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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2014/11/07

ドイツに流行語大賞があったなら(4)…隠れて見えない水面下の氷山「ドゥンケルツィッファー(ヤミ数字)」の意味

今年のドイツを賑わした単語を「ドイツ版流行語大賞」と題して色々考えてきたこのコラムも、先週で打ち止めにして別のネタに移行する予定だったのですが、今週に入ってついにグランプリ候補の大物が登場です!このため、日本シリーズであっさり敗退した阪神タイガースとは異なり、こちらは思わぬ延長戦に突入です。その単語とはズバリ、「Dunkelziffer(ドゥンケルツィッファー)」。ドゥンケルとは「暗い」「闇の」、ツィッファーとは「数字」の意味で、直訳すれば「ヤミ数字」と申しましょうか。日本では「氷山の一角」という表現がよく使われますが、ドイツでは氷山の上に出ている一角よりもむしろ、水面下に隠れている部分に焦点をあてる表現である「ヤミ数字」ことドゥンケルツィッファーという単語が幅広く使われています。これはズバリ、公的な統計には出てこない潜在的な数字やデータのことを指す単語で、今回のような疫病の潜在感染者数のみならず、企業の粉飾決算などでもよく使われます。

この単語が今週に入っていきなりドイツの各種メディアに一斉に登場したのですが、それは日本でも最近問題になっているエイズに関する話題でした。以下に代表的な記事を一本ご紹介します:

シュトゥットガルト・ニュース紙(2014年11月3日):”膨らみ続けるドゥンケルツィッファー(潜在感染人口)!HIVに感染していることに気付いていないドイツ人が急増中”
http://www.stuttgarter-nachrichten.de/inhalt.dunkelziffer-steigt-mit-hiv-infiziert-und-man-weiss-es-nicht.daf25dfc-856d-454a-9c14-5f810a9f1c0f.html


エイズ支援をあらわすレツドリボンの写真を冠したこの記事は、11月3日にドイツのロバート・コッホ研究所から発表があったばかりの「ドイツ国内におけるHIVウィルス感染状況の速報データ」(末尾参考サイトに該当リンクあり)を元に、ドイツ最大の通信社であるdpa(ドイツ通信社)が配信したものです。記事によれば、2013年末時点でのドイツ国内のHIV感染者数は8000人(内訳は男性65000人/女性15000人/15歳以下の子供200人)、そのうち自らがHIVウィルスに感染したことを知らない感染者は14000人(昨年より1000人増)、AIDSによる死亡例は550人とそれぞれ推計されています。この推計が正しいならば、ドイツの人口が8000万人程度であるため、HIVウィルス感染者は千人に一人という頻度になり、これはかなり多い気がします。

このような「○年末時点でのHIV感染者/AIDS患者数の推定値」に相当するものが日本の統計では見当たらないため、比較可能な2013年の新規感染者数(報告例の実数)を日独比較してみましょう。日本の厚生労働省のデータによれば、2013年(平成25年)の新規報告例はHIV感染者1106件(前年1002件)、AIDS患者484件(前年447件)の合計1590件(前年1449件)、調査開始から2013年末時点までの累積報告件数HIV感染者15812件AIDS患者7203件合計23015件とあります(ただし凝固因子製剤による感染者はここには含まれていない)。日本での新規HIV感染者報告数は2008年(1126人)をピークとして2007年以降ほぼ横ばいながら、2013年は過去2位の報告数だったとのことで、今後の動向が注目されるところです。

これに相当するデータをドイツのロバート・コッホ研究所のホームページから抜き出してみましょう。2013年の新規報告数はHIV感染者3263人(前年2967人)で、これは2006年以降ほぼ横ばいだそうです。他方でAIDS患者数の統計はまだ未完全で、2011年1月1日から2013年12月31日までの3年間での新規報告数が1162例(2011年473例、2012年448例、2013年データ未完ながら上半期時点で241例)となっており、2010年以降の新規AIDS患者数は年間450~470例前後で推移しているようです。調査開始から2013年までの累積報告者数HIV感染者48779件AIDS患者29800件となっております。

このデータを額面通りに受け取れば、総人口がドイツの約1.5倍である我らが日本では、2013年におけの新規HIV感染者数がドイツの1/5、新規AIDS患者数がほぼ同数ということになります。これは、対人口比でいくとドイツのHIV感染者数は日本の4.5倍、AIDS患者数は1.5倍ということです。この数字だけ見れば「ドイツよりも日本の方がマシ」と考えたくなりますが、裏を返せば日本におけるAIDSの発症率がドイツの3倍という見方もできる訳で、エイズが特に日本で発症しやすい病気でもない限り、数字が少しおかしいと思えてきます。つまり、日本におけるHIV感染の報告例数がどうみても過小評価なのではないかと疑わざるを得ないのです。実際は感染がありながら検査を受けていない人がよほど多い、つまり、氷山の水面下にある「ドゥンケルツィッファー」が問題なのは、ドイツよりもむしろ日本の方なのではないかと、このデータは教えてくれているのかもしれません。

なお、累計報告者数で見ると、ドイツの新規HIV感染者数は日本の約3倍強(対人口比でいえば4.6倍)、AIDS患者に至っては何と4倍(対人口比6倍)となっています。ただし、ドイツでエイズ患者数が猛烈に多かったのは80年代後半から90年代後半にかけてであり、ここで大きく累計患者数が膨らんで全体の数字を押し上げているに過ぎません。むしろ2000年あたりを境にAIDS患者数の報告は減少トレンドにあります。そのあたりが、逆に2000年頃から特に日本国籍男性の間でAIDS患者数が急増し、全体として今も漸増トレンドにありつつも2013年には何と過去最多の新規AIDS患者数(438例)を記録した日本とのパターンの相違でもあり、日本の方が事情は深刻ではないかと思います。

ドイツの場合、近年の新規感染者数の報告が横ばいで推移していること自体、関係者は「エイズ予防教育が行き届いてきた効果」と評価しつつも、「数字はもっと減らせるはず」と考えているようです。ドイツにおけるHIV検査の検査数や検査設備自体は増えているものの、新規感染者数を減少に転じさせるにはまだまだ検査を受ける人が足りないと、ロバート・コッホ研究所の専門家はさらなる教育や啓蒙を呼びかけています。

ちなみに、ロバート・コッホ研究所(通称RKI)とくれば、実は前回のコラムでも登場済みです。エボラ出血熱についてのドイツの報道の中で、この研究所は「ドイツの感染症研究の権威」として紹介されておりました(→ドイツに流行語大賞があったなら(2)…下半期大賞候補は「パニック」?!)。まさに、日本でいうところの国立感染症研究所のような存在で、ここがプレスリリースを出したり記者会見したりするたびにドイツメディアが反応するというのが、何らかの感染症が流行するたびにドイツの各報道機関に流行語よろしく同じ単語が躍るという現象のカラクリのようです。このエボラ感染に関連する話題でも、この「ヤミ数字」ことドゥンケルツィッファーという単語が頻繁に登場します。例えばこんな感じです↓:

ウィーン新聞(2014年10月15日):「エボラ流行 - WHOから警告”ドゥンケルツィッファーは予想よりも大きい”」
http://www.wienerzeitung.at/nachrichten/welt/weltchronik/672605_WHO-Warnung-Dunkelziffer-hoeher-als-gedacht.html

(ギニアではすでに8900人がエボラ感染者として報告されているが、水面下に潜在する感染者数はその1.5倍にのぼる可能性あり)

他にも、日本でも数か月前まで騒ぎになっていたデング熱の報道でも、「ヤミ数字」こと「ドゥンケルツィッファー」は暗躍していました。「デング熱はドイツでの報告数は年間200例程度だが、潜在感染人口はこれよりはるかに多いと考えられる」といった具合です。「ドゥンケルツィッファー」という単語は、決まって「公的に」(offiziell)とか「報告された」(gemeldet)といった単語と対になって多用され、公的に発表された数字を額面通りに受け取らずに水面下の真実に思いを馳せてほしいという公的機関ないし専門家集団から一般市民へのメッセージがよく表れています。このあたりは、デング熱騒動の際に海外渡航歴や代々木公園との関連性の有無ばかりが喧伝され、これまで正しく診断されず見過ごされてきたかもしれないデング熱患者とその潜在人口についての推計も想定も何も聞こえてこなかった日本との相違点かもしれません。

最近のエボラ出血熱流行、さらには今週のドイツで急に降ってわいたHIVの話題、はたまたイスラム国のテロリストの数から今や世界的大病となったうつ病の実態に至るまで、ドイツでは事あるごとに「ドゥンケルツィッファー」が報道内に飛び交うようになりました。中でも今年は特に、天変地異や疾病流行に爆撃といった穏やかならざるニュースが多いためか、厳しめのシミュレーションを見せられてニュースでビビらされるケースが例年にも増して多いような気もします。ただし、どんな病気であっても早期発見は治療に対して有利に働くことは間違いありません。「パニックをあおらないため」に過小評価された数字しか聞かされないのと、多少ビビらされてもよいから水面下に隠れて目にみえない氷山の大きさにハッキリと気付かせてもらえるのとでは、どちらが自分のためになる情報なのか、心して考えなくてはならない世の中になったということなのでしょう。

これまで4週にわたってドイツ版流行語大賞を勝手にノミネートしてきた当サイトですが、世相を最もよく反映しているという観点からも、ほぼ終わりを迎えつつある2014年という激動の年を代表するドイツ語の単語を一つ挙げるとすれば、この「ドゥンケルツィッファー」で決まりかなぁ…などと、誰に頼まれた訳でもないのに勝手に考えを巡らせるのでありました(笑)。


<参考サイト>

ロバート・コッホ研究所(2014年6月30日):ドイツにおけるHIV感染(PDF)
http://www.rki.de/DE/Content/Infekt/EpidBull/Archiv/2014/Ausgaben/26_14.pdf?__blob=publicationFile

ロバート・コッホ研究所(2014年11月4日現在):ドイツ全土および各州におけるHIV感染(速報)(PDF)
http://www.rki.de/DE/Content/InfAZ/H/HIVAIDS/Epidemiologie/Daten_und_Berichte/EckdatenDeutschland.pdf?__blob=publicationFile

厚生労働省エイズ動向委員会(平成26年5月23日):平成25(2013)年エイズ動向年報
http://api-net.jfap.or.jp/status/2013/13nenpo/nenpo_menu.htm
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