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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2014/10/17

ドイツに流行語大賞があったなら(1)…サッカーを哲学にした?上半期大賞候補「デームート」

先日のユーロ2016の予選で、ドイツがポーランドに敗れるという波乱がありました。過去18回の対戦で一度も負けたことのない相手に対し、ユニフォームの胸の☆を一つ増やし現役世界王者として晴れやかに臨むはずのドイツでしたが、新主将に就任したシュワインシュタイガー選手がW杯前に手術した踵の経過が思わしくなく再手術を12月に控えているのみならず、他にも有力選手の欠場が相次ぎ、19回目にして初黒星を喫してしまいました。ついこの間までは飛ぶ鳥を落とす勢いの快進撃だったW杯とは打って変わり、新生ドイツの門出はまだまだ多難なようです。

しかし、今となってふと思い出すのは、先にW杯大会期間中にドイツ代表監督ヨアヒム・レーヴ氏のインタビューにより突然脚光を浴びるようになった、とある単語です。本年7月8日といえば、ドイツがW杯でブラジルを相手に7対1という大勝を飾った日で、レーブ監督としても会心の試合だったはずですが、試合直後のインタビューでは喜びや興奮を炸裂させることは一切なく、代わりに淡々とした冷静な口調の中から飛び出したこちらの単語が、翌日以降のドイツの各メディアで一斉に大々的に取り上げられたのでした:


DEMUT…と書いて、「デームート」と読みます。ドイツ語を習ったことがある方なら、「ムート」(MUT)が勇気を意味すること(英語でいうcourageに相当)などをご存じかもしれません。ちなみに、ドイツ語ではこのムートが付く単語が色々ありますが、それぞれがまるで「勇気」とは無関係の、全く違う意味であることが実に初心者泣かせです。例えば、「アンムート」(ANMUT)は優美さ、「アームート」(ARMUT)は貧乏(血液のアームートなら貧血の意味)、「ウンムート」(UNMUT)は怒り・不満といった具合であり、ええ加減にせえよとブチ切れてしまいそうなややこしさです(笑)。そして今回のデームートですが、これまた前出のいずれの「ムート」の付く単語とも意味は異なり、ズバリ「謙虚」「へりくだること」という意味です。

この「デームート」を、レーヴ監督はどんな文脈で口にしたのでしょうか?下記リンク先のZDFのホームページに本人のインタビューがまだ残っていますので、その部分を抜粋してみましょう:

ZDF Mediathek (2014年7月9日):Low: "Ein bisschen Demut tut nicht weh"(レーヴ氏曰く「謙虚にしといて損はない」)
http://www.zdf.de/ZDFmediathek/beitrag/video/2192908/Loew-Ein-bisschen-Demut-tut-nicht-weh?flash=off


”Ein bisschen DEMUT ist jetzt auch ganz gut”(ちょっぴり謙虚になることもまた良し)

上記動画は残念ながら日本からは再生できないようになっているそうなので、そのやりとりを簡単に紹介すると、インタビュアーから「今日のドイツの(大量得点を挙げた)前半戦は、ドイツチームのベストと言っても良いような試合展開でしたか?」と質問されたのに対し、レーヴ監督は「前半の試合展開は確かに良かった。しかし、大会はまだ続いている。だから、謙虚になることもまた良いことである。我々は圧勝したが、この大勝を過大評価すべきではない。今の我々は、(決勝のある)日曜日まで集中を切らさないよう努めなければならない」と答えています。まさに日本語で言うところの「勝って兜の緒を締めよ」の一言に付きます。


そしてこの翌日以降にテレビのワイドショーでこのインタビューが流れるやいなや(上写真は試合後の記者会見:ここでもレーヴ監督はあらためてチームにデームートが必要と発言)、ドイツでは国を挙げた「へりくだり大合戦」がスタート(笑)。さらには、ドイツ首相からゴールドマンサックス社長に作家や司会者からローマ法王に至るまで、この「デームート」という単語は国境を飛び越え世界に広がることとなります。その頃、真面目な教育番組で知られるお堅いテレビ局3satまでもが、サッカー事典と題して「デームート」という単語を語源からその哲学的意味まで掘り下げた実にタイムリーなリポートを放送したのには、「3satよお前もか?!」とばかりに驚いてしまいました↓。

3sat Mediathek - Fusball-Lexikon: Demut (「サッカー事典:DEMUT」)
http://www.3sat.de/mediathek/?mode=playset&obj=44782
この動画では、レーヴ監督のデームート発言以降、この単語がいかに流行語状態になったかを解説しつつ、その単語の生みの親からその内包する意味に至るまで、哲学雑誌「フィロソフィー・マガジン」の編集長が解説しています。この編集長の発言を以下に一部書き出してみます。さすがは哲学の専門家だけあり、これが本当にサッカーがテーマかと思うほどに、チョー難解な講釈が続いております(発言部分書き出し及び筆者和訳を青字で表示):


“Fusball ist ja ein Spiel, dass auf der kontrollierten Erzeugung von Zufallen, von Unverfugbarkeiten beruht.  Bei Fusball geht es eigentlich um Scheitern.  Man spielt ein Ball mit einer Extremitat, die dafur nicht geeignet ist, dem Fus.  Das heist, man tut etwas, was man eigentlich gar nicht tun kann. und derjenige der Fusball-Demut zeigt, zeigt nur, dass er das Spiel verstanden hat.”
(サッカーとは、コントロールされた状況下で発生する偶然の積み重ねに基づいた競技である。基本的にサッカーとは失敗のスポーツである。なぜなら、そこでは足という、本来ボールの操作に適さない肢が使われるからである。つまり、サッカーとは本来人間にとって不可能なことをやっているのであり、サッカーにおいて謙虚さ(サッカー版DEMUT)を示すということは、サッカーという競技を理解することと同義なのである)


いかがでしょう?サッカーがすっかり哲学教材になってしまいました(笑)。確かに人間がボールを操作しようと思えば、足は手よりは不器用かもしれません。しかし、こちらも訳しながら頭が混乱するような屁理屈をかくも一息でしゃべり切ってしまうあたりは、さすがドイツ人です(笑)。

“Demut ist zunachst das Gegenteil von Hochmut, das ist eine christliche Tugend, die Humilitus,  Das Wort wurde von Luther gepragt als Ubersetzung dieser Haltung gegenuber einen allmachtigen Gott. Und Demut ist auch in diesem Sinne das Gegenteil einer Selbstuberschaetzung der Macht des Menschen im Angesicht einer Kraft oder eines Verhaltnis dass er selbst nicht uberschaut oder beherrscht.”
(謙虚さDEMUTとはそもそも高慢・尊大を意味するHOCHMUTの対義語であり、キリスト教の教理であるHUMILITUSから来る。この言葉はあのマルチン・ルターの造語で、全能の神に対する人間の(あるべき)姿を翻訳したものである。DEMUTは同時に「自分では見通すことも制御することもままならない偉大な力や境遇に対して人間が自分の能力を買いかぶる」ということの対局の意味でもある)


“Ich wurde denken, dass Jogi Low seinen Spielern sagt, ‘sei selbstbewusst, aber wisst ihr auch, wass ihr nicht kontrollieren konnt, dann habt ihr eine realistische Einschatzung’, dessen, was gelingen kann.”
(私が想像するにヨアヒム・レーヴ監督は、選手に対してきっと「自信は持て。ただし、自分たちがコントロールできないことが何であるかも知っておけ。それが即ち、現実的評価ということだ」という主旨の発言をするだろうし、それは勝利に結びつきうる)

なお、番組の中ではデームート、つまり謙虚さという概念そのものに対する過去の偉人の辛辣な批判も紹介されています。例として挙げられているのは、童話で有名なグリム兄弟(上写真)の「デームートという言葉の中に見出されるのは奴隷根性そのもの」という発言と、哲学者フリードリッヒ・ニーチェの「デームートとは人から闘争心を奪う『奴隷の掟』である」という、穏やかならざる発言です。そもそもデューデン独独辞典で「必要性にかんがみ、与えられた現実に対して恭順の意を示すこと」と説明されているこの単語のその受け身っぷりは、先人たちにとって面白くなかったようです。

それにしても、ここまでくればもはや「デームート狂想曲」です。なお、日本では年末になると流行語大賞や今年を代表する漢字一文字が毎年決定されていますが、ドイツにはそれに相当する賞やイベントはありません。しかし、もしドイツにそのような企画があったとしたら、今回のレーヴ監督の発言によりドイツ全土で一躍脚光を浴びた「デームート」こそ、今年の大賞候補の最右翼であることは間違いないでしょう。

しかし、あれから3か月以上が経過しました。2014年も終わりに近づきつつあるこのタイミングで、大賞確実(?)かと思われたデームートに対抗する強力なライバルが出現しつつあります。それについては、下半期大賞候補として来週あらためて説明したいと思います。


<参考サイト>
ドイチェ・ヴェレ(2014年7月8日):FIFA WM2014:Stimmen: "Ein bisschen Demut ist jetzt gut"(W杯2014関係者インタビュー「ちょっぴり謙虚になるのもまた良し」)
http://www.dw.de/stimmen-ein-bisschen-demut-ist-jetzt-gut/a-17768638
当記事でも紹介したレーヴ監督インタビューが要約されている。なお、他の選手のインタビューも掲載されており、中でもミュラー選手の「Kirche im Dorf lassen」(信心深いのは田舎の教会だけで十分≒自分たちは神頼みでない勝利を目指す)や「das Ding holen」(ブツをゲットする=優勝トロフィーを獲る)もまた、ドイツ版流行語大賞候補に匹敵するほど当時のメディアで頻繁に取り上げられた。
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