Nagoya Talents' Network - タレコラ

Dr.片山晴子 RSS Feed

金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2013/10/18

山崎豊子さんの訃報に思う…わが同級生を魅了した『白い巨塔』の”悪の華”

それは9月30日のことでした。テレビをつけた瞬間、「作家の山崎豊子さん死去」の一報が飛び込んできました。本年8月から「約束の海」という小説を週刊新潮に連載中だった山崎さんですが、すでに第一部全20回分の原稿を入稿済みの段階で体調不良となり堺市の病院に緊急入院、そのまま9月29日に息を引き取ったそうです。

山崎豊子さんといえば超人気作品が山ほどあり、どれを代表作と呼ぶべきかと言われれば一昼夜悩んでも決まらなさそうですが、私にとって山崎作品といえば他の名作を押しのけて条件反射的に浮かんでくるのがコチラです↓。


大阪大学医学部をモデルに、医学界の権力闘争や不正・腐敗に鋭く斬りこんだ長編小説『白い巨塔』『続・白い巨塔』を1978年に映像化した田宮二郎版『白い巨塔』(フジテレビ系)です。外科医・財前五郎を演じる主演の田宮二郎さんの圧倒的存在感もさることながら、本編放送が残り2話となった時点で田宮さん本人が何と猟銃自殺(享年43歳)、この作品が正真正銘の遺作となってしまったというその衝撃的事実もまた、この作品に思わぬ説得力を与えることになりました。

このドラマの本放送があった1978年といえば、私は日本におりませんでした。私がこのドラマを知ったのは随分後のことで、大学医学部に進学してからの昼間の再放送でした。当時の医学部の同級生の間で、この再放送は大ブームを巻き起こし、授業の合間の大講堂や昼の学生食堂、ひいては夜のカフェテラス本郷(→懐かしの”カフェ本”!)などにおいて、医学部生一同による勝手な大寸評会が文字通り連日連夜(!)開催されておりました。ちなみに、再放送自体は月から金までの昼間14時頃から一時間の帯枠で、自宅で見ることのできない私たちは各々でビデオ録画予約をしておいて帰宅後に放送を鑑賞、翌日に感想を持ち寄っていました。もっともこのドラマは、同級生の面々の多くにとっては「子供の頃に見た大ヒットドラマの再確認」だったようなのですが、田宮さんが既に故人だということも含め当時の日本のことをろくに知らなかった私にとっては「初めてみる新作ドラマ…ただし知っている役者がみんな妙に若い!(笑)」という以外の何物でもなく、その新鮮さに夢中になり、毎回(毎日)ハラハラ・ドキドキ・ワクワクしながらビデオのリモコンを握りしめて鑑賞していたものでした。


このドラマがわが医学部で一大センセーションを巻き起こした理由の一つとして、「手術のシーンがリアルである」ということが挙げられるかと思います。確か東海大学附属病院の全面協力のもとに、オペのシーンではいずれも本物の手術映像を使用しているとのことで、「血糊の代わりのケチャップ」や「プラスチックの臓器や皮膚」などの小道具感あふれるドラマに飽き飽きしていた(特に外科系志望の)医学生の食いつきが実に良かったということも納得できます。財前教授に扮する田宮二郎さん自身はこのドラマで実際に患者の体にメスを入れたわけではなく(←それをやったら犯罪です!)、そうしているように見えるように編集されていただけなのでしょうが、医学部の同期生ののうちかなりの人数がこの「財前五郎」という外科医その人に完全に魅了され、回が進むほどに彼らにとっての「憧れの外科医像」「理想の医師人生」としてのイメージが定着していったのも、やはり田宮二郎さんという人間の凄さだったのでしょう。その渾身の役作りのリアリティと重厚感溢れる演技は、私の同級生に対して絶大な魔力を発揮していきました。


私はというと、田宮二郎さんの演技の素晴らしさには魅了されましたが、権力に執着し不正に邁進していく「財前五郎」という医師そのものに魅了されたわけではありませんでした。しかし、わが同級生たちはそうではなかったようでした。このドラマの影響を心底恐ろしいと感じたのは、上の写真で財前五郎の隣を歩いている内科医・里見侑二(山本學)に対する、わが同級生一同のそれはもう悪しざまな評価でした。患者の貧富に関係なく誠意をもって診察する、学究肌で正義感の強い内科医には、当時このような声が圧倒的多数だったのです。

「弱い者や貧しい者を助けるなんて、偽善だよ、偽善!」
「自分が損することが分かっていて、バカじゃないのか?」
「そうだ!オレは強い悪に憧れる!やっぱり男は財前でなくっちゃ!」

人を助けようとして医学部に入る人ばかりではないのでしょうが、あまりにも里見医師に対する評価が低いことに、当時の私はわが耳を疑い、わが目も疑い、ただひたすらゾッとしたものでした。作品のモデルとなった大阪大学医学部以上に『白い巨塔』を具現していたであろう当時の東京大学医学部において、悪を糾弾する目的で書かれたはずの作品が、「悪の華」とも「弱肉強食」ともいえる概念への憧れをそこに通う学生に抱かせたのみならず、「慈善」に対する嫌悪感まで植え付けようとは、原作者の山崎豊子さんが聞いたら一体どう思われたことでしょうか。卒倒したか、下手したらその死期を大幅に早めたかも分かりません。

もっとも、理解できる側面もあります。私も含め、当時のわが医学部には「親が医師」という者は他の医学部に比べ圧倒的に少なく、基本的に多くは普通のサラリーマン家庭の子女でした。最近は東大生の親の年収が高いという報道もよく耳にしますが、医学部に限定すればどうでしょうか。最近のことはわかりませんが、少なくとも私が在籍していた当時の「医学部生の親の平均年収」の比較データがあったならば、真逆の結論が導かれたはずです。ただでさえ閉鎖的な医療の世界にあって、継ぐべき親の医院もあてににできる財政的なバックボーンも何も無く、「自分の頭脳」を唯一の才覚としてそのポジションを確立しなくてはならない彼らにとって、貧しい母子家庭に育ち奨学金を得て苦学し、政略結婚などを取っ掛かりに一代で身を興していった財前五郎にシンパシーを抱くのも無理からぬことでしょう。もっとも、「愛のない政略結婚」と「若い愛人とのラブラブ人生」にまで強烈な憧れを抱いてしまう同級生も一気に増えたのが、多少イタい感じもしましたが…(爆笑)。

それでも、私が彼らと同じ意見をどうしても持つことができなかったのは、ドイツという「キリスト教国」かつ「敗戦国」に育ったことも一因かもしれません。強いものが弱いものを助けるのは当たり前というキリスト教の教義、ユダヤに限らず人種差別など論外、イジメは断固糾弾…といった「オモテの理論」に対して、それが実践かつ実現されていたかはともかく、それに反旗を翻したり嫌悪感を示したり、ましてや悪を美化するような言動自体が、ナチス政権下での手痛い敗戦の影響もあり、それはもう固く封じられていたことを思い出します。思えば、財前五郎流”悪の華”の熱狂的信者の中には、アメリカからの帰国子女も含まれていました。アメリカは同じ「キリスト教国」ではあっても「戦勝国」であり、ましてや「弱肉強食」の本場(!)でもあり、違う環境の中で育てばおのずと価値観も異なってくるのは不思議なことでもないでしょう。もっとも、日本もまた「敗戦国」のはずですが、戦後の高度成長期の方向性の違いでしょうか?それとも、そんな学生はうちの大学にしかいなかったのでしょうか?

ただし、財前五郎に恋い焦がれた同級生のその後をみる限り、”悪の華”に染まった形跡は”今のところは”(笑)無いようで、お手々が後ろに回ることもなくそれぞれに活躍していることが、山崎さんにとっても私にとっても救いです。あの頃はみんな、田宮二郎さんの「オトコの魅力」に単純に惚れていただけなのかもしれません。確かにあの頃の田宮さんにはそれだけの魅力がありましたし、”悪の華”をあそこまで表現できる俳優さんは、当時と世相があまりにも変貌した今の日本にはもう現れようがない気がします。


<参考サイト>
Wikipedia日本語版 - 「白い巨塔」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E3%81%84%E5%B7%A8%E5%A1%94
Wikipedia 日本語版 - 「白い巨塔」(1978年のテレビドラマ)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E3%81%84%E5%B7%A8%E5%A1%94_%281978%E5%B9%B4%E3%81%AE%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%9E%29
バックナンバー>>
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459 460 461 462 463 464 465 466 467 468 469 470 471 472 473 474 475 476 477 478 479 480 481 482 483 484 485 486 487 488 489 490 491 492 493 494 495