいまいな表現が出てくる。それは、その活動の前提が「日本が存続の危機にある場合」(“la survie du Japon” soit menacée)に限られるということだ。ここで言う『同盟国』とはアメリカに他ならない…アメリカと日本は国防上の条約を結んでおり、アジア太平洋地区における集団的自衛権の柱の一つとみなされ続けている。ワシントン(アメリカ政府)はこの日本の衆議院での採決を歓迎し、北京(中国政府)は(控え目ながら)批判した。

この法案は次は参議院で採決されなければならないのだが、国民の軍隊に対する信用が高くないだけに、つまづきは許されない。安倍首相の頭痛のタネは街頭だ(Les problèmes, pour M. Abe, sont dans la rue)。デモ、陳情、知識人のアピール、世論調査…これらの方向は全て一致しており、日本国民の大多数はこの方向転換に反対である。国民は戦後平和主義に愛着があり、新しい愛国心の利害関係者なのだ。安倍首相は一体どうして、支持率低下のリスクをあえて冒すのだろうか?

左派は、安倍首相のナショナリズムを告発する。その安倍首相は、日本はそろそろ国際社会の中でその経済規模からいっても非常に控え目だった役割から脱皮して、世界第3位の経済大国に相応しい『普通の』国としての役割を追うべきだと考えている。左派は安倍首相の取り巻きの歴史修正主義者たちのこともやたら批判している。

しかし、日本を取り巻く『局地的情勢』(environnement régional)の変化として、(東シナ海と南シナ海を合わせた)シナ海における中国の軍事力の脅威に言及している点においては、安倍首相は必ずしも間違っているとは限らない。この場合に重要なのは、その紛争が日中間か否かということではなく、むしろ、北京(中国政府)の周辺国に対する一方的で往々にして荒っぽいやり方である。例えば、海・空軍の示威活動だったり、周辺諸国を威嚇するために領有権争い中の岩礁に人工島を建設して武装(その一部にはすでに砲台を設置)したりすることで、軍事介入の事由となる可能性を与えている。

以上のこと全てをひっくるめて初めて、シナ海をめぐる恒常的緊張を理解することができる。この地区はいつ何どき暴走するかわからないリスクを抱えている。この状況の中で、果たして先の木曜日の日本の衆議院における採決は果たして事態を鎮静化する方に働くのかどうか、定かではない。


以上がル・モンド社説の全容です。タイトルが日本にとってやや否定的ニュアンスを感じさせる割には、有料記事でしか読めない後半部分に中国に対する辛口批判がタップリ展開されていたのは、多少意外でした。しかし、最後の結論部分は急転直下のどんでん返しという感があります。日本人にとっては、そのどんでん返し部分の理由をもうちょっと詳しく説明してくれないと理解しにくく、その心をもう一声述べて欲しかったように思います。それでも、たった3段の枠内に非常にコンパクトにまとめられたこの記事、ル・モンド紙のスタンスもよく表れていて読み応えがありました。そして何よりも、「安倍首相の頭痛のタネは街頭だ」を含む段落は、ついこないだフランス革命を記念するパリ祭(7月14日)で祝日だったばかりのおフランスの国柄が滲み出ている表現のようにも、今のこの困難な状況下の日本を生きる一般市民に対するフランスの一般市民からのエールのようにも聞こえてくるのでした。

(写真は2008年のパリ祭でシャンゼリゼにて撮影。中央に掲げられた各国の国旗の中にロシア国旗とギリシャ国旗が見えるあたりが時代を感じさせ、2008年当時と今とでいかに世相が変わってしまったかを思うと、時の流れの速さに愕然とする)

さて、今回のパリで私が思いっきり腰を抜かした衝撃記事は、実はこの他にもありました。この時は、箸やフォークではなく、記事そのものを地面に落としてしまい、慌てて拾う始末でした(笑)。その詳細については、来週に続きます。


<注>”dispositif législatif”の訳について:今回の法案を指し示す単語として、ル・モンド本文で出てきた”dispositif législatif”をそのまま直訳して「措置法案」としました。しかし、仏仏辞典でdispositifの項を読むと、”Partie d'un acte législatif, d'un traité ou d'une décision judiciaire qui statue et dispose impérativement”、つまり「強制力をもった法的文書や条約、法的判断などのこと」という記述が出てきます。となると、今回強行採決された法案は既存の10本の法律の改正案と1本の新規法案を含む計11本であることから、「法案パッケージ」と呼ぶ方が分かりやすかったかもしれません。日本語でいう「法的枠組み」もニュアンスとしては近いかもしれません)
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