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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2013/09/06

異例尽くしの甲子園(3)…史上初の完全休養日に観た映画『風立ちぬ』の思わぬ”裏テーマ”

前例のないことが色々とあった今年の甲子園ですが、3連戦防止の観点から準々決勝と準決勝の間に大会史上初となる「完全休養日」が導入されたことは、選手にとっても観客にとっても望ましいことだったと思います。今までは、雨天順延のため「図らずも休養日になった」というケースこそありましたが、元々の大会日程に丸々一日の完全休養日があらかじめ組み込まれるというのは、今大会が初の試みです。高校野球といえばトーナメントとしての性格上、甲子園でも地方大会でも大会後半のスケジュールが過酷になることが避けられません。かといって、これを解消すべく休養日を設けるとなると、入場料収入が丸一日ゼロとなるのみならず維持コストがかかってきます。それでも、「教育の一環」と銘打つ以上、身体発育途上の高校生の健康面に配慮するこの路線を今後も維持していってほしいものです。これは、大食い番組ロケにおいて「胃の休息日」を導入することになった経緯と非常に話が重なるので、もしよろしければ以前の当サイト記事も合わせてご参照ください。(→大食い国内ロケの意味(3)…完全休養日の消滅、→大食い国内ロケの意味(4)…「胃酸の枯渇」

さて、甲子園に連日通う熱心なファンの方々は、この史上初の休養日をどのように過ごされたのでしょうか?勝ち残っているチームの練習を見に行かれた方、ユニバーサルスタジオ(USJ)に行かれた方、家やホテルでじっとしていた方、宴会で盛り上がった方…いろいろな過ごし方があったかと思います。

私のケースを申し上げるなら、記念すべき初の休養日となった8月20日の過ごし方はズバリ、映画鑑賞でした。映画のタイトルは『風立ちぬ』。つい先日、突然の引退宣言で世界中を驚かせたという、あの宮崎駿監督の最新作(かつ最後の長編作品?)です。



お恥ずかしながら、歴史オタクでも元・文学少女でもない私にとって、「風立ちぬ」とくれば条件反射的に出てくるのは、「今は秋…今日から私は心の旅人」と続くフレーズです(笑)。これは言わずと知れた、80年代前半にデビューして超がつく人気を博して今も現役でバリバリ活躍中の某売れっ子アイドルが、1981年にリリースした7枚目のシングル曲の冒頭部の歌詞です。全国の少女が真似をするほどのトレードマークとなったその髪型と、女性アイドルならだれでも憧れていたというヒラヒラフリフリのワンピース姿で、「クワぁズェ~たちィ~ぬゥ~」と多少の舌足らず感を帯びた独特の絞り上げるように伸びやかな高音を張り上げるサビのメロディーが、そのブラウン管をからめ取らんばかりのねっとりとした視線とともに、30年以上経った今でも濃厚に脳裏に焼き付いております。

ただ、宮崎駿監督といえば年代が全然上ですし、それまでの作風から言っても、この80年代の超有名アイドルの曲になぞらえて映画を作ったとは到底考えられません。「ま、関係ないでしょう!」そう思い直し、私は映画館の扉をくぐったのでありました。

しかし、映画が始まり、話が進行すればするほど、私は戸惑ってしまいました。この映画、その端々にこの80年代スーパーアイドルの初期の作品群を彷彿とさせるシーンがあまりに多すぎるのです。実在する零戦設計者の堀越二郎さんの生涯と、堀辰雄の創作である小説「風立ちぬ」および「菜穂子」の主人公の物語をドッキングしたストーリーということでしたが、この映画を見て最初に気付かされることといえば、往年のヒット曲「風立ちぬ」が実は堀辰雄作品がモチーフになっていたという、当時は全く想像もしなかった(というより、知ろうともしなかった)現実でした。宮崎監督の思惑の裏をかくかのように、スクリーンいっぱいに広がる軽井沢の山並の間から、ヒコーキの模型ではなく、すっかり忘れていたはずの32年前のヒット曲の歌詞が、高原のテラスにそよぐ風に乗ってスクリーン手前の私たちへと次々に語りかけてくるのです:

「高原のテラスで手紙 風のインクでしたためています」
「SAYONARA」
「振り向けば色づく草原 一人で生きてゆけそうね」
「帰りたい 帰れない あなたの胸に」
「心配はしないでほしい 別れはひとつの旅立ちだから」
「草の葉に口づけて 忘れたい 忘れない あなたの笑顔」

この曲が流行った当時、これは単なる失恋少女の逃避行の話かと勝手に解釈していました。正確に言うなら、そもそもこの歌を唄った歌手にまるで興味がなかったため、いい曲なのだろうとは思いつつも真剣に聞き入ることもなくスルーした…といったところでしょうか。しかし、それでも無意識のうちに記憶の奥深くにしっかりストックされていたというこの歌詞を、21世紀の映画館の暗がりの中で久々に脳内から取り出してみた私は、そこに展開されている世界が正に高原のサナトリウムで療養・闘病するうら若き乙女の話そのもの、つまり堀辰雄の小説の世界そのものであることに、20世紀の今になるまで気づかなかったということに愕然とするのです(笑)。しかも、この歌が映画の「風立ちぬ」のモチーフをさらに補完するかのような、非常によく出来た歌詞であることにも気づくのです。

さらにこの映画のストーリー展開の中には、このアイドルの初期作品曲群のタイトルが他にもズラズラとキーワードとして出てきます。あまり書くとネタバレになるので代表的な2つだけ挙げると、主人公と恋人が出会う契機となる「パラソル」(それも白い!)と、その愛を深める契機となった「バルコニー」(ただし渚のではなく高原の!)…とだけ言えば十分でしょうか?

(パラソル)

(バルコニー)

この他にも、「チェリーブラッサム」あり、「天国のキッス」あり、「蒼いフォトグラフ」っぽいのもあり、ひいては映画『野菊の墓』の主題歌となった「花一色」を濃厚に連想させるシーンも出てきたりします。これでは、関東大震災やゼロ戦設計秘話などの他のストーリーがまるで頭に入ってきません!このままではマズイので、多分この映画はもう一回見ることになるかと思います。それもこれも、32年前の曲にいまだに強い力が残っていることの表れなのでしょう。

私自身の生まれ育った年代や時代背景がそうさせるのだ…と言えば、それまででしょう。しかし、この映画を見る人々のうち、この「パラソル」と「バルコニー」が揃い踏みした時点で一斉に同じ思いが脳裏をよぎってしまうという、いわば「共通のトリガーポイントを有する世代人口」の占める比率は、この日本では間違いなく高いと思われます。この世代は「団塊ジュニア」とも「バブル世代」ともカテゴライズされる一大勢力であり、現在の日本のエンタメ界に最も大きな影響力を持っている層と断言しても過言ではないでしょう。近頃爆発的な人気を誇っているドラマの「あまちゃん」(NHK)も「半沢直樹」(TBS)も、この「団塊ジュニア」「バブル世代」の懐古の情ないしこの世代特有の価値観を狙い撃ちしている作品だということが、5分も見ないうちにありありと伝わってきてしまうところが、何だかなあ…と思います。そして、映画『風立ちぬ』にもそういう側面としての思わぬ”裏テーマ”が潜んでいた…それが宮崎駿監督の意図ならびに関知するところでは全くなかったとしても…。私はそんな想像をたくましくせずにはいられませんでした。

となると、映画『風立ちぬ』におけるこの”裏テーマ”の仕掛け人は宮崎監督ではなく、この80年代の一連のヒット曲の作詞者が32年越しに実現させた、時空を超えた壮大な偶然のいたずら…という事になるかと思います。これまたご存じの通り、これらの楽曲「白いパラソル」(1981)、「花一色」(1981:「白いパラソル」のB面収録)、「風立ちぬ」(1981)、「渚のバルコニー」(1982)は、全て松本隆さんの作詞です。「風立ちぬ」は、往年のバンド「はっぴぃえんど」のドラマーである松本氏が作詞、同バンドのギター担当だった大瀧泳一さんが作曲した作品でもあります。以降、80年代の松本氏は特に女性アイドルポップスのジャンルにおいて、独自かつ印象的な松本ワールドを表現し、数多くの金字塔となる大ヒット作品を残しています。そんな松本隆さんが、今回の”裏テーマ”の仕掛け人(?)として、宮崎駿作品の『風立ちぬ』、ひいては宮崎駿監督の電撃的な引退会見についてどのような見解をお持ちなのか、ざっと調べた限りでは聞きに行った取材者が誰もいないようなので、あわせて興味が湧いてきます。

なお、この映画についてはもう一つ、とても気になったことがありました。それについては、宮崎監督自身が自らの引退について語る予定とされる東京での会見内容も踏まえ、後日に稿を改めたいと思います。

それにしても、甲子園の大会期間中に映画鑑賞とは、これまでの大会からはとても考えられない、文字通り「前代未聞の夏」となりました(笑)!さらに蛇足ついでに、前述のアイドルの作品として前述した「チェリーブラッサム」の作詞家が、今大会の私の御ひいきチームとして先週取り上げた弘前学院聖愛(青森代表)のある弘前市出身の三浦徳子(みうらよしこ)さんであることに、妙な嬉しさも感じたと付け加え、今週の原稿を締めくくりたいと思います。

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