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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2015/05/22

高齢化社会の救世主?ドイツ発「耳なしパン」から学ぶ歯の健康の意味

少子高齢化といえば、今や世界中で急速に進行中とされております。このことについては日本でもしばしば問題提起がなされていますが、状況はドイツも変わりません。多少の病気からはその都度逃れることができたとしても、老いから逃れられる人間はこの世には一人もいません。長く続く平和と医学の進歩が合わさると、長寿になる人間が増えるのはありがたい限りですが、そうなると今度はその人々に若い時には思いもよらなかったような肉体の劣化や心身の悩みが時限爆弾のように次々と噴出してきます。

高齢化に伴う身体不調は重いものから軽いものまで様々ですが、最も生活に直結する切実なものといえば、やはり「歯」ではないでしょうか。歯周病や虫歯なら若い人にも珍しくありませんが、差し歯やブリッジに部分入れ歯や総入れ歯、インプラントなど人工歯がからむと、そのトラブル次第では毎日の食事がうまく摂れなくなり、身体の健康を損ねることになります。このようなご時世を反映してか、最近ドイツでなかなか興味深いニュースが報じられました。ドイツの大学の研究室が「耳の無いパン」を開発したという、コチラの記事を和訳しつつ要約して紹介します↓。(以下、筆者要約は青字。写真2点はいずれも末尾参考サイトに挙げたリンク先からの引用で、ドイツ通信社dpa提供):

Die Welt (2015年5月15日):Forscher entwickeln krustenloses Brot für Senioren(研究者たちがシニア層のために”耳なしパン”を開発した)
http://www.welt.de/gesundheit/article140959300/Forscher-entwickeln-krustenloses-Brot-fuer-Senioren.html
・高齢者はパンが好きだが、人工歯の問題のために”固い耳”があるパンは噛むのも飲み込むのも苦痛だ。そこでフルダ大学(Hochschule Fulda)食料テクノロジー科のヨアヒム・シュミット教授(下写真左)と博士課程のカタリナ・フッカラー研究員(下写真右)が”固い表皮(耳)のないシニア向けパン”を開発、「ライオンパン」(Loewenbrot)と命名した(下写真左奥がシュミット教授、右手前が焼きあがったばかりのパンを手にしたフッカラー研究員)

・このパンは栄養価が高く、高齢者が特に多く必要とする食物繊維やミネラル(カルシウムやマグネシウム)を豊富に含む。それでいて、焼いても固い皮ができないため、噛む力や嚥下力に難のある人にとっては食べやすくなっている。(下写真がそのパン)

・このパンの市場投入に先立って、まずは商品化のための法人が設立された。このパンを、地元フルダのストルヒ・ベーカリーというベーカリーチェーンが先頭をきって製造販売する。「長い研究生活にあって、どんなに革新的なアイデアであっても、無事に商品化して店頭に並ぶところまでにこぎつけることのできる製品はほんの一握りに過ぎない」「耳がない柔らかいパンでここまで栄養価が高いものは、ドイツでは類を見ない」とシュミット教授は胸を張る。

この記事を見て私は思わず、今から10年前に渡独したばかりで連日カルチャーショックに見舞われていた頃を回想せずにはいられませんでした。それまでの日本での生活では、パンといえばそもそも白くてフワフワと柔らかいのが当たり前でした。それが、パンの本場ドイツやフランスに出てその日本版の常識が覆ることになろうとは、当時は微塵だに想像しておりませんでした。ドイツに住むようになったら、食事用のパンといえば黒パンばかりで、ズッシリとしたその重さの割には信じられないほど価格が安いことも衝撃でした。日本でパンと呼ばれるものは、ドイツではお菓子のカテゴリーに入る性質のものであり、ドイツの食事用パンとは全く別物であることに否応なく気付かされたものです。

その後、フランスに行く機会が増えるようになったら、さらなるカルチャーショックが待ち受けていました。本場フランスで出てくるフランスパンはさすがに黒ではなく白パンではあったものの、今度は日本では経験したことのないような強烈かつ猛烈に固い表皮部分に難儀することになったのです↓。



岩手放送のオラ君の両脇を固めるバゲットとクロワッサンは、フランスのホテルや喫茶店における朝食メニューとしてはごく標準的なものです。上の写真でも、その見た目は日本のバゲットやクロアッサンと大差ないように思えます。しかし、このバゲットが実は曲者で、中はそれこそ日本では食べたことのないようなモッチモチな食感なのですが、外側がまるで鋭利な刃物のように危険なのです。日本からフランスに行って最初の朝食で、私はついつい油断して日本のバゲットのような感覚で一口ガブッといったら、口蓋粘膜や歯茎が傷だらけになってしまいました。しかし、すかさず地元民とおぼしき周囲の老人の面々に目を向けたら、彼らフランスのシニア層の皆々様は一様に、バゲットをちぎって巨大なボウルに入ったカフェオレの中にタップリと浸してから口に運んでいるではありませんか!「ニャルホド、フランス人の朝食のカフェオレボウルがデカいのはこういう用途のためだったのか!」と、その瞬間は妙に感動して納得するのですが、そこから数か月のブランクが空いて再びフランスを訪れれば以前の教訓もすっぱり頭から抜けており、かくして私はフランス旅行の度に歯茎や口蓋を切って一週間ほど何を食べても痛くてしみるということを繰り返すという、自分の学習能力の低さを嘆く現実に直面するのでした(笑)。

今回開発されたシニア向けの「耳なしパン」は、上記エピソードにあるような「柔らかい食べ物ばかりが氾濫する日本でアゴぢからのみならず口腔粘膜の強度まですっかり落ちてしまった日本人」の典型たる私やもっと若い世代にも大いに需要がありそうです。しかも、現代日本の食事は炭水化物や糖質過剰の偏食傾向から、食物繊維やカルシウム&マグネシウムなどのミネラルが大いに不足していると言われて久しく、その意味でもこのドイツ発祥の「栄養リッチな耳なしパン」は日本の救世主になれるかもしれません!本文中に出てきた大学の研究チームが設立した「商品化のための法人」はおそらく、そのレシピに関連して幾多の特許を抜け目なく取得済みであろうと思われるので、このビジネスが一都市フルダを起点にドイツ全土からEU内外、そして世界へと展開することにでもなろうものなら、あの冒頭の写真の教授とうら若き女史には巨万の富が転がり込むのだろうか、とか、ますますドイツ経済が独走か、とか、ついあれこれ妄想を巡らせてしまいます(笑)。

ちなみに、ドイツにおけるシニア層の歯の健康の現状はどうなっているのでしょうか?それについては、良くまとまっている記事を発見しましたので、これも以下に要約して紹介したいと思います。日本のシニア層の皆様にとっても参考になる内容が目白押しです!(本文から引用の内容は青字、筆者加筆の注釈は赤字):

Medizin-Aspekte (2013年8月14日):Zahngesundheit - Zahnpflege bei Senioren - auch noch im Alter gesund im Mund (歯の健康「シニア層の歯のケア」年老いても健康な歯を手に入れるために)
http://medizin-aspekte.de/zahnpflege-bei-senioren-auch-noch-im-alter-gesund-im-mund_41918/
・ドイツの65歳から74歳までの高齢者における歯の欠損数は近年改善傾向にある(1997年時点で18本だったのが2005年に14本へ減少)。ただ、これと入れ替わるように、人工歯に関連した重度の歯周病が増加している。
・高齢者の場合はドライマウス(口内乾燥症)も大きな問題。これは、飲水量の少なさと唾液分泌量の低下が主因。ただ、糖尿病や癌などの持病からくるものや、常用薬(向精神薬やパーキンソン薬など)の副作用としてのものもある。ドライマウス自体が口腔内腫瘍の原因ともなりうる。また、人工歯の不具合が加われば、歯肉炎を通り越して一気に心血管系の重大な病気を引き起こすリスクあり。
・シニア層の歯の健康のためには、歯の衛生状態もさることながら、しっかりした食事内容も重要(流動食ばかり食べていてはダメ)。ドイツ地域健康保健組合(AOK)のアドバイザーである歯科医師ウィルヘルム・ブルク氏は、以下の注意事項を挙げる:
-6か月毎に歯科医師の診断を受け、体調や持病の治療内容の変化などについて報告する。
-最低限でも一日二回は歯をフッ素入り歯磨き粉で磨く。
-歯間もしっかりデンタルフロスで磨く。広めの隙間には歯間ブラシを。
-取り外せる入れ歯があれば、毎日しっかり洗浄を。表面を液体せっけんで洗い、ブラッシングも行う。
-食事内容は野菜・フルーツ・全粒粉に富んだビタミンの多い食事を適正量で。逆に、糖質過剰の偏った食事や間食は避ける
-水分は一日500mlほど摂取を。暑い日はもっと多く飲む必要あり。ドリンクとしては水あるいは糖質を含まないハーブティー/フルーツティーがよい。
-甘い食べ物は虫歯菌の作用により酸を産生して歯のエナメル質を溶かす。それ自体が酸を含むワイン、フルーツジュース、ソフトドリンクも同様である。ただし、これらを飲食した後にすぐに歯を磨くと、かえって痛んだエナメル質をブラシでもっと痛めることになるため、好ましくない。食後どれぐらいのタイミングで歯を磨くのが良いかについては、専門家の間でも意見が分かれている。当面は、「朝食を食べた後」と「夜寝る前」の1日2回というのが最も間違いがないタイミングである。


以上の記事の中で最も驚いたことの一つが、「飲食後にすぐに歯を磨くとかえって歯に良くない」という内容です。糖や酸が歯のエナメル質を溶かすということは、大食い番組の強豪選手になればなるほど入れ歯や差し歯が年齢の割に多くなることとも合致していますが、「自前の歯をこれ以上失いたくない」と思う人はどちらかというと、毎食後にさほど時間を置かず、マメに歯磨きに勤しんでいたように記憶しています。

それはさておき、この記事で個人的に最も印象が強かったのは、歯科治療後に「歯肉炎を通り越して一気に心血管系の重大な病気」に至るケースがある、というくだりです。というのは、最近、若干28歳のアメリカ人ジャズトランペット奏者が、サマーツアーの東京公演出演のため来日してからわずか3日後に急死したという報道を目にしたばかりだったからです。ニューオーリーンズからやって来たこの男性の名は「トランペット・ブラック」ことトラビス・ヒル(Travis “Trumpet Black ” Hill)。以下の記事を中心に、複数の報道内容から浮かび上がってくる彼のプロフィールと病状経過をまとめてみました。

The Louisiana Weekly(2015年5月11日):Trumpeter, Travis Hill dies from dental infection(トランペット走者トラビス・ヒル、歯からの感染で死亡)
http://www.louisianaweekly.com/trumpeter-travis-hill-dies-from-dental-infection/
NOLA DEFENDER(2015年5月4日):R.I.P. Travis "Trumpet Black" Hill
http://www.noladefender.com/content/travis-trumpet-black-hill-hospitalized-japan
The Advocate(2015年5月11日):‘Trumpet Black’ Hill died Monday on tour in Tokyo
http://theadvocate.com/news/12282709-123/infection-reaches-heart-kills-travis

・「1987年8月7日生まれの28歳」との報道(←満でいくと27歳の間違いではないかと思われる)。トランペット奏者兼ボーカリスト。祖父および従兄弟もミュージシャンという音楽一家でニューオーリーンズに育つ。8歳で音楽を始める。
・十代の頃に誘拐・強盗などの犯罪を起こし9年近く服役歴あり。服役中は読み書き等の学習に時間を費やし、音楽はほぼ中断。2011年に出所してからは音楽一筋、グラミー賞ノミネート歴もある従兄(「Trombone Shorty」ことTroy Andrews)との共演で音楽活動再開。更生方法は「正しく食べて運動すること」(eat right and exercise)
・4月29日にアメリカの地元で虫歯の歯冠治療を受けた(この時に細菌が血流に入った?)
・4月30日(未明?)には歯痛を押して地元ニューオーリーンズのライブハウスで演奏。同日日本へ出国。
・5月1日の朝に来日。この後、歯の周囲に膿瘍を形成。
・5月3日夜のジャズ・ライブの終了後に体調不良を訴え、東京の病院に入院。5月4日14時15分に帰らぬ人となった。死因は「歯科治療での細菌感染が心臓に達したため」(←感染性心内膜炎のことか?)
・この後には、オーストラリアとスイス(アスコナ・ジャズフェスティバル)でも演奏の予定があった。
・複数メディアに「日本は第二の故郷」と公言していた。今回の東京でのライブは(音楽での)成功の取っ掛かりとなる重要なイベントで、来日前の2週間は多忙を極めたことから、懸案の虫歯をしっかり治療する余裕がなかった(ことが死につながった)


先日(5月14日)に無くなったB・B・キングは「ブルースの王様」と呼ばれましたが、こちらのトラビス・ヒルは言うなれば「ジャズ界期待の新星」でしょうか?なお、半年前に結成したというバックバンドの名前が「ザ・ハートアタックズ」(Trumpet Black & the Heart Attacks)というのは、何だかシャレになっていません。

ドイツで誕生の「シニア向け耳なしパン」からアメリカ人若手トランペッターの「歯科治療由来の感染性心内膜炎」まで話が飛びましたが、これらを脳内で一気に繋げて勝手に震え上がってしまった私でした。ムショ帰りの青年の更生の秘訣が「正しく食べて運動する」という部分も、食べるという行為が人間の心身にとっていかに根源的な重要性を帯びているのかを教えられ、大食いについても否応なく再考させられます。よりによってわれらが日本の地で心ならずも夢を絶たれた若き苦労人トランペッターに心から冥福をお祈りすると同時に、「歯の健康を保つことの大切さは若年者もシニア層も変わりはない」というこのワールドワイドな教訓(?)を、一人でも多くの方の心に留めていただきたいと願ってやみません。


<参考サイト>
ヘッセン州営放送Hessischer Rundfunk (2015年5月15日):Ohne Kruste Das Senioren-Brot ist erfunden(耳なしのシニア向けパンが発明された)
http://www.hr-online.de/website/rubriken/nachrichten/indexhessen34938.jsp?key=standard_document_55419905&rubrik=36094&seite=1
(本文中冒頭の2枚の写真はこの記事から引用)

Facebook - Trumpet Black & The Heart Attacks
https://www.facebook.com/TrumpetBlack
(バンドの公式フェイスブックページ。故人の生前の演奏姿や追悼ライブの模様など、貴重な写真がアップされている。死因を知っているだけに、これらの写真をのぞくとどうしても故人の歯並びに目がいってしまう)

YouTube - 「Trumpets Not Guns」 by Travis “Trumpet Black” Hills and The Heart Attacks (死の1か月近く前となる2015年4月9日のニューオーリーンズでのライブの模様。曲の歌詞は本人の実体験に基づくとのこと)
https://www.youtube.com/watch?v=bAJ1qe5g-kE
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