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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2013/05/10

日本語とクロアチア語の思わぬ共通点…「数の簡潔性」と『九九』は東洋の誇る文化遺産?!

前回の原稿では、元素周期表に出てくる元素名の暗記術「水兵リーベ」を取り上げ、「言語の簡潔性が学問のレベルを上げる」と述べました。今週は「日本語の簡潔性」について、「数の数え方」という観点から考えてみたいとおもいます。

以前のコラムで私が自らの体験を織り交ぜつつ説明した、ドイツの小学校における容赦ない落第制度について、ここでまた振り返ってみましょう(→ドイツ教育事情…ドイツ版「早生まれ」”Kannkind”から容赦なき落第まで)。このコラムの中に、このような記述があります:

”そして、さらに驚愕の日がやってきます。小学校2年生から小学校3年生に上がる際、通知表を受け取ったその日、同級生の実に1/3が落第してしまったのです!”

転校した先のドイツの小学校で、2年生から3年生に上がる際に同級生がバサバサと留年してしまったというエピソードですが、実はこれには明々白々といっても良いほどの原因があります。それはズバリ、ドイツには『九九』がないということ、そして、「数の数え方」が煩雑であること、の二つです。

意外に思われるかもしれませんが、ドイツをはじめとする西洋言語使用諸国には『九九』というものはありません。日本の『九九』のようなリズム感も何もなく、計算結果を一つ一つ、丸ごと地道に覚えていくしかないのです。その上、日本語からはは考えられないほどに、「数の数え方」が実に複雑怪奇な言語だったりもします。この二重苦は小学校2年生の頭脳には相当コタえるようで、我が同級生のほとんどが「算数」それも「掛け算」でつまづいての留年であったということも含め、これはドイツの初等教育を考えるうえで避けては通れない、実に根深い問題であります。

ご存じの通り、日本には「ににんが四(2x2=4)」「にさんが六(2x3=6)」で始まる有名な『九九』があります。子供たちは小学校でこれを習い、繰り返し発音することでその韻やリズムごと脳内に叩き込んで覚えていきます。私も小学校2年生の一学期には学校で暗唱させられ、「ににんが四」から「くく、八十一(9x9=81)」までキッチリ日本語で覚えてから、ドイツの小学校2年生に編入することになったのでした。

ドイツ語がほとんど話せない身での渡独に、果たして学校についていけるのだろうかと大いなる不安を抱えて初登校したおチビちゃんの私でしたが、、数学(算数)の初授業で彼らがまだ「1たす1は?」程度の簡単な足し算や引き算しかやっていなかったのを目の当りにして、「これはひょっとしたら、勝てるかも!」と、がぜん希望が湧いてきたのを思い出します。そして、ついに掛け算の授業が始まると、『九九』のないドイツ語を母国語とする子供たちが明らかに悪戦苦闘する中、ひとり極東からやって来た少女の無敵の快進撃が始まりました。

私が転入した当時のドイツの小学校では、数学の授業の冒頭に毎回、このようなゲームが行われていました。まず、クラスの子を全員立たせます。そこへ、教壇の先生が一桁かける一桁の掛け算の問題を出します。答えが分かった子は挙手することになっており、一番早く手を挙げた生徒を先生が指名します。指名された生徒の答えが正解だったら、その子はその場で着席できます。

例えば、こんな調子です。

先生 「4掛ける7は?(Vier mal sieben ist?)」→最速の生徒を指名。
指名された生徒 「28!(Achtuntzwanzig)」
先生 「正解です!着席してよろしい。(Rchtig! Du darfst dich hinsetzen)」

もう皆さまは察しがついたことでしょう。このゲーム、そのスタート以来、学校でただ一人の東洋人である私がトップを取り続けました。それもそのはず、こちらには『九九』という強い武器が脳内に配備完了していたからです(笑)。具体的にそのトリックを解説してみましょう↓。

ドイツ語で出題:「アハト・マール・ノインは?(acht mal neun macht?)」
→問題をいったん脳内で日本語に変換:「8掛ける9は?」
→日本語変換された問題を『九九』に当てはめる:「はっく七十二」
→出てきた解答「七十二」をそのままドイツ語に翻訳:「ツヴァイウンドズィプツィッヒ(zweiundsiebzig)」
→手を挙げる

これだけのことを脳内で処理してもなお、日本人である私の挙手がどのドイツ人の同級生よりも早いのです!周囲の生徒や教師たちは一様に呆気にとられ、いつの間にか「スゴい天才が異国からやって来た!」と学校中で評判になってしまいました(爆笑)。といっても、こちらには『九九』と『日本語』というタネも仕掛けもあるものだから、私が天才なのであれば、日本の小学校2年生以上の子供はドイツに来ればみんな「モーツァルト以来の神童」と言われても不思議ではないでしょう。強いて例えるなら、川崎から沼津まで東海道線の在来線を各駅停車で延々と行くのと、いったん品川に戻って新幹線に乗り換え三島で在来線に乗り継ぐのとでは、前者の方が圧倒的に早く着くというイメージで、日本の『九九』という究極の飛び道具がこの離れ業を可能にしています。

これは、この快進撃の第二の立役者でもある「数の数え方」についても同様です。例えば、先ほど挙げた「28」はドイツ語だと「アハト・ウント・ツヴァンツィヒ」、つまり「二十八」ではなくて「八と二十」であり、「72」も「七十二」ではなく「二と七十」です。つまり、日本語では数字を上の桁からそのまま読み下せばよいのに対し、ドイツ語では下2ケタをいちいちひっくり返さないといけないのです(注:これはアラビア語も同じだそうです)。これが、ただでさえ『九九』のない国の人々にとっては脳内の”さらなるひと手間”となっており、まして小学校2年生程度の発達途上にある若い脳ともなれば、さらなる多大な混乱をもたらすことは自明です。しかし、『九九』を完全に習得できていない子を安易に進級させてしまうと、その先の授業になどついていけるはずもなく、ここで踏ん張らないと本人の後々の人生に不利益をもたらすことは間違いありません。(今はかなり緩和されたとも聞きますが)当時のドイツの小学校低学年における容赦ない留年の背景には、そのようなドイツの言語上の事情に根ざした”親心”もあったように思います。

ちなみに、理系部門でのノーベル賞受賞者を多く輩出するアメリカなどの使用言語である英語だと、11と12がかつての十二進法の影響からか「イレブン」「トゥヴェルブ」という独立した別単語となっているのと、13が「サーティーン」(三と十)というように、13から19まではドイツ語同様に下2ケタをひっくり返す現象がみられますが、20以降になれば日本同様の読み下しの十進法になります。20以上でも下2ケタを律儀にひっくり返し続けるドイツ語やアラビア語などと比べれば、この英語における「数の数え方」の簡潔性は脳内の混乱を軽減し、その分をもっと自由な脳内活動に充てることを可能にしているのではないかと推測できます。

逆に、世界的にも悪名高い奇妙キテレツな数え方をするのが、フランスです。この国は12進法ではなく16進法だったとみえて、11(オンズ)から16(セーズ)までは独立単語、そして17(dix-sept:10と7)以降ようやく日本語同様の読み下し十進法に切り替わります。21以降もしばらく読み下し方式が続くので、これは楽チンだと油断していたら、70以降に今度はトチ狂った数え方の登場です。70が何と、「60たす10」を意味する「ソワッサント・ディス(soixante-dix)」、77は「ソワッサントディセット(soixante-dix-sept)」つまり「60+10+7」という、六十進法を思わせる足し算が登場です。さらに80以降ともなると地獄の極致です。80が「4かける20」を意味する「キャトルヴァン(quatre-vingt)」というように、唐突に今度は二十進法が乱入してきます。90が「キャトルヴァン・ディス(quatre-vingt-dix)」すなわち「4×20+10」、98などは「キャトルヴァン・ディズュイット(quatre-vingt-dix-huit)」(4×20+10+8)というように、もはやヤケクソのような、「毒を食らわば皿まで」の世界です!それでいて、フランスにも『九九』はありません。小学校二年生くらいのガキで、
「8×9は?」
と先生に聞かれて、
「それは、60たす10たす7です!」
などと即答できる子がいるとしたら、それはよっぽどの天才か、『九九』のある国からの移民であるかのどちらかでしょう。フランスに意外にも世界的数学者が多い理由も、この滅茶苦茶な数体系が逆に、これを苦にしないような生まれついての天才をあぶりだす「スーパー天才発掘装置」の役割を果たしているという側面があるのかもしれません。それでいて、フランスの国務大臣やスーパーエリートの層に近年は韓国人の存在感が目立ってきている現状も考えると、東洋系をルーツとする移民が西欧諸国で快進撃を続ける「タネ」と「仕掛け」が透けて見えているような気がしないでもありません↓。


 
(2012年12月31日、フランスのフランソワ・オランド大統領の大晦日恒例の演説から。右側のマイクを向けられコメントを述べている男性がヨーロッパ・緑の党所属でエソンヌ県選出の元老院議員、ジャン・ヴァンサン・プラセ。どこから見ても東洋人に見えるこの男性は、1968年ソウル生まれの45歳の韓国系フランス人。7歳の時にフランス人弁護士夫婦のもとに養子縁組→1977年にフランス国籍取得。今は元老院内の環境保護会派の会長も務めている)


(2012年3月26日のルモンド紙から。真ん中の録音機器を向けられている若き女性が、れっきとしたフランスの国務大臣、フレール・ペレラン氏。1973年ソウルに生まれ孤児院育ち、生後6か月でフランス人家族のもとに養子縁組の現在39歳。16歳で早々と大学入学資格取得、21歳でエセック経済商科大学院大学卒業、24歳でエリート官僚養成機関であるENAことフランス国立行政学院に入学、26歳で同校卒業し会計検査院に入るという、日本でいえば”片山さつき”さんを彷彿とさせるようなエリート街道をばく進。現在は社会党所属の政治家で、2012年よりデジタル・経済担当大臣。上の写真と記事をみると、「韓国系フランス人の女性国務大臣の里帰り」として、韓国でも相当の歓待を受けた様子がわかり、韓仏関係を考える上でも上記のプラセ議員同様に注目される存在である)

ちなみに、「数の数え方の簡潔性」で思い出すのは、つい最近訪問したばかりのクロアチアです。旧ユーゴスラビアでアドリア海沿岸の小さな国ですが、なぜか幾多の発明家を輩出しており、磁束密度の単位にも命名された高名な物理学者であるあのニコラ・テスラも同国の出身ということを、以前のコラムでもご紹介させていただきました(→クロアチア土産の中に見出す日本(2)…MIKADOにSAPOROって?!キティちゃんボトルの水も登場!)。この訪問以降、私はすっかりクロアチア語にハマって今に至っているのですが、ここで私が真っ先に注目したのも、実は「数の数え方」でした。

まず、クロアチア語で1から10までは以下の通りです。
1 jedan/jedna/jedno (男性形/女性形/中性形の順)
2 dva/dvije/dva (同上)
3 tri
4 četiri
5 pet
6 šest
7 sedam
8 osam
9 devet
10 deset

次は11~19ですが、基本的には1~9までに-(n)aestをつけると完成します(11がjedanaest、12がdvanaestといった具合…語幹が少し変わるのは14のčetrnaestと16のšesnaestのふたつ)。驚くべきは20以降で、東洋言語と同じ読み下し方式になります。20が独立単語ではなく「二、十」つまり「dvadeset」、30も「三、十」つまり「trideset」、40が「四、十」(četrdeset)となり、さらには21が「dvadeset jedan」つまり「二、十、一」、35が「trideset pet」つまり「三、十、五」…といった具合で、日本語における数え方と同様のシンプルさで数字を作っていくことが可能なのです。ドイツのように下2ケタをひっくり返すこともなければ、4掛ける20足す10などというフランス式のブッ飛んだ数え方もない、実に日本人に優しい(笑)クロアチア数字です(ただし、男性/女性/中性があったり、後ろにつく単語の格変化がややこしかったりと、言語としての複雑さはあります)。ひょっとして、この数え方のシンプルさこそが、物理学者テスラや(ボールペン・シャープペンを発明した)ペンカラなどの偉大な発明家を生み出し、ネクタイ発祥の地としてもその名を知られるクロアチアという国の誇る最大の財産でもあるのかもしれません。

それでも、あまりの煩雑さに脳が振り回されたりすることのない、シンプルな数体系および『九九』まで持っている国となると、これらはどうやら中国を筆頭とする日本・韓国・ベトナム・タイなどの東洋言語使用諸国の特権のようです。もっとも、これらは元を正せば、全て中国から周辺諸国に広がっていったものであります。中国人といえば世界的には、「読み書きができない人はいても、計算ができない人はいない」とされるほど、その四則演算能力の高さが有名ですし、同様の理由でベトナム人やタイ人なども、アジア料理屋などでその正確かつ迅速な釣銭の計算などで私の周囲のドイツ人をいつも感嘆させています。我らが日本人の場合も、「高い技術力」などと長年称賛されてきた能力の裏の秘訣として、このありがたき数体系があるのではないかと思います。この数体系や『九九』は、幼少時に脳内配備(笑)された私自身の子供の頃の体験に鑑みても、「富士山」にも匹敵する「世界遺産」ならぬ「文化遺産」とも呼べる財産だと、本当にありがたく思っています。


<参考サイト>
フランス元老院議員Jean-Vincent Placé公式サイト(フランス語)
http://jeanvincentplace.eelv.fr/

Wikipedia - ジャン=ヴァンサン・プラセ(日本語)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%EF%BC%9D%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%BB
    
フランス政府ポータルサイトPortail du Gouvernement : Fleur Pellerin
http://www.gouvernement.fr/gouvernement/fleur-pellerin

Wikipedia - Fleur Pellerin フルール・ペルラン(日本語)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%9A%E3%83%AB%E3%83%A9%E3%83%B3

日本語の数の数え方について
http://www.eonet.ne.jp/~shiyokkyo/rizhong/kazu.html

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