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Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2013/09/20

『風立ちぬ』のセリフが思い出させたドイツでの小学校時代と昨今の人種差別の現実

『風立ちぬ』のセリフが思い出させたドイツでの小学校時代と昨今の人種差別の現実

前回は、宮崎駿監督作品『風立ちぬ』および妹尾河童原作作品の映画化である映画『少年H』の共通点として、その多言語主義(マルチリンガリズム)を挙げました。外国語のセリフが当然のように字幕なしで流され、原語の意味が分からない者は前後の文脈から類推するしかないというそのスタイルは、日頃の日本における過剰な字幕ばかりあふれきった報道やバラエティ番組に慣れた身では随分と「不親切」な印象を受けます。もっとも、ドイツでテレビをつければ21世紀の今になってもその報道やバラエティ番組にはいまだに字幕も何もなく、視聴者はひたすらにヒアリングにその耳も脳も研ぎ澄まさないといけないという現状を考えると、そもそも日本のテレビが日本人を相手に日本語で話しているものに日本語字幕をつける必然性が一体どこにあるのだろうと疑問を感じてしまいます。それとも、過剰かつ目を引く派手な字幕などの濫用によって視聴者を「字幕依存」に、ひいては「脳の退化」にまで追い込むことも計算のうちなのかと、さらにひねくれた見方もしたくなろうかというものです。そして、宮崎駿監督は、これらを回避するために字幕をあえて本作品に入れなかったのかもしれないと、さらなる邪推を繰り広げる次第であります(笑)。

さて、今回は映画『風立ちぬ』のドイツ語セリフの意味を知りたいという方のご要望に勝手にお応えする形で(笑)、作品内に登場するドイツ語部分を全て書き出してみました。真っ暗な映画館で手元が見えぬ中をひたすらメモをとりまくった力作ですが、多少の細かい文言の不一致や設定の相違はご容赦いただきたいと思います。

<場面1>
主人公・堀越二郎と同僚の本庄を含む三菱重工の日本人航空技術者の一行が、はるばるドイツはデッサウという都市にやってきた。三菱重工と技術提携しているユンカース(Junkers)社の戦闘機製造工場がそこにはある。まるでおのぼりさんのように目を輝かせてキョロキョロと工場内を見学して回る堀越と本庄。しかし、受け入れるドイツ側の人間はかなり警戒感と不信感を持っている様子。堀越が自分好みの可愛らしい小型飛行機に近づこうとした瞬間、数名のドイツ人警備員がいきなり堀越たちを取り囲んだ。以下、このようなやりとりが展開する。

本庄 「何だよ、中を見せないつもりかよ!」
ドイツ人A 「Japaner, komm nicht näher.!  Euer Platz ist dort drüben. Geh' zurück!
  (和訳: 日本人、近づくな!オマエらの場所はアッチだ!下がれ!
本庄 「やめろ!その男に手を触れるな!これがドイツ人の客に対する態度か?!」
ドイツ人A (なぜかここからは日本語へ)「日本人はすぐ真似をする。技術はわがドイツの財産だ!」
本庄 「偉そうに言うな。こんな旧式機、日本にもいっぱいあらぁ!」
堀越 「本庄…もういいよ」
この後、堀越がドイツ人Aに向かって、自分たちが技術提携の名目で(wegen einer technischen Zusammenhang)この工場の格納庫を正当な契約に基づき訪れており、対等の契約相手である自分たちを侮辱することは許されない、といった旨の説明が続く。最初はドイツ語を話しているが、途中から日本語台詞に切り替わる)

ドイツ人A 「我々は日本人をウロウロさせるなと命令されている」
別のドイツ人B 「Moment mal!」
  (和訳: ちょっと待て!)
ここでお偉いさんと思われるBがAを呼び寄せ、何か話し込む。Bは実はユンカース博士本人であり、そのツルの一声でAの態度もコロリと変わり、堀越の一行はさらなる施設内見学を許可される。

本庄 「ユンカース博士だぁ~!」
堀越 「うん。立派だな」

<場面2>
ユンカース博士のお墨付きを得て、今度は戦闘機の中を見学させてもらう堀越と本庄。さらに、翼の中の通路に足を踏み入れた二人は、その現場で何か作業しているドイツ人に、突然大声で注意を受けることになる。
本庄 「(翼の中は)まるで工場の中だ!」
ドイツ人C 「Wer ist da ?  Hier ist der Zutritt verboten !」
  (そこにいるのは誰だ?ここは立ち入り禁止だ!)
本庄 「グーテンターク!ユンカース博士に見学の許可はとってあります。あなたの仕事場を見せてください」
ドイツ人C (ここからまた日本語)「ここは機関士の持ち場だ」
本庄 「素晴らしい飛行機ですね!」
ドイツ人C 「Das ist unser Stolz ! 日本人、ここから先へは行くな。Da besteht Lebensgefahr」
  (これぞ我々の誇りだ!日本人、ここから先へは行くな。生命の危険がある)
本庄 「わかったよ兄弟!凄いな~」
堀越 「見事だ。ドイツ工業技術の結晶だ!」

<場面3>
ホテルで落ち着かない二人、冬のデッサウに散歩に行くことに。空いた窓からはシューベルトの「冬の旅」が蓄音機で流れてくる。そこで偶然出くわした泥棒事件。逃げる泥棒を追いかける警察官数名が、路上で堀越と本庄にバッタリと出くわした。

ドイツ人警官D 「Dieser Japaner !」
  (この日本人めが!
ドイツ人警官E 「Da drüben!」
  (あっちだ!)←逃げた泥棒のことを言っていると思われる。
ドイツ人警官D (去り際に捨てゼリフのように)「Geh' zurück nach Japan !
  (日本へ帰れ!
堀越 「何だろう?」
本庄 「今の男は格納庫にいたヤツだ」

以上か、字幕なしで流れたドイツ語部分の全てです(字幕なしで流れたドイツ語の歌の歌詞は前回のコラムで紹介:→映画『風立ちぬ』と『少年H』にみるマルチリンガリズム(多言語主義)の時代)。これらのうち、私が毎回聞くたびにビクっとしてしまった箇所があります。それはズバリ、「日本人めが(Dieser Japaner)!」「日本人は日本へ帰れ(Japaner, geh' zurück nach Japan)!」「オマエらの場所はアッチだ(Euer Platz ist dort drüben)!」といった、人種差別的な響きを濃厚に帯びた一連のセリフです。

といっても、私が小学生としてドイツにいた頃、その具体的なセリフはちょっと違っていました。当時、近所の商店街などで年配のドイツ人によく「Chinese(中国人)!」と言われたり、街でドイツ人とすれ違うたびに「Ching Chang Chong!」(チン・チャン・チョン)と言われたりしました。このチン・チャン・チョンというのは、中国語の響きをバカにした差別用語の一つであり、いまだにこの21世紀でも健在です。すれ違いざまにこちらに向かって「チン・チャン・チョン」とだけ呟いてすれ違うといったパターンが古典的ですが、ここ数年でよく出くわすパターンの中には、ドイツ人の小学生軍団がすれ違いざまにいっせいに私の前でピタっと立ち止まり、両手を合わせて「チン・チャン・チョン」と高らかに音階をつけて唄うような感じで合唱して、そのまま逃げるように走り去る…という、”ガキのイタズラ”のようなものもあります。

ドイツでの小学生時代に話を戻すと、私が当時とても不思議だったのは、自分が中国人に間違われることはあっても「日本人めが!」とは言われなかったということでした。小学生当時の日本の教科書には、「日本はドイツと同盟を結んで戦争した」という話が確か既に出てきていたと記憶しています。しかし、ドイツの小学校の歴史の授業といえば地元史(自分が住んでいる町や村の歴史)をひたすら学ぶ時期であり、フランク王国の王様が紀元何年にこの村に湯治に来たといった内容がテストに出ることはあっても(!)、第二次世界大戦も日独伊三国同盟もまだ登場していませんでした(逆に、日本が郷土史を学校で扱わずあくまで全国統一規格の検定教科書を使ってしか歴史を学ばないという話に、当時のドイツの教師はビックリしていた)。このため、小学生が日本という国をまるで知らないのはまだ致し方ないのかもしれませんが、街のオトナですら「黄色人種=中国」であって、「先の大戦を一緒に戦った」割には日本になじみがないということが、当時の私には衝撃でした。当時私が住んでいた村は超ド田舎ではありましたが中華料理屋があり中国人は以前から住んでいたものの、日本人といえば我が家が村始まって以来史上初だった(笑)ということも、彼らの日本に対する知識がゼロに近かったことの一因ではあるでしょう。

そんな「初めての日本人生徒」を迎えてドイツの教師もよっぽど気合が入っていたのでしょうか。あるとき、授業中に先生がドでかい世界地図をいきなり広げ、「さて、ここでクイズです!日本はどこでしょう?」と生徒に聞いたことがありました。同級生の面々が一斉に地図の前に集まりましたが、そこからがどうも奇妙な展開に…。彼らが決まって指さすのは、アイスランドやグリーンランドないしその近辺の島ばかりなのです。どうやら、日本が島であるという認識だけはあったようです(笑)。ご存じの通り、欧州における世界地図といえば当然イギリスが真ん中にあり、アメリカは左側、日本はまさに究極の右端ギリギリ、つまりファーイースト(極東)です。彼らにとっての地球は、どうもイギリスを中心にしたごく限られた範囲にしか存在しないようで、アジアに関してはインドや中国の位置を知っていればかなり博識の部類に入るようでした。最後に教師に促されて私が正解となる日本の位置をさし示すと、教室から一斉に驚嘆の声があがりました。

「オオ~ッ!」
「こんな所まで地球、あったんや!」
「キミはすごい遠くから来たんやね~」

この日を境に彼らが私を見る目が変わり、ここから相互理解も深まり、その後の私の快進撃にもつながった(→日本語とクロアチア語の思わぬ共通点…「数の簡潔性」と『九九』は東洋の誇る文化遺産?!)という意味でも、これはなかなか記憶にのこる授業となりました。そして、それほどまでに、日本は地の果ての断崖絶壁ギリギリに立つ忘れ去られた島であったということです。

そんな大昔と比べれば、むしろここ数年の方が日本の世界における知名度や存在感が上がった分、「この日本人めが!」と言われる機会が増えてきたように思います。それもこれも、日本の戦後の急速な発展と現代における世界随一のカネモチ国家としての繁栄があればこそであり、「差別されるほど知名度が上がった!」という側面もきっとあるのでしょう。そういう意味では、あの宮崎映画の中でそれもかなり辛辣なイントネーションで連発される「この日本人めが!」「日本人は日本へ帰れ!」などの一連のセリフもまた、かつてのドイツの中でもごく一部の世界では言われていたのかもしれません。しかし、少なくとも私が小学生の頃は、一般庶民も含めたドイツ人の大多数は、そもそも日本という国などには興味も関心も知識もなかったのではないかと思います。

2020年のオリンピック招致活動の際、日本人とフランス人とのハーフである女性アナウンサーが「オ・モ・テ・ナ・シ」と言って手を合わせたスピーチがあったことが、日本のメディアでは繰り返し報道されました。その「オ・モ・テ・ナ・シ」が東京招致の決定打となったとか、今年の流行語大賞もこれで決まりだとかいった報道がさらに続きました。しかし、私がこの「オ・モ・テ・ナ・シ」を見た瞬間に思い出したのは、手を合わせて「チン・チャン・チョン」と言って嘲笑の視線をぶつけて走り去ったドイツのガキどもの顔でした。以来、この女性アナウンサーの「オ・モ・テ・ナ・シ」の映像が出てくるたびに、私は速攻でテレビを消すようになりました。子供時代から現在にまで続く嫌な記憶がよみがえり、とても見ていられません。

日本は一体いつから、人を歓待したり接待する際に東南アジアの仏教国のような合掌をするようになったのでしょうか?そんな矛盾も違和感も何もかも、招致さえ決定すれば何でも良い、というのが今の日本という「時代」なのであれば、宮崎駿監督が引退表明会見の中で引退理由として述べたとされる「時代が私を追い越した」という一文の意味も、さらに深く理解できるような気がします。
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