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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2013/04/05

学校制度と完璧に切り離されたドイツのスポーツ育成制度

日本のスポーツ選手を「選手の生まれた月」で分類してみると、思わぬ発見に出くわすことがある…というのが、前々回の当コラムのテーマでありました(→異例の高さ!”早生まれ率”が示唆するフィギュアスケート選手の資質)。ここで提示したのは、日本のフィギュアスケート男子シングルにおけるトップクラスの選手が極端な「早生まれ(1月~3月生まれ)」「準早生まれ(12月生まれ)」の寡占状態にあるということ、それに対し高校野球や高校サッカーの出場選手は4月~7月生まれという「遅生まれ」が大きく幅を利かせている、というデータでした。その理由として、野球やサッカーは大きな体格やパワーが競技者人生を有利に運ぶ上でのプラス要素であると思われる野球のに対し、フィギュアスケートは男子シングルに限れば体が小さく器用で繊細な方が有利という、それぞれの競技の特性が反映されているためと考えられます。それもそのはず、野球やサッカーはボールを遠く速く強く飛ばすタイプの競技なのに対し、フィギュアスケートで飛ばすのは他ならぬ自分自身の肉体です。筋肉もある程度は必要でしょうが、あまりにマッチョになりすぎて自分自身が重くなってしまえば、一転してジャンプに不利に働くでしょうし、繊細で滑らかな表現も失われることでしょう。野球には野球に適した体格が、スケートにはスケート向きの体格があり、その適材適所の配置こそが、たまたま誕生月の統計に表れているだけという話なのかもしれません。

それでは、ドイツではどうなのでしょうか。もし、サッカーに有利な資質が日独共通であるのならば、ドイツでも「遅生まれ有利モデル」が統計に表れてくることが予想されます。日本では誕生日が4月1日と4月2日の間で学年が分かれることになっているのに対し、ドイツでは学年の分かれ目となる誕生日は6月30日と7月1日の間なので、日本の遅生まれ(4月~7月生まれ)はドイツでは7月~10月生まれに相当するでしょうし、逆に日本における早生まれ(1~3月生まれ)はドイツでは4月~6月生まれに相当するはずです。となると、日本と同じパターンとなるのであれば、誕生月別棒グラフでは4月~6月が低く、7月からのゾーンが突出してくるのではないか…そう予想しつつ、以前ドイツのブンデスリーガ所属選手の誕生月別データを解析したことがありました。

そして、下の表が2008年時点での結果なのですが、こちらの予想を大きく裏切るものとなりました↓。


真っ先に目につくのは、「特定の生まれ月が突出する」という日本の高校野球や高校サッカーにおいて明瞭にみられたパターンがここではそもそも見いだせないということです。さらに、生まれ月を3か月ごとに区切ってカウントしてみると、意外なことがわかります。4月~6月というドイツでは「早生まれ」に相当するゾーン(上表ではピンク色)が27,2%で最多となっており、次が7月~9月(赤)の26.0%、次いで1月~3月(青)の25.4%、最も少ないのが10月~12月(茶)の21.3%となります。各ゾーンの間にあまり差がないものの、日本では最も少なかった「早生まれ」のはずのゾーンがドイツではよりによって最多となっていることの背景には、何らかの別の要因が存在する可能性が考えられました。

そして、周囲のドイツ人にこのデータを見せたところ、その”別の要因”はすぐに判明しました。ドイツにおいては、少年サッカーのカテゴリーは「学校の学年」ではなく「生まれた年」で決まるから…だそうです。つまり、早生まれゾーンがここでは異なっていたのです。

ドイツの少年サッカーは年齢別構成となっており、Gジュニア(6歳以下:いわゆるU-7)、Fジュニア(7~8歳:U-9)、Eジュニア(9~10歳:U-11)、Dジュニア(11~12歳:U-13)、Cジュニア(13~14歳:U-15)、Bジュニア(15~16歳:U-17)、Aジュニア(17~18歳:U-19)があります。そして、どのクラスに入るかは、以前は(ドイツの正式な学校入学日でもある)8月1日時点での年齢で決まっていたのを、1997年からは全土一斉に1月1日時点での年齢別に変更したのだそうです。例えば、2013年/2014年シーズンにおけるAジュニアの選手は、2013年正月時点で満17歳または満18歳、つまり1995年生まれか1996年生まれのいずれかに相当…というように、誕生日に関係なく生まれた年で所属クラスが決まります。

この基準日の変更に伴い、かつてはドイツのサッカー界の「早生まれゾーン」は5月~7月生まれだったのが、1997年以降は「早生まれ」が10~12月生まれへとシフトしたことになります。どうりで、上の表で特定月の突出がみられない訳です。2008年といえば、変更から11年程度しか年数が経っていなかった過渡期ということですが、それでも10~12月生まれの選手数が最少となっていたのには、やはりそれなりに意味があったということです。

ドイツが基準日となる誕生日を8月1日から1月1日へと繰り上げた理由は、ドイツのWikipediaに記載されていました。該当する部分を引用和訳します:
http://de.wikipedia.org/wiki/Fu%C3%9Fball_in_Deutschland#Amateur-_und_Jugendfu.C3.9Fball

Der neue Stichtag wurde gewählt, weil in anderen Ländern der 1. Januar schon länger als Stichtag eingeführt war, und es somit bei internationalen Vergleichen mit Gegnern, die im Durchschnitt fast ein halbes Jahr älter als die DFB-Junioren waren, zu Benachteiligungen gekommen war.
「基準日を1月1日に変更したのは、他国においては以前からこの基準日がずっと採用されてきており、そのためにジュニアの国際大会において対戦相手の選手の年齢がドイツ選手よりも平均して半年近く上であるということが不利益をもたらすようになったため」


この説明だと、ドイツは「世界に合わせただけだ」と言っているように聞こえます。しかし、私はそれだけが理由ではないと考えます。というのも、ドイツの学校制度には前回コラムで紹介したような「小学校でも容赦ない派手な留年制度」(→ドイツ教育事情…ドイツ版「早生まれ」”Kannkind”から容赦なき落第まで)があるからです。

日本では、「同じ年の4月2日から翌年の4月1日までに生まれた人々」は、”タメ年軍団”として少なくとも小学校から高校までの間は(よほどのことがない限り)そのまま進級を続けます。途中で別の学校に進学してバラバラになることはあっても、留年する人が極端に少ないために、学年まで変わることは滅多にないため、同じ学年どうしの横の連帯は世界的にみても日本独特の強さがあります。そして、大学入試時に生じる現役・浪人の相違による数年以内のズレに収まったまま、そのまま社会に送り出されていきます。さらには高校や大学で築かれた連帯が「○○高校◇◇年卒」「△△大学□□年会」といった同窓会組織の形を取りつつ、社会に出てからも終生続いていきます。

それがドイツの場合、小学校でもバンバン留年するために「タメ年軍団」が形成されにくく、しかも移民も多いため学校のクラスの中には日本ではありえないような多様性が教室内にひしめいています。覚えが早い人も遅い人も、母国語が異なる人も年のいった人も、雑多に混在するバラバラな人間集団に対しては、勉学の指導を習熟度別にしなくては授業自体が成立しないからこそ、基準学力に達しない者は留年させる他にないということなのでしょう。これは、日本の学習塾の多くが「習熟度別・能力別クラス編成」または「マンツーマン指導」を採用しているのと本質的には同じことです(これを学校がやらないから学外の学習塾にやってもらっているのが日本であって、ドイツのように小学校からでも留年を徹底することで基礎を反復する公文式のような指導が公立学校でも可能であれば、学外指導は必要なくなるはずである)。

まして、体格や技量や才能に合わせたきめ細かい指導の必要なスポーツ育成を、これまた本来は個別性が高いはずの学問の指導と両立させることなど、さらに無理難題なのは明らかです。だからこそ、ドイツの学校はスポーツに一切タッチしないのです。この「(スポーツも含めた)習い事と学校システムの完全分離」こそがドイツの教育制度の日本との最大の違いだと思います。

日本の学校で「タメ年=同学年」の護送船団方式が通用する理由は、ズバリ”純粋な学問”という意味での「勉強」の成果を問われない社会だから、というのは言い過ぎでしょうか。本来、勉強というのは市民が長い闘争の末に勝ち取った権利であるというのが、歴史的経緯でした。国家の義務教育がその国の未来を支える子供たちにもたらすはずの「最低限の読み書き」「最低限の四則演算」「最低限の論理的思考能力」「(日本のみならず世界の)社会の仕組みやルールに対する最低限の理解」といったものは、ひとたび授業についていけなくなってしまうと、後の学年になればなるほど遅れを取り戻すことは不可能となり、内容も理解できないまま、未来を戦いつつ社会を生き抜くために本当は必要なはずの”知的な武器”を手に入れることを(それとは知らずに)放棄させられたまま、エスカレーター式に進級・卒業”させられている”人たちがいる…その遅れを取り戻すことができるのは、親に権力があったり塾や習い事などの学外活動に金銭やエネルギーを注ぐ余裕のある家庭に限られる、さらには後々の就職活動も結局はコネとカネの問題に帰着する…それらのない者に対しては「いらぬ知恵がついたヤツはかえって面倒」「当社の意のままになる従順で真っ白な素材を」という論理が社会の受け手ないし雇用サイドに見え隠れする…。今の日本では、「留年は可哀そう」と言うことはあっても、「留年させてでも、学ぶべきことを公教育で学ばせないのは不公平だ」という論調になることは、まずなさそうです。その裏で高笑いしている人は誰でしょうか?

少なくとも、最近ニュースでも話題になっている日本の悪名高き「大学3年からの就活」、「勉強を全くしなくてもスポーツや一芸で進学・就職」という世界的にも妙なシステム、御用学者のはびこる温床になりうる「産学共同」の行き過ぎ…これらは結局はすべて根っこの同じ話なのではないかと、高校野球やサッカーにドイツブンデスリーガ選手の誕生月データを見ながら、ついついそこまで飛躍して連想せずにはいられないのでありました。

最後に、シュピーゲル紙になかなか参考になる記事があったので、紹介します。
Spiegel Online 2008年6月29日
http://www.spiegel.de/wissenschaft/mensch/nachwuchskicker-warum-der-dfb-herbstkinder-diskriminiert-a-562482.html

タイトル:"Nachwuchskicker : Warum der DVB Herbstkind diskriminiert"(次世代キッカー:どうしてドイツサッカー連盟は秋生まれの子を差別するのか?)
内容:ドイツサッカー連盟は不公平な才能発掘を行っている:最新の調査では、連盟が育成リーグに選抜する選手は誕生月が1月から6月までの子が多く、それより遅く生まれた子たちは選ばれることが稀である。これは、大いなる才能をたくさん見逃しているという意味に他ならない。


いかがでしょうか。先週までに私が述べてきたことと全く同じことを考えていた人が、ドイツにもいたようです(笑)。このシュピーゲル紙の記事はなかなか示唆に富んでいるので、これは来週あらためて別の角度から考察してみたいと思います。

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