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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2015/06/05

ドイツの同性婚法制化をめぐる報道で飛び出したアイルランドの国民投票の裏話

先週の記事では、「方言禁止令」の話が思わぬ方向に脱線し、ドイツのファッション界の帝王「ルドルフ・モースハマー」の死について説明しました(→日本の「方言禁止令」で思い出した10年前のドイツファッション界の帝王殺人事件)。このモースハマー氏、ファッションの世界では決して珍しくない「ホモセクシュアル」の人物でもあったのですが、先週の記事を執筆中、いきなりアイルランドにおける「同性婚を認める憲法改正」に関する国民投票の話題がニュースでバンバン流れてきたものだから、そのあまりのタイムリーさに驚いてしまいました。5月22日のその国民投票の結果は同性婚賛成派の圧勝に終わり、以後のドイツで「同性婚」(Homo-Ehe:ホモ・エーエと読む)という単語がメディアに溢れることなったのでした:


(2015年5月26日早朝のワイドショー「ARD Morgenmagazin」より)

今回のアイルランドの国民投票では、俳優コリン・ファレル、サッカー選手ロビー・キーン、著名バンドのU2などが賛成を呼びかけ、アメリカのヒラリー・クリントンも援護射撃したようです。なお、キャスターの隣には、LGBT(=性的少数派とされるレズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダーを指す)を象徴するレインボーカラーのくちびるが見えますが、このクチビルの元々の出典は、ツイッターのようです↓:


「KISSES FROM IRELAND, ANGELA」(アイルランドから、アンゲラに口づけを)とは、ドイツのアンゲラ・メルケル首相がかねてから同性婚の法整備に対して否定的見解をテレビ等で公言してきたことを意識したキャッチフレーズです。実は、ドイツはまだ同性カップルの結婚(Gleichgeschlechtliche Ehe)を法的に認めておらず、彼らないし彼女らはフランスでいうパックス婚に相当するパートナーシップ制度(Eingetragene Partnerschaft)を2001年から利用できるようになったに過ぎません。しかし、今回のバリバリのカトリック国であるアイルランドにおける投票結果は衝撃的に受け止められており、これを機に首相を始めとする保守派の方向転換や、目下(男女の)結婚と同等の権利を得られていないドイツの同性パートナーシップの権利を引き上げる、ひいては欧州14番目の同性婚容認国となるための法整備が一気に進むのではないか、と期待されています。

先程の朝のワイドショーでは、そのあたりを短くも簡潔に説明してくれる代議士さんが引き続きスタジオ生出演となりました。フォルカー・ベック(Volker Beck)というこの人物は1960年生まれの54歳、ドイツの緑の党所属の連邦議会議員で、専門分野はLGBTを含む人権問題全般および中東問題です。本人自身、17年間の同棲の末にパートナーシップ制度でようやく2008年に入籍したフランス人男性の「夫」に、2009年に癌で先立たれた経験を持っています。以下のリンク先にベック氏のインタビューがアップされていましたので、同氏の発言を要約しつつ紹介します:

ARD Morgenmagazin(2015年5月26日):Homo-Ehe: Beck fordert Abstimmungsfreigabe im Bundestag(同性婚:ベック議員が連邦議会での投票を求める)
http://www.ardmediathek.de/tv/Morgenmagazin/Homo-Ehe-Beck-fordert-Abstimmungsfreiga/Das-Erste/Video?documentId=28506582&bcastId=435054


(ベック氏はこの問題に25年(!)の長きに渡って精力的に取り組んできたが、法改正に至ったのはこれまでたったの23項目にしか至っていない。中でも、”大連立”の政権与党一員である左派の社会民主党SPDの動きが鈍い…と話を振る司会者に対し)これはSPDに限った話ではない。そもそも、(保守のCDU/CSUと左派のSPDの三党から成る)連立与党は「(結婚制度ではなく)パートナーシップ制度における全ての不平等の排除」を政権公約に掲げている。それを、54の法律における150の項目で(異性間と同性間のパートナーシップの間に)存在する格差があるのに対し、これまでたったの23の法改正しかできなかったことは、あまりにショボすぎる。
(同性同士のパートナーシップにとって最後の障害となっているのは連立与党の中でも保守傾向の強い会派を含むCDU/CSU連合ではないかという司会者の問いに対し)連邦反差別庁(Antidiskriminierungsstelle)(←通称ADS、2006年設置のドイツ連邦家庭省の配下組織)は、法案提出を右寄りや左寄りの会派ではなく”真ん中”から発議させればよいのではないかと提案してきた。これはなかなか賢いアイデアで、各議員が(党議拘束なく)自分個人の信条に基づいて投票でき、心がグラつき気味の(CDU党首でもある)メルケル首相も心置きなく投票できるとなれば、国民、下院、上院の全てにおける多数派の意向と思われる「パートナーシップにおける法の下の平等」がようやく実現するだろう。
(これまでもそのチャンスはあったはずなのに、当時は機が熟していなかった。今は多少は状況が変わったのか?と問い正す司会者に対し)同性婚反対派のはずのCDU/CSU連合が(アイルランドの投票結果が出て以降)ウンともスンとも言って来ないという事は驚くべきこと。彼らも今頃考え直している最中というサインかもしれない。そもそも、ガッチガチのカトリック国であるアイルランドで国民の3分の2以上もの人々が同性婚に賛成票を入れたこと自体が凄いこと。それも、地元アイルランドの住民のみならず、アメリカなど他の国に出た移民のうちの数多くが、自分たちがレズビアンでもホモセクシュアルでもないにもかかわらず、わざわざ母国に戻って同性婚のために一票を投じたということが凄い。彼らがそうしたのは、事が単純に同性愛どうこうというレベルにとどまらず、現代の社会政治における「法の下の平等」を問うテーマだと気付いたからであり、それ(同性婚)は、誰かから何かを奪うものではない
(ドイツにはパートナーシップ制度おける「Sukzessive Adoption段階的養子縁組」というのがあるが、同性間と異性間とで養子の取り方は不平等か?)この制度は二重の意味で憲法違反である。というのは、この制度だと同性同士のパートナーシップの場合、カップルの片方が養子を取ったら、カップルのもう片方は1年待たないとその子を自分の養子にすることができない(=二人揃って両親になるためには手続きが1年以上かかるということ。なお、男女の夫婦なら二人同時に養父母となる)。しかし、他方で皮肉なことに、同性のカップルであれば、片方だけが養父(母)になるか、両者が(1年の待期期間の後に)共同で養父母になるかを選択できるのに対し、(男女の)夫婦が養子を取る場合にはその選択肢すらない(夫婦の片方だけが養父あるいは養母になることはできない←連れ子再婚のケースで問題になりがち)。夫婦の方が不利となるような馬鹿げた制度とくれば今度は逆に極右勢力や第三勢力に付け込まれるため、CDU/CSU連合もこのまま放置することはないだろう。


上記インタビューを読んで、皆さんはどう思われましたか?連邦の行政機関の中に「反差別庁」なんてのがあること自体が日本ではとても考えらずビックリですし、養子制度で図らずも生じている「逆差別」も不思議な話ですが、それよりも何よりも私が腰を抜かしてしまったのは、こちらのくだりです↓:

”アメリカなど他の国に出た移民のうち数多くが、自分たちがレズビアンでもホモセクシュアルでもないにもかかわらず、わざわざ母国に戻って同性婚のために一票を投じた”

「えぇ~っ、そーなのぉ~っ?」が第一印象でしたが、冷静に考えればアイルランドやアメリカを含む数多くの国は日本では許されていない二重国籍を容認しており、それゆえに起きうる事態なのでしょう。しかし、少なくとも日本のメディアでは「国外在住者ないし海外移民のこの投票に対する選挙権の有無およびその影響」という視点からの論説は全く見当たりませんでしたし、私にとってはこのインタビューを耳にするその瞬間まで、その発想すら全く思いも及ばぬ全くのノーマークでした。

Wikipediaによると、アメリカにおけるアイルランド系移民は3300万人、全アメリカ国民の約10%とあり、これは現在のアイルランドの総人口460万人弱の実に7倍強にも相当します。アメリカだけでこの数字ですから、カナダやオーストラリアにニュージーランドなどへ出た移民の数字を合わせたら、それはもう凄いことになりそうです。ちなみに、アイルランド系アメリカ人の代表的人物としてはジョン・F・ケネディ元大統領やテレビ司会者で知られるエド・サリバンなどが有名ですが、映画バック・トゥー・ザ・フューチャーでマイケル・J・フォックス演じる主人公の苗字が「マックフライ」だったことを思い出していただく方が、そのイメージ形成にはてっとり早いかもしれまん。

17世紀から19世紀にかけて、多数のアイルランド人がアメリカやカナダにカリブ海などへ移民として渡っていきました。その最も決定的な契機となった出来事は、1846年から1852年にかけておびただしい死者を出した大飢饉コレラ・赤痢の流行であり、この時期だけでも80万~100万人のアイルランド人がアメリカないしカナダに渡ったとされています。この傾向はその後もとどまることなく、1850年から1913年までにはさらに450万人が移民としてアイルランドを離れ、逆にアイルランドの人口は1840年代の850万人から1911年にはほぼ半減の410万人まで落ち込むのでした。

それでは、世界に散らばっているとされるアイルランド国籍を有する移民ないし国外在住者には、誰でも選挙権が残っているのでしょうか?調べてみたら、そのあたりの疑問に見事に答えてくれる興味深い記事に巡り合いました。これは先日の同性婚の国民投票ではなく、2009年10月2日に行われたリスボン条約(正式名称:欧州連合条約および欧州共同体設立条約を修正するリスボン条約)のアイルランドにおける批准を問う国民投票に先立ち、海外在住者の選挙権について説明した記事です。

Cafebabel.de(2009年9月28日):Lissabon: Kein Wahlrecht für irische Expats(リスボン条約:海外移住者に選挙権なし)
http://www.cafebabel.de/politik/artikel/lissabon-kein-wahlrecht-fur-irische-expats.html

全文紹介するには原文があまりに長いので結論だけ言うと、記事のタイトルが「海外移住者に選挙権なし」となっているにもかかわらず、本文には全く逆のことが書かれています!まず、そもそも海外在住か国内在住かを問わず、アイルランドにおいては、投票所に行かずに郵送で投票することが認められているのは以下の3つのカテゴリーに属する人々に限られます:

1. 海外赴任中の外交官ならびに軍人
2. アイルランドの大学に在学中の、親元の選挙区から離れて生活し(海外含む)投票所に行けない学生
3. 身体障碍や医学的理由により投票所に足を運ぶことができない者

そして、上記3つのカテゴリーに入らない者は、郵送投票はできませんが投票所での投票は可能で、海外在住のアイルランド国籍者の場合、とにかく「現地に飛んで投票」すれば、それを拒否する法律はないとのことです。本文によれば、必要なのは「ライアンエアーのフライトで帰国するためのカネとヒマと気力」の三つだそうです(笑)。ライアンエアーはアイルランドの格安航空会社で、ドイツのルフトハンザもしのぐ欧州1位の旅客数を誇り、「立ち乗り席」「機内トイレ有料化」「肥満税」などの導入を検討したりと、何かと話題を提供してくれる個性的な航空会社でもあります。

ただし、ここで気になるのは、ライアンエアーはそもそも就航先は欧州とモロッコに限定した航空会社だということです。となると、欧州に住むアイルランド国籍者よりもはるかに人数が多いと思われるアメリカのアイルランド系移民はどうなるのでしょうか?他国に移民として渡ったアイルランド国籍者の場合、その子や孫にもアイルランド国籍を付与する規定があるそうで、「この人たちが一斉に飛行機で海を渡ってきて投票しようものなら、投票結果が国の民意を大きく歪めるのではないか?」「投票に必要な情報を得にくい環境で生活している人の票を有効にして良いのか」という批判が本国アイルランドでは根強く存在するとも、この記事には書かれています。それでも、この記事の前半部分に書かれている「アイルランドにはアイルランド国籍の海外在住者の選挙権を奪う法律もなければ、在外投票を可能にする法律もない」という記述が結局は全てを物語っています。多少なりとも言葉足らずの法律の方が、人間は生きやすいのかもしれません。これは、日本にとっても他人事ではない話のように思われます。

ちなみにWikipediaによると、5月22日の同性婚の賛否を問う国民投票の投票者数は194万9725人、同日に行われた大統領の被選挙年齢引き下げを問う国民投票(反対多数で否決)の投票者数は194万9438人だったとありです(ともに選挙人登録者数は322万1681人)。同じ日に同じ場所で行われた投票でありながら投票人数に差があるところをみると、この差に相当する287人に少なからず色をつけた人数が、アメリカを始めとする世界中から投票に駆けつけた「カネとヒマと気力」の3点セットが揃った方々と見るべきでしょうか(笑)?同性婚賛成のためにわざわざ外国から投票に駆けつけた人には、大統領の被選挙年齢など興味はなさそうに思われますが、せっかく遠路はるばる来たからと票を入れて行った人がいてもおかしくはありません。それとも、2009年のリスボン条約批准時の投票者数181万6098人(選挙人登録者数307万8132人)と比べて10万人単位でグイッと増えている選挙人登録者の数字の方に意味があるのでしょうか?いずれにしても、自国民の7倍を超える海外有権者が大挙して投票結果を歪めるような事態ではなかったようで、まずはホッと一息です(笑)。

それにしても、世界中に移民を送り出している国の国民投票というのは、かくも奥が深いものなのかと感心してしまいます。きっと、スコットランドの立ち位置にも、似たような要素があるのでしょう。一見小国に思えるそのような国の投票行動が、日本も含めた世界全体を揺るがすことだってあるということでしょうか。今のところはまずドイツで同性婚法制化がどう展開するのかを見極めつつ、これまであまり興味を持って見てこなかったアイルランド情勢にも今後はしっかり注目していきたいと思った次第です。


<参考サイト>
AFP通信(2015年5月24日):アイルランドで同性婚合法化、国民投票では世界初
http://www.afpbb.com/articles/-/3049627

JA zur #Ehefueralle(@Siegessaeule)
https://twitter.com/siegessaeule
(虹色のくちびるの出典となったツイッター)

Wikipedia - Irish American
http://en.wikipedia.org/wiki/Irish_American

Europäische Geschichte Online(EGO):Emigration über den Atlantik: Iren, Italiener und Schweden im Vergleich, 1800–1950(欧州の歴史オンライン:1800~1950年における大西洋を越える移民 - アイルランド人、イタリア人、スウェーデン人の比較)
http://ieg-ego.eu/de/threads/europa-unterwegs/arbeitsmigration-wirtschaftsmigration/irial-glynn-emigration-ueber-den-atlantik-iren-italiener-und-schweden-im-vergleich-1800-1950#Irland

Wikipedia - Irish constitutional referendums, 2015
http://en.wikipedia.org/wiki/Irish_constitutional_referendums,_2015
(同性婚と大統領被選挙年齢引き下げに関して同時施行。前者は賛成多数、後者は反対多数)

Wikipedia - Twenty-eighth Amendment of the Constitution of Ireland
http://en.wikipedia.org/wiki/Twenty-eighth_Amendment_of_the_Constitution_of_Ireland
(2009年のリスボン条約批准で賛成多数)
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