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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2014/10/31

ドイツに流行語大賞があったなら(3)…急浮上の注目単語「アクショニスムス」の難解ながらも深い意味

ドイツにもし流行語大賞があるとしたら、どの単語が今年のノミネート候補になりそうか…?そんな思い付きからスタートした最近の連載ですが、ここにきて大物登場の兆しです。それが、最近のエボラ出血熱の大流行に関連してドイツメディアに妙に頻繁に登場するようになった「アクショスムス(AKTIONISMUS)」という単語です。これは「行動」を意味する「アクション」(Aktion:英語ではaction)に「~主義」という意味の「~イズム(-ismus:英語では-ism)」を付加した単語のドイツ語版で、文字通り訳せば「行動主義」となります。

しかし、この「アクショニスムス」はどうやらドイツ語独特の超難解な単語らしく、単純に「行動主義」と訳して納まるような概念ではないようで、日本語にはピッタリの訳語がありません。そんな単語が先週末の新聞各紙で一斉に紙面を賑わしたこともあり、相手はかなりの難敵ですが、今回がんばって取り上げてみることにしました。こういう場合は例を挙げて説明するのが一番ですので、幾多の報道の中から代表して南ドイツ新聞の記事を代表して引用します。記事はアメリカで行われているエボラ出血熱の水際防止作戦としての空港における体温スクリーニングをドイツで導入するか否かに関連したもので、全体の要約を和訳して提示します:(引用は青字、赤字及び太字は筆者強調)

南ドイツ新聞(2014年10月25日):Kampf gegen Ebola “Experten warnen vor Aktionismus”(エボラとの戦い…「専門家はアクショニスムスを警戒」)
http://www.sueddeutsche.de/gesundheit/kampf-gegen-ebola-experten-warnen-vor-aktionismus-1.2191227


・現在アメリカで行われている”空港を通過する旅行者全員に体表温測定を行う”という方法をドイツに導入することに対し、ドイツの感染症研究の権威であるロバート・コッホ研究所(ベルリン)「藁の山の中から一本の針を探すようなもの」として否定的見解を示し、「アクショニズム(行動主義)に陥ることなかれ」と警戒を呼び掛けている。
・体温測定を無意味とする理由:空港における非接触型体温測定の精度が低いこと。エボラウィルスはあくまでも接触感染であり、「見るからに発病している相手から、それも相当しっかりと触れられない限りは感染しない」ということ。それでもドイツ国内で感染が認められるとしても、それはあくまでも孤発例に過ぎず、「世界的に見ても高水準のドイツの医療体制ならこれらの封じ込めに対応できるほど十分に整備されている」ということ。
・ただし、ドイツはエボラ流行地帯に医師や看護師など多くのスタッフを派遣しており、彼らが帰国する際には21日間の徹底した隔離検疫は必要であり、この期間中は彼らに「日常生活と遜色ない行動パターンをとらせてはいけない」と、ドイツ衆院の健康福祉担当スポークスマンはいう。ドイツ赤十字社によれば、ドイツからアフリカの該当地域へは今後200名を派遣予定であり、さらに希望者を募っている。
・他方で、アメリカ合衆国における空港での体温スクリーニングへの見解は異なる:アメリカ国内で医師がエボラ出血熱を発症したことを受け、ニューヨーク州、ニュージャージー州およびイリノイ州は検疫強化に乗り出した。西アフリカに渡航しエボラ患者と接触があった者は、前者2州にあるJFK空港およびニューアーク空港から入国する際は自動的に21日間の隔離検疫を受けることになり、イリノイ州もこれに追随した。西アフリカで特にエボラ流行が顕著な国(リベリア・ギニア・シエラレオネ)からの入国要件も既に厳格化されており、これらの国からアメリカに入国しようとする者は使用空港を5箇所に限定され、しかもそこで健康チェックを受ける必要がある。
・WHOでは現時点でエボラ感染例が10141例登録され、そのうち死者は4922人にのぼる。.ただし、これはWHOが把握している分だけの統計で、氷山の一角だと専門家は考えている。

日本の空港では随分前から、海外から入国する旅行客を対象に赤外線サーモグラフィーによる体表温度スクリーニングを実施しています。契機となったのは、2003年のSARS流行ないし2009年の豚インフルエンザ(H1N1)騒動のあたりでしょうか。検疫所の横の赤外線カメラを横目に入国審査に向かった経験のある方もきっと多いことでしょう。私自身はあの検査で引っかかったことはありませんが、日本クオリティのサーモグラフィーの性能なら、感染症発症者をたちどころに発見することができるのかと勝手に期待していましたし、実際そのような機械を空港に納入している会社の株がストップ高という報道もつい最近ありました。しかし、このドイツの報道を見たら、サーモグラフィー頼みの検疫は意味がないと、ドイツ随一の感染症専門機関ロバート・コッホ研究所が直々にお出ましの上でバッサリ斬っているではありませんか!「藁の山の中から針を一本探し出すようなもの」という比喩は妙に酪農大国っぽいのがご愛嬌(笑)ですが、空港での体温スクリーニングを「無意味な行動主義」とは、穏やかではありません。

ここで「アクショニスムス」をデューデン独独辞典で引いてみると、「人の意識や起きている状況を行動で変革しようと努力すること」という主に政治学領域で使われる意味の他に、「(否定的な意味での)過剰な実行欲求」という口語的意味があります。ドイツ語版ウィキペディアに至ってはさらに輪をかけて辛辣で、「何もしていないとか、結果が足りない、などと後で非難されないように、理に適っていない無意味な行為を後先考えずに行うこと」「様々なプロジェクトをとりあえず始めておきながらも、最後まで完遂しないこと」という説明になっています。日本語でいう『下手』な鉄砲数撃ちゃ当たる』のような話でしょうか。これに近い日本の過去の事例を挙げるとしたら、18年前のO157騒動の際の「カイワレ大臣」(笑)あたりが思い浮かびますが、今回記事にみるドイツにおける「アクショニスムス」という単語は、科学的根拠もなく有効性が疑問なことを、「とりあえず何かやっていないと不安だから」という理由で行うという意味で使われているとみて間違いないでしょう。

しかし、空港の赤外線サーモグラフィーって、そんなに信頼性がない検査なのでしょうか?日本語の文献(末尾にリンク紹介あり)で見る限り、人体での体温測定を目的とする場合の機械そのものの測定精度が±1℃程度とのことで、これは人体における37℃と38℃の差が医学的に意味するところを考えれば決して小さい誤差とは言えません。また、体表温度と体内温度の乖離、さらにその乖離の仕方に個人差まで加わるという複雑な事情を考え併せると、体表スクリーニング機器だけで発熱のある者をスパッと判定すること自体がかなり無理のある話で、検査を受ける個人にもし悪意があれば、いくらでも誤魔化すことは可能でしょう。あくまでも、日本を訪れようという旅行者の方々は渡航歴や健康状態を正直に申告してくれるだろう、という性善説が頼みの綱とならざるを得ない話であることが分かります。

そのあたりを分かりやすく説明してくれているドイツの記事を以下に見つけました。この記事も、日本ではみられない切り口で、言いにくいことも想像したくないこともハッキリと説明してくれている目ウロコの内容ばかりです。空港での体温測定、当該国への渡航規制、流行地での検疫隔離の3点について、それぞれの問題点を記述した部分を以下に和訳しつつ紹介ます。

ターゲスシュピーゲル紙(2014年10月24日):Angst vor Ebola “Fieberkontrollen am Flughafen schaffen trügerische Sicherheit” (エボラへの不安「空港での体温スクリーニングが達成するのは見せかけだけの安全」)
http://www.tagesspiegel.de/wissen/angst-vor-ebola-fieberkontrollen-am-flughafen-schaffen-truegerische-sicherheit/10870418.html
1. 空港での体温測定が決定的にダメな理由
感染症の水際防止のための空港での体温測定には通常、温度スキャナーないし赤外線サーモメーターが使われる。しかし、これらは皮膚の表面温度をみているに過ぎない不正確なものである。実際のところ、熱があるのに検疫をすり抜けうるケースは全発熱者の5人に1人、さらに、熱が無いのに発熱者と認定されるケースは4人に1人とされる。さらに問題なのは、解熱剤を飲んでいる人は機械に引っかからないことだ。
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それでなくても、エボラウィルスの潜伏期間は3週間以内と言われている。アメリカで発病したThomas Eric Duncanは、空港を通過する際は熱がなく、発熱したのはダラスに入ってからだった。しかもこの人物は問診用紙で「エボラ患者との接触はなかった」という項にチェックを入れていた。

(筆者注:この男性は40代のリベリア人男性。2014年9月15日にリベリアでエボラ患者と接触。9月20日にアメリカへ入国したが、エボラ患者との接触歴を報告せず。9月24日に症状初発でダラスの病院を受診するも、何と家に帰されたという!その後、病状悪化のため9月28日に入院、9月29日エボラウィルス検査陽性、10月8日多臓器不全にて死亡。先週のコラムでも紹介したオバマ大統領がハグ&キスしたという女性看護師は、このリベリア人男性の看病の際に感染した2名の女性看護師の中の1人。ちなみに感染した女性看護師2人はいずれも1名をとりとめた)(→ドイツに流行語大賞があったなら(2)…下半期大賞候補は「パニック」?!

空港での体温検査が無意味であることは、他の疾患で実例がある。2003年のSARS流行の際、カナダの空港では650万人の乗客が体温測定を受け、そのうち9100名が精密検査に回ったものの、SARS感染者はただの一例も発見されなかった。カナダ政府はこの検査に100万ドルをつぎ込んだが、結局ウィルスはカナダ本土に入り込むことに成功した。これは、インフルエンザ流行の際も同様だった。

トロント大学のグループが医学雑誌ランセットに掲載した論文によれば、現在のところ平均して月に3名ほどのエボラ患者が海外渡航を試みているとのこと。彼らは、世界中の大規模な空港にとっては「藁の中の針」である。通常の年であれば、ギネア・シエラレオネ・リベリアから国外に渡航する者は全渡航者の0.01~0.03%に過ぎないが、今はこれらの国からの渡航者は半減している。彼らの渡航先のうち64%は第3世界の国である。従って、感染者を空港で発見できるとしたら、コナクリ(Conakry:ギニアの首都)、フリータウン(Freetown:シエラレオネの首都)、モンロヴィア(Monrovia:リベリアの首都)の3都市の空港が最も確率が高いはずだ。しかし実際は、これまでに3万6千人の旅行客が検査を受け、77人が渡航を禁止されたが、そのうちエボラウィルス検査で陽性となった者は一人もいない。

2. 西アフリカからの渡航規制も得策ではない理由:
ドイツやアメリカも含め、西アフリカとの直行便を持たない国がそもそも多いから。西アフリカにとって、先進諸国へ渡航する際の乗り継ぎの要所の一つがブリュッセル(Brüssel:ベルギーの首都)である。専門家は「(感染防御には)ブリュッセル経由のルートもシャットアウトすべき」と言うが、そんなことをすれば現地で病気と戦う救助活動の供給ルートまで閉ざされ、さらにこれらの国から出ようとする人たちのストップオーバー地が増えていくだけである。その場合、その中からも
しエボラ感染者が発生しようものなら、それまでに接触のあった人物を特定するのが非常に困難になる。
(ここで思い出すのは、先日羽田空港の検疫所で発熱のためエボラ感染疑いで国際医療センターに搬送されたカナダ国籍の男性が、ブリュッセルを経由して来日していたという報道。私個人は、今年のW杯サッカーの時期にブリュッセルでコートジボワール人男性に地下鉄のドアを開けてもらったが、今思えばこれはアフリカ諸国とベルギーとの結びつきの強さを象徴するエピソードだったのかもしれない)(→「デア・クライネ・ヤパーナー」(小さい日本人)というドイツメディアの衝撃発言とベルギーでの出来事

3. エボラ流行地でにおける隔離検疫がかえって逆効果である理由:
かつて1995年にコンゴ民主共和国(当時の国名はザイール)のキクウィット(Kikwit)で300人以上のエボラ出血熱患者が集団発生した際、政府はこの地を周囲から隔離すべく、町からの出口となる道路を封鎖するよう軍に支援を要請した。すると、人々は一斉に森林を通りクウィル川に抜け、カヌーで脱出したと、エボラ出血熱発見者の1人でもあるDavid Heymannは科学雑誌ネイチャーに寄稿している。その20年後となった今年の8月、リベリアのモンロヴィア市内のスラム地区であるウェストポイントでも同様の失敗があった。リベリア政府がエボラ流行のためこの地を封鎖しようとした際、住民は兵隊を刺して抵抗し、兵は住民に発砲し、武力衝突となった。この時の軍の介入は「エボラに名を借りたスラム掃討作戦」ではないかと人々はかえって不信感を募らせ、疫病と戦う者の敵方に回ってしまった。かくしてエボラ隔離作戦は逆効果となった。結局こういうものは、国民の協力がなければうまくいかないのである。

アクショニスムス
(思慮なき行動主義)とシンボル・ボリティクス(中身よりパーフォーマンス重視の象徴政治)は新たな問題を生むだけであり、火はその場で消し止められなくてはならない。それと並行して、ドイツの家庭医も救命救急医も、いつエボラ患者が自分たちに助けを求めてきても対応できる準備をしておかなければならない。


ここでもシメに「アクショニスムス」が出てきました。ちなみにこの単語、今年のドイツメディアに初登場したのは、イスラム国に参加しているらしきドイツ国籍の若者からドイツ国籍をはく奪しても良いか否かという議論の中での話であり、9月末頃に政治家の発言として登場したのがそもそもの発端だったと記憶していますが、その後のエボラ関連の話題が沸騰していくに伴い”スライド登板”して今に至っています。「何もしていない訳ではありませんよ」とばかりにアリバイ作りのために、長期的視野も根拠もない刹那的行動主義やパーフォーマンスに走る権力者を戒める…そんなニュアンスを持つドイツ語のこの単語、ひょっとしたら今年に限らず今後のドイツのみならず日本も含めた全世界にとってのキーワードとなる日も近いのかもしれません。


<参考サイト>
みんなの株式(2014年10月14日)- 「日本アビオニクスがストップ高」
http://minkabu.jp/stock/6946/news/765958
(赤外線サーモグラフィーを各空港に納入している会社。07年11月以来、約7年ぶりの高値水準に達しているとのこと)

NEC技報 Vol.63 No.3 (2010):入退場管理システム「赤外線サーモグラフィーによるパンデミック対策事例の紹介」(太田二朗)(リンク先はPDF)
http://jpn.nec.com/techrep/journal/g10/n03/pdf/100312.pdf

ネイチャー(2014年10月9日):"Ebola: learn from the past"(David L Heymann)
http://www.nature.com/news/ebola-learn-from-the-past-1.16117

ニュース専門チャンネルn-tv(2014年9月28日):Minister Maas warnt vor AktionismusUnion will gegen Islamisten vorgehen
http://www.n-tv.de/politik/Union-will-gegen-Islamisten-vorgehen-article13688251.html

欧州疾病予防管理センター(ECDC)(2014年10月12日):Infection prevention and control measures for Ebola virus disease “Entry and exit screening measures”
http://www.ecdc.europa.eu/en/publications/Publications/Ebola-outbreak-technicalreport-exit-entry-screening-13Oct2014.pdf
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