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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2014/12/05

エリック・ボンパール杯観戦記(2)…演技そっちのけで視線釘づけ?ジャッジのお仕事が面白すぎる!

今年のグランプリシリーズ・フランス大会ことエリック・ボンパール杯は、例年のパリ開催で使用するスケートリンクが改修工事中のため、今年はワインで有名な南西部のボルドーで行われました。この大会は初日のショートプログラムが自由席で二日目のフリーは指定席、というのが例年のパターンであり、それは今年も変わらなかったのですが、今回のボルドー・メリアデック・アイスリンクでの大会にはこれまでと異なる点が大きく分けて二つありました。

その一つは、キス&クライの位置です。会場に入った瞬間、「ん?キス&クライが無い!」と慌てて探しまくった人は私以外にもきっといたはずです。通常であればリンクサイド、つまりリンクと同じフロアに置かれるはずのキス&クライが、今大会は何と3階部分に設置されていました!

上の写真で説明しましょう。この建物は3フロアから成り、この中で一般客が出入りできるのは2階部分のみとなります。背面の大きな青いボードがあるキス&クライは3階部分にあり、リンクの広がる1階部分とともに、選手や連盟および報道などの関係者専用のセキュリティーゾーンとなっています。つまり、競技者は演技が終了したら、リンクから上がって1階部分の客席前を30メートルほど歩き、写真左下の扉から退場、その後どのように3階フロアに到達するかは一般客からは見えない構造となっています。競技直後でヘロヘロの選手をまさか階段で登らせることはないでしょうから、きっと中にはエレベーターがあるのだろうと推測こそできますが、確証はありません。そして、選手が左上の3階の通路からコーチとともに再び姿を現しても、その姿はどの客席からもあまりに遠く、まさに豆粒以下のサイズにしか見えず、仕方なく場内のモニターへと視線を移さざるを得ません。


比較対象のため、昨年のパリのベルシー・アリーナでの羽生選手のキス&クライの写真をお見せしましょう。例年はこのように、氷から上がってすぐ目の前がキス&クライでした(黄色いプーさんのぬいぐるみが積み上げられているところが出入り口)。それが、今大会のような1階から3階への、それもかなりの距離を移動する会場に変更されたことは、競技中に足を痛めた選手などにとっては地獄の苦行に感じられたケースもあったのではないでしょうか。例えば、コチラのこの人のように…↓。


こちらは、中国杯で羽生結弦選手と激突してから2週間という短いインターバルを経てこの大会に出場してきたヤン・ハン選手(中国)です。この2週間、満足な練習はきっとできなかったであろう彼が、その本来の出来からは程遠い内容のフリープログラムを何とか滑り切り、演技直後は一人では歩けない状態となり、女性コーチに抱きかかえられながらキス&クライに息も絶え絶え向かっている瞬間です。彼らは私のド真ん前を通過して行ったのですが、その足取りの頼りなさもさることながら、その顔色の悪さの方が全てを物語っており、見ている方がいたたまれない気持ちになりました(←なお、NHK杯の映像も先日見ましたが、羽生選手も顔色不良が目につきました)。日本の報道では「脳震盪の有無」「セカンドインパクト症候群」といった脳外科的観点や「大腿の怪我の方が深刻らしい」といった整形外科的観点からの議論が目立つようですが、私はむしろ内科的および精神科的ダメージの方をより強く心配せずにはいられません。

さて、今大会の昨年との相違点はもう一つあり、それはちょっぴり嬉しい誤算でもありました。ジャッジ席の後方が一般客に解放されたのです。昨年のパリでの大会まではジャッジ側の席は関係者専用で、競技を終えた選手やコーチ、連盟役員などの専用スペースとなっていました(ただし王族とかは例外)。それが今年のボルドーでは、ついにジャッジの真後ろの席を私のような一般ピープルがゲットすることができたのだから、このチャンスを逃さない手はありません。ということで、自由席だったショートプログラムを私はジャッジ席の真後ろに張り付いて観戦することになりました(笑)。


(IBCからISUへ鞍替え?IBC岩手放送のオラ君、ISUジャッジデビュー!)

フィギュアスケートには、エレメンツ(技)の種類や難易度などを判定するテクニカルコントローラー・テクニカルスペシャリスト・アシスタントテクニカルスペシャリストの3人衆の他に、レフリーが1名、さらにエレメンツの出来栄え(通称GOE)やかつての芸術点に相当する演技構成点(通称プログラム・コンポーネンツ)を判定する9名のジャッジがいます。ここからは、この9名のジャッジのお仕事を見ていきます。


左上は今大会の審判員の様子です。彼らはこのように白い箱のようなカバーが掛かった液晶画面の前に座ってお仕事を進めていきます。なお、右上に2009年のスケートアメリカのジャッジ席のパネルも参考のため提示しますが、こちらはパネル操作のマニュアルが置いてあったり、LANケーブルやACアダプターの差し込み口まで見え見えで、今の全体を覆い隠す白いカバーと比べて隔世の感があります。これだけでも、8年という歳月を経たIT技術の進歩を如実に反映しており、興味をそそられます。

さて、現代に戻りましょう。タッチパネルとなっている液晶画面には、画面を大きく占める演技の映像に隣接して、、左端には選手のこなすエレメンツ名が縦に並び、右下にはそのエレメンツの出来栄えを判定するための選択肢が横に並びます。フィギュアスケートのエレメンツの出来栄え(GOE)はそれぞれ-3から+3までの7段階のレンジで判定され、ジャッジはその判定結果をエンピツの背についた消しゴム部分で演技中から順次、バンバン入力していきます↓。


(まさにフィニッシュのポーズを決めようとする今井遥選手の姿に目もくれず、画面を凝視しながら鉛筆を逆さに持って最後のエレメントの出来栄えを画面に入力する手前の男性ジャッジに注目!)

なお、ジャッジの端末をチラ見することによって観戦が俄然面白くなったのは、何と言ってもアイスダンスです。日本ではアイスダンスの中継が極端に少なかったこともあり、私はこれまでアイスダンスのエレメンツについて学ぶ機会が皆無でした。このため、どこがワザとワザの切れ目なのかすら分からず、漫然と見るしかありませんでした。それが、このジャッジ画面の左端を見れば、今行っているのが何番目のエレメントなのか、どこで次のエレメントに切り替わったのか、一目瞭然なのです!アイスダンスのエレメンツの数がショートダンスが5個でフリーダンスが8個と、他のカテゴリーよりも少ないということも、この端末のおかげでナットクです(なお、他のカテゴリーの場合、ショートプログラムは7個、フリースケーティングは男子が13個、女子とペアが12個)。このソフトを是非、今大会の映像マテリアルも込みで一般販売して欲しいところです!

さて、演技終了の瞬間からジャッジのお仕事はさらに忙しくなります。自分の下した判定を振り返り、場合によっては訂正入力、さらには最終的な演技構成点(スケーティングスキルから始まり5項目あり、かつての芸術点に相当)を入力する作業が待っているからです。下の写真のように、頭上をぬいぐるみが飛び交おうが花束が頬をかすめようがどこ吹く風(笑)。みなさん作業にドップリ集中していらっしゃいます。


どのジャッジを見ても、判定の見直しや最終確認に最も手間と時間を割いていたのはジャンプでした(アイスダンスを除く)。左端の見直したいエレメンツの欄をクリックするとその動画がエンドレスに繰り返されるという機能を利用し、同じジャンプをそれこそ穴が開くのではないかというほど徹底的に見直しているのは大いに結構ですが、そのエンドレスの映像を後ろから盗み見していると、こちらの方が目が回ってきます(笑)。


こちらは、ヤン・ハン選手のショートプログラムのフィニッシュの瞬間です。彼の今シーズンのプログラムはショートとフリーのいずれもフィニッシュはジャッジ席にちょっかい出すようなコミカルなポーズなのですが、ジャッジがニコリともしないのはさすがプロ!上の写真では、右の女性ジャッジは完全に固まってしまいましたが、左側の女性ジャッジがその手の位置から想像するにかなりの+評価をつけてくれているらしいのが救いでしょうか?(笑)

なお、ジャッジ画面の見本を下に紹介します。拡大するとピントがボケてしまうのは申し訳ないのですが、演技の出来栄えの判定欄は、+判定の場合は緑色、±0なら黄色、-判定は赤となります。どこにもタッチしなかった場合、判定は±0になるようです。ジャッジはその判定結果を端末に入力する傍ら、必ず手前の用紙にもエンピツで記入していきます。



次に、コチラをご覧下さい。先ほどの画面と似ていますが、横一線に広がる緑色の"Elements Authorized"というバー以外に、決定的な違いがもう1か所あります。さて、それはどこでしょう?


それは、GOE判定を入力するための赤・黄・緑の四角のその下に並ぶ、五つの四角にあります。これは演技構成点(プログラム・コンポーネンツ)の欄ですが、下の写真では既に数字が入っているのに対し、上の写真では数字のない五色のカラッポの四角が単に並んでいるにすぎません。つまり、これらはそれぞれ、演技構成点を入力する前と入力終了後の画面なのです。なお、ファイブ・コンポーネンツに別の色が割り当てられているということ自体が、会場で直接ジャッジングを観察しない限り知り得ない豆知識かもしれませんので、以下に列記しておきます↓:

黄:スケーティングスキル(Skating Skill)
青:トランジション(Transition/Linking Footwork)(つなぎの動作)
赤:パーフォーマンス(Performance/Execution)
橙:コリオグラフィー(Choreography/Composition)(振り付け)
紫:インタープリテーション(Interpretation)(曲の解釈)

GOE判定画面を入力し終えて演技構成点の入力画面に飛ぶと、画面はこの色の順に鮮やかに次々と切り替わります。ボルドーの黄葉のような黄色から始まり(→エリック・ボンパール杯観戦記(1)…ボルドー散策で町田選手が道に迷ったのはこの教会?!)、次にボルドーから60キロほど行くと広がる大西洋の果てしないブルー、というのはこじ付けですが(笑)、その色の変遷を眺めるだけでも見とれてしまうほどキレイです。なお、ここで入力できる選択肢は1~10までの10コのボタンと、その上に0.25、0.50、0.75の3つのボタンで、これらの組み合わせで点数が決定します。例えば、8のボタンしか押さなければそれは8.00点となり、6を押した後に0.75を押せば6.75として入力されるといった具合です。そして、最後にほんの少しボルドーワインを帯びたような(?)鮮やかな藤紫が広がる画面を終了すると、先程の画面になる訳です。そしてジャッジは手元の1枚の用紙を画面の採点結果とじっくり見比べつつ、この紙をサラリと足元ないし机上の段ボール箱の中に、必ず裏返して入れ、これで採点が一丁上がりとなる次第です↓。



大会のイベントスケジュールを見ると、全競技を終了しエキシビションを残すのみとなった最終日に、各カテゴリーのジャッジを集めたテーブルディスカッション(Judges Round Table Discussion)というものがあります。各ジャッジはこの自身の採点をリアルタイムで記入した用紙をテーブルディスカッションの円卓で広げて反省会や討論会を進めつつ、審判制度の改善や判定精度の向上に役立てているのでしょう。デジタル機器を駆使したジャッジングシステムであっても、まだまだ紙と鉛筆のアナログの世界はそう簡単に活躍の場を奪われることはないようだと、この一連の光景に妙に感銘を受けた私でした。今後、もしジャッジの後方の席に陣取るチャンスが再来するようであれば、次も是非ジャッジのお仕事ウォッチを通してフィギュアスケートへの理解を深めたいところです。

なお、ジャッジNo.1~5とジャッジNo.6~9の間に挟まれるように、このようなノートパソコンが3台並んだスペースがあります。これが何か、フィギュアスケートに詳しい人はピンと来たのではないでしょうか↓。



そうです、こういう画面を作成しているコーナーです↓。



これは、ISUのホームページの中のリアルタイム速報サイトです(←先週のNHK杯で村上大介選手の得点が出た瞬間のもの)。このサイトには、テレビ中継がない時に競技の経過をいち早く知るため、いつも大変お世話になっています。しかし、まさかこのようなイカツいお兄ちゃんが前を陣取っていたとは…(笑)!他の大会では別のお兄ちゃんでしょうし、女性だったりするのかも分かりませんが、以後このISUサイトにアクセスする際は、必ずこのラップトップが3台並ぶ光景を脳裏に思い浮かべつつ、競技周辺のお仕事に従事する人々にもあらためて感謝の念を抱きながら心して利用したいと思います。

さて、グランプリファイナルの顔ぶれも決まりました。来週は、今季のエリック・ボンパール杯で私が最も強い印象を受けた選手とその光景について説明したいと思います。
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