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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2014/09/26

世界的大流行のデング熱!スイス発の驚きの記事と2007年大食いinバリの思い出

今年の夏の日本では、70年振りとなるデング熱の国内発生が大いに話題となりました。デング熱に限らず、我々医師は学生時代にデング熱に限らず熱帯病学の授業はみんな一通り受けてきてはいます。しかし、日本で医師として普通に臨床業務に従事し続ける限り、その手の患者に出会う機会はまず皆無と言っても良いでしょう。この21世紀に発生したデング熱騒動により、多くのドクターが若き日の一夜漬け以降すっかり錆びついてしまった知識を突貫工事で復旧、ひいてはブラッシュアップすることができたのではないかと想像します。なお、私の場合は大食いの海外ロケとの出会いが必然的にデング熱の勉強にもつながったことは、以前のコラムに書いたことがあります。こちらの3本の記事(→大食いロケ必携医薬品(4)…虫除けスプレー「きっかけはデング熱!」、→大食いロケ必携医薬品(5)…虫除けクリーム「きっかけは山本卓弥!」、→大食いロケ必携医薬品(6)…虫刺されクリーム「きっかけは高橋実桜!」)も是非合わせてお読みいただければ幸いです。

さて、今夏の一連の代々木公園に端を発する騒動は、ドイツでもかなり報じられました。最近もちらほら続報が続き、これらは決まって日本の報道よりも記述が客観的で分かりやすいだけでなく、事の核心に迫っているように感じられます。少なくとも私は、日本での報道にはない切り口で解説されたドイツ語圏の報道に毎度のように驚かされっぱなしであります。一例として今回は、非常によくまとまっている以下の記事を和訳しつつ要点をまとめたいと思います。この記事を読んで、みなさんはどう感じられるでしょうか?

Neue Zürcher Zeitung(2014年9月15日):Dengue-Fieber in Japan - Eine Tropenkrankheit kehrt zurück(新チューリッヒ新聞:「日本のデング熱…熱帯病の再来」)(原文作者はPatrick Zoll。和訳要約は筆者、引用部分は青字)
http://www.nzz.ch/panorama/eine-tropenkrankheit-kehrt-zurueck-1.18383445
・8月の後半以降、東京でデング熱の診断を受ける人が相次いでいる。当初の感染者は軒並み代々木公園との関与が指摘されていた。このため、同公園を閉鎖し殺虫剤の散布や池の水を抜くことなどの対処を施していた。
・デング熱は蚊が媒介する疾患で、通常は熱帯・亜熱帯気候地域に発生。症状は高熱、頭痛、関節痛。ほとんどが死には至らないものの、合併症が起きれば命に係わる。アフリカの一部や南米では、子供の死因の上位を占める疾患でもある。
・東京では40度を超える蒸し暑い夏も珍しくないが、1945年以降にはデング熱の国内発生は途絶えており、以降の発生は全て海外渡航に伴う感染に限られていた。これは、日本全土における冬の寒さにより(同疾患を媒介する)蚊が越冬できなかったため。舛添要一都知事も、「パニックの必要はない。寒くなれば蚊は勝手にいなくなる」と述べていた。
・パニックにこそなっていないが、日本での今年のデング熱感染者は既に100人を超えた。東京に出かけていない東京以外の在住者にも症例が発生。これは言い換えれば、「ウィルスを持った蚊の活動範囲は既に広がっている」ということである。
・この事態を喜んでいるのは虫除け薬品のメーカーだけである。通常は9月ともなれば売れ残り商品を棚から撤去しなければならないところが、今だに彼らの商品は売れに売れ続けている。
・(70年もの)長きブランクを経て、何故今頃になってデング熱は復活したのか?原因不明とはされているものの、実は”ご近所”でもデング熱は増加している。今年の台湾は、デング熱が2002年以来の大流行を迎えている。同国での感染者数は既に約1700人で、そのうち90%は(台湾)国内での発生、残りは海外渡航歴のある感染である。当局は、今年の感染者数が年末までに5000人に上る可能性ありと推測している。
・台湾でのデング熱発生が特にひどいのは、南部の港湾都市であるKaohung(高雄)だ。ここは、今年の8月初めの連続ガス爆発事故で28人が犠牲になった街でもある。ズタズタに壊れた街路のあちこちに深いくぼみができ、そこを事故直後から大雨が襲ったため市内のあちこちに雨水が溜ってしまい、これが(デング熱を媒介する)蚊にとっての恰好の温床となるに至ったのである。
・加えて今年は、台湾と日本との間の観光客の往来が非常に活発である:今年の6月時点で台湾は日本人が海外旅行で行く国の第3位、逆に日本に観光で来る外国人の第1位が台湾人ある。両国の観光による人の往来は急増している。これとは対照的に、中国・韓国と日本との観光での交流は政治的関係の悪化に伴い萎みつつある。


この記事には、日本でのデング熱の国内発生と台湾からの観光客数の激増、そしてその前段階として8月の台湾でのガス爆発事故を結びつける驚きのシナリオが展開されています。本年8月1日未明に台湾でパイプラインの亀裂による連続ガス爆発事故があったことは、当時ドイツのニュース映像でも見た記憶がありますが、日本のお隣の国の痛ましい事故でありながら、私は恥ずかしながら今の今まで、それがどんな事故だったのかをよく知りもしなければ、知ろうとする努力を怠っていました。記事では、この事故直後の大雨が台湾でのデング熱のアウトブレイクを一層加速させる要因であり、この大量の蚊が台湾からの観光客の激増に伴い日本へもたらされた可能性まで言外に匂わせています。

ここで、新たな疑問が持ち上がってきます。この記事の指摘するストーリーにはそもそも多少の裏付けがあるのか無いのか、はたまた日本ないし海外の専門家とのオフレコ取材か何かで小耳にはさんだ類の話なのか、それとも単なる憶測なのか、ということです。本文中には、論拠となりそうなそのあたりの記載がまるでありません。記事からわかることは、これが新チューリッヒ新聞(Neue Zürcher Zeitung通称NZZ)というスイスのチューリヒ市に本拠地を置く新聞社のアジア特派員の手による署名記事であるということです。この新聞社は1780年創刊のチョー長い歴史を誇る名門老舗新聞社で、タブロイド紙でもゴシップ紙でもありません。その記者がどのような取材活動を経て、このような記事を書くことに対する会社のゴーサインを勝ち取ったのか?発行国がスイスというあたりにヒントがありそうで、おそらく同国に本部を置く某国際機関の専門家集団の、それもかなり上の方からのリークではなかろうかと、本文を繰り返し熟読すればするほど疑わずにはいられません。

ちなみに、毎年恒例となった私の夏の一時帰国時の甲子園観戦ですが、確かに今年の甲子園では台湾からの観光客が例年にも増して目立ったように思いました。それもこれも、台湾で本年2月に公開され大ヒットした映画『KANO』の効果と見て間違いないでしょう。『KANO』は日本統治下の1931年に台湾代表として甲子園(正確には第17回全国中等学校優勝野球大会)に初出場で準優勝を果たした嘉儀農林学校野球部の物語です。セリフも日本語が多いらしいというこの映画がいまだに日本では未公開というのもビックリですが、ようやく来年1月24日に日本でも公開予定とのことです。この嘉儀農林チームについての展示が今回甲子園記念館であったため、折からの円安も追い風に、台湾からのツアー客が連日バスで甲子園球場に続々と駆けつけていたのでした。これこそ、「風と共に去りぬ」ならぬ、「円安と共に来たりぬ」でしょうか(笑)。このように、観光立国を目指す今の日本に目下のところ最も貢献しているのが台湾という国である現状を考えれば、チューリヒの新聞が書くような内容を日本ではとても書くことはできないのでしょう。

なお、当原稿の作成途中、新たにこのようなニュースが流れてきました。中国でのデング熱のアウトブレイクについてのドイツdpa発の短信です。こちらも日本にとって他人事とは思えない重要な事項がしっかり網羅されており、本文も短いので全文和訳します:

Pharmazeutische Zeitung(2014年9月23日)China: Schwerer Ausbruch von Dengue-Fieber(中国でデング熱の大流行)
http://www.pharmazeutische-zeitung.de/index.php?id=54259
中国Guangdong(広東)省で10年振りにデング熱の大流行。首都のGuangzhou(広州)だけで本年5月以降5190人が感染、2名死亡。さらに隣接都市のFoshan(佛山)、Zhongshan(中山)、Jiangmen(江門)、Zhuhai(珠海)でも深刻な状況。今年の夏は雨が多く気温が高かったため、ウイルスを媒介する蚊の数が前年比で5倍となった。
過去の最新統計によると、デング熱に不顕性感染した人数は2010年に全世界で2億9400万人。WHOの推計によるデング熱感染者数は年間5000万~1億人。


こちらの記事も併せて読む限り、今年の各国でのデング熱大流行は世界的なトレンドに他ならず、大雨と気温の上昇の双方が揃えば、どこでも同じことは起きうると考えるべきでしょう。国立感染症研究所のホームページによれば、昨年度の時点で日本におけるデング熱の年間感染者数は249例あったとあります(ただしこれは全て海外渡航歴を伴う輸入症例)。しかし、それだけ輸入症例がたくさんあったことすら、今回のデング騒動があるまでは聞いたこともありませんでした。また、それだけ多くの感染者がいれば、その患者から蚊を介して周囲の海外渡航歴のない者に感染するケースは多々あったことでしょう。それは、感染すれども症状の出ない不顕性感染であったかもしれませんし、夏風邪っぽい症状で市販薬を飲んだり近くの開業医にかかったケースもあったかもしれません。しかし、繰り返しになりますが、これまではデング熱など学生時代の試験勉強以来聞いたこともないという医者が、昨年までの日本では決して珍しくなかった(それだけ症例が少なかった)のと、ウィルス感染の有無を判定するキットが未だに国内のごく限られた研究機関にしか存在せず、全国津々浦々の開業医の外来レベルで海外渡航歴がない人の夏風邪にいちいち採血するかどうかも疑わしく、これまで本当に国内発生のデング熱症例が昨年までは一例も無かったと断言していいのかどうか、はなはだ疑問です。昨年8月、ドイツ人女性が渡航先の日本でデング熱に感染したケースがありました。そもそも医学的には、日本でさかんに行われている「(デング熱発症が)海外からの持ち込みによるものか、国内発生か」などという議論自体が不毛です。なぜなら、輸入だろうが国産だろうが、蚊を介してウィルス感染が拡大すること自体に変わりはないからです。

それでも、チューリヒの記事から得られる教訓はあります。今年は甲子園大会の開幕が史上初めて雨で2日間も順延されたことに象徴されるように、日本でも特に大雨が多い年となっており、さらには今週は中国大陸でも洪水被害をもたらした台風が日本へ接近しようとしています。雨水の溜まりと蚊は特に親和性が高く、特に土砂災害のあった広島のような復旧半ばの地区でのさらなる大雨は、害虫駆除といった衛生面への配慮も必要になるでしょう。病原体を媒介する蚊が都会の公園に限局しているうちはまだ何とかなるかもしれませんが、一度でも地方の山地にうまく生着してしまえば、ピンポイントでの駆除が困難にになるほどにその生活圏が一気に広がることになり、その地の気温次第では越冬も可能となり、ひいては国内発症のケースかさらに増えることになるでしょう。かといって、自然豊かな地方の隅々まで広範に殺虫剤を散布することにでもなれば、動物の生態系の破壊のみならず、人体への悪影響も危惧されるのが悩ましいところです。

いずれにしても、病原体の持ち込みを防ぐための最も有効な手段は、検疫強化でも水際作戦でもなく、実は「円高」なのではないか…今回の記事から導かれる究極の結論はコレに尽きます。このデング熱が果たして「円安の思わぬ副次効果」の一つなのか否か、これからも国際報道を随時チェックしつつ、今後も考え続けていきたいと思います。

(元祖大食い王決定戦インドネシアロケでのひとコマ。中央にいるのはジャイアント白田さん、右は司会の中村有志さん)

(私にとってこのインドネシアの大会は、「デング熱」という単語を医学部生時代以来チョー久しぶりに聞くことになり、熱帯病に関する知識を急遽おさらいすることになった記念すべきロケ。中央の机の上には虫除けクリームのボトルが見える。出番待ちをしている選手たちがこの後たたかう会場は、足場の下が池となっており蚊が大量に発生。大食い競技では選手もどうしても汗をかいてしまうのだが、虫除けクリームの塗りムラや流れ落ちた場所を寸分たりとも見逃さず、容赦なく選手に噛んでくる蚊には苦戦した。昨今のデング熱の流行は全世界的なものとされているが、これが今後の大食い番組のロケ地選定にも大きな影響を及ぼすことは必至)

(大食い海外ロケで入手した虫除け剤の数々。日本ではベタつかないスプレーや水様のローションが主流だが、それでは汗で流れてしまうため、海外ロケではまるで見かけなかった。左から、オーストラリアの日焼け止め兼虫除けクリーム、インドネシアの虫除けクリーム、タイの虫除けクリーム。左端の「UVカット入り虫除けクリーム」は、日焼け止めと虫除けの2度塗りが必要ないという意味でも優れモノで、今年の夏の甲子園では本当に重宝した。しかし、いまだにこのUVカットつきの虫除け製品はオーストラリアでしか見たことが無いのが残念。是非日本でも製品化するか、オーストラリアから輸入してほしい)


<参考サイト>

国立感染症研究所「デングウィルス感染情報」
http://www0.nih.go.jp/vir1/NVL/dengue.htm
(デング熱感染者数は2014年の36週時点で国内感染例75、輸入例122。1990年の感染者は何と一桁!2009年までは感染者数が50~100程度。これが2010年に244例と激増。ただし、2011年に一時的に半減して113例となったのは、やはり原発災害に伴う外国人の日本への渡航の激減が抑止力として働いていたのであろう。また、感染者の主な渡航先を見ると、やはりインドネシアが多い!これを見て今更ながら、2007年のバリでの大食いロケの恐るべき無謀さを思い知り、あらためて背筋が凍った)

2014年2月6日-デング熱の国内感染疑いの症例について(追加情報提供)→PDF表示
http://www.toyama.med.or.jp/wp/wp-content/uploads/2014/02/oshirase_iryoukikan_dengunetu_tuika.pdf
(日本でデング熱に感染し、ドイツに輸入された症例についての詳報。50歳代前半の女性、2013年8月に日本を旅行、ドイツ帰国後の9月に40度の熱と悪心と斑状丘疹状皮疹多発、肝酵素上昇、白血球減少に次いで血小板減少。潜伏機関3日~14日を考慮すると、笛吹市でのブドウ狩りで蚊に噛まれて発症した可能性が高いとのこと)

上記症例報告の原文:Eurosurveillance Volume 19, Issue 3, 23 January 2014 .”Autochthonous dengue virus infection in Japan imported into Germany, September 2013”
http://www.eurosurveillance.org/ViewArticle.aspx?ArticleId=20681

映画.com(2014年7月18日):甲子園に出場した台湾の高校野球部の実話「KANO」日本公開決定!特報も入手
http://eiga.com/news/20140718/2/
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