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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2013/06/28

21世紀型服飾帝国主義時代の到来…「ファストファッション」の政治力学を読む

最近、ウィリアム王子の祖先にインド人女性がいる…という報道がありました。下記デイリーメールの記事によれば、ウィリアム王子の母方の「ひいひいひいひいひいおばあちゃん」、つまり、ウィリアム王子から遡ること7代目(故ダイアナ元妃からだと6代目)の先祖にあたる女性がインド人の血をひいていたという話のようです。

デイリーメールUK 2013年6月14日"William's Indian ancestry: DNA tests show future monarch has clear genetic line to the former 'Jewel in the Crown' from Diana's side"(青字は本文見出しを引用、カッコ内は筆者訳)
http://www.dailymail.co.uk/news/article-2341437/Williams-Indian-ancestry-DNA-tests-future-monarch-clear-genetic-line-country-mothers-side.html
・DNA testing proves that the Duke of Cambridge is of Indian ancestry(DNA検査でウィリアム王子がインド人の血をひいていることが判明)
・He will become first King of England with genetic link to India(彼はインドとの遺伝的関係をもつイギリス初の王となる見込み)
・Prince William's great-great-great-great-great grandmother was half-Indian(ウィリアム王子の曾曾曾曾曾祖母がインド人とのハーフ)
・William will be first and last monarch with the DNA link as it can only be passed on by a mother(この遺伝子は女性を介してしか伝達されないため、ウィリアムはインドとの遺伝的関係を持つ最初で最後の君主となるであろう)
・Revelation will prompt calls for prince to make maiden visit to the country(今回判明した事実は、王子のインド初訪問の実現につながるであろう)


女性を介してしか伝わらない遺伝子…という表記からも想像がつきますが、今回調査された遺伝子は「ミトコンドリアDNA」であることが本文内にも明記されています。この記事は結構ツッコミ所満載なのですが、一番の疑問は「この遺伝子は女性からしか伝達されないため、ウィリアム王子はインド人の血を引く最初で最後の君主になるだろう」というくだりです。そもそも、民間から嫁いできた故ダイアナ元妃からインド人の遺伝子がウィリアム王子にもたらされたということは、裏を返せば、同じく民間から嫁いできて目下妊娠中のキャサリン妃もまた、インドを始めとする異国の遺伝子を秘めている可能性が十分にあるということを意味するはずです。特にキャサリン妃の場合、その彫りの深い顔立ちといい、目や髪のダークブラウン色といい、ボリウッド映画に登場する美形揃いのインド人女優陣に雰囲気が近そうな感じもあります。もし、来月生まれてくる子がインドやトルコなど異国人のミトコンドリアDNAを持っているなどということが後年判明しようものなら、英国メディアは一体どのように報じるのでしょうか。何よりも、洋の東西を問わず、民間からの妃という存在自体がそもそも”遺伝的多様性をもたらす”ということを織り込み済み(ないしはそれ自体を目的とした話)であり、インド人の遺伝子が王室メンバーから出たからといって何を大騒ぎしているのかと、少し不思議な気がしました。

もう一つ、記事を読んで釈然としなかったのは、「インドは旧イギリス領なのに、遺伝子が王室に入りこんでいることがそんなに不思議なことなのか?」ということでした。まるで国交のない国の遺伝子が王家に交じっていたのであればビックリ仰天でしょうが、元々両国は17世紀から19世紀半ばにかけてアジア貿易を担ったイギリス東インド会社の時代、ひいては1877年から70年に及んだ宗主国と植民地の関係などもあり、人の交流も遺伝子の交流もあって当然です。実際、ウィリアム王子の「ひいひいひいひいひいおばあちゃん」のダンナさんはイギリス東インド会社に勤務していたようですし、東インド会社は今でいうタイのアユタヤやインドネシアのジャワ島、台湾や長崎にも展開していたことを考えれば、日本人のDNAだって頑張って調べれば1000分の3程度は見つかるかもしれませんよ!誰かがいつか調べてくれることを気長に期待したいところです(笑)。

さて、前置きが随分長くなりました。最近、ドイツの駅のホームでは、C&Aの広告看板を頻繁に見かけるようになりました↓。

ステキなモデルさんが、真夏のリゾート地のような所でピンクのワンピースに身を包み、羨ましいまでにゆったりとくつろいでいます。しかも、その横にはさりげなくC&Aのロゴと「29ユーロ」(約3700円)の文字。C&Aは日本でいうところのユニクロに匹敵するグローバル展開のファッションチェーンで、日本にすでに上陸済みのH&M(スウェーデン)やZARA(スペイン)にGAP(アメリカ)などと並ぶ「ファストファッション」の代表格ともいえるファッションブランドとして知られています(日本未上陸)。このワンピースも、定価で29ユーロということは、セールの時期になるとさらにその半額程度まで下がるという意味では、一体どうやって採算がとれるのかと首をひねるような低価格であり、イギリスのキャサリン妃も喜びそうな「激安ワンピ」であることは疑いの余地がありません。

Wikipedia日本語版にはC&Aはベルギーの会社と書かれていますが、これは誤りです。同社はオランダ人であるブレンニンクマイヤー兄弟が1841年にオランダの小都市スネークで立ち上げた、前述のファストファッションの中では最も長い歴史を誇るれっきとしたオランダのブランドで、創始者兄弟のクレメンス(C)とアウグスト(A)からその社名が採られました。現在の本社がオランダではなくドイツとベルギーにあるためにこのような誤解を生じたと考えられます。現社長を含む創業者一族のブレンニンクマイヤー家は全員がオランダ国籍、しかもオランダ随一の富豪一族としてもその名を知られています。

「ファストファッション」というのは聞きなれないかもしれませが、「ファーストフード」の服飾版と考えれば良いでしょう。『知恵蔵2013』によると、その言葉の定義は以下の通りです:

流行を採り入れつつ低価格に抑えた衣料品を、大量生産し、短いサイクルで販売するブランドやその業態のこと。安くて早い「ファストフード」になぞらえた造 語。世界的不況の下、ファッション業界でも世界的規模で大手グローバルチェーンが寡占し、売り上げを伸ばしている。日本のブランドとしては、ユニクロ、 g.u.、しまむら、海外ブランドではGAP(米国)、フォーエバー21(米国)、H&M(スウェーデン)、ZARA(スペイン)などが代表的。 アパレルメーカーが直営店で売る製造小売りの販売形態をとることが多く、売り場は常に商品が更新されて新しさと安さをアピールする一方、商品からは短期間で消費者が離れる傾向がある。
日本ではデフレ不況と消費者の節約志向の中で注目を受け、日本経済新聞社が選ぶ2009年上期(1~6月)の日経MJヒット商品番付では、西の横綱に選出 された(東の横綱は「インサイト(ホンダ)&プリウス(トヨタ自動車)」)。また、自由国民社の主催で「現代用語の基礎知識」(同社発行)が今年の世相を映した言葉を選ぶ「ユーキャン新語・流行語大賞」においては、09年のトップ10に選出され、09年12月1日に行われた授賞式でファストファッ ションを着たモデルの益若つばさが受賞した。


ここには登場してきませんが、先週ご紹介した「未来の王妃キャサリン妃の激安ワンピ姿」でも話題になったエーソス(ASOS)というイギリスのファッションブランドもまた、「流行を採り入れつつ低価格」「大量生産」「短いサイクルで販売」というキーワードを全て満たす「ファストファッション」の急成長株であります。他の同様のブランドと比較しても、そのデザイン力の高さと独自性が元々評判だったブランドでしたが、キャサリン妃愛用という報道がさらにその人気を一気に押し上げました。私もここの服を何点か所有していますが、今そのタグを確認したところ、原産国は中国・ルーマニア・ベトナム・インドとなっています。その他の「ファストファッション」の場合も、ドイツに多く展開しているC&AやH&Mなどでは、製品の原産国は前記の国以外にトルコ・ブルガリア・バングラデッシュが増えてくるのに対し、フランスの同様ブランドの場合はチュニジア・モロッコが多くなるといった、元々の植民地支配の歴史をも反映した国の組み合わせになっているところが、まさに”服飾資本主義”とも呼ぶべき「21世紀型帝国主義」の一形態を垣間見ているような気になるのです。

となると、前回コラムでも述べた「ASOSの激安ワンピに身を包む未来の英国王妃」が込めるもう一つの重要なメッセージが見えてきます。21世紀の現代における服飾版・帝国主義の治世における、宗主国イギリスからインド・中国・バングラデッシュといった国々に対する、戦略的なファッション外交という側面です。「ファストファッション」の縫製等を請け負う国では、長時間・低賃金労働といった過酷な労働条件、違法な児童労働、工場からの深刻な環境汚染などの問題が常態化しております。最近でもバングラデッシュで4月26日に縫製工場の崩落があり、1000人以上が亡くなったと報道されましたし、その前にも後にも同国では縫製工場の火事が頻発しており、労働・安全管理の杜撰さが指摘され、同国では抗議デモも盛んにおこなわれるようになりました。

このバングラデッシュの工場崩落のニュース、日本ではどの程度の扱いだったか知りませんが、ドイツでは連日大きく取り上げられ、人気のトークショーにはバングラデッシュ人女性が登場してコメントを述べるシーンまでありました↓。

 (クイズミリオネアの司会者としても知られる、「ドイツ版みのもんた」こと、ギュンター・ヤウホ氏(上写真左)の名を冠したドイツ第一テレビの生放送政治トーク番組。話題は毎週かなり固く、パネリストには国務大臣クラスもしばしば登場。この回は、「バングラデッシュの火事や工場崩落のような事故は、私たちドイツ人にも責任があると思いますか?」などとバングラデッシュ人女性(写真右)に果敢に問いかけるヤウホ氏のインタビュー手腕が光った。この女性は「だれか一人が悪いのではなく、関わったあらゆる人々のそれぞれの悪さが積み重なった末の事故」という言い方をしていたが、元々フェアネスという概念に敏感に反応するドイツ人の間では、ファストファッション自体の存在を問う議論が全土で活発化)

バングラデッシュは「世界の縫製工場」とも呼ばれ、安い人件費の割には質の比較的保たれたミシン・縫製技術があり、衣料品が輸出品目に占める比率は8割以上とされています。工場労働者の平均月収が64ドル、最低賃金が約3900円(2010年世界銀行データでは最下位)というその人件費の安さを利用して、ファッション界でグローバルに展開する(主に欧米の)ブランドがそのコストカットのために重宝しているという、「搾取」の構図がそこにはあります。製造原価が販売価格の1割以下という契約内容もあり、世界中から仕事の依頼が集中する割にはいつまでたっても最貧国にとどまっているバングラデッシュの姿は、まさにかつての「女工哀史」の頃の日本さながらの、働けど働けど暮らしが楽にならないワーキングプアそのものとも言えるでしょう。

そして、さらには環境汚染の問題もあるようです。この記事は、私も知らなかった衝撃的かつ重要な内容のオンパレードですので、以下に内容を抄訳します↓:

ドイツ・グリーンピース(2012年11月20日)Die giftige Masche der Modemarken「ファッションブランドは毒の網目」
http://www.greenpeace.de/themen/chemie/nachrichten/artikel/die_giftige_masche_der_modemarken/
グリンピースは、「ファストファッション」で知られる29か国141点の衣類を対象に、NPE(ノニルフェノールエトキシレート)、柔軟剤(フタル酸)、発癌性アミンの濃度を測定した。その結果、NPEは全ての衣類から検出され、もっとも高濃度だったのはC&A、MANGO、Levi's、Calvin Klein、Zara、Metersbonwe、Jack & Jones、Marks & Spencerの衣類だった。柔軟剤のフタル酸が特に高濃度だったのはTommy HilfigerとアルマーニのプリントTシャツ。また、Zara製品は実に多くの発癌物質を含み、例えば中国産の子供用ジャケットからは高濃度NPE、パキスタン産のジーンズからはアゾ染料由来の発癌性アミンを検出した。
「服飾ブランドの製造工場は、有害物質を含む廃水を河川に垂れ流していることでも世界的に有名で、その国の何百万人もの国民の飲み水を汚染している」「(中略)これらの毒物は、衣類の生産地が中国やメキシコやパキスタンであっても、着ている私たち(ドイツ人)の血液から検出されている」と、グリンピースの化学専門家の弁。


いかがでしょうか。何だかゾッとしてきました。これが事実だとすると、ファストファッションとはどうやら内分泌撹乱物質や発癌作用のある物質の製品ないし廃液への混入が避けられない業界のようです。つまり、アパレルメーカーが工場を自国ではなく他国に置くということは、その産業に付随する害毒も一切合切その国に押し付けることを意味することになります。よく日本で話題に上る「企業の海外移転」というと、雇用面ばかりが語られがちですが、環境面で考えた瞬間にその言葉の意味が180度変わってしまうということを、この記事は警告しています。

何だか、原発における電力消費主体としての都会と、健康被害や廃棄物を押し付けられる原発立地自治体としての地方との関係をイヤでも思い起こさせられます。互いが同じ国か別の国かの相違はあるものの、基本的にそこには「差別」と「搾取」の構造がある…というのは共通しているようです。海外の場合、その組み合わせは20世紀までの植民地時代の力学も加味されて決まっているように見受けられるのに対し、日本の場合は「同胞差別」であり、もしこれが都道府県の成り立ちとしての廃藩置県や明治維新前後の力学が今にも残っているということを意味するのだとすれば、これを歴史の呪縛と呼ばずして何と呼ぶのでしょう。

以上の文脈を深読みするならば、最近立て続いた感のある「ウィリアム王子にインド人の血」や「キャサリン妃はファストファッション愛好者」という報道も、「21世紀バージョンの帝国主義」というキーワードで一本筋が通っているのかもしれず、同じ糸…じゃなかった(笑い)…意図を背後に秘めた記事であるような気がしてくる今日この頃です。


<参考サイト>

産経新聞 2013年6月14日 「英ウィリアム王子にインド人の祖先 DNA検査で発見と英紙」
http://sankei.jp.msn.com/world/news/130614/erp13061419590004-n1.htm

産経新聞(2013年5月10日)「ビル崩壊、死者千人超す バングラデッシュ」(共同)
http://sankei.jp.msn.com/world/news/130510/asi13051012140002-n1.htm

ロイター(2013年5月16日)「焦点:製造原価は売価の1割、バングラ工場崩壊が映す現実」
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE94F05220130516

ドイツ・グリーンピース「Giftige Garne」(毒の糸)(ドイツ語、PDF)
http://www.greenpeace.de/fileadmin/gpd/user_upload/themen/chemie/20121119-Studie-Giftige-Garne.pdf

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