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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2013/11/15

心に響くカトーイの歌…ニューハーフではなくレディボーイ?!タイのコンテスト「ミス・インターナショナルクイーン」をドイツで知る

アメリカの独立記念日のたびに世界のニュース映像に必ず登場する日本人といえば、かつてのテレビ東京の大食い番組で一世を風靡した小林尊さんです。毎年恒例のホットドッグ早食い大会の模様は、そのうちのほんの数秒ではあっても、世界中に配信されており、はるかドイツからでも小林さんの勇姿を拝むことができます。きっと、世界に散らばった数多くの邦人が、小林さんの奮闘する映像に不思議な親近感や心強さを覚えているのではないでしょうか。少なくとも私にとって、7月4日とはまさに、テレビの中で数秒間だけ実現する「年に一度の同窓会」のような存在となっています。

それに匹敵する日が、今後新たにカレンダーに加わるかもしれない…というのが今回のコラムです。タイのパタヤで11月1日に開催されたばかりのニューハーフの世界大会「ミス・インターナショナルクイーン」は、ちょうどドイツにおけるインターセックス(半陰陽)の新生児に関する戸籍表記に関する法改正が発効した日と奇しくも一致したこともあり、その数日前からニュースやドキュメンタリー番組であらゆる角度から取り上げられ、話題をさらっていました。(→「インターセックス」(両性具有)って何?ドイツ身分法の改正報道の核心に迫る!

Wikipedia日本語版 - ミス・インターナショナルクイーン(同サイトからの引用は青字部分)
http://ja.wikipedia.org/wiki/Miss_International_Queen
Miss International Queen(ミス・インターナショナル・クイーン)は、タイ王国パタヤ市にあるニューハーフ・シアター、Tiffany's Show Pattaya Co.,Ltd.が主催する、世界のニューハーフに参加を募って開催される、ニューハーフのビューティーコンテストの世界大会である。2004年に第1回大会が開催され、例年10月の最終金曜日または11月の第1金曜日に本選が開催される(2008年大会はタイの政情不安のために中止)。2009年大会は日本人出場者のはるな愛が優勝者となる。

私はこの大会のことは今回初めて知ったのですが、かつて日本人のはるな愛さんが海外のニューハーフコンテストで世界一になったという話はどこかで聞きかじった記憶があり、今回の報道でやっと話が繋がりました。そして、この大会の参加者やタイに数多いニューハーフの人々に密着したドキュメンタリー番組を10月下旬に地元ニュース専門チャンネルN24で偶然目にしたことにより、性転換天国とも言うべきタイという国の不思議な国情にがぜん興味が湧いてきました。

N24 - 「Ladyboy」(番組公式サイト:11月上旬までは視聴可能だった動画が現在は削除されており、下記の説明だけが残っている。説明文を全文引用し和訳)
http://www.n24.de/n24/Mediathek/Dokumentationen/d/2746446/ladyboys.html
Ladyboys sind Thailänderinnen, die sich als gefangen in einem männlichen Körper verstehen. Die Doku begleitet einige von ihnen im Alltag. Dass sie als Models oder TV-Moderatorinnen erfolgreich sind, liegt am Klima der Toleranz gegenüber Transsexuellen, das in Thailand herrscht. Andere Ladyboys versuchen, in der Sexindustrie das nötige Geld für die ersehnte "Geschlechtsangleichungs-OP" zu verdienen. Das Geschäft, auch mit gefährlichen Hormonpillen, floriert.
レディボーイ(Ladyboy)とは、自分のことを「男性の体の中に閉じ込められた女性である」と認識している人たちのことである。このドキュメンタリーは、そんな人々の日常生活について紹介している。中にはモデルやテレビ司会者として成功している人もいるのは、トランスセクシュアル(Transsexuelle:性転換者あるいは性転換希望者のこと)の人々に対するタイという国の寛容さが背景にある。他のレディボーイの中は、性風俗産業でおカネを稼いで性転換手術の費用を捻出しようとする者もいる。身体的危険を伴うピルを使用した性ホルモン療法で荒稼ぎする業界も繁盛している。


少なくとも11月5日まではこの動画はフルで視聴できたのですが、こんなに早く削除されてしまったのは何らかの権利関係の制約かもしれません。それでも、下記サイトではこの動画の最初の4分12秒を無料で見ることができます。

JAVA Films - KATOEYS: THE THIRD SEX
http://www.javafilms.fr/spip.php?article827
(メディア関係者であれば、ログインした上でフルバージョンを閲覧することが可能なようです。テレビ関係者の方々、いかがでしょうか?)

こちらはナレーションがフランス語ですが、冒頭に紹介される「171cm、48kg、夢のようなスリーサイズ84-60-90」の超べっぴんモデルこそ、ミス・インターナショナルクイーン初代優勝者のポーイ・トリーチャダーさんであり、しかも彼女がまだ「オトコ」だった幼少期の写真まで出てきます。さらに3分15秒以降の映像では、街角やレストランにスーパーのレジなどあらゆる所にレディボーイの姿が普通に見受けられるバンコク、さらには農村部の(一見男子に見える)中学生が化粧する姿、テレビ司会者や芸能人の姿なども登場してきます。この「化粧する中学生」もまた、今回の動画の重要な登場人物の一人です↓。

 


こちらの生徒さんは13歳で、髪こそ短いものの、服装や手つきが妙にお嬢さんっぽいこと、さらには机の上が化粧道具ばかりであることにも気付かれたかと思います。先の動画の説明にもあったような「男の体の中に女の心を秘めた人間」は、タイでは「カトーイ」(KathoeyまたはKatoey)と呼ぶのだそうで、この子の通う学校には同じようなカトーイの生徒が十数人おり、何とトイレも別になっています!つまり、トイレが男、女、カトーイの3つあるということです。まさに文字通りの「第3の性」が、タイでは違和感なく受け入れられてきているということなのでしょう。学校はカトーイの子に対して「髪を短くすること」「スカートをはかないこと」というルールを課しており、この2つさえ守れば、女性らしく振舞うのも化粧するのも全てOKです。

人口6600万人のタイには20万人のトランスセクシュアル(カトーイ)がおり、これはドイツの20倍である…というナレーションが番組内にありました(ちなみにフランス語版では「フランスの20倍」とも言っています)。人口8000万人のドイツに1万人もカトーイがいるとは正直なところあまり実感できないのですが、それは置いておくとしても、どうしてタイにはそんなにカトーイが多いのか、気になるところです。そして、その答えの一つは、この中学生が写真の中で手にしている物にあります↓。


医学・薬学系の方であれば、これが何であるか即座にピンと来たのではないでしょうか。Norethindrone(黄体ホルモンの一種)にMestranol(合成エストロゲンの一種)と来れば…そうです、これは経口避妊薬(いわゆる低用量ピル)です。女性の避妊や子宮内膜症の治療などに使われるピルですが、日本では医師の処方箋がなければ通常は手に入りませんし、副作用が決して少なくないとされる要注意薬剤でもあります。それがタイでは、中学生であっても(それも親に内緒で!)、その辺の薬局で簡単に入手することができるというのだから、それはそれで凄い話です。


これはタイの薬局でのワンシーンです。撮影クルーが女性化のためのホルモン剤についてたずねると、3種類の作用機序の異なる薬剤が出てきました。これらはそれぞれ、上から下の順に以下の通りです。

1. 経口避妊薬(低用量ピル):前述の中学生が手に持っていたものと同じカテゴリー。重大な副作用としてのは血栓症は有名。その他の副作用として、発疹、黄疸、肝機能異常、乳房痛、悪心・嘔吐、下痢、頭痛など。
2. 経口抗男性ホルモン作用薬:本来の使用法は、前立腺癌や前立腺肥大における抗アンドロゲン療法で、その観点から日本では抗癌剤の一種にカテゴライズされる。命に関わる重大な副作用として劇症肝炎・肝障害、間質性肺炎、心不全・心筋梗塞が有名。その他の副作用として、女性化乳房(もっともこれはカトーイにとっては副作用ではない?)、悪心・嘔吐、食欲不振、貧血、白血球減少、浮腫、尿タンパク陽性など。
3. 黄体ホルモン注射薬:この写真の製剤は1アンプル250mgだが、日本では1アンプル125mgの製剤が産婦人科領域で主に切迫流産や不妊症治療に使用されている。乳房発育作用や皮脂腺分泌促進によるアンチエイジング効果もある。副作用として発疹、肝機能異常、浮腫、頭痛、倦怠感などあり。

一つ間違えば脳血栓や心筋梗塞にも肝不全にもなりかねないこれらの薬剤が、カウンター越しに誰でも買えてしまうのだから、カトーイの数も増えようというものです。先述の動画の中で、親に内緒でピルを飲んでいるこの中学生は、ピルを飲むようになったきっかけをこのように語っていました。

「自分がピルを飲み始めたのは、あのポーイ・トリーチャダーの影響。ポーイは、ローティーンのうちからピルを飲み始めたんだって。自分も(二次性徴の始まる前の)若いうちから飲み始めないと、ポーイみたいにキレイな女の人にはなれない」

ちなみに、コチラの写真は、ポーイさんが手術を受けた病院のセンセイの外来を受診しているシーン↓。


確かに、どこからどう見ても男性には見えませんし、とてもお美しいです。それも、たおやかで知性的な雰囲気の漂う女性です。そして、タイでモデル兼女優兼歌手として、それはもう物凄い大成功を収めているのです。タイにおける「レディボーイ」や「カトーイ」の成功例を見て真っ先に気付くのは、日本におけるニューハーフタレントの成功には本人の意思とは裏腹に「色物」のレッテルが勝手に貼られている(少なくともそのような演出の文脈でしか彼女らは出てこれないように業界が出来上がっている)のとは対照的に、タイにおける彼女たちは「色物」でもなければ「オカマ枠」も無く、あくまでも正面きった魅力を評価する演出がなされていることです。彼女たちはただ単に「性を変えました」という存在ではなく、一人の女性という以上に一人の人間として、自分の思想や意思なども強く発信しながら自分を表現していることが、少なくともタイのレディボーイに関する動画からは伝わってきます。このような輝かしい人生を自らの手でつかみ取った「レディボーイ」を日頃から目の当りにしていれば、タイ全土の若きカトーイないし「カトーイになろうか迷っている」という次元の人たちもが、こぞってポーイ・トリーチャダーを始めとする先達(?)の人生に少しでも近づこうと努力したくなるのもわからないでもありませんし、そのように決断した場合の手段が手近に揃っていることも、カトーイの絶対数が他国の何十倍にもなりうる重要要因と思われます。

しかし、私の心に響いたのは、そんなモデルのような美女に変身できたケースばかりではありません。それこそホルモン剤に手を出し遅れたまま成人してしまい、日々の生活に追われつつ、それでもいつかは女になりたいと切望してきた男性が、長年コツコツと働いておカネを貯め、ようやく性転換手術という夢にまで見た日を迎える…という、こちらのシーンでした↓。


緑の手術着をまとった人物が、手前のグレーのシャツ姿の男性医師に術前の診察を受けています。パッと見はさほど女性っぽくみえませんが、この人もまた「男性の身体に女性の魂が閉じ込められてしまったカトーイ」の一人であり、積年の夢が叶う寸前という喜びに、医師の前で何度も涙を拭いているその姿は、それだけでも心を揺さぶられるものでした。

しかし、さらなる展開にウルウルと来てしまったのが、こちらのシーン↓。この医師は、格安の費用で手術を行う代わりに、その手術の麻酔は驚くべきことに全身麻酔ではありません。麻酔科医もおらず、執刀医自らが患者の意識を軽く混濁させる程度の静脈麻酔と局所麻酔の組み合わせて手術を進めていくのです。手術を受ける側のカトーイは言ってみれば”ほろ酔い状態”なので、オペの真っ最中に歌を歌うことが多いのだそうです。そして、その歌はナレーション音声によれば「カトーイ版タイ国歌」(!)とも呼ぶべき歌なのだそうで、その歌詞のドイツ語訳がテロップで出ていました。


Ich bin eine Plastikblume,
meine Farben sind nicht echt.
Ich bin einsam und allein,
sollte nicht geboren sein.
「私はプラスチック製の花、
私の色も造り物。
私は孤独で独りぼっち、
生まれてくるべきじゃなかった」

このテロップの背後から、長年つらい日々を送ってきたであろうカトーイたちの、それまで決して口に出すまいとしてきたホンネがひょっこりと顔を出しているかのようで、まさに心の底まで訴えかけてくる説得力のある歌でした。そして、エレベーターもなければリカバリールームもないオペ室という、日本ではありえないような劣悪な条件の設備の中にあって、少しの手違いも許されないはずの緊張感溢れる手術を、それでも無事に次々と成功させるこの医師の姿に、医療という行為がそもそも持っている家内制手工業的な手仕事としての側面を思い起こさせられました。大昔の日本の医療なども、きっとこんな感じだったのでしょう。もちろん、今の日本でこのようなオペをやったら、間違いなく摘発されてお手々が後ろに回るでしょうが…(笑)。もっと言えば、半身不随になるかもわからないような抗癌剤を中学生が自己判断で飲むようなことを許す社会システム自体、国の違いによる「モラル」「健康観」「人生観」の相違という説明で片づけて良い話なのかどうか、悩ましいところです。

せめて、この性転換手術を済ませたカトーイさんには、このオペを事故なく無事に乗り切ったという素晴らしい幸運を自信に変えて、自分らしい新しい人生を悔いなく過ごすことができますようにと、遠くからではありますが願わずにはいられません。そして、今後も11月1日前後の「ミス・インターナショナルクイーン」の報道に接するたびに、きっと私はタイのカトーイの方々の人生について思いを馳せることになるのでしょう。

さて、この心に染み入る「カトーイの歌」を聞いて、ついつい関連づけて思い出さずにはいられなかった話があります。これについては、次回に続きます。


(格安の性転換オペを提供するクリニックの受付の様子。繁盛していることがうかがえる。受付カウンターには、はるな愛さんのポスターが貼ってある。はるなさんもまた、タイのカトーイたちにとって目標かつ憧れのスターの一人なのでしょう)


<参考サイト>

Wikipedia英語版 - ポーイ・トリーチャダ(本名トリーチャダ・ペッチャラット)
http://en.wikipedia.org/wiki/Treechada_Petcharat

日経メディカル別冊(2012年7月17日)-がんナビ「開発進む去勢抵抗性前立腺がんの新規治療薬」
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/cancernavi/report/201207/525839.html

Sky Living HD :Ladyboys (英語)
http://v.youku.com/v_show/id_XNDgxNjE0NTQ4.html
(これもなかなか面白い動画で、今回の記事の参考にさせていただきました。43分という長めの動画ですので、お時間があるときにどうぞ)
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