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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2014/08/15

高校野球応援曲のルーツを探る…またもやドイツ人が支える甲子園!ジェームス・ラスト「バイブレーション」

台風で2日の順延を強いられつつ遅ればせながら8月11日に開幕した第96回全国高校野球選手権大会ですが、この原稿が掲載される頃はちょうど大会第5日を迎えているはずです。この日は”日本における終戦記念日”とされており(欧州では5月8日で、フランスやチェコ等では休日だがドイツでは休日でない)、正午には甲子園球場のサイレンを鳴らして1分間の黙祷が例年行われています。

さて、先週のコラムでは、甲子園のアルプススタンドでよく演奏される応援団の定番曲「サンバ・デ・ジャネイロ」が実はドイツのグループによる楽曲であったという意外な事実をご紹介しました(→ブラジルW杯サッカー放送で頻出した甲子園の高校野球定番応援曲)。そして今週もまた、甲子園の高校野球にとどまらずプロも含めた日本の野球界に大きく貢献してきた、”ドイツ発”の楽曲をご紹介します。

ジェームス・ラスト・バンド「バイブレーション」(1987年東ベルリンでのライブ)
https://www.youtube.com/watch?v=9MnOmSjLRAE

これは、80年代から90年代にかけて、フジテレビのプロ野球ニュース内の「今日のホームラン」というコーナーでBGMとして使用されていた曲、といえばお分かりになる方も多いのではないでしょうか。そうでなくても、最近は高校野球の応援席でこの曲が演奏される機会が増えており、少なくとも日本では幅広い年齢層の人々がこの曲を一度は聞いたことがあるかと思います。

では、この曲がドイツ人の手によるものだということを、果たして日本の皆様はご存じでしたでしょうか?ジェームス・ラストという名前に聞き覚えはあるでしょうか?1929年生まれの作曲家兼バンドリーダーでもあるジェームス・ラスト(本名ハンス・ラスト、通称ハンジー)は、ドイツでは9割以上の人に知られているといわれる国民的音楽家であり、今年の4月に晴れて御年85才になられた際にはドイツ中でそのニュースが流れたものでした。しかし、そんな御高齢もどこ吹く風、驚くべきことに2015年春のジェームス・ラスト・バンドはドイツやイギリスでのツアーをビッチリ組んでおり、年齢を感じさせない超人的な元気っぷりです(笑)。なお、日本ではプロ野球ニュースの今日のホームランの曲は広く親しまれていながら、ジェームス・ラスト自身はあまり知られていないのに対し、ドイツでは抜群の知名度を誇るジェームス・ラストのベスト盤はたくさんあるのに、プロ野球ニュースの曲が収録されているものはほとんどないという、この日独間の奇妙な逆転現象が不思議と興味をそそります。

なお、この曲の曲名についても謎があります。この曲は1980年発表のジェームス・ラスト・バンドのアルバム『Seduction』の3曲目に収録されており、ドイツ語圏での曲名は「バイブレーション(Vibration)」と単数形になっています。しかし、日本語圏のインターネット、中でも特に質問サイトにおいては、曲名は「バイブレーションズ(Vibrations)」と、すべての回答が申し合わせたように複数形になっています。ちなみに、1987年に当時の旧東ドイツで行われた伝説的なライブ『James Last Live in Ost-Berlin』のビデオ(後にDVDも販売)においては、曲名は「Vibration」と単数形です(下写真はこのビデオの中のワンシーン。冒頭YouTubeのリンク先から↓)。

(曲名が字幕でVibrationと表示されている)

果たして、正しい曲名は単数なのか複数なのか…?ここで気になるのは、2004年にアメリカEagle Recordsから発売されたジェームス・ラストのベスト盤CDでは、曲名が複数形となっている点です。考えられる可能性としては、ジェームス・ラストが作曲した当初の正しいタイトルは単数形の「バイブレーション」だったものの、ドイツ国内でまるで人気が出なかったこの曲が日本という遠い異国で後に思わぬ形でヒットし、それと前後していつの間にか複数形「バイブレーションズ」というタイトルで流布していったことに伴い、いっそのことタイトルも知名度の高い方に合わせて複数形に揃えることにした…という話です。似た例を挙げるなら、1963年全米チャートでアジア圏歌手として初かつ唯一となる1位に輝いた坂本九さんのヒット曲「上を向いて歩こう」が、アメリカを始めとする英語圏では「SUKIYAKI (スキヤキ)」というタイトルで世界中に拡散され、今や日本語の方の正式曲名を(日本人以外は)誰も知らない、というような状況でしょうか。

さらに別の可能性として、同じ曲が「ドイツ版は単数形、アメリカ版は複数形で」というように、最初からタイトルを微妙に変えて発売され、アメリカ版の方が日本に入ってきて定着した、というシナリオももちろんあり得ます。ここまできたら、真相は本人に聞くしかないのかもしれません。しかし、日本語の質問サイトで曲名を「バイブレーションズ」と言い切っていた人たちは、果たしてそのあたりの事情をどこまで知った上で回答していたのでしょうか。単に、他の人の回答をネットで探し出して裏付けも取らずに右から左にコピペしただけ、ということはなかったのでしょうか。インターネットの質問サイトでは、もし一番最初の回答にウソがあれば、それが次々と引用されて増幅することで、いつの間にか真っ赤な大嘘がまことしやかに流布されていくリスクが常に付きまといます。伝言ゲームのように、引用の度に情報が微妙に書き換えられていくことによるリスクもあるでしょう。かくして、ひとつの「デマ」が誕生します。その便利さや手軽さの反面、見てきたようなウソが修正不能かつ既成事実化しやすいという特性を持つのがインターネットだけに、情報が洪水のように氾濫する今のこの時代、正しい情報にありつくためにはインターネット以前の時代よりもさらなる覚悟と地道な努力が必要だと、今回の”ジェームス・ラスト曲名騒動”(?)で思い知った私でありました。

ZDF Volle Kanne (2012年11月1日)「ゲスト:ジェームス・ラスト」
https://www.youtube.com/watch?v=xnMttnab38c

(2年近く前に朝の情報番組に生出演したジェームス・ラストに、視聴者からの電話ないしメールによる質問を受け付けるテロップが出た場面。この番組では視聴者がゲストと直接会話できるコーナーがあり、今後ジェームス・ラストが再びこの番組に登場するのであれば、頑張って電話して直接本人に曲名の疑問を問うてみたいです!といっても、次回の出演はいつになることやら…?)

余談ですが、坂本九さんの名を出したついでに、この時期になると毎年つい連想してしまうのが、8月12日の日本航空123便墜落事故です。あの日は甲子園大会が第5日目の2回戦に入ったばかりの頃で、その日航機には甲子園出場の某選手のお父様が息子の晴れ姿を観戦するために搭乗していました。1回戦に勝利した息子のチームは次の2回戦まではかなり日程が空いており、この父親の妙に早い大阪入りはきっと、試合のない日の代表校が甲子園以外のグラウンドで毎日行うチーム練習を見守るためではないかと思われました。元プロ野球選手でもある父をこの事故で亡くした選手は二年生で、事故の報を受けてそのままチームから離れ御巣鷹山へと向かうことになり、結局それ以降甲子園に戻ってくることはありませんでした。1名欠けた状態で戦う自分のチームを家族待機所のテレビ越しに見つめるその選手は、自分がそこに居ないという、数日前には想像すらできなかった現実に直面することになります。「自分さえ甲子園になど出場していなければ」という思いにも、苦しめられたことは一度や二度ではないでしょう。

「命」と「甲子園」の奇妙なアンバランスに戸惑ったのは、甲子園球場の観客やテレビの前の全国の高校野球ファンもまた同じでした。今でも鮮明に覚えているのは、あの日以降の甲子園球場にただよっていた”ただならぬ空気”です。どちらを向いても、周囲で広げられる一般紙やスポーツ新聞に週刊誌からは衝撃的な見出しや写真がイヤでも目に飛び込んできました。そして、いつもなら高校野球の枕詞のようだったはずの「汗」や「涙」や「感動」といった言葉すら、全て根底からその意味を失ってしまったかのように、あの日を境にまるで心に響かなくなりました。野球を知る人も知らない人も、いつしか高校野球中継ではなくワイドショーに話題が出てくるようになってしまったその選手のあまりの境遇の変化に、他人事とは思えないような、祈るような思いを寄せつつ、夏の暑い盛りの野球中継を息をのむように見守っていたはずです。なお、この事故では当時の阪神球団社長および同行の常務もまた犠牲となっており、甲子園と縁のある人物の訃報としてプロアマを問わず野球ファンの心に多大なる衝撃を残し、それが21年振りとなる同年の阪神タイガースの悲願の優勝というストーリーにも繋がっていくのです。

今年に入ってからは特に、マレーシア航空機の失踪やウクライナ上空での撃墜事件、さらには他の航空機の墜落事故も相次いだため、今までにも増して、あの夏の日の”ただならぬ甲子園”を思い出す機会が増えておりました。そして今年の夏の甲子園を迎えるにあたって、あらためて世界中での空の安全はもちろん、平和の実現を心底祈らずにいられません。


<参考サイト>

ZDF Volle Kanne (2014年4月17日) - 「ジェームス・ラスト85歳の誕生日」
https://www.youtube.com/watch?v=fPsYiWOz5yk

Amazon.de:James Last - Seduction (CD)
http://www.amazon.de/Seduction-Re-Issue-James-Last/dp/B0009A6MWG/ref=pd_ecc_rvi_3
(1980年発売のアルバムを2005年に再音源化したCDが何と91.95ユーロ、日本円にして1万2千円以上もするという超プレミア復刻盤!3曲目が「バイブレーション」と、タイトルは初出時と同じく単数形。上記リンク先では視聴も可能。ちなみに、1曲目の「ファンタジー」は往年の人気番組『アメリカ横断ウルトラクイズ』で○×クイズのシンキングタイム中に流れたテーマとしても知られる)

Amazon.de:James Last - Live in Ost-Berlin (DVD)
http://www.amazon.de/James-Last-Live-Ost-Berlin/dp/B0002A4J46/ref=sr_1_3?ie=UTF8&qid=1407834851&sr=8-3&keywords=James+Last+Berlin
(1987年に旧東ドイツの東ベルリンで行われたライブ。ビデオ化されたマテリアルを2005年にDVD化して発売。10曲目「バイブレーション」はここでも単数形)

Amazon.de:James Last - Spring Fling (CD Import)
http://www.amazon.de/Spring-Fling-James-Last/dp/B00020HAU6/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1407835018&sr=8-1&keywords=Spring+Fling+James+Last
(アメリカからの輸入盤、2004年発売。9曲目が「バイブレーションズ」と、ここで初めてタイトルが複数形となる)
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