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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2014/01/24

ドイツの朝のクイズコーナーで知った「チューリンゲンのジャガイモ団子」の無形文化遺産入りの野望とその行方

昨年12月に舞い込んできた「和食」のUNESCO(ユネスコ)の無形文化遺産入りというニュースをきっかけに、私はユネスコおよび無形文化遺産について調べ始めたのですが、私がこの話題を掘り下げて取り上げてみようと決意するに至るには、実はキッカケがありました。それは、ドイツで私が毎朝見ている朝の生放送ニュースショー”ZDF Morgenmagazin”でエンディング直前に出てくる「Richtig oder Falsch?」というコーナーです。

「Richtig oder Falsch?」とは、ドイツ語で「正しいか、間違いか?」という意味です。まず、事前に電話応募の中から選ばれたテレビの前の視聴者1名およびスタジオ観覧客の中から選ばれた1名が司会者により紹介されます。そして、いかにもヘンテコ感のあるにわかには信じがたい話題を真面目なニュースのように仕立てた1分程度の短いVTRをこの2名に見てもらいます。その上で、解答者がこのVTRの中で語られる内容を実在するニュースだと思った場合は「Richtig」(正しい)、これが実在しないネタで単なる制作スタッフの捏造に過ぎないと思ったなら「Falsch」(間違い)と答えるという、クイズ形式のコーナーです。ちなみに、正解した場合の景品は番組特製マグカップで、以前の駐独アメリカ大使の記事の最後の写真で、大使の前に置いてあるのがそのマグカップです(→駐独アメリカ大使をタジタジにさせたドイツZDFのインタビューの迫力)。ただ、さすがは欧州一のクソ真面目な民族たるドイツ人、「たかがマグカップ、されどマグカップ」(笑)とばかりに、みなさん毎朝マグカップを狙った真剣勝負を繰り広げてくれます。そして、毎回のように司会者が微妙な助け舟を出したり、時には微妙どころか明瞭なヒントも出していたりするのにもかかわらず、解答者がそのサインになかなか気づかない時の観覧席のヤキモキ感や空回りのテレパシーが宙をさまよう”ドイツ版KY”とも呼ぶべき空気がこれまた最高で(笑)、このコーナーの隠れた見どころとなっています。

ある朝、いつものようにそのクイズコーナーを眺めていたら、このような”ニュース風”映像が出題されました。オンエア当時はそこまで重要な話題と気付かなかったので記録も録画もしておらず、正確な日時がわからないのが実に悔しいのですが、昨年の10月末ないし11月始め頃の放送分ではないかと思います。そのナレーション内容はだいたいこんな感じでした↓:

「ユネスコの世界遺産(Weltkulturerbe)といえば、世界の建造物や大自然などに対して認定されるものであるが、ユネスコには無形文化遺産(immaterielles Kulturerbe)というのもある。このカテゴリーには食関連のものもあり、フランス料理などは既にリスト入りを果たしている。そして、ドイツからは、「チューリンゲン州のジャガイモ団子」が実は無形文化遺産認定を狙っている。さて、この話は正しいでしょうか、間違いでしょうか?」

この出題の時点で私は、日本の「和食」がユネスコ無形文化遺産の候補に挙がっており、2013年度の認定が確実視されているということを、日本発のニュース報道から知っていました。従って、「無形文化遺産には食べもの関連のものがある」というこの前半部分が正しいことは、私に限らず全ての日本人にとって常識であったと言ってもよいでしょう。ただし、後半部分の「チューリンゲンのジャガイモ団子がリスト入りを狙っている」というのはさすがに私も初耳で(ちなみに放送内ではこれ以外にも候補がさらに2~3個ナレーション内で言及されていたと思うが、ジャガイモ団子以外は忘れました)、そちらの事実関係には自信が無かったものの、このクイズの正解はきっと「Richtig」(正しい)なのだろうと考えつつ、解答者の反応を待っていました。

しかし、まず電話口の回答者が、このようにキッパリと断言しました。

「フランス料理が無形文化遺産?アハハ。そもそも無形文化遺産に食べ物だなんて、とても考えられない。だから、この話はFalsch(間違い)である!」

日本国民なら知らない人はいない「食関連の無形文化遺産」を、このドイツ人解答者が「そんなアホな!ご冗談を!」と一笑に付しつつ一蹴したことに、私はテレビの前でまたもやコーヒーをこぼしそうにビックリ仰天したのでした。裏を返せば、日本の「和食」が立候補していることすら、彼らには荒唐無稽に聞こえたことでしょう。なお、スタジオ観覧のもう一人の解答者も「私もありえないと思う」と同調したように記憶しています。司会者は多少の目ヂカラと不自然な間合いで目一杯のサインを送ったようにも見えましたが、彼らが翻意することは結局なく、案の定、正解は「Richtig」(正しい)で、彼らはマグカップをもらい損ねたのでした。

このわずか数分のやりとりの中で、ドイツ人が食関連の無形文化遺産の存在を想像できなかったことよりもはるかに私を驚かせたのは、ドイツがチューリンゲン州の郷土料理「ジャガイモ団子」で無形文化遺産登録を目指していたという、少なくとも日本では誰も興味すら持たないであろうマイナーすぎるネタの方でした。

Wikipediaドイツ語版 - Thüringer Klöße (青字は下記リンクの説明部分を部分的に要約したもの)
http://de.wikipedia.org/wiki/Th%C3%BCringer_Kl%C3%B6%C3%9Fe
・チューリンゲンのジャガイモ団子とは、生のジャガイモをすりおろしたものを2/3、煮崩したジャガイモを1/3使って手で丸めて作るジャガイモ団子のことである(「緑の団子」と呼ばれるものもあり、これは生のジャガイモのみから成る)。伝統的には、Sonntagsbraten(日曜日のロースト料理という意味。イギリスでいうサンデーローストに相当。昔は日曜日にしか豪勢な肉料理が食べられなかったことに由来)において肉と野菜(酢漬けキャベツないし赤キャベツ)の横に付け合わせとして提供される。
・その最古のレシピは、チューリンゲン州北部のハイムという神父さんが書いて1808~1814年の間に手写しで広まった本に掲載されている。
・作り方:生のジャガイモを水中ですりおろし、プレスして水分を抜いたものに片栗粉を混ぜる→煮崩して粥状になったジャガイモを生のすりおろしジャガイモと混ぜてこねる→必要に応じてクルトンを混ぜる→手で団子の形に握る→鍋たっぷりの熱湯の中に入れ、沸騰させずにしばらく放置する。(生ジャガイモのみを使用した「緑の団子」の場合は7分茹でて火を止め20分放置)



(右の丸い団子ふたつがジャガイモ団子。骨付鶏のローストの付け合わせに赤キャベツと並んで登場。すごくおいしい。この写真の料理はチューリンゲンのものではないが、ジャガイモ団子自体はドイツ料理の炭水化物源としてはパンやジャガイモと並んで極めてポピュラーな食材である)

自分で手作りするのが面倒ないまどきの主婦の味方として、下の写真のような冷凍食品も各社から競うように多種類販売されています。我が家でも早速茹でて食べてみましたが、冷凍とは思えぬ美味しさに感激しました。(もっとも、自分で手作りしたことがないので、手作りの味との比較はできませんが)


しかし、先週までの私の原稿からもお分かりいただける通り、ドイツはチューリンゲン州の自慢の「ジャガイモ団子」は結局のところ無形文化遺産登録を果たすことができずに今に至っています(→忘れ去られた無形文化遺産「クロアチアのジンジャーブレッド」よりも深い「ドイツのレープクーヘン」の悲哀)。それどころか、ドイツはいまだに無形文化遺産登録が1件もありません。というのも、2003年採択で2006年発効の、世界中から150ヶ国が参加している「無形文化遺産の保護に関するユネスコ条約」(Unesco-Übereinkommen zur Erhaltung des immateriellen Kulturerbes)に、ドイツは昨年の夏に参入したばかりで、そもそも登録申請の権利がなかったからです。ということで、今年以降のドイツは長年の遅れを取り戻すべく、初の無形文化遺産登録を目指して猛烈にロビー活動を展開していくことは間違いないでしょう。

なお、目下のところドイツは次回のユネスコ無形文化遺産申請にふさわしい内容を全国から提案させている段階にあり、昨年11月30日の締め切りまでに128件が集まったそうです。今後、これらの中から本年4月15日までにドイツ連邦各州の芸術庁は州あたり2つずつまでに候補を絞り込まなくてはなりません。そして、今年の9月にはドイツユネスコ委員会が全16州の芸術庁大臣会議を経て推薦されてくる32案件さらには州をまたがる案件(2つまで)をまとめて検討し、12月には国内選出の無形文化遺産をドイツ全土に発表する段取りになっています。この手続きを経て初めて、2015年3月31日までにドイツ連邦外務省かユネスコ本部に無形文化遺産登録の申請手続きを進めることが可能になります。うまくいけば、最短では2016年末となる無形文化遺産リスト入りが可能となります。

ちなみに、現時点で応募があったという128件の顔触れを見ると、「ライン地方のカーニバル」「チューリンゲンの口承文化」「ドイツ全土のアマチュアコーラス文化」「エルツ山脈の鉱山パレード」「幼稚園」(ドイツの教育家フリードリッヒ・フレーベル(1782-1852)が創始)、「ソルビア人(ドイツ東部にすむスラブ系少数民族)の文化と伝統」など、超有名なものもあれば、ドイツで育った私でもあまりピンと来ないものも幾つもあります。「チューリンゲンのジャガイモ団子」がその中に入っていなかったことはやや意外でしたが、申請を断念したのか、いずれ仕切りなおすのかは不明です。他に、特に目を引くのが「バクテリアによる治療」などという、本気なのか冗談なのかよくわからない謎めいた内容で、ドイツの新聞記事が「(こんなのも申請するのだったら)いっそのこと、帝王切開に押されて絶滅寸前にある『自然分娩』も無形文化遺産に申請したらどうか」などとお茶目な指摘をしております↓。

Neue Presse (2013年12月18日):”Deutschlands Liste für UNESCO-Kulturerbe.  Niedersachsen macht acht Vorschläge”(ユネスコ無形文化遺産用のドイツのリスト…ニーダーザクセン州は8件提案)
http://www.neuepresse.de/Nachrichten/Kultur/Uebersicht/Deutschlands-Liste-fuers-immaterielle-Unesco-Kulturerbe-Niedersachsen-macht-acht-Vorschlaege

なお、「無形文化遺産の保護に関するユネスコ条約」にサインした参加国は、申請かつ認定された無形文化を守る努力をしなければならないというルールがあり、これが守られていないとユネスコの定期審査で判断された場合にはその登録内容はリストから削除されてしまうという点が、建造物などの文化遺産や自然遺産などの有形物である世界遺産と比べて厳しい点なのだそうです。建造物では「ケルンの大聖堂」が周辺景観の悪化により認定はく奪の危機にさらされ、「ドレスデンのエルベ渓谷」は景観を損ねる橋の建設によって世界遺産登録から5年で登録抹消となるなどの”前科”を持つドイツが、無形文化遺産の領域で今後どのような存在感を示していくのか、注目されます。

翻って、われらが「和食」の現状はどうでしょうか。限りある食材を大切にする古き良き時代の精神から大きく逸脱した飽食に対する警鐘や、「新年祝賀」などの伝統的な食行事が薄れゆく危機感が、ユネスコに申請した京都の料理組合の人々さらにはユネスコによる無形文化遺産登録の真意だったのかもしれないという考えがふと頭をよぎります。そして、先述したように、「条約の精神を守らなかった場合にはタイトルをはく奪されても文句は言えない」という日本では誰も言わない盲点を、逆にこのドイツの一連の新聞記事から教えられてハッとしたのでありました。

「和食」には素晴らしい点もありますが、栄養バランス上の少なからざる欠点もあります。日本人の体格も100年前とは大きく変貌し、アレルギー等などの体質も含めた個体差がどんどん大きくなってきている中、千差万別・十人十色の人々に向かって「日本人には和食が一番!」とは必ずしも言えない時代になってきているという現実に直面することも増えました。そのような現実も全部直視しつつ、古来の伝統を守り先祖代々の精神を次世代に引き継いでいくことの意味や可否を、日本で食生活を送るすべての人間が一から問い直す時期に来ているのではないかと思わずにはいられません。


<参考サイト>

Frankfurter Rundschau(2011年11月10日)Die Klöße als Weltkulturerbe
http://www.fr-online.de/kultur/unesco-die-kloesse-als-weltkulturerbe,1472786,11124820.html
(この記事がおそらくZDFの朝のクイズコーナー出題の元ネタとなったと推察れる。ここには、チューリンゲンのジャガイモ団子を世界遺産にしようという悲願のためには、無形文化遺産保護に関するユネスコ条約に早く参加するのが超党派の合意であると書かれている。なお、この記事が出た当時まだこの条約に参加していない国として、アメリカ、イギリス、フィンランド、アイルランド、オランダの中が挙げられている)

ザクセン新聞SZ-Online(2013年11月17日ドレスデン発):”Kaum Interesse an Immateriellem UNESCO-Kulturerbe”「ユネスコ無形文化遺産にほとんど興味なし」
http://www.sz-online.de/sachsen/kaum-interesse-an-immateriellem-unesco-kulturerbe-2710284.html

ドイツユネスコ委員会ホームページ(2013年12月)「無形文化遺産にドイツ全土から128件の応募
http://www.unesco.de/8392.html
(無形文化遺産登録からリスト入りまでのタイムコースはこちらにも書かれている)
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