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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2014/08/01

またオウンゴール?ドイツ次期キャプテン候補の「侮辱ソング」事件の意外な展開とその教訓

サッカーのW杯ブラジル大会が終わってまだ二週間というのに、またもやドイツ代表選手がやらかしてしまいました。「ガウチョダンス」(→2014年ドイツW杯優勝直後の「ガウチョダンス」は1954年の「旧国歌斉唱事件」の再現か?)の次は「侮辱ソング」だそうです。フィリップ・ラームの後任として次期ドイツ代表キャプテンの呼び声も高いバイエルンミュンヘン所属のバスチアン・シュワインシュタイガー選手ですが、W杯決勝翌々日となる7月15日の晩(つまりガウチョダンス事件当日!)に地元ミュンヘンのバーで友人たちを前に気持ちよく歌など披露したは良いものの、その歌う光景が先週末頃に相次いで動画サイトに投稿された途端、その歌詞がバイエルン・ミュンヘンのライバルチームであるボルシア・ドルトムントを侮辱する内容であるとして一気に騒動に発展、週明けにさっそく本人が謝罪対応に追われたというものです。今回の事の顛末がよくまとまっているので、以下のヴェルト紙の記事をかいつまんで要約しつつ和訳して紹介します。(記事要約部分は青字、筆者注釈は赤字。太字は筆者強調)

Die Welt (2014年7月27日):Schweinsteiger und das “BVB-Hurensöhne”-Video (シュワインシュタイガー選手の「ドルトムント侮辱ソング」ビデオ)
http://www.welt.de/sport/fussball/bundesliga/fc-bayern-muenchen/article130612798/Schweinsteiger-und-das-BVB-Hurensoehne-Video.html
・プロサッカー選手は楽ではない。ちょっとの過失、一口余分なビール、後先考えない発言…スマートホン時代にはそれら全てが、小さからざるスキャンダルを引き起こしかねない。
・W杯での彼の活躍はベッケンバウアーも高評価。バイエルンのシエフであるルンメニゲは、彼がドイツが渇望する英雄そのものだったとさえ語った。
・その英雄が歌った光景が、ネットを席巻している。とある酒場の舞台に上がってシュワインシュタイガー選手が歌い始め、客もそれに同調した。ただ、その歌詞は(侮辱という以外に)解釈のしようがない「BVB-Hurensöhne」というもの。(ちなみにHureとは売春婦のこと、Söhneとは息子Sohnの複数形→つまり、Hurensöhneとはそのまま、英語でいう「ソン・オブ・ア・ビッチ(son of a bitch」の複数形に相当)
・ドイツ代表のガウチョダンス事件がつい最近あったばかりだというのに、またもや代表選手による歌のオンステージでこの始末。
・このビデオを見れば、今後のブンデスリーガで選手たちがW杯効果でナアナアになってしまう心配はなく、バイエルンとドルトムントとの宿敵関係は変わらなさそうである。今回問題となったこの歌はW杯期間中にリオのホテルでの優勝祝賀会でもドルトムント選手の前で披露されており、他愛無い冷やかしの域を出ないものである。
・この騒動か発覚した時点ではシュワインシュタイガー選手は(クロアチアに)休暇で滞在中だが、急遽「ドルトムントの全ての関係者に謝罪する。言い訳はしない。これは有名なファンソングだが、誰も傷つけるつもりはなかった」という謝罪のビデオメッセージを発表した。
・ズバリ結論:サッカーの代表選手は踊りも歌もやめよう。どうしても歌うというのなら、国歌斉唱の時だけにしよう。


ヴェルト紙の結論はまず冗談だとは思いますが、この騒動の一番本質的な部分がたった一言で済まされているのが残念です。上の太字、つまり「スマートホン時代には」(in Zeiten von Smartphones)という部分こそが、今回の事件の一番のポイントであると私は思うのです。

このことを説明するためには、問題となった動画を一通り見てみるのが手っ取り早いと思います。以下に、動画サイトYouTubeにアップロードされた別の動画を4つほど、代表的なカットとともに紹介します。

動画1) Bastian Schweinsteiger singt “BVB, Hurensöhne!”
https://www.youtube.com/watch?v=_1hOCMVuAKg


真ん中の白タオルを首に巻いて拍手しているのがシュワインシュタイガー選手で、いい感じで酔って気持ちよさそうに歌っています。周囲もヤンヤヤンヤと盛り上がっており、その雰囲気は日本でもよく見る飲み会と何ら変わりはありません。なお、本人から見て右斜め前にこの動画の撮影者がいるようです。この動画のアングルを念頭に置いた上で、次の動画をご覧ください。

動画2) Bastian Schweinsteiger singt “BVB Hurensöhne”!!!
https://www.youtube.com/watch?v=9xnV4hCWtTQ


あらら、今度は本人から見て左側から撮影されています。先程の動画とはアングルが全く違います。つまり、この宴会では複数の人々が一斉にシュワインシュタイガー選手の歌う姿を撮影していたことがわかります。カットが縦長なのは、デジカメではなくスマホでの撮影であることを伺わせます。

動画3) Schweinsteiger singt “BVB-Huhrensöhne” | Bastian Schweinsteiger singt Schmähgesänge gegen BVB
https://www.youtube.com/watch?v=0P6ntLyR4CI


あちゃー、こちらもまた左側からの撮影ですが、先ほどの撮影者よりさらに後方からのようです。しかも、よく見ると、映像の右下の隅に、先ほどの動画の撮影主のものと思われるスマホが映りこんでいるではありませんか!この宴会現場ではみんな堂々とスマホを取り出して撮影できていたという何よりの証拠です。

動画4) schweinsteiger - BVB-Huhrensöhne
https://www.youtube.com/watch?v=-j3Db-sEYiI


ここまで来たら、あーぁ、とタメイキしか出ません。これまでの動画を見比べていくと分かるのですが、右下に見える腕輪をつけた手は、実は動画3)の中でスマホが映りこんでいる人物の左腕です。そして、その左にはさらに別の人が右手でスマホを構えている様子が映っています。つまり、この動画は先程の動画3)の撮影者よりもさらに(シュワインシュタイガー選手から見て)右寄りからの撮影と推定されます。

シュワインシュタイガー選手の「侮辱ソング」映像流出という報道から私が当初想像したのは、現場にもぐりこんだ(友人ではない)第三者がたまたま盗撮し、その映像を勝手にネットにアップしたというような話でした。しかし、以上の4つの動画を見る限り、盗撮どころか実際にスマホを手にしていた皆さんは堂々と撮影しており、シュワインシュタイガー選手があの「侮辱ソング」を歌っていた際に周囲のスマホが自分を狙っていたことによもや気付いていなかったとは絶対に思えません。つまり彼は、単にスマホとネットの恐ろしさをよく分かっていなかっただけで、まさにスマホは「現代の凶器」とでも呼ぶべきものなのかもしれません。なお、この宴会があったとされるのはガウチョダンス事件の当日とのことで、ガウチョダンス事件が騒動になったのがその翌日になってからの話なので、この宴会時点ではまだ誰一人として、あのダンスにもこの歌にも、何ら問題はないと油断していたのかもしれません。

思えば、ガウチョダンス事件も同じ構図でした。ベルリンでの凱旋パーティーに集まった40万人の観客だけに見せるつもりだったというならともかく、国営放送2局が完全生中継をしていたことを彼らは知っていたはずなのに、その中で決行したのがあのガウチョダンスでした。テレビ中継があれば、彼らの一挙手一投足の目撃者数は一気に2桁上がって「ウン千万」の単位になりますし、そこにさらなる新聞報道やニュース映像での配信が加われば、彼らのやることなすことはもはや「億」ひいては「十億」の単位の人々の目に触れることになります。そのような舞台で、例え酔っ払った勢いとはいえ、「人種差別コード」に思いっきり引っかかることをやってしまったこと自体、テレビや報道の威力を軽く見すぎていたことは否めないでしょう。


さて、7月28日に入り、シュワインシュタイガー選手の謝罪が大々的に報道されました。さすがのシュワインシュタイガー選手も、謝罪ビデオでは顔が引きつっています。この日、まるでアンサーソングのように、ドルトムント側からは「そんなの全~然気にしていないけど、謝罪はもちろん受けますよ。何なら、歌のレッスンもこちらで世話してあげようか?」という、ウィットに富んだコメントが間髪入れずに発表されました。W杯でチームメイトだったドルトムント所属のグロースクロイツ選手からは、「ま、あんまりイケてない行為だったけど、これまで君に随分お世話になったことは忘れてないヨ!人間誰でも間違いはあるんだから、この件はこれで終わり」という寛大なコメントも出ました。(ただしグロースクロイツ選手といえば、「レストランで他の客にケバブ投げつけちゃった事件」や、ベルリンのホテルでの「ロビーで立ちション事件」など、何かとお騒がせな人物であり、「人間誰でも間違いはある」という部分には妙に力が入っているような気がします…笑)

しかし、今回の件で私がさらに驚いたのは、「侮辱ソング事件」が意外な展開を辿っていることです。先だってのガウチョダンス事件の場合は、大手メディアが一斉に選手を非難したのに対してネット界はむしろ選手を擁護する論調が強かったのですが、今回のシュワイニー君の「侮蔑ソング事件」の反応は真逆なのです。新聞やテレビなどの大手メディアは今回いずれも寛容で、「今後は周りの人のスマホに注意しましょうね!」というオチまでつけて水に流そういとしているのに対し、YouTubeの上記動画に付いたコメントのどれも辛辣なこと!てっきり動画をアップした投稿者を非難して選手を擁護しているのかと思いきや、よく読めば逆です。以下に一部抜粋するとこんな感じです:

「気色悪いサッカー億万長者!!!」
「サッカーの世界って信じられないほどおバカ」
「ドイツ代表キャプテン失格」
「シュワイン(=豚の意味)シュタイガーは甘やかされた雌豚(ザウ)。今後は彼をザウシュタイガーと呼ぼう」(雌豚=ザウというのもHurensohnほど強くはないが蔑称の一つ)
「神への冒涜だ」(←動画の最後に「バスチアン・シュワインシュタイガーはサッカーの神様だ」と客が連呼するシーンにひっかけたコメント)

私が思うに、差別や侮辱というものは、自分に降りかかってこない限りはスルーされるのに、自分が当事者になった途端に猛烈に反発してしまう代物なのでしょう。以前のコラムで私が述べた「デア・クライネ・ヤパーナー」(小さな日本人)がいい例で、テレビの前で眠気が吹っ飛ぶほどに反応してしまった私の気持ちを、一般のドイツ人はまず理解できないでしょう(→「デア・クライネ・ヤパーナー」(小さい日本人)というドイツメディアの衝撃発言とベルギーでの出来事)。あの「ガウチョダンス事件」も、ドイツ国民の半分がガウチョであれば全く違う展開になっていたはずで、それ以前にそんな事件自体が起きないでしょう。今回のシュワインシュタイガー選手の「侮蔑ソング事件」をあえて日本に当てはめて例えるとすれば、巨人の看板選手が阪神ファンを差別用語付きで悪しざまに罵るような話でしょうか。それが酒の席での冗談であったとしても、西日本の多数の阪神ファンを敵に回す行為を行えば、大手メディアはともかくネット言論は同じように荒れるとしても不思議はありません。

最後に、この歌が公共の電波で流れた際の国営放送ARDのアナウンサーの対処の仕方を紹介して終わります。2013年のUEFAチャンピオンズリーグ準決勝でバイエルン・ミュンヘンがFCバルセロナを下した直後のサポーターの歓喜の光景です。次の決勝の対戦相手となるボルシア・ドルトムントを意識したサポーターは、中継担当の女性アナウンサーの背後で例の「ドルトムント侮蔑ソング」を歌い始めました。女性アナは当惑の表情で、酔っ払いにもみくちゃにされながらも何とかレポートを完結します。

ARD Tagesschau “BVB Hurensöhne”
https://www.youtube.com/watch?v=dzMItJVoCWQ


その直後のアナウンサーのセリフですが、日本であれば通常は「先程のリポートの中で、大変お聞き苦しい点がありましたことをお詫びいたします」となるところでしょうが、ドイツでのセリフはこうでした:


「先ほどは、ドルトムントの皆さんがわざと耳をそらしてくれていたと思いたいです。撮影スタッフもファンもお祭り騒ぎが過ぎて、何言っているのか、どっちみちサッパリ分かりませんでしたけど…」

いかがでしょうか?日本のようなお詫びではなく、凄く苦しい言い訳にしか聞こえません(笑)。もっとも、テレビ局がわざと歌わせたのでもない以上、お詫びすること自体がそもそもおかしい気もしますし、視聴者気質の相違ひいてはお国柄の違いを反映しているのかもしれません。
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