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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2015/04/10

このままでいいのか、開成球児?!21世紀の「正岡子規争奪戦」に名乗り出よ!

第87回選抜高等学校野球大会はご存じの通り、これまた驚くべきことに当コラムで「ジンギスカン」つながりで注目してきた敦賀気比(福井)がそのまま優勝してしまいました(→神村学園から敦賀気比まで…高校野球定番応援曲「ジンギスカン」は移民大国ドイツの縮図!)。前日の2打席連続満塁本塁打で全国の注目を集めた背番号17の選手が翌日の決勝戦の8回裏に放った値千金のツーランホームランは、当日もその翌日も朝のワイドショーから夜のニュースショーまで繰り返し登場したのですが、あの本塁打のシーンで敦賀気比応援団がちょうど演奏していたのがドイツの往年の名曲「ジンギスカン」だったことに気付かれた方は少ないかもしれません。この高校野球100年の節目の年に、ジンギスカン・パワーも味方につけた敦賀気比はついに紫紺の大旗を史上初となる北陸路に持ち帰ったのでありました。そのような歴史的瞬間を彩っていたのが1979年のドイツのヒット曲であったことに、時空を超えた壮大な縁を感じずにはいられない…などと言ったら、さすがにちょっと盛り過ぎでしょうか(笑)?

盛り過ぎといえば思い出すのが、私が甲子園球場で直接観戦することのできた最初の試合、松山東(愛媛)vs.二松学舎大付(東京)です↓。


ドイツからの帰国直後は毎度のことながら時差ボケがキツく、第3試合でないとなかなか球場で観戦できないというのは昨年の春夏の甲子園と同じパターンなのですが(→大島高校センバツ初出場記念!即興カラオケにオススメの曲「安陵愛唱歌」、→甲子園に立て続く超常現象?!時空を超える因縁に思う)、今回は大会5日目第3試合における4-4の同点で迎えた7回表に辛うじて間に合うという呆れるべき重役出勤となってしまい(笑)、さすがに入場券代が勿体ないので私は迷わず無料外野席に入ったのでした。


外野席から眺める甲子園は、何度見ても変わらぬ豊かな趣があります。一年生だった昨年夏も甲子園で投げていた二松学舎大付の大江竜聖投手(上写真)は、今年は堂々たる背番号1の二年生エースかつ大会屈指の左腕となっていました。そのあまりの球筋の良さに、外野席で見ていて惚れ惚れします。ガッチリと鍛え上げられたその下半身からは身長170cmという小柄さを微塵も感じさせない大江投手ですが、その重厚な直球と鋭い変化球で毎回三振の山をバッタバッタと築いていった姿を見れば見るほど、16三振も喫した打線から7被安打5失点とは何かの間違いではないのかと、狐につままれた思いでした。しかし、結局この7回の1点が決勝点となり、史上最長ブランクとなる82年振りの選抜大会出場となった松山東が5-1で選抜初勝利をも手中に収めたのでありました。


(晴れやかに校歌斉唱する松山東の選手の姿が、校歌の歌詞とともにスコアボードに映し出されている)


(チームとともに校歌斉唱中の松山東応援団。中央の真っ黒な軍団が在校生徒で、右半分はブレザー姿の女子、左半分は学ランの男子)

さて、校歌斉唱も終わり球場全体が後片付けモードに突入する中、松山東アルプスの大応援団が球場外から甲子園駅周辺までドッと溢れ出してきました。そこで私は、おそらく現役大学生と思われる若きOBのこのような発言を偶然耳にしたのでした:

「うーん、さすがは野球の神様、正岡子規効果!」
「正岡子規、最強~!」

私は思わず振り向いて彼らを見てしまいました。彼らの見立てでは、勝ち目があるようにはとても感じられなかったこの試合に勝てたのは、まさしく松山東の大先輩・正岡子規サマのお陰だと言うのです!。敦賀気比がジンギスカン効果なら、松山東は正岡子規効果ということでしょうか(笑)?!そこで思い出したのが、松山東に関する日刊ゲンダイの一連の「偏差値70」報道でした↓。

日刊ゲンダイ(2015年3月24日):進学校で偏差値70 松山東の監督が明かすチーム強化の工夫
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/158299

日刊ゲンダイ(2015年3月26日):二松学舎を撃破の松山東 「偏差値70」データ分析部隊の正体
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150326-00000019-nkgendai-base

日刊ゲンダイ(2015年3月28日):センバツに衝撃 文武両道“偏差値70”松山東のユニーク教育
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/158406

この頃の日刊ゲンダイはもはや「偏差値70祭り」の様相を呈しておりました(笑)。「文武両道」を通り越した「文経武緯」をモットーとする松山東について、濃密かつ効率的な練習、超優秀なデータ班の分析、「年間読書数2万冊」などの一般教養深化といった側面を紹介しつつ、絶賛しています。

しかし、ここで素朴な疑問が真っ先に浮かんできます。そもそも、松山東は本当に偏差値70もあるのでしょうか?私は既にお受験からは離れて久しいので、調べてみたらコチラのサイトを発見しました:

全国公立高校偏差値ランキング2015
http://高校偏差値.net/public.php
(松山東はここでは何と、偏差値64のBランクに分類されている。同じ数値で甲子園出場歴のある学校としては今治西、岩国、長崎北陽台、都城泉ヶ丘の名前がある)

甲子園出場校偏差値ランキング
http://高校偏差値.net/baseball.php
(こちらのサイトには、今年の選抜に出場した32校の偏差値がランキング形式で掲載されており、これによると今大会のトップは偏差値69の静岡(静岡・県立)、大阪桐蔭(大阪・私立)、桐蔭(和歌山・県立)の三校。続く偏差値68には常総学院(茨城・私立)と立命館宇治(京都・私立)の二校、そしてその次の5位タイとなる偏差値64の三校の中に松山東がある)

上記サイトは松山東の評価がやや低めのような気がするものの、他のサイトを見ても数字としてはだいたい似ており、日刊ゲンダイの「偏差値70」は多少なりとも盛り過ぎという気がしてきました。

それ以前に、学校のモットーとされる「文経武緯」が突っ込みどころ満載です。まず押さえておかなくてはならない知識として、「経文緯武」(けいぶんいぶ)ないし「緯武経文(いぶけいぶん)」という単語があります。これは、中国の『晋書』の第38巻「宣五王 文六王」の中に登場する四字熟語で、「文(学芸)を経(たて糸)とし、武(武術)を緯(よこ糸)とする」を意味します(末尾参考サイトに出典部分を含む全文掲載あり、「緯武経文」を確認できる)。類義語として「文武両道」「右文左武(ゆうぶんさぶ)」「文事武備(ぶんじぶび)」(文事ある者は必ず武備あり←出典は史記の孔子世家)などがあります。

ネットで少し調べたら、どうやら松山東の校長室には「文経武緯」という書が飾られているのだそうです。この話でピンと来たのは、ひょっとしたらこの書が横書きで本来なら「いぶけいぶん」と右から左に読むべき書であったものが、いつの間にか逆読みで校内に定着したのかもしれないという推測です。この「文経武緯」が松山東高校のホームページにもそのまま「東高マニフェスト」の一つとして掲載されている位なので、少なくとも松山東高校内においてこの形で定着していること自体は間違いないでしょう。その経緯の真偽はともかく、日刊ゲンダイがこの四字熟語を何の注釈もなくそのまま逆読みで記事化したのは問題で、今後この松山東オリジナルとも言うべきバージョンの方が逆に日本語圏内で既成事実化してしまう危険をはらんでいるように思います。

ここまできて、さらにもう一つ、確認しておきたい点が出てきました。正岡子規という人物、実はあの東大進学実績全国1位でも有名な進学校、開成(東京)の卒業生として、卒業者名簿にも堂々と載っているということです。

慶応3年(1867年)に伊予の国(愛媛県)で生まれた正岡子規は、旧制中学入学前から私塾に通ったりしていましたが、明治13年(1880年)に愛媛県松山中学(現・松山東高校)に入学します。しかし、明治16年(1883年)には同校を中退し上京、開成高校の前身で当時は東京の神田淡路町に校舎が存在した「共立学校」(きょうりゅうがっこう:1871年創立)に入学、明治17年(1884年)に同校卒業、そして東大予備門(現・東京大学教養学部)入学、さらには明治23年(1890年)に帝国大学(現・東京大学)哲学科に進学しました(のちに中退)。

『開成110』という開成学園110周年記念雑誌(1981年刊行)の5ページ目には、明治16年(1883年)当時の正岡子規(本名・正岡常規、1867.10.14~1902.9.19)や明治20年(1887年)当時の島崎藤村(本名・島嵜春樹、1872.3.25~1943.8.22)の在籍簿が掲載されています。正岡子規は1年しか在籍しなかったのに対し、島崎藤村は明治22年卒業とあり、在学年数は人によって多少バラつきがあるようです。なお、正岡子規と共立学校で同級生だった明治17年卒のメンバーには、「坂の上の雲」の日本海海戦参謀・秋山真之(松山中学でも同級生、1868,4,12~1918.2.4)、「歩く百科事典」の南方熊楠(1867.5.18~1941.12.29)、元・樺太長官の平岡定太郎(1863.7.19~1942.8.26、三島由紀夫の祖父でもある)、日本初のグルメ本『美味求真』(1925)の著者としても知られる政治家で元・関東長官の木下謙次郎(1869..4.9~1947.3.28)、元・外務次官の山座円次郎(1866.12.2~1914.5.28)など、錚々たる面々がいます。


(『開成110』より。左:正岡子規の在籍簿、右:島崎藤村の在籍簿)

今でこそ地方の公立校の教育体制も充実し、ネット中継や衛星を利用した授業などの技術面も進歩し、教育レベルの都道府県別格差が大幅に縮小しましたが、正岡子規が子供だったような明治の大昔の日本では、地方では満足な教育が受けられないという理由で、優秀な生徒は例外なく東京を目指したものでした。この「故郷を出て学問のために他の土地や国に行くこと」を「遊学」といい、甲子園出場校としてもおなじみのあの遊学館(石川)の名前の由来ともなっています。「東京遊学」を果たした優秀な子供たちは、ある者は知人の家などに下宿しながら、さらに別の者はアルバイトで学費を稼ぎつつ苦学しながら、今でいう駿台予備校や河合塾のような予備校で1年から数年程度、大学受験の準備として主に英語、漢文、数学などを学ぶというのが当たり前でした。

「遊学」と「留学」には本来は明確な違いがあります。「留学」は学問や技術を学びに行く先があくまでも外国であるのに対し、「遊学」は国内外のいずれにも使用できる単語として、本来は使い分けるべきものです。となると、昨今話題の「野球留学」は、正確には「野球遊学」と呼ぶべきだったのかもしれませんが、これこそすでに既成事実化してしまったため、今さら元に戻すのはもう無理でしょう。そもそもは、日本人の心象風景の中に根強い「故郷以外はみな外国」とも言うべき排他的な共同体ルールの刷り込みとか、下手したら某CMの「駅前留学」という単語のブームが追い風となり、「留学」という単語の本来の意味すら書き換えてしまったのかもしれません。

なお、現代日本の高校野球でいう「野球留学」は必ずしも地方から都会への人の動きとは限らず逆も多々存在するのに対し、鎖国から急に開国して欧米列強に追いつけ追い越せとばかりに突貫工事の近代化を目指していた明治時代の日本においては、優秀者を地方に留め置くことは国益上の観点からもあり得ない事でした。都会に吸い上げられて洋学(英語)などの勉強にいそしんだ若者たちの多くが、後に国家の中枢で活躍し、この国の基礎を築きました。そう考えると、今のこの21世紀になっても依然として野球留学が目の敵にされたり、「地元の子だけで成るチーム」が神聖化されたりする風潮が高校球界に残っていることに対し、天国から見ているかもしれない野球の神様・正岡子規サマの見解はどうなのか、是非とも聞いてみたいところです(笑)。

今年が創立144周年という長い歴史を誇る開成学園の校訓もまた、松山東同様の「文武両道」であり、そして「開物成務」です。「開物成務」の出典は古代中国の『易経』で、「人知を開発し、事業を成し遂げさせること」という意味で、校名もここから採られています。願わくば、この開成の野球部にこそ是非”真の文武両道”を実践していただき、甲子園をホンキで狙っていただきたいところです。そして、21世紀版の「野球の神様・正岡子規争奪戦」に正式に名乗りを挙げていただきたいものです。2005年には夏の東東京大会でベスト16入り(5回戦で優勝校の国士舘に3-10で敗退)の快挙を果たしたこともある開成のことですから、しっかり心・技・体の強化を図り続けていけば、いつかきっと野球の神様こと正岡大先輩も、母校のためならばと一肌脱いでくれることは間違いないでしょう(笑)。

ここからは私見であり、皆様には異論があるかもしれませんが、そもそも甲子園の高校野球とは野球の実力で出場権を争うのが本来の姿であって、野球に関係ないことばかりを前面に出した学校の見本市であってはならないというのが私の立場です。まして、学力が低いと世間的にみなされる学校であろうがなかろうが、自らの命をぶつけて真剣に野球に取り組んできた高校生たちの価値を貶める風潮を間接的に煽るものであっては、なおいけません。野球を通じて鍛えた頭脳は一人一人の人生の財産なのですから、学校そのものの偏差値など本来は関係ないはずです。その点、「負ければ終わり」の夏の選手権大会なら甲子園出場の基準が明快で万人がナットクできるだけに、春の選抜大会も出来る限りの範囲内において万人がナットクできる、そして何よりも、大会のレベルを落とさないような選考を目指していただきたいと、強く願わずにはいられません。


(松山東応援団のバスが可愛いかった!)


<参考サイト>

中国語版Wiki文庫(維基文庫):晉書/卷038
http://zh.wikisource.org/wiki/%E6%99%89%E6%9B%B8/%E5%8D%B7038
このページは『晋書』の「文六王伝」の全文。「緯武経文」の出典となる「贊曰:」で始まる段落は、このページの最後に登場する:
贊曰:文宣孫子,或賢或鄙。扶風遺愛,琅邪克己。澹諂凶魁,肜參釁始。幹雖靜退,性乖恆理。彼美齊獻,卓爾不群。自家刑國,緯武經文。木摧于秀,蘭燒以薰。

愛媛県立松山東高校 - 「東高マニフェスト2014」
http://matsuyamahigashi-h.esnet.ed.jp/cms/modules/tinyd0/index.php?id=6

日経ビジネスオンライン(2012年11月7日):開成高校野球部が弾きだした勝利の最適解とは?
http://business.nikkeibp.co.jp/article/book/20121102/238942/?rt=nocnt
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