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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2014/12/12

エリック・ボンパール杯観戦記(3)…移民国家フランスのロールモデル?シャフィック・ベセギエが体現する世界

ちょうど今頃は、フィギュアスケートのグランプリファイナルがスペインのバルセロナで開催されていることでしょう。日本からの出場者はシニアに関しては男子シングルの3選手と繰上げ出場の女子1名で、他のカテゴリーからはゼロという大会になりましたが、当サイトの過去記事に何度も登場してきた町田樹選手、無良崇人選手、羽生結弦選手の三名がどのような活躍を見せてくれるのか、特に羽生選手の怪我からの復調はいかばかりかと注目されます。

しかし、今から先立つこと3週間前、フランスのボルドーで開催されたエリック・ボンパール杯においてボルドー市民ひいてはフランス全土の注目を最も集めていたのは、町田選手でもなければ今井遥選手でもなく、当然ながらフランスの選手たちでした。どのカテゴリーであっても、観衆はフランス人選手が出てくるたびに大騒ぎです。例えば、日本ではあまり人気のないアイスダンスですが、この二人が登場した時など、まるでマイケル・ジャクソンとマドンナが手をつないで東京ドームに現れてきたかと錯覚するような、割れんばかりの大歓声でした↓。


アイスダンスの優勝カップル、ガブリエラ・パパダキス(Gabriella Papadakis)/ギヨーム・シゼロン(Guillaume Cizeron)組です。名前をコールされる直前、固めの盃ならぬ”間際のグイ呑み”がなかなか豪快な二人です。昨年シニアに上がったばかりで、欧州選手権15位、世界選手権13位、ソチ五輪出場ならずというこの2人が、まだ数か月しか経たぬ今シーズンいきなりグランプリ大会2連勝を果たし、この調子だと世界チャンピオンも一気に視野に入ってきたかという急成長ぶりに、フランスの方々が待ってましたとばかりに熱く応援するのも理解できます。

しかし、私は聞き逃しませんでした。その熱狂的歓声の隙間からドサクサに紛れてチラホラ聞こえてくる、このような声を。

「エレ・グレック(Elle est grecque)」

彼女はギリシャ人よ…という意味のその発言、結構あちこちから聞こえてきたので驚きました。ドイツだと、最近テレビのCMでもよく目にする反レイシズムのキャンペーンのみならず、過去のナチス時代の歴史の影響もあり、この手の発言は「差別につながる」という理由で非常に警戒され、たとえプライベートの会話であっても、うまくオブラートに包んで細心の注意を払って発言しないと人格を疑われてしまう性格のものです。それに比べ、フランスの人たちは何とアッケラカンとしているのかと、まさかスケートリンクでこのような独仏カルチャーショックに見舞われようとは心の準備ができておらず、ダブルでビックリしてしまいました。

彼らの発言の背景には、女性のガブリエラさんの苗字がパパダキスという、どこからどう見てもギリシャ系の名前であること、その顔立ちがギリシャ彫刻のような堀の深い美しさと独特の鼻の形(俗に言うギリシャ鼻)に特徴づけられていることなどがあるのでしょう。余談ながら、ギリシャの苗字にはパパなんとかというのが多く、著名なところでは病理学の子宮頸部細胞診でおなじみのパパニコロー染色(Pap stainとも言う)にその名を残す解剖学者のパパニコロー(Papanicolaou, 1883-1962)、往年のギリシャの軍事政権下の弾圧で知られた政治家のパパドプロス(Papadopoulos)元大統領(1919-99)、同じく政治家でともにギリシャ首相となったパパンドレウ親子(Papandreou、父1888-1968、息子1919-96)などがいますし、それこそパパダキス・タヴェルナ(Papadakis Taverna)という名のギリシャ料理店がアメリカのカリフォルニアにあったりします。しかし、当のパパダキス選手はフランス生まれのフランス育ちで、母親カトリーヌは彼らを指導したこともあるコーチ、父親はアメリカのテキサス在住ということまでは公表されているものの、どの世代からのギリシャ移民かといった部分はプロフィールのどこにも見つけることはできませんでした。観客の「エレ・グレック」発言の根拠をその場ですぐ聞き返せば良かったと少し反省しています。

その点、こちらの女性はその来歴がハッキリしています↓。


ペアのヴァネッサ・ジェームス(Vanessa James)/モーガン・シプレ(Morgan Ciprès)組です。女性のヴァネッサはカナダ・トロント郊外のスカボロー生まれのアメリカ育ち(関係ないがサイモン・&ガーファンクルのヒット曲の『スカボロー・フェア』はカナダではなくイングランド北東部の方のスカボロー)、父親が北大西洋の英国領バミューダ出身であることから、一時期はイギリス代表として競技していましたが、2008年に今とは別のフランス人(Yannick Bonheur)とペアを組んだのを契機にフランスへ移住、2009年にフランス国籍を獲得し2010年バンクーバー五輪14位(ちなみに黒人ペアの五輪出場は彼らが史上初)、2010年シーズンよりそれまでシングル選手だったシプレ選手へパートナーを変更し、ソチ五輪では10位に入りました。なお、私が観戦したこの日、試合終了後に一旦ホテルに戻ってテレビをつけたら、早速このような映像が飛び込んできました。


フランス2のフィギュアスケート中継で、男性のシプレ選手がマイクを向けられているところです。その右に、カッコいい革ジャン姿でニッコリのヴァネッサ・ジェームス選手がいます。左端は日本でも人気の高い長野五輪銅メダリストのフィリップ・キャンデロロ、その右隣が多くのフランス選手を育てたコーチのアニック・デュモンです。このシーンの前後で実はヴァネッサ選手もマイクを向けられていたのですが、初めて聞く彼女のフランス語インタビューは、あまりにも英語訛りが強烈でした。最初、「アレ、私、こんなに英語が聞き取れなかったっけ?」と思ったら、実はよく聞けばフランス語で、しかもそのことに気付くのにおそらく2分ほど費やしたでしょうか(笑)。それでも、フランス国籍取得から丸5年、自分の思うところをキッチリと生放送の枠内で簡潔に過不足なく伝えることのできるフランス語力を身に着けているところは、並大抵の努力ではできないと思われるだけに、さすがの一言です。

さらに男子シングルの2人ともなると、揃いも揃ってフランス国外との繋がりが一気に増します↓。


こちらは男子シングルのフローラン・アモディオ選手の表現豊かなショートプログラムでの姿です。日本でも人気のアモディオ選手は1990年ブラジルに生まれ、生後数週間でフランスの夫婦に養子として引き取られてフランスに育った24歳です。何でも、バンクーバー五輪出場後にブラジルから「自分が生みの母」と名乗り出るブラジル女性が10人ばかり登場して大変だったとか(末尾に記載のル・フィガロ紙記事より)。そういえば、生まれ故郷のブラジル・ソブラウをテーマにしたショートプログラムを用意していたこともありました(2012/2013年シーズン)。12位に終わった2010年バンクーバー五輪の翌シーズン、ベルン(スイス)で開催された2011年欧州選手権でいきなり初出場初優勝を果たした躍動感あふれる力強い演技に、”フィギュアスケート版・上甲正典”(高校野球の選抜大会で1988年の宇和島東および2004年の済美を率いて2度の初出場初優勝を達成した不世出の名監督。本年9月逝去)の降臨を見た思いだったのは私だけとは思いますが(笑)、このベルンの地で実際にこの目で見たアモディオ&モロゾフの姿が結果的には二人の関係のピークだったようにも思われるだけに、強く印象に残っています。しかし、2011~2013年欧州選手権の3年連続表彰台を境に、それまで師事してきたニコライ・モロゾフコーチと袂を分かつことになった2013年夏以降、アモディオ選手は思わぬ低迷期にはまり込むことになります。日本では浅田真央選手の振り付け担当でも知られるシャネッタ・フォレをコーチに招聘した2013年からのオリンピックシーズンも中国杯6位、エリック・ボンパール杯7位と調子は上がらず、2014年欧州選手権でまさかの13位、不安のまま迎えた2014年ソチ五輪は18位でした。今シーズンからは、このシャネッタ氏とも別れ、かつて4歳でスケートを始めた時のコーチの元に戻りました。初心に帰って復調のきっかけを掴んで欲しいところですが、今年のエリック・ボンパール杯では何と最下位の11位に沈んでしまい、地元新聞(Sud-Ouest紙)も前日から大見出しで特集を組んでいただけに、会場にも翌日の紙面にもガックリ感がアリアリでした。


(残念な出来に終わったフリー演技の後、大変厳しい表情で私の目の前を歩いてキス&クライに移動するフローラン・アモディオ選手。観客のみなさんも溜め息しか出ないようでした)

同じ男子シングルでも、険しい表情が目立ったアモディオ選手とは対照的に、こちらのフランス人選手は終始ニコニコで、この大会で私が最も注目した選手となりました↓。


シャフィック・ベセギエ(Chafik Besseghier)選手…と言われても、おそらく日本での知名度はさほど高くないでしょう。この選手は1989年10月にフランス・グルノーブルに生まれ育った25歳で、顔の感じから察しがつく方もいらっしゃるかもしれませんが、両親がアルジェリアからの移民です。同選手は2014年の欧州選手権で12位となり、ソチ五輪出場は逃したものの、五輪直後に埼玉で開催された世界選手権では初出場で9位に入ったことで注目を集めました。そして今季はスケートアメリカで7位。昨年はエリック・ボンパール杯には一般観客として来ていましたが(下写真)、今年はショートプログラムであのコフトゥン(ロシア)よりも上の6位と好発進し、ブライアン・ジュベールやフローラン・アモディオに引き継ぐ次世代フランスの遅咲きエース誕生かと客席のボルテージも大いに盛り上がったものの、翌日のフリーで崩れて結果的に9位に終わりました。


(昨年のエリック・ボンパール杯の客席にベセギエ選手発見。普段着でリラックスしつつ、普通の一般客として楽しそうに他の選手へ声援を送っていました)

下記のサイトは同選手についてのかなり詳細な記事なのですが、これを読んで真っ先に私が驚いたのは、彼がフィギュアスケートを始めたのが何と「13歳になる直前」とという異例の遅さだったことです。日本ではスケートを始めた年齢が遅いトップ選手としてよく名前が挙がるのは安藤美姫選手ですが、それでも彼女の場合は8歳でしたので、シャフィック君の比ではありません。以下、全文を和訳すると長くなるので、多少順番を並べ替えつつ要点を箇条書きで紹介します。(引用部分は青字、太字強調は筆者)

L’OBSスボーツ(2011年11月18日):「Le gamin patineur des quartiers a imposé son "sport pour fille"」(筆者和訳:ワンパク小僧スケーターが自分に課した”女の子のスポーツ”)
http://tempsreel.nouvelobs.com/sport/20111116.OBS4644/le-gamin-patineur-des-quartiers-a-impose-son-sport-pour-fille.html
・グルノーブル出身のシャフィック・ベセギエ選手はフランスではトップ4に入る選手。目下(2011年現在)、3番目であるブライアン・ジュベールを脅かす存在。
・子供の頃から彼を指導するフランソワーズ・ボナール氏いわく「彼自身はいいヤツで、シャイで内向的で、氷上での表現豊かな動作とは比べ物にならないほど口下手。だが、(アルジェリア移民である)親から受け継いだ強さも持っている
・フィギュアスケートを始めるキッカケ:本人は元々ホッケーをやりたかったが、グルノーブルの有名ホッケーチームの入団試験に落ちた。理由は、体がひ弱すぎたのと、スティックの扱いに才能が欠けていたとのこと。そこで、13歳となる直前の2002年夏、スケートリンクの無料一般開放日に行く妹と母に付き添ったところ、彼の方がコーチの目に留まってしまう。試しにコーチが「2回転ジャンプを2本飛べ」と言ったら、彼はいきなり7本も成功した。
・フランススケート連盟のカティヤ・クリエー氏いわく「彼に才能があるのは明らか!それに、このスポーツに求められる体格や身体能力も兼ね備えている。だからこそ、すぐに遅れを取り戻すことができた」
・彼が育った(グルノーブル市内の)マレルブ地区は、フィギュアスケートとは程遠い質素な土地柄。彼自身も当時、フィギュアスケートといえば「女の子がするスポーツ」と思っていた。父親は、息子にサッカーをやってもらいたいと願っていた。当初、周囲にフィギュアスケートをやっていることをなかなか言えず、しかも言ったらみんなにバカにされた。しかし、今や彼にとってこの友人たちは両親に次ぐ一番の応援団となっている。
・初めての試合での成績は散々だった。この時、他のライバル選手から「お前はスケートを始めたのが遅すぎるから、絶対に成功できない」と言われ、イヤな思いもしたが、意気消沈どころかかえってモチベーションが高まった。今となっては、その発言主のほとんどがスケートを辞めている。
・彼の地元であるグルノーブルは伝統的に白人の街で、(スケートリンクの?)年間ライセンス料が2000ユーロ(約28万円)と高額。それでも、「有色人種であっても、裕福でない地区の出身であっても、普通に生きられるということを示したい。逆境に打ちひしがれている多くの人たちに、自分がスポーツで成功するだけでなく、仕事でも学校でも成功する姿を見せたい」と彼は言う。
・ベセギエ選手は、マグレブ人(注:マグレブとはモロッコ・アルジェリア・チュニジアの3ヶ国のこと)として初めての世界レベルのスケーターとなった自分に誇りを持っている。また、彼が決して忘れないことといえば、アルジェリア移民としては容易ならざる高額のライセンス料を毎年捻出してきた両親の多大なる犠牲と、買い替えの費用を節約するためにボロボロに擦り減るまで履き続けたスケート靴の2つである。


いやいや、訳しながら涙がちょちょぎれてきたフランス語の記事など、この記事以外にはそうそうお目にかかるものではありません(笑)。そういえば、上の写真にもある彼の今季のショートプログラムの衣装は、一昨年および昨年のフリー演技での衣装と全く同じものに見えますが、これもスケート靴同様、買い替え費用節約なのでしょうか?

なお、上の記事の中で最も読み応えがあったのは、「ホッケー選手としての資質」と「フィギュアスケート選手としての資質」の相違点が描写されているくだりです。体が小さい、虚弱、道具のこなしが悪い…日本なら、超名門少年野球チームの入団を断られる時の理由としても通用しそうです。そして、その落選理由がソックリそのまま他の競技における強みにも才能にもなり得るということ自体が、実に教訓的です。

元々フランスは移民の多い国ではありますが、それにしてもフランスのフィギュアスケートの有力選手、調べてみたら何だか移民だらけという感じです。選手育成にかかるコストが連盟と家庭とスポンサーといった間でどのように分担されているのか、興味が湧いてきます。日本でも、このシャフィック・ベセギエ選手のように決して経済的に恵まれているとは言えない家庭環境に育った才能のある者を、いかにして両親の犠牲ばかりを頼みにせずともフィギュアスケートのトップクラスへと導くことが可能なシステムを構築していくかは重要な課題です。13歳からフィギュアスケートを始めてもその域に到達できる彼のような逸材を、日本は本当にきちんと発掘できているのかどうか、一考の余地はあるでしょう。さらに、シャフィック君が語るところの「人種や出自に左右されず、スポーツのみならず学業でも職業でも成功する」という民主主義国家フランスにおけるロールモデルのような生き方を体現する人物を、日本の選手もどんどん目指していって欲しいと願います。

<参考サイト>
Le Figaro (2010年11月25日):Florent Amodio, l'éveil d'un jeune artiste(フローラン・アモディオ、若き芸術家の目覚め)
http://www.lefigaro.fr/sport/2010/11/25/02001-20101125ARTFIG00713-florent-amodio-l-eveil-d-un-jeune-artiste.php
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