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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2013/09/13

映画『風立ちぬ』と『少年H』にみるマルチリンガリズム(多言語主義)の時代

わが生活の中で、ここ数年とそれ以前との間に大きな相違があるとすれば、それは「映画館に足を運ぶ回数」に尽きるのではないかと思います。学生時代には映画館の多数ひしめく大都会に下宿を構え、友人連中にもコアな映画ファンや演劇オタクがやたらと多かった割に、私自身は映画にハマることもなく、まして映画館に足を運ぶ機会など、年に1~2回あるかどうかといったところでした。それが、ここ数年はその「年に1~2回」すら「ほぼ皆無」にまで落ち込んだのですが、その最大の要因はドイツとの往復等で国際線フライトへの搭乗機会が激増したことにあるのは間違いありません。どの航空会社も顧客獲得に必死とみえて、公開間もない話題の最新作であっても各航空会社のシートプログラムに我先にと競うように登場してきます。その時々の一番の話題作を、(航空運賃以外の)おカネを払わずとも見放題なのであれば、1800円もの大金を払ってまでわざわざ映画館で観たいという気にならないのです。

それが、史上初となる甲子園大会期間中の休養日、他にすることを思いつかず軽い気持ちで足を運んだ映画館で観た『風立ちぬ』を機に、私はこの一ヶ月で実に4度も映画館に足を運ぶことになってしまいました(『風立ちぬ』を二回、『少年H』も二回)。私をそのような異例の映画鑑賞三昧へといざなったその理由は、その数日後に観ることになった映画『少年H』との、そして先日当サイトでとりあげたフランス映画『ヒロシマ・モナムール』にも通じる、奇妙な共通点にありました。

映画『風立ちぬ』の主役であるゼロ戦設計技師・堀越二郎の声を担当した庵野秀明氏は、このようなコメントを残しています。(青字は下記サイトからの引用、赤字は筆者強調部分)

宮崎駿監督作品 風立ちぬ 庵野秀明さんのコメント
http://kazetachinu.jp/comment_anno.html
オーディションで言われたのが「寡黙な男でセリフはそんなにないから」ということで。それを信じて引き受けたのですが、絵コンテ見たらびっくりですよ。ずっとしゃべりっぱなしだし、はあるわ、フランス語もドイツ語もあるわで、完全にだまされた!って感じです(笑)。

映画をご覧になった方はきっと何の話かおわかりになると思うのですが、私がこの映画の何に一番驚いたのかと言うと、上記の庵野さんのいう「フランス語」や「ドイツ語」のセリフに日本語字幕が本編上映中いっさい出なかったということでした。その前後の会話が日本語なので、文脈から内容の類推はある程度可能と思われるのですが、それでもこの部分の正確な意味や微妙なニュアンスは、ドイツ語やフランス語がわかる人にしか伝わらないであろうことは、疑う余地がありません。さらに「歌はあるわ」の部分ですが、この歌は1931年公開のドイツ映画『Der Kongreß tanzt』(邦題:会議は踊る)の中の挿入歌である「Das gibt's nur einmal」(邦題:唯一度だけ)というドイツ語の曲です。「一度しかない、二度と戻らない人生」(Das gibt's nur einmal, das kommt nicht wieder)「単なる夢なのかも」(Das ist vielleicht nur Träumerei)「明日にはもう消えているかも」(vielleicht ist's morgen schon vorbei)「どの春にも五月は一度しかやってこないから」(Denn jeder Frühling hat nur einen Mai)といった、映画『風立ちぬ』の主題を先取りしてちりばめたかのようなドンピシャの歌詞が並ぶこの曲は、この映画にものすごい説得力を与えていますが、それもドイツ語が分からないと伝わりようがないのでは…という気がします。

しかも、この歌を自らピアノ演奏しながら歌う”謎のドイツ人”ことカストルプ氏が、その役中のセリフも肝心の歌もアメリカ訛りが強くて聞き取りにくく、トーマス・マンの1924年発表の小説『魔の山』(Der Zauberberg)もドイツ語読みの「ツァウバーベルグ」ではなくアメリカ読みの「ゾーバーバーグ」と発音されていたせいで一瞬何のことかわからなかったりと、この役どころの人物像把握をいささか困難にしていました(ただし、カストルプ役に起用された男性はアメリカ生まれのアメリカ人で元ディズニー社所属であることから、この混乱は意図されていた可能性も)。

それにしても宮崎監督は、いったいどういう観客層をターゲットとして、「無字幕」「多言語」という”万人受けしない”表現方法を採用したのかと、気にならずにはいられませんでした。

それが、この『風立ちぬ』の数日後に観た『少年H』でも同じ手法が採用されていることを目の当りにして、私はその奇妙な一致にますます考え込んでしまうのでした。主人公である少年Hこと妹尾肇(後の妹尾河童)の父親・妹尾盛夫役を演じる水谷豊さんは、外国人の多く住む戦前のハイカラで異国情緒あふれる神戸で洋服の仕立屋を営んでおりました。そして、外国人顧客を相手に、これまたキミョゥキテレツな”無字幕・ちゃんぽんコミュニケーション"を展開するのです。大柄で明らかにメタボなフランス人料理人が「J'ai vraiment l'air de Yokozuna!」(ボクってマジで横綱みたいでしょ!)といっていきなりシコを踏み始めたときは、水谷さんは「ウィ、ムッシュ!双葉山に勝てるかもわかりませんね」と日本語で返したり、スーツを試着したドイツ人男性が「Dies' ist mir am Leib ein bisschen zu breit」(ちょっと幅が広いかも)とボヤくと、水谷さんはこれまた日本語で「それではもう少し詰めましょう」といって手際よくマーキングを進めていきます。この日本語と外国語のちゃんぽんを面白がって、幼き少年Hは父にたずねます。

H 「でも不思議や。いろんな国のお客さんと話しとったから、なんで話が通じるんやろと思ってたんや」
父 「ジェームスさんとは英語、ピエールさんとはフランス語、オッペンハイマーさんとはドイツ語や」
H 「嘘や!ダンケシェーン以外は全部日本語で話しとったわ!」
父 「洋服のことやから、向こうの人には分かるんや。それに、結局は人と人やからな。国や言葉はあんまり関係ないんと違うかな?」
H 「ふぅ~ん」

さすがに、この『少年H』で”無字幕”のまま展開する”複数言語のちゃんぽん”は、そのネタが映画におけるシーンに即した具体的な内容だけに、宮崎監督の『風立ちぬ』に比べればはるかに意味を類推しやすい構成になっています。そして、上記の会話はそのまま、『少年H』のみならず『風立ちぬ』においても同様にみられる「多言語主義」(マルチリンガリズム Multilingualism)とも呼ぶべきいう手法の採用理由としてもそのまま通用するところが、これまた興味深いのです。まさにこの多言語主義は、急速に加速化が進むグローバリゼーション時代のコミュニケーション能力の一型として示されており、「国や言葉は関係ない」「結局は人と人」と言いつつ、その言外に「類推能力のない人には私の真意は分かっていただけなくて結構!」という、多少なりとも刺激的なスタンスもまた、ほのかに嗅ぎ取ることができそうです。

ここで思い出されるのは、以前このサイトでもとりあげたフランス映画『ヒロシマ・モナムール』(Hiroshima mon amour)です(→フランス映画HIROSHIMA MON AMOUR」の再公開、そして8月6日のイタリア報道が問いかけるもの)。1959年公開のこの映画は、ほぼ全編フランス語で一部日本語の会話が混ざったりするものでしたが、今年の七月にパリの映画館で観た際、この日本語部分のセリフに対し、これまたフランス語字幕が全く付いていませんでした。日本語のわかるフランス人があの映画館に果たして何人いたのか…と不思議に思っていた私が、この映画に遅れること54年という今回の日本におけるヒット映画2本に対して、くしくも同じ思いを抱くことになろうとは、不思議なものです。

さて、宮崎監督の『風立ちぬ』の中に登場するドイツ語セリフの飛び交うシーンは、これまた私に色々なことを考えさせるものだったのですが、それについてはまた後日あらためて説明したいと思います。



(少年Hのポスターの前で。岩手放送のオラ君も、その名の由来がスペイン語の”Hola”なので、その天真爛漫さと頭の形の類似性からも、本当は少年Hであってしかるべきである!ただし、前掛けのイニシャルが…?!)
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