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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2014/10/24

ドイツに流行語大賞があったなら(2)…下半期大賞候補は「パニック」?!

最近の報道を見る限り、西アフリカではエボラ出血熱の流行がかなり深刻な局面を迎えているようです。昨年末のギニアでの発症例を皮切りに、一旦は収束するかに見えたものの、本年6月にはリベリア、シエラレオネと相次いで感染者が発生し、一気に増大していきました。これらの国々で相次いで非常事態宣言が出され、国境封鎖ないし出入国規制などの水際作戦や、国境なき医師団を始めとする世界からの医療スタッフの応援も加わりましたが、感染拡大の制御がままならないのは心配です。8月頃からは、聖職者や医療スタッフの感染者を米国ないし欧州へ搬送して治療するケースも報じられるようになり、ドイツも既に何人か患者を受けて入れています。

(ニュース専門チャンネルN24(2014年10月17日)のニュース映像から引用。リンクは末尾に記載。10月17日時点での欧州内のエボラ出血熱感染者数および疑い症例数は以下の通り:スペイン…21人、疑い170件。ドイツ…3人治療中、フランス…疑い4件いずれも隔離中、チェコ…疑い1件)

こうしてみると、欧州ではスペインにおいて患者数も疑い症例数も突出して多いことが分かります。これは、西アフリカで布教活動を行うスペインの宣教師が当初の感染者の中に複数含まれていたこと、そしてその感染者を母国に移送して治療した医療施設においてスタッフの感染防御の手順がうまく遵守されていなかったことが影響しているのではないかと疑われています。人間である以上、どんなに注意してもミスは発生するものだというのが、リスクマネジメントの常識ですが、一生懸命に看護する中で不幸にも自身が感染してしまったスペインやアメリカの医療スタッフの事案に対し、ドイツの報道にはかなり辛口なものが多く、医療者としては読んでいて複雑な心境です。

フランクフルター・アルゲマイネ紙(2014年10月12日):Erkrankte Pfleger in Spanien und Texas Schlechte Schulung als Ursache fur Ebola-Ansteckung?(感染したスペインとテキサスの看護スタッフ…エボラ感染の原因は事前の訓練が足りなかったせい?)
http://www.faz.net/aktuell/gesellschaft/gesundheit/erkrankte-pfleger-in-spanien-und-texas-schlechte-schulung-als-ursache-fuer-ebola-ansteckung-13204369.html

このフランクフルター・アルゲマイネ紙に登場するドイツの医療専門家たちは、スペインとアメリカにおける看護スタッフのエボラ感染を「(スタッフ本人の)力量不足」にあるのではないかとほのめかしつつ、「わが国ドイツではこのようなことは起こりえない」「我が国の予防措置は万全だ」などと異口同音に主張しています。何だかドイツ人、相手がアメリカ・スペインとなると妙に上から目線というか、大した自信です!ただ、「本来は感染源に触れた人物はその自覚があるはず。問題なのは、感染したかもしれない人がそのことを隠すこと(により感染が水面下で進行していくこと)」というハンブルグのウィルス学専門家の指摘については私も全く同感です。ミスを糾弾されたり失職するのではないかといった恐怖から、ミスを正直に申告するのをためらい報告が遅れた可能性は確かにありますし、それ以前に、感染したかもしれないということを自分で認めたくないという心理も働いたかもしれません。

さて、この記事のタイトルにもあるシュールング(Schulung)という単語は、10月初旬のスペインの看護師の感染判明あたりから頻繁に登場するようになりました。ちなみに、シューレ(Schule)とは英語で言うスクール(school)、つまり学校のことを指しますが、シュールングとなると集中教育や訓練という意味合いを持ちます。となると、この記事の中での意味は、医療スタッフ間での勉強会や講習会などで医学的専門知識への理解を深めることと考えられます。そしてこの記事は、今回ガウンを着ていたにもかかわらず感染してしまった医療スタッフは、ウィルスの感染経路や発症様式といった医学知識の不足もさることながら、ガウンの脱ぎ着や消毒方法といったマニュアルに対する意識にも問題があったのではないかと指摘をしているのです。(余談ですが、この記事に対し読者から「シュールング(講習)よりもユーブング(練習)が大事ではないのか」という反論コメントが付いている。これは日本語でいうところの「習うより慣れろ」に相当し、ここからも「シュールング」とはドイツ語では実技なき座学を指すのではないかと推定されます)

この記事が出た頃は、他のメディアでも朝から晩まで「シュールング不足」の大合唱となり、この調子だとドイツ版流行語大賞の下半期大賞候補はこの「シュールング」でキマリかと思っていたら、ちょうど入れ替わるように別の単語が台頭し、いつの間にかドイツのメディアをジャックしてしまいました。それはズバリ、日本の原発事故後にも頻繁に耳にしたあの単語…「パニック」(Panik)です。

N24ニュース(2014年10月16日): Ebola in den USA "Die Angst wachst"(アメリカにおけるエボラ…不安が増大中)
http://www.n24.de/n24/Mediathek/videos/d/5560018/-die-angst-waechst-.html
(動画内の駐ワシントン特派員の発言内容を引用し和訳。引用部分は青字、強調は筆者)


「アメリカでは不安は増大している。パニックにまでは至っていないものの、最新のアンケートでは国民の40%は”自分や家族が感染するのではないか”という不安を抱いている。オバマ大統領は国民の不安を消し去ろうと、緊急招集した閣議で『感染するリスクは極めて低い。(エボラ患者の治療をしている)アトランタの病院では看護師を抱きしめたりキスしたりしたが、(感染が)怖くはなかった』などと発言した。今のオバマはそれまでの政権や健康福祉行政への批判をカバーするためにも、自分を危機管理能力ある指揮者だと思わせる必要がある。(中略)(ダラスでエボラ患者の看病をしていた2人目の看護師が感染した件は)彼女がアメリカを横断するフライトに2度乗る際、すでに37度5分の発熱があり、渡航の可否を事前に当局に相談したところ、”(38度を下回る熱なので)安心して渡航してよい”と言われたという。さらには、エボラ感染している血液サンプルをあろうことか院内のエアシューター(気送官)で送ったとか、汚染された検体が天井の高さにまで積み上げられたまま何日にもわたって放置されていたという話も伝わっている。これは、ほんの数日前まで高い安全性を誇るとされてきたアメリカの医療システムに、信じられないような大いなる抜け穴があることを物語っている。

このN24ニュースは短いレポートですが、その内容はなかなか衝撃的です。オバマ大統領はナースへのハグ&キスのことを怖くなかったと言いますが、ミッシェル夫人のことは怖くなかったのでしょうか(笑)?それはともかく、汚染血液をエアシューターで運んだとか、天井にまで積み上げて放置していたなどと聞かされれば、それはもうアメリカ国民でなくても、誰だって不安に感じるのは当然で、医療不信ひいては政権への不信が増大するのも無理もないと言う以外にありません。

しかし、アメリカの話をしているうちは、ドイツ人はまだ他人事と大きく構えていられますが、自国の感染リスクを語る段になると、政治家や役人に御用学者などがひたすらパニックを抑え込むことに必死なあまり、その場しのぎの楽観論を垂れ流すことになる…というのが、こちらの動画です。

ZDF heute(2014年10月11日):”Angst vor Ebola in Europa”(欧州におけるエボラへの不安)
http://www.zdf.de/ZDFmediathek/beitrag/video/2258564/Angst-vor-Ebola-in-Europa?flash=off

ドイツの厚生労働大臣ヘルマン・グレーエ氏いわく、「わが国の保健医療システムの構築は非常に優れている。従って、ドイツでは誰も心配する必要はない」

うーん、何の根拠も示さずに「わがドイツはダイジョーブ」と胸を張られても…(笑)。そして、これに反論するウィルス学者が、そんな根拠なき楽観論をこのように論破していました。

アレクサンダー・ケクレ教授(ハレ大学病院):アメリカやスペインで実際に起きた出来事を見れば、ドイツでエボラへの感染リスクが無いなんて言えるはずがない。ドイツでも孤発のエボラ発生はありえるし、そうなれば感染が広がる可能性もある。(感染経路について)例えば電車で隣に座るとか、医院などでエボラ患者が座った椅子に後から座ることによって、エボラウィルスが伝染したというケースは、過去には報告されていない。

アレクサンダー・ケクレ教授:(エボラウィルスの潜伏期間は2日~3週間であることから、)患者がウィルス感染から3週間もの間全く無症状のこともありうる。もし感染者がこの潜伏期間中に空港を通過すれば、チェックには引っかからない。つまり、(今アメリカで行われている上の写真のような)空港での体温検査は、感染の水際防止に全く役に立たず、単なる気休めにすぎない。

空港での表面体温検査が全く無意味だとは、何とハッキリとモノ言う教授でしょうか?!しかし、既に患者を何人も受け入れているドイツにおいては、どこの誰かのミスを契機にウィルスがいつ市民生活に入り込んでも不思議はありません。日本はエボラ患者を受け入れていないので、そのリスクはドイツほどは高くないかもしれませんが、今や地球規模のネットワークが過密になった現代社会をみれば(下写真)、いずれウィルスが入ってくることは十分想定すべきであり、シミュレーションは今から万全を期して行っておくべきでしょう。ケクレ教授もまた、過剰な不安からパニックになることに対してはやんわりと戒めつつも、くれぐれも油断するなと私たちに注意喚起をしているのです。

(エボラウィルスが空路でどのように世界に拡散していくかをシミュレーションしたフンボルト大学の研究。末尾の参考動画サイト内のN24ニュース映像から引用。この絵でみると、赤い線を示す航路が束になって交わり、われらが日本がえらく真っ赤っかになっているように見えますが、大丈夫でしょうか?円安が続いたことが日本のデング熱増加の遠因となったように、外国人観光客が増えたと喜んでいる場合なのかどうかが心配になってきました)

他にも「パニック」についての報道は多々あり、あまりに多すぎてキリがないので一部を参考サイト内に紹介するにとどめます。それにしても、エボラの感染の拡大そのものよりも、ドイツ人の不安の拡大の方がスピードが速いというメディアの報道もまた事実のようです。ドイツにはない「流行語大賞」を先週から当サイトで勝手にノミネート(笑)してきましたが、今年の下半期の大賞候補は「シュールング」よりは「パニック」が有力でしょうか?それはともかく、ドイツにおけるエボラ事情は日本にとっても注目に値するものと考えられ、これからも各国の報道内容をウォッチし続けたいと思います。


<参考動画・音声サイト>

Deutschlandfunk(2014年10月13日):政権与党CDU/CSU所属ドイツ連邦議員イェンス・スパーン氏インタビュー(Jens Spahn氏は党の健康福祉問題担当スポークスマンでもある)
http://www.deutschlandfunk.de/ebola-epidemie-keine-panik-aber-aufmerksamkeit.694.de.html?dram:article_id=300118

N24(2014年10月17日):Kampf gegen Ebola Uberlebende sollen Helfer werden(エボラとの戦い…「エボラ感染を生き延びた者は救護に回ることになる」)
http://www.n24.de/n24/Nachrichten/Politik/d/5571862/ueberlebende-sollen-helfer-werden.html?utm_source=feedburner&utm_medium=feed&utm_campaign=Feed%3A+n24%2Fpolitik+%28Politik-Nachrichten+von+N24.de%29

ARDニュース「Tagesthemen」より(2014年10月16日):”Ebola bei uns - Gefahr oder Panikmache?”(わが国におけるエボラ…危険?それともパニックの基?)(ドイツ語字幕あり)
http://www.ardmediathek.de/tv/Tagesthemen/Ebola-bei-uns-Gefahr-oder-Panikmache/Das-Erste/Video?documentId=24142038&bcastId=3914
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