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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2014/10/10

第三の摂食障害「BED」にご用心!ドイツメディアの大合唱が教えてくれた「大食い」の本質

70年振りの国内発生となったデング熱に関する報道がようやく一段落したかと思ったら、今度は御嶽山の噴火や、それに追い打ちをかけるように相次ぐ台風など、最近の日本は随分と波乱の様相を呈しているようです。せっかくこれから秋の行楽シーズンという時期に、一体どうなってしまうのでしょうか。さらに世界に目を向ければ、アフリカでのエボラ出血熱の流行もまた、確定的に有効な治療法がまだ存在しないだけに、今後の展開が心配です。

しかし、そんな世界の流れとは一線を画すかのように、9月29日の月曜日、とある病気がドイツのメディアで大々的に報じられました。その病気とは、いわゆる「拒食症」「過食症」に次ぐ「第三の摂食障害」(←末尾に註あり)として近年注目されている、「Binge Eating Disorder」(略してBED)です。BEDは日本では「むちゃ食い障害」と訳されているようですが、あまりスマートな訳とは言えなさそうです。そもそもbinge eatingという単語自体が和訳すれば「大食い」であり、英英辞典によればbingeという単語は「短時間のうちに特定の行為(特に飲み食い)をやりすぎること」、それも、自分自身でそれをコントロールできないような衝動性を伴う飲食行為を指します。これだと、「むちゃ食い」というよりはむしろ、テレビ東京の『元祖!大食い王決定戦』(TV東京)が好んでよくタイトルに使っている「爆食」がドンピシャリです。実際、ドイツ語だと「Fressattack」(まさに直訳すれば「爆食発作」)なる単語がこの分野では頻繁に使用されます。

しかし、それにしてもなぜ9月29日だったのでしょうか?同時期の日本では報じられた形跡がないだけに、どうしてこれがよりによってドイツの各紙が一斉に取り上げる話題なのか不思議でしたが、調べてみたら理由はすぐにわかりました。どうやら最近、ザクセン州テュービンゲン市の大学病院内にドイツ全土の患者を対象にした画期的な摂食障害治療センターが新設されたそうで、そのオープン記念シンポジウムが開催された9月27日の土曜日に責任者のステファン・ツィプフェル教授がメディアに会見、その内容をドイツのDPAという通信社が配信、その内容を重要視した新聞雑誌等の各メディアがさらに独自の色付けを加えて週明け早々から続々と記事化したというのが、このタイミングになった真相のようです。インターネットのドイツ語版ポータルサイトでは軒並みトップニュースに近い扱いで、特に大手全国紙のディー・ヴェルトの記事が決定打となり、ドイツ人は摂食障害に対する認識をこの一日で一気に深めることになったはずです。

大食い番組ロケの帯同医師を数年担当した経験のある私にとっても、これらの一連の報道はとても他人事として流すことのできない内容ばかりで、それこそ「Binge Eating」ならぬ「Binge-Reading(一気読み?!)」してしまいました(笑)。ドイツの若年者の間で摂食障害がここまで深刻視されているとは、これらの記事で私は初めて知りました。その記事を全て紹介するのはさすがにスペースに制約があるので、短い中にも最も簡潔にまとまっているアウグスブルガー・アルゲマイネ紙の記事をかいつまんで紹介したいと思います。(和訳および強調は筆者、引用は青字、筆者のコメントないしツッコミは赤字)

アウグスブルガー・アルゲマイネ紙(2014年9月29日):"BINGE-EATING-STORUNG"(大食い型摂食障害)「摂食障害:過食発作を治療する新しい専門施設が誕生」(Essstorungen: Neues Kompetenzzentrum gegen Fressattacken)
http://www.augsburger-allgemeine.de/wissenschaft/Essstoerungen-Neues-Kompetenzzentrum-gegen-Fressattacken-id31505207.html


・ドイツでは11歳~17歳の子供の5人に一人が摂食障害。昨年一年間だけでも、ドイツ南西部(←注:テュービンゲンはドイツ南西部のバーデン・ヴュルテンベルグ州のほぼ真ん中に位置)の11~25歳の新規患者15200人が治療を受けた。
・テュービンゲン大学病院の精神療法&心療内科の教授であるステファンツィプフェル医師によれば、摂食障害は多くは思春期に発症するが、往々にして成人してからも進行する(←若者だけの病気ではないという意味)。テュービンゲンの医師たちが新設した摂食障害専門施設は、そのような患者を年齢で制限することなく全生涯に渡ってサポートすることを目指す。さらにはこの分野において健康保険と研究と教育を結びつけていくことも目標とする。
・従来から知られる「過食症」「拒食症」とは別に、新たに「Binge-Eating-Störung」(←前出の「むちゃ食い障害」、
英語のBEDと同じなる疾患概念が近年急増中である。BEDは、(食後の嘔吐や下剤濫用などの代償行為を伴う)過食症とは異なり、「食後の嘔吐を伴わないドカ食い」であることが診断のポイント。ドイツでは15歳~25歳の女子における拒食症罹患率は0.5~1%なのに対し、BEDは2~3%に上る。BEDの特徴として、他の摂食障害に比べて男性に比較的多いことが挙げられ、全BED患者の1/3が男性である。
・テュービンゲンとハイデルベルグの大学病院の研究によれば、拒食症患者の半数近くは治癒できるとツィプフェル教授は主張する。過食症とBEDの治療成功率はさらに高いとも言っている。(←それだけ拒食症はこの3つのカテゴリーの中でも特に治療が難しいという意味を言外に含む)


この記事で目を引くのは、BEDが「嘔吐を伴わない過食」であるというくだりです。拒食症や過食症にも劣らぬ新概念の摂食障害であるBEDは、目下増加しているといいます。そう言われてみれば、かつての大食い番組の予選ロケを振り返ると、本選に進出するレベルには明らかに届かない参加者の中に、こちらから聞きもしないのに、自ら先手を打つかのように「私は吐いてませんヨ!」「下剤とか使ってませんから!」などとやたらと強調するケースが、男女を問わず結構ありました。その方々はおそらく、「自分は摂食障害ではない」と言いたかったのだと思いますが、その方々は上記のドイツの記事をどのように読むことになるのでしょうか。

もう一つ、BEDを考える上で重要な指摘は、「他の摂食障害に比べて男性に比較的多い」というくだりです。代償行為を伴わない大食いを続ければ、必然的に肥満に移行していくため、ドイツでのBEDの治療は「高血圧や糖尿病、高脂血症等に対する全身管理」に力点が注がれており、日本でいうところのメタボ外来を心療内科主導で行うような感じになっています。これを読んで私が真っ先に思い出したのは、元高校球児の引退後の肥満についての当サイトの過去記事です(→大食い甲子園(4)・・・元・高校球児の場合)。この記事に出てくる引退直後の大学野球選手こそ、今読み返せばまさにBED患者そのものです。

日本の高校野球の現場には「勝つためにはパワー、パワーをつけるには太るべし」という発想が今だに根強く、「毎食ドンブリ飯何杯ノルマ」を5分や10分で完食せよというようなドカ食い奨励に誰も疑問を呈することが無いのは、練習中の水分補給を禁止していた時代を経てきた割には時代遅れな感があります。かくして引退した選手の中には、その激減する運動量に合わせて食欲を制御することができず、メタボに一直線というケースも少なくありません。若くしてメタボになれば、血圧は上がるわ睡眠障害になるわ、入社時の採血データもメチャクチャと、人生の先行きが思いやられることもなりかねません。

野球選手の場合、子供の頃から「太る」こと自体を目標としてそもそも戦略的に行ってきた「Binge Eating」のはずが、まるで自分で仕掛けた落とし穴に自ら嵌ってしまうかのように、その行為自体が内包する快楽に気づかぬ間に溺れてしまっていたのかもしれません。そんな彼らが健診の際に「これではアカンと頭ではわかっているんですけど…」と、大食い衝動を抑えられない自分に対する苛立ちや自責の念を述べていた時の暗い表情を、私は今も忘れることはできません。そういう意味で、習慣化した「ドカ食い」「むちゃ食い」「爆食」は本来、アルコール依存症や薬物中毒などと同様、治療の対象となるべき依存症の一種であることは、私が言うまでもない現代医学の常識であります。

「嘔吐や下剤などの代償行為を伴うか否か」は事の本質ではないという意外ながらも重要な真実を、9月29日のドイツメディアは教えてくれました。遺伝的に太りやすい素因のある人が多いドイツという国では、BEDに関する報道のスタンスは日本とは深刻さのレベルが違うようです。こういう報道がなかなか日本国内から出ないのは残念ですが、大食い行為そのもののに対して生涯向き合う勇気を持てとドイツ全土に呼びかけたテュービンゲンの医師たちの声が、いつか日本全国で家族も巻き込んで心深くもがき苦悩し続けている人々のもとにも届くようになる日が来ることを願うばかりです。


(註)当原稿では「拒食症」「過食症」と書きましたが、これらは正確には「神経性無食欲症」「神経性大食症」です。ただ、これらは名称が長く馴染みが少ないため、今回の原稿ではあえて分かりやすさを優先し、「拒食症」「過食症」という単語を使いました。また、「Binge Eating Disorder」(略してBED)のことを「第三の摂食障害」と記載しましたが、BEDは摂食障害のうち「神経性無食欲症」「神経性大食症」「特定不能の摂食障害」に次ぐ4番目の疾患概念として、3番目の「特定不能の摂食障害」から分離独立する形でカテゴライズされたものです。したがって、純粋に正確を期すならば「第四の摂食障害」と書くのが筋かもしれません。しかし、それだと説明が冗長になるのと、そもそも「特定不能の摂食障害」とはそもそも「その他」という性質のカテゴリーであり、そこから独立して注目を集めているBEDが「その他」よりも後に来ること自体が不自然であり、いずれBEDの増加に伴いその疾患概念が世界に浸透すれば、近い将来「第三」への順番の繰り上がりが十分に予測できるため、現時点ですでにBEDを「第三の摂食障害」と記載することにしました。


<参考サイト>
ディー・ヴェルト紙(2014年9月29日)健康欄"Binge-Eating"「新しいタイプの摂食障害が医者を悩ませる」(Neue Art der Essstorung macht Medizinern Sorgen)
http://www.welt.de/gesundheit/article132734629/Neue-Art-der-Essstoerung-macht-Medizinern-Sorgen.html
(ディー・ヴェルト紙はドイツのメジャーな全国紙の一つで、ここに掲載されたことがドイツ全土におけるBEDの知名度アップに大きく貢献したとみられ、他の地方紙も相次いで続報を出すことになった)

医療法人社団 雅会 前田クリニック - 「摂食障害」
http://www.dr-maedaclinic.jp/dl130.html
(摂食障害の疫学が詳しい。以前は摂食障害といえば白人女性の病気だったのが、日本をはじめとする全世界のあらゆる人種において摂食障害が増加してきている)
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