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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2014/02/07

フランスで出逢った邦画『生きものの記録』に見出す東京都知事選との思わぬ共通点

この記事が掲載される頃といえば、ちょうど東京都知事選の2日前にあたります。思えば、前知事の猪瀬直樹氏が史上最多得票数で圧巻の当選を果たしたのが一昨年の12月16日、オリンピック招致成功でブエノスアイレスにて歓喜の涙を流していたのが昨年の9月7日でした。しかし、オリンピック招致活動中の不適切発言など、時折物議を醸していたその前知事が、資金提供問題勃発で一年そこらでまさかの電撃辞任に追いやられるとは、誰が想像したでしょうか。急に降ってわいた感のある今回の都知事選ですが、細川護熙氏の立候補と小泉純一郎氏の応援という「元総理コンビ」の登場で、ここにきて「脱原発」が争点の一つとして急浮上、明後日に控えたその開票結果が大いに注目されるところです。

この東京での一連の展開の中で、思わず連想せずにいられなかったのは、先日フランスの家電量販店で偶然発見したコチラのDVDでした↓。



これは1955年公開の黒澤明監督作品『生きものの記録』(東宝)のフランス語バージョンで、フランス語版タイトルは”Vivre dans la peur”(直訳すれば「不安の中に生きる」)です。制作当時の時代背景としてビキニ環礁(マーシャル諸島)における核実験(1946-1958)および第五福竜丸の乗組員被曝(1954年3月1日)があったこと、当時35歳の三船敏郎が70歳の老人・中島喜一役を演じたことなどでも話題となりました。3年前の日本の東日本大震災の影響で近年再び注目されるようになっている名作にもかかわらず、私はその存在を恥ずかしながら今回現物を偶然手にするまで全く知りませんでした。このDVDを私は15€ポッキリ(2100円程度)で入手したのですが、フランス版アマゾンのページではこれと全く同じものが17.90€で販売されています↓(本編DVD1枚+特典映像DVD1枚)。このフランス版アマゾンに掲載のあらすじ(ネタバレ注意!)を以下に引用します(引用は青字、筆者訳):

Amazon.fr - “VIVRE DANS LA PEUR”  17.90€
http://www.amazon.fr/Vivre-dans-peur-Toshir%C3%B4-Mifune/dp/B006LNAA8W/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1391517461&sr=8-1&keywords=Vivre+dans+la+peur
Tokyo, 1955. Kiichi Nakajima est un industriel proche de la retraite qui n'a qu'une idée en tête : s'exiler le plus vite possible. Ce chef de famille souhaite en effet se protéger et protéger les siens d'une menace qu'il juge très sérieuse et imminente : la menace nucléaire. Persuadé que le Brésil est suffisamment éloigné des radiations en cas d'attaque, il décide d'y acheter des terres et souhaite réunir l'argent nécessaire en vendant tous ses biens, y compris son usine. Ses enfants et sa belle famille, perplexes, refusent de le suivre et lui intentent un procès pour bloquer sa fortune et ainsi contrecarrer ses projets. A bout d'arguments, épuisé et violent, l'industriel met alors le feu à sa propre fabrique de charbon. Ce geste désespéré est interprété comme de la folie, le vieil homme est immédiatement interné...
1955年、東京。引退間近の実業家である中島喜一のアタマには、一刻も早く避難することしか無かった。彼は一家の大黒柱として、差し迫った深刻な核の脅威から彼自身および彼の家族を守ろうとしていた。万一の核攻撃の際にも十分距離が離れているとの理由で、彼は自分の経営する工場も含めた日本での全財産を売却してかき集めた資金でブラジルに移住する土地を購入すべく、家族を説得していた。しかし、彼の子たちも義理の家族たちも当惑しきりで、彼についていくことには大反対であった。そして、彼が勝手に財産処分をできないよう、彼の企みを阻止するべく、裁判所に(準禁治産の)申し立てを行った。議論の末に疲れ果てた彼は、怒りのあまりついに自身の石炭工場に火をつけてしまう。彼の絶望がなせる行為だったこの放火は、彼の狂気によるものと解釈され、彼は即座に監禁されてしまうこととなる。


これだけでも映画のあらすじがかなり把握できますが、日本語版Wikipedia記載のあらすじも併せて読むと分かりやすいので、こちらも引用します:

Wikipedia日本語版 - 生きものの記録
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%AE%E8%A8%98%E9%8C%B2
<あらすじ>
歯科医の原田(志村喬)は、家庭裁判所の調停委員をしている。彼はある日、変わった事件を担当した。鋳物工場を経営している中島喜一(三船敏郎)は、核兵器の脅威から逃れるためと称してブラジルに移住を計画し、そのために全財産を投げ打とうとしていた。喜一の家族は、彼を準禁治産者とする申し立てを提出した。喜一の言葉を聞いた原田は心を動かされるが、結局は申し立てを認めるしかなかった。計画を阻まれた喜一は倒れる。夜半に意識を回復した喜一は工場に放火した。精神病院に収容された喜一を原田が見舞いに行くと、喜一は明るい顔をしていた。彼は地球を脱出して別の惑星に来たと思っていたのだった。病室の窓から太陽を見て喜一は、原田に「地球が燃えとる」と叫んだ。


映画のキャストもまた注目に値します。主人公の老人を演じた若き三船敏郎に、裁判員の歯科医役を演じた志村喬というダブル主演の両名もさることながら、他にも後々長く活躍することになるビッグネームがその見覚えある顔をグッと若返らせて(?)周囲を固めています。主人公の長男の嫁を演じる千石規子は後に数多くの映画やドラマで味のあるおばあちゃん役で親しまれましたし、主人公との財産交換の交渉のためブラジルから一時帰国した色黒の老人を演じるのは後の初代・水戸黄門こと東野英治郎、さらに主人公が収容される精神病院の精神科医は後の田宮二郎版『白い巨塔』で第一外科の東教授を演じた中村伸郎が同じ白衣姿で演じるなど、別の意味でも見どころ満載と言える作品です。また、後から知ったのですが、初代黄門様の東野英治郎は1966年公開の映画版『白い巨塔』で東教授役を演じており、この作品は実は「新旧・東教授」の華麗なる競演という、白い巨塔ファンなら感激必至の作品です。


(左が三船敏郎、右が東野英治郎。水戸黄門の放送開始は1969年だが、黄門様の豪快な笑いはこの1955年公開の映画でも健在。洋行帰りの白スーツは後の白衣姿を勝手に連想させる…ワケないか?)

この黒澤作品、今のこの時期に観れば「今の東京都民にとって必見の映画」と言う他にないでしょう。その理由については、日本語版Wikipediaの記載がよくまとまっています↓。

・この映画のみどころは、三船敏郎演ずる老人が日本の状況に危機感を持ち行動を起こすが、日常の生活を優先する家族に締め上げられ次第に狂っていく綿密な描写にある。
・『あらかじめ分かっている問題にどうして対処しようとしないのか』というのがテーマとなっている。
・「震災後に改めて観ると、以前にくらべて「受け取る印象がこうも違うのか」「昔観たときは、『生きものの記録』はむしろ「喜劇映画かよ」っていう印象でしたが、震災を経ることによって、黒澤監督が作品に込めた考えが、やっと伝わってきたような気がしています。」
(←スタジオジブリ元社長で映画プロデューサーの鈴木敏夫氏のコメントとして紹介)

「脱原発」か、「再稼働」か。「小泉」か「安倍」か。「生命優先」か「経済優先」か。各種報道で見聞きする(あるいは意図的に報道されない?)今回の東京都知事選の争点と、今から60年も前の巨匠・黒澤明監督がこの作品の中で必死に取り組んで表現した命題が、時空を超えて奇遇にも重なってきます。”危機感や不安から意を決して立ち上がった老人”という設定があながちフィクションとも思えないどころか、どこかで聞いたようなタイムリーなネタ(笑)に思えてしまうのだから、「歴史は繰り返す」とはこういうことを言うのでしょうか。

黒澤映画の中では、「PEUR」(不安)を訴えた老人は見事に封じこめられ、「FOLIE」(狂気)のレッテルを貼られて社会から葬り去られてしまいます。そして、その一部始終に立ち会う過程で、「レッテルを貼る側と貼られる側では、狂っているのは本当はどちらなのだろうか?」という疑念に次第にとらわれていく傍観者としての第3の立場を、(志村喬演じる)裁判員の歯科医が体現しています。この第3の立場は、選挙の世界ては無党派層とも浮動票とも呼ばれるのはご存じの通りです。

人間であれば誰しもその深層心理の奥底に、多かれ少なかれある程度は「PEUR」(不安)を共有しているはずです(そうでなければそれはもはや人間ではなくロボットやサイボーグの世界であろうが、そういう人間が増えるのもまた都市文明の宿命か)。そのような原始的本能としての「PEUR」が、1955年と2014年では人々に別の決断をもたらすのか否か。「遠い海外で起きた核実験」と「国内それも近県で起きた核事故」との間には大した差はなかったという結論に落ち着くのか否か。他国にとっても決して他人事ではないだけに、世界中が注目していることもまた間違いありません。

それにしてもつくづく感心してしまうのは、『生きものの記録』という異国の映画に「VIVRE DANS LA PEUR」(不安の中を生きる)という仏題をつけたフランス人の抜群のセンスです。フランス版アマゾンのレビューワーの評判もおおむね良く、”Tout le monde meurt.mais je ne veux pas être tué.”というこの映画の決めゼリフは原発だらけのフランスに生きる人の心も掴んだようです。以下にこのセリフの出てくるシーンを書き出してみます:

次男 ”On ne s’improvise pas paysan.”(鋳物屋がいきなり百姓やったって…)
老人 ”Idiot !  Il s’agit de sauver vos vies !”(馬鹿ッッ!命あっての物種ということが分からんのか、お前たちは!)
長男 ”Vous ne sauverez rien du tout.  Nous mourrons tous unjour.  Avec ou sans bombe A.”(お父さん、命、いのちって言いますがね~、人間誰だって遅かれ早かれ死ぬんじゃありませんか。そう考えりゃあ、水爆も放射能も…)
長女 ”Je suis d’accord. Pensez-y.”(そうよ!そうよ、そう考えれば…)
老人 ”Tout le monde meurt.  Mais je ne veux pas être tué !”(死ぬのはやむを得ん。だが、殺されるのは嫌だッッ!



三船敏郎演ずる老人の鋭い眼光、セリフの後の長い沈黙、そして裁判員たちの凍り付いたような真剣な表情は、そのまま60年の年月も国境をも超えて、今の世代に強いメッセージを伝えているかのようです。



最後に、日本版アマゾンでの販売サイトを2つ紹介させていただきます。目下、この映画の期間限定プライス版がこちらから1961円で販売中のようです。(ただし、特典映像つきか否かは記載がないのでわかりません)

Amazon.jp - 生きものの記録【期間限定プライス版】[DVD]
http://www.amazon.co.jp/%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%AE%E8%A8%98%E9%8C%B2%E3%80%90%E6%9C%9F%E9%96%93%E9%99%90%E5%AE%9A%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%B9%E7%89%88%E3%80%91-DVD-%E4%B8%89%E8%88%B9%E6%95%8F%E9%83%8E/dp/B00CYT82XW/ref=sr_1_1?s=dvd&ie=UTF8&qid=1391584003&sr=1-1&keywords=%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%AE%E8%A8%98%E9%8C%B2

なお、私がフランスで入手したものと同じ特典映像付きと思われるバージョンは、下のリンクから3140円で今も販売中のようです。もっとも、フランス版の店頭販売(15€)の方が日本版よりも1000円程度安いというのは、日本人としてちょっと納得行きませんが…(笑)。

Amazon.jp - 生きものの記録[DVD]
http://www.amazon.co.jp/%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%AE%E8%A8%98%E9%8C%B2-DVD-%E4%B8%89%E8%88%B9%E6%95%8F%E9%83%8E/dp/B00006LEZW/ref=sr_1_2?s=dvd&ie=UTF8&qid=1391584003&sr=1-2&keywords=%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%AE%E8%A8%98%E9%8C%B2
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