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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2013/07/05

フィギュアスケーターの人生設計を考える(1)…タンヤ・シェフチェンコ(ドイツ)の場合

最近、フィギュアスケートの安藤美姫選手が休養期間中に極秘出産していたという報道がありました。彼女は2011年に東京からモスクワに開催地を変更して行われた世界フィギュアスケート選手権で自身2度目となる金メダルを獲得、この大会を最後に長期休養に入っておりました。そこに、2013年元日には所属のトヨタ自動車を退社、日本スケート連盟の特別強化選手指定も辞退と、現状での五輪挑戦の困難さを指摘する報道が最近散見されていた中での、突然の衝撃告白でありました。私個人的には、この報道が出た当時、ちょうど「フィギュアスケート選手の人生設計」について考察するコラムを執筆中だったため、報道そのものよりもむしろ、そのあまりにタイムリーなタイミングの方に驚いてしまいました。

といっても、なぜそのような原稿をそもそも準備していたのかというと、安藤選手とは一切関係なく、実は先月4日のドイツのテレビ番組において久々にタンヤ・シェフチェンコ(Tanja Szewczenko)の姿を見かけたことが契機でした。タンヤ・シェフチェンコといえば、1994年に千葉の幕張メッセで開催された世界フィギュアスケート選手権において、弱冠16歳にして銅メダルに輝いた、ドイツの元スケーターです↓。

1994年の世界フィギュアといえば、リレハンメルオリンピック直後の開催で、五輪メダリストが相次いで欠場する中、五輪5位だった日本の佐藤有香さんが優勝、五輪4位だったフランスのスルヤ・ボナリーが準優勝した大会でした(ちなみにシェフチェンコは五輪6位)。数々の難易度の高いジャンプを決めたボナリーが判定への不服の態度を露わに表彰台乗りをボイコット、首から銀メダルを外して涙の抗議をして物議を醸したことをご記憶の方もおられることでしょう。そんな予想外の氷上乱闘をよそに、自身初のビッグタイトルに、3位の表彰台上で幸せいっぱいの笑顔を振りまいていたのが、若さいっぱいのタンヤ・シェフチェンコでした。当時の貴重な映像は、以下のYouTubeのリンク先でも見ることができます。佐藤有香さんの金メダル確定直後のネイティブばりの英語ペラペラのインタビュー、ボナリーの表彰台・メダルボイコット騒動直後にマスコミに詰め寄られた際の肉声など、今みるとかなり興味深いです。また、千葉の幕張メッセで開催された大会でありながら、スケートリンクのフェンスに日本語の広告が皆無という、当時は何とも思わなかったものの、昨今の「アコム」「ジャパネットたかた」「ほけんの窓口」などの文字が躍る海外リンクでの国際大会における壁面広告からはとても考えられないような映像も(→番外編(2)…フィギュアスケートのリンク壁面広告にみるジャパン・パワーの圧巻)、これはこれで意味深ですし、隔世の感があります。

(左のピンクの衣装姿は表彰台に上ることを拒否して2位の台の後ろに立つボナリー、右の赤黒の衣装姿は3位の表彰台に乗っているシェフチェンコ)

YouTube - Tanja Szewczenko (GER) 1994 World Championship,s Ladies' FS
http://www.youtube.com/watch?v=pQjIOGxiFtg
YouTube - Surya Bonaly (FRA) 1994 World Figure Skating Championships Ladies' FS
http://www.youtube.com/watch?v=fexLmuu4mlI
YouTube - Yuka Sato (JPN) 1994 World Figure Skating Championships Ladies' FS
http://www.youtube.com/watch?v=CZD_N4FY3B0
YouTube - Medal Award Ceremony 1994 World Figure Skating Championships
http://www.youtube.com/watch?v=YnZjs6qsHA0

(国旗掲揚・国歌演奏の終了直後も、微妙な空気が流れ続ける表彰台。左からボナリー、佐藤有香、シェフチェンコ)

さて、あれから20年近くの歳月が経過しました。今のシェフチェンコさんはこんな感じになっています↓。

何だか、警察署内のようです。青い制服を来て容疑者を取り調べる婦人警官に、後のドアから上司らしき警官が何か話しかけているようです。しかし、よく見ると左後方のドアの前にはカメラマンとその助手、そしてさらによく見ると、この上司らしき警官の頭上には撮影用マイクの影が映りこんでいます。つまり、これはテレビドラマの撮影風景であります。さて、シェフチェンコさんはどの人でしょう?

もうお分かりですね。この婦人警官姿の女性こそがシェフチェンコさんです。そうです、彼女、フィギュアスケート引退後、なんと女優になったのです!これは、『Die Anrheiner』という刑事ドラマの撮影中のシェフチェンコを突撃取材したドイツ第2テレビの朝の情報番組のレポートであり、向かいに座っていた容疑者役の男性は、この番組のレポーターの男性だったのでした。

さて、シェフチェンコの人生をWikipediaでみると、これは気の毒だなと感じるのは、16歳で迎えた1993/1994年シーズンが今から見れば彼女の競技人生のピークだったと思われること、そして、ただでさえ思春期の体型変化のために戦績低下のリスクが高い傾向にあるドイツ人女性スケーターの中でも、彼女の場合はさらに病魔という一大困難がその身に降りかかってきたということです。1996年にEBウィルス感染症(伝染性単核球症)に罹患してしまった彼女は、1996/1997年シーズンを丸々棒に振ることになります。当時の闘病を彼女は、番組内で「一時は死も覚悟した」と振り返っていました↓。

テロップの”war schwer krank”とは、「重病だった」という意味です。「ウィルスが心筋にも入って一時は生死をさまよった」という過酷な闘病生活の中で、彼女が自分を鼓舞すべく心の支えにしていたのが音楽、それもグロリア・ゲイナーの”I will survive”(私は生き延びる)という曲だったのです。↓。

この曲に力を得て、1年半に及ぶプランクの末に1997/1998年シーズンより競技復帰を果たした彼女は、自身3度目かつ最後のドイツ女王となり、続くヨーロッパ選手権でも自身最高位となる銅メダルを獲得したものの、その後に今度はインフルエンザにかかってしまい(←当時20歳だった彼女ですが、この頃はよほど免疫力が落ちていたとみえます)、確実視されていた1998年長野五輪の参加も諦めざるを得ませんでした。さらに、五輪直後の世界選手権には病み上がりの体で頑張ってさんかしたものの、予選B組7位、本大会9位の不本意な結果に終わりました。その後、さらに負傷も相次ぎ、2000年1月のドイツ選手権での不振と強化指定の解除を受けて、その翌年にはついに正式に引退表明となりました。

その彼女が世間を驚かせたのは、引退翌年から彼女が歩み始めた第二の人生の意外な展開でした。まずは引退前年、誰もが驚いたドイツのプレイボーイ紙にヌード姿で登場という、連日タブロイド紙をにぎわす衝撃がありました。そして、引退表明直後から今度は氷上ではなく陸上に場を移してダンスレッスンを開始、さらに次はテレビドラマにおける演技の世界への進出、2002年頃からは舞台女優としても活動、2004年にはこれまた誰もがビックリの歌手デビューなど、彼女はその活躍の場をどんどん広げていったのです。

ちなみに、シェフチェンコさんと安藤選手には、その人生選択における奇遇(?!)とも言える重要な共通点があります。かつて恋多き女性といわれた安藤選手が、現状の未婚のままの出産について「(競技者としての人生よりも)女性としての幸せを優先する」ためだったとインタビューで語ったそうですが、その辺ではシェフチェンコ選手は彼女より先輩なのです!

シェフチェンコ選手は、ボーイフレンドであるノーマン・イェシュケ氏という2002年ソルトレークシティー五輪14位(ペア、相手はマリアナ・カウツ)の元フィギュアスケーターとの間に、非婚のまま2011年2月に第一子を出産しています。日本と異なり、ドイツを始めとするヨーロッパ諸国では、キリスト教下での離婚のハードルの高さを敬遠する若者世代の間では特に、「非婚のまま子供をもうけて育てるパートナー関係」の方がむしろ一般的です。男女がパートナー関係にあることをドイツ語では”liiert”、結婚関係にあることを”verheiratet”と表記しますが、ドイツのブンデスリーガやナショナルチームの選手名鑑を初めて見た際に私が何よりも腰をぬかしたのは、前者(それも「非婚、かつ、子あり」のパターン)がかなり多く、それも「女友達1名、子供何名」(女友達が二人以上いる人はどう書くのやら…笑)「パートナー関係30年を機についに入籍!」などという、日本ではとても周囲の理解を得られそうにないケースがあまりにも普通であるということでした。その代わり、パートナー解消ないし別の異性への乗り換えもかなりお盛んで(笑)、その場合には子供はどちらかの親(多くは母親)にくっついていく形で養父母をとっかえていくことになります。従って、当事者どうしはもちろんのこと、何よりも子供の苗字が頻繁に変わることを敬遠する意図もまた、ドイツにおいて若い男女が容易に入籍せずに別姓のままの事実婚状態を選択する重要な理由だと思われます。シェフチェンコさんもまた、恋多き女性としても昔からその名を知られており、カーレーサーとの恋、バイオリニストとの婚約および破棄、ドラマで共演した男優との6年に及ぶ事実婚およびその解消を経て、元々アイスショーのパートナーでもあった今のイェシュケ氏の元にようやく落ち着いたようです。なお、フランスではすでに新生児に占める婚外子の比率が半数を超えていますし、目下3分の1程度とされているドイツの婚外子率は今後ますます増加していくと見込まれています。

もっとも、今回の安藤美姫選手の場合、シェフチェンコさんとは異なり、日本人として日本で今後も暮らしていくのであれば、「未婚の母」ではあっても「非婚の母」ではない人生の方が日本では逆に無難です。いずれはパートナーとの入籍という話も出てくることでしょうが、これは単にドイツと日本の国情の違いゆえの選択の相違に過ぎないと思われます。むしろ、いろいろと物議を醸してきたという点からも、今後は二人ともそれまでの母国のフィギュアスケーターが決して選択してこなかった新しい道を、競うようにたくましく切り開いていってくれるのではないかと期待も膨らみます。

最後にもう一つ、安藤選手とシェフチェンコ選手の共通点を見出すとすれば、それは「父との悲しい別れ」「親族を大切にする」といった点でしょうか。もっとも、安藤選手とお父さんとは死別で、シェフチェンコさんとは少しシナリオが違うようですが。シェフチェンコさんの家庭は複雑で、父はウクライナからの移民、母はドイツ系ロシア人、そして2歳時に両親離婚による実の父との別離、さらには母親の再婚もうまくいかず、彼女をそもそもフィギュアスケートの世界へと導いたのは、父親代わりでもあった彼女のおじいさんの影響が大きかったそうです。先述のドイツの番組の中でシェフチェンコさんが語ったところによると、彼女の祖父は「Singin' in the Rain」(邦題「雨に唄えば」)などのミュージカル映画の大ファンで、その祖父と過ごした思い出がフィギュアスケートひいては今のようなショービジネスに携わる自分の人生の礎を作ったとも述懐しています。

安藤選手はいずれはフィギュアスケートのコーチになりたいとのことですが、シェフチェンコさんのような人生もひょっとしたら彼女には似合っているかもしれません。いずれにしても、フィギュアスケートの選手寿命は決して長いとはいえず(特に女性の場合)、それゆえに競技引退後の人生においても各個人がそれぞれ自分に合った幸せを追及してほしいものです。浅田真央さん、鈴木明子さん、安藤美姫さん、高橋大輔さん、織田信成さんなど、今季を最後に引退を表明しているフィギュアスケーターが今年は随分多いのが寂しいところですが、この中では特に高橋大輔さんと鈴木明子さんに俳優の素質が大いにあるのではないかと私は勝手に思っているのですが、みなさんはいかがでしょうか。いずれにしても、彼らが完全燃焼で競技人生を全うし、満を持して次の新たなステージに躍進する姿を、心より楽しみにしています。

<参考サイト>

GQ Magazin - GQ Starportrait "Tanja Szewczenko"
http://www.gq-magazin.de/tags/s/tanja-szewczenko

Rhein Zeitung (2001年1月15日版) - Tanja tanzt jetzt ohne Eis
http://archiv.rhein-zeitung.de/on/01/01/15/sport/news/tanja.html

Japan Business Press - 「ついに新生児の3分の1が婚外子となったドイツ」
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/37203

ZDF Mediathek "Eine Musikkasette für Tanja Szewczenko" (Volle Kanne 2013年6月4日放送分)
http://www.zdf.de/ZDFmediathek/kanaluebersicht/aktuellste/168#/beitrag/video/1914840/Eine-Musikkassette-f%C3%BCr-Tanja-Szewczenko
(今回の原稿で取り上げた番組のオンエア映像は、上記リンクから見ることができる。彼女が自らの人生をかえた思い出の曲として挙げたのはGene Kelly 「Singing' in the Rain」、Lionel Richie 「All Night Long」、Gloria Gaynor 「I Will Survive」の3曲)

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